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祖母の事情2



 外回廊に出ると既に日は沈んでいて、灯篭がぼんやりと薄闇を照らしていた。

 春目前とはいえ、凍てつく寒さは続いている。おまけに今日は風が強い。

 外回りの方が気楽な仕事とグレインは言うが、骨の髄が痛むような冷気の中を歩き回るのは、ガルデニアですら眉を顰めるほど過酷だった。勿論あの同期の騎士は、このことを承知の上で外の見張りをさせろ、などと言い出したのだろう。


 それでもガルデニアは、薄氷のように磨き上げられた石床を律儀に進む。


『女なら特使閣下のお気に召すかと思ったのだがなぁ』


 先ほどのグレインの言葉が思い出される。

 彼はガルデニアに何を期待していたのだろう。彼女があの特使に気に入られでもしたら、酌をさせるつもりだったのだろうか。

 彼はガルデニアに対し比較的友好的な人物であるものの、彼女を真っ当な騎士の1人として数えたことはない。愛想の良い笑顔の奥には、いつも侮りが透けて見えた。


 騎士になろうと思って騎士になったわけではない。ただ、武門の人間として国に仕え、黙々と任務をこなしていたら、いつの間にかガルデニアは20の若さで王都騎士という地位を獲得していた。

 女として男に張り合うつもりもなかった。ただ騎士に任じられたからには、同僚たちと共に己が責務を全うできればそれで良いと考えていた。

 ——だが、周囲の男たちは違うようで。

 男たちに混じって剣を振るう彼女を、多くの者は色物のように扱った。先ほどの同期のように、嫌がらせのような仕事を押し付けて、彼女の反応を試すような真似をする者もいた。


 心折れたわけではないが、必要とされてもいないのに騎士という仕事を続ける意味があるのかと、疑問に思うことが多くなった。

 別に騎士でなくとも、剣で身をたてる方法などいくらでもある。春になったら、今後の身の振り方を考えるべきか——


 そんなことを考えていた時だった。


 1人の女中が真向かいからこちらへと歩く姿が目に入った。その手には、水差しと酒瓶を載せた盆がある。

女中はガルデニアに向かって一礼すると、横をすり抜け回廊奥へと消えて行く。向かう先はルシャールのいるサロンか。


 先ほどあの特使殿は酒を運べと言っていた。おそらくその用を言いつけられたのだろう。特に気にする必要はない。

 ——と、考えるべきなのに。

 ガルデニアは、何故か違和感を覚えた。理由は分からない。


 持ち物がおかしかったわけではない。不審な素ぶりがあったわけでもない。何が己の胸を騒がせるのか、ガルデニア自身分からない。

 ……分からないのだが、一度焼きついた予感を捨て置くこともできず。

 しばらく石床を進んだあと、くるりと身を翻して、ガルデニアは女中のあとを追った。





「ひいぃ!」


 建物内部に入りしばらく歩いたところで、嫌な予感を裏打ちするように甲高い悲鳴が響き渡った。

 その瞬間、足は勝手に前へと駆け出す。


 応援を頼めないか、周囲に視線を走らせる。しかし不自然なほど人影はない。

 ガルデニアは堪らず唇を噛む。


 やがてサロンの扉が見えてくると、駆ける勢いそのままに中へと踏み込んだ。


「ルシャール特使!」

「あ——あぁあ!」


 ……サロン内部は惨憺たる光景に塗りつぶされていた。

 室内に待機していた騎士たちはみな床の上、あるいは椅子の上に倒れ伏している。

 彼らの側には漏れなくワイングラスが落ちていた。いくつかは中身をぶちまけ、毛足の長い絨毯に大きな染みを作っている。


 そして、ルシャールは——先ほどと同じソファの上にいた。しかし持ち前の余裕と高慢は抜け落ちて、かわりに恐怖が彼の顔面を染め上げていた。

 更にルシャールの上に跨り、彼の首元に短剣を突きつける人影がある。


 あの、女中だった。


「た、た、助けて! 他の連中は急に倒れて——」


 ガルデニアを認めると、唇を震わせてルシャールが叫ぶ。だが彼が全てを言い切るより先に、女中が右手を振り上げた。その手の先で一閃が走り、続けて赤の飛沫が迸る。


「……!」


 声ならぬ声が、ルシャールの口元から漏れた。女中が体を離すと、彼は喉元を押さえながら床に転げた。


「閣下!」


 ——考える暇はなかった。

 惨状に目を瞬かせる間にも、女中は身を反転させ、ガルデニアに向かって短剣を振りかぶる。

 目前から放たれる殺気に手足がすかさず反応し、ガルデニアは腰元の剣を引き抜いた。


 きん、と刃が音を鳴らす。柄を握る手に剣戟を弾く手応えがある。

 

「チッ」


 小さな舌打ちは女中のものだ。女中は少し仰け反るも、更に間合いを詰めて矢継ぎ早に刃の切っ先を放つ。

 絡みつくような刺突を辛うじて受け流しながら、ガルデニアは女中の背後——ルシャールに視線を向けた。


 ルシャールはうずくまり、肩を激しく上下させている。首元からは、両の手では留められないほどの血が溢れ出ている。場所が悪い。だが、まだ息はある。

 まるで事態を把握できないが、今現在、護衛対象を害す敵がいることだけは事実。彼の命を繫ぎ止めるためにも、眼前の敵を排除せねば。


 ……1つ目標を定めると、ガルデニアは大きく前に踏み込み、しなる刃で女中の右肩を切りつけた。


「!」


 一気に距離を詰められ虚を突かれた女中は、痛みに顔を歪ませつつ、後方へと飛び退く。


 だが、女中が次なる攻撃に移るよりも早く、ガルデニアの長剣が女中の凶器を鋭く突いた。


 短剣は火花を散らながら大きく弧を描き、後方の壁に突き刺さる。しまった、と女中が息を飲んだときには、長剣の切っ先は彼女の喉元を捉えていた。


「動くな」


 冷ややかに放たれる言葉に、女中はぴたりと動きを止める。


「両手を頭の後ろに乗せ、床に跪け」

「……」

「早く!」


 鋭い一喝を浴びせる。剣先がわずかに女中の肌に食い込んで、血が滴り落ちた。

 しかしそれでも女中は動かず、ガルデニアの顔を感情を灯さぬ瞳で眺める。


 いや、違った。女中はガルデニアではなく、更にその後ろを見ていて——


 ずぶ


 肉を断つ音が、体の内から聞こえた。

 何かが背にめり込んでいく。肺腑から苦痛が湧き上がり、全身に熱が立ち込める。


 ゆっくり下へ視線を落とすと、自身の胸から刃が顔を出していた。


 体の芯から力が抜けていく。ずるる、と体から剣が引き抜かれるのを感じながら、床へと倒れこむ。


 まさか、まだ敵がいたとは。……室内に誰かが入ってきた気配はなかったはずなのに。


 生が遠のいていくのを感じながら、ガルデニアは最後の力を振り絞り、もう1人の敵を見上げる。

 殺人者が、彼女を見下ろしていた。



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お祖母様のループ開始ですね
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