祖母の事情4
サロンの扉を蹴破る。まだ倒れる人間の姿はなく、騎士達はルシャールを取り囲んでグラスを手にしていた。
彼らの媚びへつらうような笑顔が凍りついたのち、非難めいたものに変わっていく。
「おい、いきなりなんだ。閣下に無礼だろう! お前はさっさと外にもど——うぁっ!」
前に立ちはだかり、唾を飛ばして居丈高に怒鳴る同期の騎士を、ガルデニアは躊躇なく押し退ける。
そしてぽかんと口を開けるルシャールの手前に女中の姿を認めると、床を蹴って前に突進した。
全員が唖然とするなか、女中だけは目の端に鋭い光を走らせる。ガルデニアの意図に気がついたようだ。
女中は抱えていた盆の裏から短剣を抜き出す。しかし白刃を振り上げる余裕すら与えず、ガルデニアは剣の柄で女の鳩尾を強かに突いた。
「……ッ!」
苦悶の息が女中の口から吐き出される。
続けて側頭部を鞘で殴打されると、女中は仰け反りどさりとルシャールの上に落ちた。
「ひいぃ!」
己の上で痙攣する女を見て、ルシャールは悲鳴をあげる。更に女中の手から銀の短剣がごとりと零れ落ちると、彼は子鹿のように身を縮こまらせた。
「閣下、お怪我はありませんか」
ルシャールから女中を引き剥がし、ガルデニアは訊ねる。特使は何も言わず、ガクガクと振り子のように青い顔を頷かせた。
彼の哀れなほどに情けない姿を見て見ぬ振りして、短剣も回収する。だが、これで終わりではない。
ガルデニアは素早く背後へ振り返ると、殺人者を鋭く見据えた。
「……グレイン分隊長。貴方がこの女の協力者だな」
「は……」
冷ややかな声で名指しされ、硬直していたグレインが目を見開く。
「騎士ロージオの解任、手薄な警備、そして女中に扮した暗殺者——なるほど、確かに条件は揃っている。だが、この場の全員を殺害し、その後はどうするつもりだった? 国外逃亡の予定でもおありだったか」
「な、何を言っている、ガルデニア・バルド! 血迷ったか!」
「私は至って正気です、分隊長。惚けるならそれもよろしかろう。ですがこの女の侵入を許した以上、追及は免れられないことをお忘れなく」
「……!」
グレインは額に筋を浮かび上がらせ、魚のように口を開閉する。
だが上手い反論が思いつかなかったのか、彼は周囲の騎士達を見回すと、苦し紛れに声を張り上げた。
「あの女はどうかしている! い、いきなり現れて暴れた挙句、私を犯罪者扱いするとは……。気が触れたに違いない。今すぐ、拘束しろ!」
「しかし……」
騎士達は顔を見合わせ、次にガルデニアが手にするナイフを見る。
女中の正体は不明だが、不審者をガルデニアが撃退したことは明白。その彼女を捕らえていいものなのか、迷っているようだ。
言いなりにならない部下達を見回して、グレインは大きく舌打ちする。そしてとうとう、腰元の剣に手を伸ばした。
「腑抜けどもが! お前達が動かぬなら——」
彼が最後まで言い切ることはなかった。
グレインが剣を引き抜くよりも早く、ガルデニアは彼と距離を詰めていて。そしてすらりと長い右足を、天に向かって振り上げる。
それは空を切り、音を置き去りにして——グレインの急所に容赦なくめりこむのだった。
「——!!」
周囲の男達が、揃って「うっ」と息を呑む。
それと同時に、グレインは声ならぬ声を漏らしながら床へと倒れこむのだった。
「……はじめてこの技を使ったが」
1人涼しい顔で、ガルデニアは「ふむ」と頷く。
「確かに、使えるな」
◇
その後、ガルデニアはグレインと共に拘束された。
暗器を隠し持った女中を倒したところまでは許されたが、明らかな根拠もなく分隊長を暗殺者の共犯扱いし、甚だ騎士らしからぬ手段で以って無力化したことは許されなかった。
騎士達のグラスには軒並み毒物の痕跡が認められるなか、ルシャールとグレインのグラスには異常がなかったことが判明しなければ——そして、彼の自宅から大金と大掛かりな旅支度の用意が見つからなければ、処分されていたのは彼女の方だったかもしれない。
「なぜ外に締め出されていた君が、暗殺者とグレインの陰謀に気づくことが出来たのかね?」
拘束が解かれる直前、尋問官はガルデニアにそう訊ねた。
まさか殺されて時を遡ったのだと言えるはずもなく、ガルデニアは「勘です」と答えてその場を押し切った。
「私は脅されていたんだ。それで仕方なく、あの女を手引きすることに……。そ、それに、毒を盛ることも知らなかった。ただ、皆を眠らせて、その間に書簡の内容を聞き出すつもりだと聞かされていたんだ」
グレインは尋問が始まるやいなや、あっさりとそう白状したという。
彼は懸命に殺意を否定していたが、他国の人間を王都騎士が害そうとすること自体、許されぬ行為である。本来なら、この一件を機に戦が始まってもおかしくなかった。
だが、今回の黒幕はルシャールの国の人間。
そうした事情から、本件は全て”はじめからなかった”こととして片付けられ、二国は変わらぬ同盟関係を維持することになったのだった。
その後、女中とグレインがどうなったかは分からない。
騎士団でも、グレインの名を口にする者はいなくなった。皆、上層部の決定に忠実に従い、全てなかったこととして振る舞った。
だが、”野生的勘と甚だ騎士らしからぬ手段で以って暗殺計画を潰した女騎士”の存在については、忘れ去ることは出来なかったらしく——
以降ガルデニアは”氷の女騎士”という二つ名と共に、畏怖と尊敬を集める存在となるのだった。
由来については、諸説ある。





