祖母の事情3
「……は」
気づけば、ガルデニアは外回廊の石畳に立っていた。
「……」
しばらく茫然と、回廊に立ち尽くす。
灯篭に照らされる石床、痛いほどの冷風、半月が浮かぶ夜空。
先ほど見たはずの光景が、目の前に広がっていた。
胸に手を這わせる。痛みはない。
ゆっくり視線を落とすと、染み1つない騎士服が目に入った。
今のは、何か。
胸元を握りしめ、自問するが答えは出て来ない。
ただ生々しい記憶につられるように、鼓動がドクドクと速鳴り始める。額から汗が滑り落ちる。
自分は今、胸を貫かれたはず。なのに、なぜ傷がないのか。なぜ生きているのか。
……いや、そういう問題ではない。
まさか自分は——
コツ
石床を歩く足音が、真向かいから響く。こちらに近づく気配に、反射的にガルデニアは顔を上げる。
それは、1人の女中だった。
「……!」
見たことのある女中だった。その手には、水差しと酒瓶を載せた盆。
女中は立ち竦む女騎士に一礼すると、横をすり抜け回廊奥へと消えて行く。ガルデニアはただ、その姿を愕然と見送る。
最早疑いようのない確信が胸に落ちた。
これは夢などではない。自分は一度死に、そして時を遡った。あの女中は賊で、これからサロンで事件が起きる。
大勢が犠牲になるかもしれない。ルシャールも生き延びることはできないだろう。
不自然なほど、近くに他の人影はない。今から人を呼んでサロンへ向かっても、間に合うとはとても思えない。
つまり、事件が起きる直前に駆けつけられるのはガルデニアただ1人。
……だが再びあの部屋に赴けば、死ぬかもしれない。
先ほど穿たれた場所が、じりじりと痛み始める。
「今ここで死ぬな」と誰かに囁かれているような気がした。
自分は今ここで死ぬ運命ではない。だから、時が巻き戻ったのではないだろうか。
せっかく生き延びる機会を与えられたというのに、命をくだらぬ連中のために軽々しく扱っていいものなのか。
そもそも、自分を外へ追いやったのはルシャールたちの方だ。
護衛対象が命を落とすことで多少の責は問われるだろうが——もしくは、騎士の地位を奪われることになるかもしれないが、それがなんだと言うのか。騎士という身分に未練はない。あの部屋の人間たちに恩義など一欠片もない。
この戦いに命を懸ける必要はない。
そう思い至って、ガルデニアは女中と反対方向へ進もうとする。……が、両の足は彼女の意思に抗い、地面に張り付いたまま動かない。
「なぜ」と思ったところで、幼い頃、父から繰り返し聞かされた言葉が頭の中でこだました。
『売られた喧嘩は売り返せ。敵は地の果てまでも追い詰めろ』
「……」
野蛮で古臭くて、おまけに馬鹿馬鹿しいバルト家家訓。ガルデニアは昔からこれが大嫌いだった。
このモットーに従って命を落とした親類が何人いることか。感情の赴くまま戦いに挑むなど、愚か者のすることである。
……それなのに。
「……厄介な家に生まれてしまったな」
ガルデニアは大きなため息を吐くと、サロンに向かって走りだすのだった。





