2歩
(この国から追い出される・・・。)
ソファに倒れこんだまま、窓の外に目を向ける。橙色と薄紫色のグラデーションをつくりだしている空は月を迎える準備をしている。半端なく情けない顔をしているのが自分でもわかる。さすがに涙までは出ていない。
「俺って、この国にとって・・・居てもいなくても変わんないのかな。」
静かな部屋でぽそりとつぶやく。言葉にしてしまうと、余計に堪えられなくなる。ならば、もういっそのこと・・・。
そこからの行動は早かった。未だかつてこれほどの行動力を他にみせたことはなかったのではないのかと思えるほどに。そう、城を、王宮を、抜け出したのである。
が、しかし。
所詮は王子、くさっても王子。人目を避けるように数日かけてアスワド国から遠く離れたここナファフの森へたどりついたラエドだったが、手持ちの食料が底をついてしまう。水もほとんどない。空腹に耐えかねた彼はその辺のキノコ・・・毒キノコを口にしてしまい今に至るのである。
ぼやけてきた視界に1匹の蟻がみえた。何か食料を運んでいる。蟻ですら、たくましくこの森で生きている。
「俺は、蟻以下・・・・・?」
一人じゃ何もできない、生きていくことすらできない、城を抜け出した時には罪悪感よりも解放感にあふれていたはず。なのに今、絶望感にのまれている。
これが御伽噺であれば、ここで誰かお助けキャラが登場するはずだが、これだけ鬱蒼とした魔獣がいつ出てもおかしくない森に誰がいようものか。さよなら、父上、さよなら、母上、俺は・・・・・
「あのぅ・・・・。」
辞世の句を心の中で唱え始めたラエドに、何かきこえる。
「もしもし?あの・・・え?」
少し遠慮がちに肩をゆすられた気がした。しかし、ラエドの命の炎はもう。
「このキノコ、食べっちゃったんですか?生で?」
もう・・・・・・・・・。
「これ、火を通さなきゃ、お腹こわしますよ?」
(・・・・・・・・・は?)
途端に、ラエドは目を開く。そして肩をゆすったであろう人物に目を向けた。薄汚れたフードを被った人間、グレーの瞳が困ったような顔をしている。
「お腹、壊す、だけ?」
「え?あ、はい。」
「だけ?」
「?、そうですけど。」
彼の命の炎は健在である。
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「本当に助かった!恩に着るよ。」
ある意味九死に一生を得たラエドが深々と頭を下げた。
「いえいえ、でも本当にびっくりしましたよ。」
あれから、水と薬草をのませてもらった彼の症状は30分もすると嘘のように消えた。
「しかし、キノコ程度でああなるとはな・・。」
「最近、まともな食事や睡眠をとられてなかったのでは?」
ラエドより華奢でひとまわり小さい彼はそういいながらも、野営の準備をてきぱきとこなす。
「あ、うん、まあな。」
「免疫力が下がっていたのかもしれませんね、そのせいで症状が重かったのかも。でもなぜこんな森に?」
焚火の調整をしようとしゃがんだ彼に、まさか「政略結婚が嫌で、城を抜け出してきた」とは言えず。ラエドは無理くり話を逸らす。
「ちょっとな・・・いや、それよりも名前、名はなんという?」
「えっと、タ・・・タルジュです。」
こっちが焦っていたからか、タルジュも少しオドオドしながら答えた。
「タルジュか、おれはラエドだ。君はムサフィラ(旅人)なのか?」
「そうですね、まあそんなところです。」
焚火も落ち着いたようで、タルジュはフードをはがしてラエドの方に顔を向けた。隠れていた、透けるような薄い金色の髪が風に揺れる。その光景に、ラエドは息をのむ。
「綺麗だな。」
「え?」
しまった、声に出てしまったとラエドは焦り己の口をふさいだ。あきらかに自分より年も若い、若いが賢く、落ち着いた話し方をするタルジュ。少々華奢すぎるのはきっとムサフィラだからだろう。
(女と見間違えそうだ、しかしひとりでこの森に入る女なんていない)
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