祖母の事情1
ガルデニア(カトレア祖母)視点の話になります
若かりし頃のお話からスタートです
それは、まったくの勘であったと言わざるを得ない。
———
「なぜ女がここにいる」
王城客館のサロンにて。
天鵞絨張りのソファに腰掛け尊大に足を組んだ青年が、ガルデニアを視界の端に認めると彼女を顎でくい、と示した。
それに平坦な声でガルデニアは答える。
「本日夕刻より、騎士ロージオに代りルシャール閣下の護衛任務に……」
「なぜ女がここにいる」
ガルデニアの言葉に覆い被せるように男——ルシャールは繰り返す。その目はガルデニアではなく、隣の騎士グレインに向けられていた。
「閣下。今朝ロージオが失礼を働いて、大変お怒りになっていたではないですか」
「……ああ、あの不細工で不躾な男か。やれ勝手に歩き回るな、やれ女を呼び込むな、とたかが護衛の分際で口煩い奴だった」
「ええ、まったく。そこで本日夕刻からは、こちらのガルデニア・バルドが閣下の護衛役をお勤めする次第となりました。何卒よろしくお願いいたします」
グレインは王都騎士らしからぬ腰の低さで、ルシャールの顔を伺う。しかしルシャールは童のように不機嫌を露わにしたまま両腕を組んだ。
「無礼な不細工の次は、騎士の仮装をする女か。お前たちは余程私を死なせたいらしいな?」
「滅相もございません。閣下は我らが同盟国の貴いお方。騎士一同、命に代えてもお守り致す所存です」
「……」
「それに、このガルデニアは女でありながらなかなかの剣の腕前を持っておりまして。加えて貴族の——」
「もうよい」
ルシャールはうんざりした口調でグレインを制すると、乙女のように滑らかな指で自身の金髪を弄り「ふん」と鼻を鳴らした。
「この国の騎士は女に成り代わられるほど落ちぶれているのだと考えれば、まあ許してやる気にならなくもない。私とて、憐れみの気持ちくらいなら持っている」
「は。ご理解頂きありがとうございます」
「だが室内に役立たずがいても仕方がないだろう。……眺めて楽しめる程の見てくれでもないし」
「ならば閣下。彼女には外の見回りでもさせておけば良いかと」
ルシャールの側に立つ騎士が前に進み出る。
ガルデニアと同期の男だった。ガルデニアが彼を見ると、ニタリと悪意の篭った笑みが返された。
「その程度の仕事ならば、女でも勤まりましょう。閣下のお気を煩わせることもありませんし」
「そうだな。では騎士グレイン。その女は外に転がしておけ」
「……承知しました。それでは、彼女に指示を与えて参りますので、私も一時失礼します」
「ならついでに、給仕に酒を持ってくるよう命じておけ。昨日飲んだ赤がいい。モノを知らぬ君たちに、我が国の葡萄酒を振舞ってやろう」
グレインは何度も頭を下げる。ガルデニアも一度低頭すると、身を翻し扉へと向かった。
室内でことの様子を見守っていた他の騎士たちが、ガルデニアを視線で追う。そのほとんどは、嘲りを含んでいた。
◇
「すまんな、ガルデニア。無理を言って急遽こちらの任務についてもらったというのに」
「いえ、お気になさらず。慣れておりますので」
ルシャールの自室を出て廊下を歩きながら、グレインは困ったように何度も謝罪を繰り返した。ガルデニアは相変わらず仮面のように顔を崩さぬまま、首を振る。
「特使殿ときたら、この国に到着してからというものずっとあの調子でな。護衛役の交代もこれで3度目だ」
「グレイン分隊長のご苦労は聞き及んでおります」
「苦労、ね」グレインは呟き、ほんの少し皮肉っぽい笑みを口の端に浮かべた。
——ルシャールは、同盟国の人間である。祖国では、王家に連なる高位貴族の御曹司という立ち位置にあるらしい。
彼は特使という大役を任じられ、王の書簡をガルデニアたちの国に届けるべく自国を出立した。ところが、その道程で何度か賊の襲撃を受けたという。
人格にやや問題があるようだが(更に言えば、特使としての資質に大いなる問題があるようだが)、その身分は間違えようもなく高貴。だから、彼の周囲には大勢の護衛がいた。
しかし賊は、なかなかの手練れ揃いだったらしい。襲撃の度に護衛は1人、また1人と数を減らしていき、ルシャールがガルデニアたちの国に到着した時には、特使一行はその規模を三分の一程度にまで縮小させていた。
薄くなった特使護衛の補強に駆り出されたのが、王都騎士団分隊長であるグレインであった。高位騎士にありがちな尊大さを一切持たず、誰に対しても愛想の良い彼の性質は、高慢な特使のお守りにぴったりだと判断されたのだ。
だがルシャールの我儘ぶりは、周囲の予想を遥かに上回った。
彼は自身が命を狙われ、何人もの部下を奪われたことをすっかり忘れてしまったのか、王都に到着して以降、「あの護衛の顔が気にくわない」「もっと美人な女中に給仕させろ」と過度な注文を次々に口にするようになった。
それにいちいち対応した結果、現在彼の周囲には胡麻擂りと揉み手の得意な騎士ばかりが揃ってしまったという。
「閣下がご機嫌を損ねるのもわからなくはない。道中命を狙われ続けては、神経を擦り減らすだろうしな。それに噂では、閣下のご実家はお家騒動で揉めに揉めているとか」
「……今回の襲撃は同盟国の人間によるもの、ということですか」
「さあな、わからん。閣下が王都に到着してから特に問題は起きていないからな。だが、黒幕がわからん以上、気は抜けない。今以上に機嫌を損ねて護衛に口出しをされても困るし、ここは腹立たしくても閣下に従った方がいい」
「分かっております」
そこで、外回廊に通じる扉の前に到着する。2人は足を止め、互いに向き合った。
「と言う訳で、建物周囲の巡回を頼む。何かあったら遣いをやろう」
「——は」
「不愉快かもしれないが、特使の側にいるよりずっと気楽な仕事のはずさ。他に警備の兵士もいるし、気張る必要もない。ま、よろしく頼むよ」
ガルデニアの肩を叩き、グレインはやれやれと困ったように両肩を竦める。
「すまんな。女なら特使閣下のお気に召すかと思ったのだがなぁ」





