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祖母の事情5




 結局、王都騎士として過ごした7年のうち、ガルデニアは計3回大きな事件に遭遇し、時をループした。

 いずれも妙な勘を働かせ、死に至った結果のものだった。


 魔導、奇術、奇跡——暇さえあればあらゆる分野の文献をかき集め、時を遡る摩訶不思議な現象について調べたが、はっきりとしたことは何も分からなかった。


 ——だが、1つだけ分かったことがある。


「氷の騎士は怪しげな術を使い、未来を予知しているのではないか」


 そんな阿呆らしい噂話を耳にしたとき、ガルデニアはふと己の祖先のことを思い出した。

 異国の傭兵でありながら次々と敵将を打ち倒し、最後には大将首を獲って王に献上した、悪名高き野蛮なバルト家始祖。

 彼の活躍は、まるで未来を予知するがごときものだったという。


 また始祖に限らず、バルト家には戦場で「ありえない武勲」をたてた人間の逸話がいくつか残されている。

 「武勲を立てても身は立ててねぇな」と言って、いつもその話は締めくくられるのだが、問題はそこではない。


 ……まさか、始祖は自分と同じように時をループしていたのではないか? 

 そしてこの能力は、一族皆に備わっているものなのではないだろうか?


 そう考えて、ガルデニアは26歳の時、意を決して弟に「死んだ瞬間時を遡るような体験をしたことはないか」と手紙を送った。

 返事はなかった。彼は手紙を受け取るより先に、戦地で命を落としてしまったのだった。


 ループは一族全てに適応されるわけではないらしい。

 何とも皮肉な形で、それが証明されてしまった。


 後継となる予定だった弟が亡くなったことで、ガルデニアは王都の職を辞し、夫を伴って故郷へ戻ることになった。

 そして、子供を3人産んだ。子供達はつつがなく育ち、孫も6人できた。

 気づけばガルデニアは齢50を過ぎていて、最後のループから20年以上が経過しようとしていた。


 その間、新たなループに遭遇していない。

 となってはかつての摩訶不思議な体験が夢のようにすら思えてきて、もはやループの真相を知りたいという欲求も枯れてしまっていた。


 恐らく自分がループをすることはないだろう。

 日々体に蓄積する老いを感じながら、ガルデニアはそう考える。


 初めて死に、ループをしたあの時。「今はまだ死ぬ時ではない」という漠然とした確信があった。

 恐らく、あの感覚は間違っていない。若い自分にはやらねばならぬことがあった。だから死を許されなかった。


 だが人生の折り返し地点を過ぎ、己の子孫たちを眺めていると、果たすべき役目はもう終えた、という思いに至る。

 きっと自分の役目は子供らを産み、バルト家の系譜を後の世に繋ぐことだったのだ。


 もしかしたら、子供たち、或いは孫たちの誰かにもループの素質があるのかもしれない。

 だが、それをいちいち確かめる訳にはいかない。警告するつもりもない。本人が気付いていないなら気付かぬまま、時を過ごした方が良い。

 ループはガルデニアに事件の解決をもたらしたが、それに伴う死の経験(それも、3回もだ)は、確実に精神を削った。

 あの痛苦を、彼らに味わわせたくはない。

 ……それに、家訓に従って命を落とすような愚か者の多い家である。うっかりループのことを教えれば、窮地に陥ったとき、奇跡の一発逆転を狙って自ら死を選ぶ輩が現れてしまうかもしれない。それだけは避けなければ。


 そうして、ガルデニアはループの事実を記憶の奥底に封じることにしたのだった。



 はず、なのだが。



 春の嵐が吹き荒れるある日。

 ガルデニアの長男——サイラスの妻が、赤子を産んだ。ガルデニアにとって、7人目の孫だった。


「あなた、ほら。女の子よ」

「そ、そうか。女の子か」


  サイラスの声が震える。彼には既に3人の息子がいたが、女の子供は初めてだった。


「もう既にお兄ちゃんたちより元気いっぱいよ。この子はかなり手がかかりそうね」

「女の子なんだ。きっとお前に似て優しく淑やかな子になる」


 おっかなびっくり我が子を受け取って、サイラスは何度も「女の子」と繰り返す。よほど嬉しかったらしい。

 彼の妻はベッドに横たわりながら、夫の様子を少し苦笑いを含めて眺める。そして、部屋の隅に立つガルデニアへと目を向けた。


「お義母様。どうかこの子を抱いてやって下さいな」

「……ええ、それでは」


 ガルデニアは、我が子を抱え込むサイラスに近づき、彼の腕の中を覗き込む。

 やや大きめの新生児が、びゃあびゃあ泣いていた。


「母上、女の子です」

「わかっています」


 浮かれ調子の息子にそう返し、孫を受け取る。

 すると抱き方が気に入らなかったのか、赤子はくわっ! と目を開いて、


「うびゃああああッ」


 咆哮した。


「母上、女の子なので優しく抱きませんと」

「貴方は自分に姉がいることを忘れたのですか」


 オロオロしだす息子に若干イラっとしながら、ガルデニアは赤子をあやすように揺らした。

 しかし赤子は落ち着くどころか更に勢いを増して、ガルデニアをげしげし蹴り始める。


 生まれたばかりのくせに、なかなかいい蹴りだった。

 蹴られた場所に、ビリリと電流が走る。


「……」

「母上、やはり嫌がっているようです。一度私が抱きましょう」

「……」

「母上?」


 サイラスに呼びかけられ、ガルデニアははたと我に返る。

 そして魚のようにびちびち動く赤子を、そっと父親の腕に返した。少し憎らしいことに、赤子はサイラスの腕に戻った瞬間「ふぇ……」と大人しくなる。


「そうか、父親が分かるか。やはり、女の子は男の子と何か違うものだな」


 得意げな笑みをサイラスは浮かべる。

 だが、もはやそんな瑣末なことに苛つく気になれなかった。



 ——それは、まったくの勘であったと言わざるを得ない。


 しかしガルデニアは確信した。



 こいつは将来、何かやらかす。

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] オチが秀逸 [一言] またオチで吹きました 笑
[一言] お祖母様の勘尋常じゃないですね
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