1歩
兎にも角にもはじまりはじまり。
(もう・・・だめなのか?)
ラエドにはもう、瞼を開ける力も残っていなかった。体中がしびれ、呼吸をするのもやっと。なんだか手足の感覚もなくなってきたように思える。
なぜこんなことになってしまったのだろうと朦朧とする意識の中、ラエドは今までの自分を振り返る。
彼はアスワド国の第二王子として生まれた。
国民に愛され絶大な支持を得ている両親と、同じく国民から次期国王として渇望されている兄、国の宝とまでいわれる妹。そんな家族に囲まれた自分を、ラエドは悲観していた。
博識の兄は優しかったし、妹はとても自分をしたってくれていた。幼いころは二人にも武術においては勝っていたために何も感じていなかったが、成長と共にその差はあまりなくなってしまった。
この国には「精霊魔法」というものが存在する。
すべての民が有するわけではないが、精霊の加護を受けうまれてくるものたちが存在する。その力はおおよそ10歳の誕生日を境に強く表れていく。
ラエドも雷の加護をもってうまれたが、兄も妹も彼とは違う加護をもっていた。その力は本当に素晴らしいもので、ラエドの言葉にするなら「とっても使い勝手のある加護」である。早い話、ラエドは兄妹が羨ましかった。
そんな彼も17歳となり、兄の王位継承が本決まりし始めた矢先。事件は起きるのである。
~~~~~~~~~~~~~~~~
「け・・・・・・結婚!?」
珍しく国王夫妻、もとい両親に呼び出され謁見の間に足を踏み入れたラエドは品のない上ずった声をあげていた。
「わたくしが、ですか?」
漆黒の髪にレッドサファイアの瞳をもつ、せっかくの色男顔が情けなく青くなる。
「それほど驚くことだったか?」
「ええ、まあ・・。」
(当たり前だろう、突然すぎて意味がわからない。)
「しかし父上、私はその、なんといいますか、夜会などにもあの、あまり顔を出しておりませんでしたし・・。」
どんな令嬢がお相手なのか見当もつかない。だいたい、人の顔を覚えることが苦手(特に女性の顔など覚えようとしない)なラエドは結婚なんて面倒くさいのだ。ちなみに初恋もまだである。
「それに、兄上もこれから忙しくなるというときに弟である自分が・・」
「ああ、それは問題ではない。むしろその為にも今回のことは大事でな。」
青い顔のラエドをよそにニコニコした国王は話を続ける。
「それに、社交界に顔をあまり出していないのはわかっておる。まあ、顔を出していようといまいと出会うことはなかっただろう。相手はアスファル国の王女だ、お前には向こうで・・・」
ラエドは耳を疑った。アスファル国?なぜ父上は隣国の名を?表面上、なんとか顔を繕っているが汗が止まらない。
(王女?は?向こうでって?待ってくれ、それってつまり・・・政略結婚!?)
あまりの衝撃に、それ以上国王の言葉がラエドの耳に届くことはなかった。気づけばいつの間にやら自室に戻り、人払いをしてソファに倒れこんでいた。
彼は自分の立ち位置を理解しているつもりだった。政略結婚もよくある話だ、婿入りも含め。
王位継承に関してもそうだ。どうあがこうとも、兄には勝てない。だからせめて今年から入った国営騎士団で上まで上り詰め(もちろん王族なので今も下っ端というわけではない)兄の顔に泥を塗らぬよう、そして微力ながらも支えとなれるよう決意していた。それなのに・・・・。
ラエドは基本おバカかもしれない。