3歩
タルジュは心底迷った。
人目を避け、たどり着いたナファフの森でまさか人間に・・・しかも、あきらかに毒キノコにあたって行き倒れかけているなんてどこの御伽噺なのかと。
(しかも、すごく身なりがいい。貴族?迷っちゃったのかな?)
ラエドはそれなりに庶民風の軽装で城を抜け出していた。が、庶民風とは形ばかりで生地も糸も高級品。そこはごまかしようがないのである。
(あまり人と関わりたくないんだけどな)
このまま放っておいても、死にはしないだろう。ラエドが左手に握りしめているキノコは、ナファフの森全域に自生するキノコで食べたとしても腹をこわす程度。しかし、先ほどからピクリとも動かない。どうしたものかと迷ったあげく声をかけてみることにした。
(黒髪ってことは、同じ国ではなさそうだしね)
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思わずみとれてしまったラエドは、焦り、頬が熱くなるのを感じた。
「どうかした?」
タルジュが不思議そうな顔をしてのぞき込んできた。
「いや、うん。」
自分でも今の感情はすぐにでも忘れてしまいたいと、深呼吸をし、気を取り直した。
「とにかく本当に助かったよ。よろしくタルジュ。」
右手を差し出すと、今度はタルジュの方が顔を少し赤くした。でも、おずおずと右手を出しギュッと握手を交わす。
「しかし、いくらムサフィラといえどお前細いのな。」
握った手をまじまじと見ながらラエドは言う。思い切り握れば折れそうな気もするが、タルジュの手のひらにはしっかりと”剣ダコ”ができている。
「そう・・かな?というか、もう放してもらっていいかな。」
「ああ、すまなかった。」
ラエドはあわてて握った手を放した。
「もともと、太りにくい体質なんだ。兄も・・・太ってはいなかったしね。」
「へぇ、お前にも兄がいるのか。俺にもいるんだ。」
「そうなんだ。」
タルジュの頬がすこし緩んだ。
「ああ。とても優秀な兄でな、俺は何においても勝てることができなかった。」
その言葉に、少しだけ違和感を感じたタルジュ。ラエドの赤い瞳は、何かを思い出すように少し遠くをみつめていた。
この兄弟の間には何かあるのだろう。
「そうなんだ。私の兄もとても優秀な人だったんだ。」
「だった?」
「ああ、・・・もう亡くなってしまったんだけどね。」
「え・・・?」
お互い無言になり、焚火からのパチパチという音が響く。
ラエドはなんと声をかけたらいいかわからなくなった。兄弟の死というものに遭遇したことのない自分は、こんな時にどう返すのが正解なのか見当もつかない。きっと、兄ならば上手い気遣いの言葉をかけてやれるのだろう。
その時だった。森の奥からズッ、ズッ、となにかが引きずられるような音がきこえた。
「なんだ?この音は。」
ラエドは腰につけていた短刀に手を添わせた。タルジュも身を少しかがめ、辺りを見回す。
「なんだろうね、向こうの方から聞こえる。」
しっ、とタルジュが人差し指を唇にあてラエドに目線を送る。ラエドもそれにうなずき返した。
ゆっくりだが、確実に音が大きくなって何かが近づいてきている。
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