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ループ2-3



 一度何者かに殺されたという奇怪な記憶。自分1人で抱え込むにはあまりに重すぎる話だけれど、じゃあ誰に相談すればいいのだろう。

 テレサ? それともトリス兄様?

 2人の顔を思い浮かべるけど、結局首を振る。

 前者は無駄に(頭がおかしくなったのではと)心配させるだけだ。後者は(頭がおかしくなったのだと)馬鹿にされるだけだろう。


 私だって、何も知らなかったら2人が真剣な表情で「一度死んだ記憶があって」と相談してきても、変な冗談だと思って笑い飛ばすに違いない。


 ……結局、黙って気味の悪い記憶に蓋をするしかないのだ。今日は自分の部屋を完全に閉めきって、明日を待つことにしよう。

 この不本意な結婚をどうするかは、明日以降考える。今は考える余裕なし。


 ちょうど、そう自分の中で結論づけられたところで自室が見えて来た。

 来たばかりの慣れない城館でも、「自分の部屋」の存在になんとなくほっとする。


「部屋に戻ったら、お茶を用意しますね。一服して、それからどうするか考えましょう」


 ペトラがウィンクしながら言う。ただ主寝室へ行って帰って来ただけの間に、この子とはちょっと距離が縮まったように感じた。

 こんな最悪な状況じゃなければ、新たな友人ができたかもと喜べたのに。


 ペトラは早足で扉に近寄ると、軽くノックした。


「ペトラです。事情があって、奥様と戻って来ました」


 返事がない。ペトラが首を傾げながら私を見る。

 そして「入りまーす」と言いながら、扉を開けた。


 部屋の中は、出た時よりも薄暗い気がした。

 ああ、暖炉の火が消えているのだ。どうしてだろう。もう皆、私が主寝室へ行ったからと解散してしまったのだろうか。てっきりペトラが戻るまでは部屋に待機しているものと思っていたけれど。それに何だか、甘い香りがする。


「ひっ」


 隣でペトラが息を飲んだ。つられて彼女の視線を辿る。

 ——その先には、床に倒れ臥す人の姿があった。


「きゃあああああっ!」


 甲高い悲鳴が響く。


 部屋の中では、テレサ、イネス、ハリエ——つい先ほどまで共にいた人々が、床に横たわっていた。

 皆、放りやられた人形のように、だらりと手足を投げ出したまま動かない。


 どくん、と心臓が大きく震えた。


 危ない。この部屋は危険だと、本能が警鐘を鳴らす。今すぐにテレサの無事を確認したいのに、足が床に縫い止められたようになって、私はしばし立ち尽くした。


「うぅ……」


 1つの影がわずかにうめき声を上げる。


「イネス!」

 

 ペトラが悲鳴に似た声で言って、その影に駆け寄る。あまりの光景に棒立ちしていた私も、釣られるようにしてその後を追った。


「イネス、何があったの! ねえ、大丈夫——」


 イネスの体を揺らしながら、ペトラは呼びかける。しかしその言葉は最後まで続かなかった。


 甘くまとわりつくような香りが、顔面を覆う。


 そう感じたとたん、喉と目が焼けるようにひりひりして、私は激しく咳き込んだ。

 ペトラも同様に、口元を押さえて咳き込んでいる。


 ぼろぼろと汗のように涙が溢れてくる。流した自分の涙がひどく染みた。次に喉が詰まって、息を吸うこともできなくなる。助けを呼ぶ声すら上げられない。涙と痛みのせいで視界は酷く歪んで、何も見えなかった。

 すぐ近くで何かが倒れる音がする。これはペトラが倒れた音か。それとも自分自身が倒れたのか。


 何も見えない中、空気を求めて懸命にもがく。けれどいくら喉を掻き毟ろうと、口を動かそうと、閉じた喉が開くことはない。


 いっそ、意識を手放せたらどんなにいいことか。

 苦しみに悶えそんな考えが頭を過ぎったとき。背中に、大きな衝撃が走った。


 痛い。


 これは、何かで胸を貫かれた痛みだ。熱いものが自分の体から溢れ出ていく。この感覚を、私は前にも経験したことがある。


 苦しみと痛み、2つの感覚に苛まれながら、私の意識はやがて途切れるのだった。





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