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彼の今後③


 やっと、静かになった。一仕事終えたような気になって息をつく。そうすると、少し冷静になって、自分が今何をしたのか気づいてしまった。


 つい勢いでお節介をしてしまったけど、セレニアちゃんとライゼルさんを2人きりにしちゃうって、結構とんでもないことなんじゃないだろうか。それに、これで色々罷り間違って、ライゼルさんとセレニアちゃんがカップル成立してしまったら……どうしよう。

 その場合、ライゼルさんが私の義弟? うわぁ、冗談じゃない……。セレニアちゃんの相手はセレニアちゃんに選ばせるって、クリュセは言っていたけれど……うわぁ。

 怒りばかりが先立って、ライゼルさんの告白が上手くいってしまうケースを想定していなかった。これは非常にまずい。


 アージュさん並みの出歯亀だとは理解しながらも、扉に耳を当てて会話を盗み聞こうかとしばし葛藤する。——けど、すぐ隣で小さい笑い声がして、私ははたと動きを止めた。

 フィラルド先生が、ぶるぶる震えて笑っている。


「あ……えっと、フィラルド先生……?」

「いや、すまない。はじめは可愛らしいお嬢さんだと思っていたのに、君が想像以上の女傑なものだから、つい」

「じょけつ」


 褒められているのかよくわからなくて言葉をおうむ返しすると、フィラルド先生は笑いを止め、鋭く真剣な瞳を私に向けた。


「冗談で言っているのではない。本当に、君には感謝しているし、尊敬の念を抱いている。息子ライゼルを救ってくれて……ありがとう。そして、私のせいで巻き込んで申し訳ない」


 そう言って、フィラルド先生は膝を床につき、深々と頭を下げる。

 突然のことで、先生が自分に向かって何をしているのか分からなかった。状況を理解すると、驚愕のあまり、私はつい飛び上がってしまった。


「やめてください。私は、別にライゼルさんを救おうと思ったわけじゃないんです。それに、自分が巻き込まれたなんて思っていません」

「私が過剰に騎士団の一部面々を追い詰めようとしたせいで、君とライゼルが標的になったのだ。私がもう少し、周囲に気を配ることが出来ていれば……」

「そんな……」


 どうしよう。国一番の剣豪に本気の謝罪をされて、居た堪れなくなってしまう。

 助けを求めて周囲を見回すと、いつの間にかハリエは姿を消していて、護衛は壁に同化していた。

 うう、援軍は望めない。

 仕方なく深呼吸して、私はフィラルド先生に向き直った。


「こ、今回の件について、私はフィラルド先生が悪いなんてちっとも思っていません。悪いのは、悪いことをしようとした人たちです。だから、謝られても窮屈です。……どうか、顔をあげて下さい」

「……」


 そこまで言われて、頭を下げ続けるのも失礼と思ったのだろう。フィラルド先生は、頷いてさっと立ち上がる。

 切り替えが早いところは、流石である。こんな格好良い見本が近くにいたのに、どうしてライゼルさんはああなのか。


「……本来なら、もっと早くに謝罪に伺うべきだったのだがな。どうしても王都を離れられず、こんな時期の謝罪になってしまった」

「そうですね。私も、事件直後だったら謝罪を聞くくらいの余裕はあったかもしれません。でも、もう1ヶ月以上経って、今は奥様修行でそれどころじゃなくなっちゃったんです。だから、謝罪は受付終了です! 今後一切、この件について頭を下げるのもごめんなさいも、なしにして下さい!」


 また膝を折られては困るので、そう言い切って腕で大きなバツを作る。

 すると、フィラルド先生はぽかんと私をしばらく見下ろして……それから、今度は腹を抱えて笑い出した。


 な、なんだなんだ……また笑われてしまった。

 ここ最近、感情をあんまり発露しない殿方とばかり過ごしてきたせいで、こうも快活に笑われるとちょっと気圧されてしまう。

 今度は私がぽかんとしてフィラルド先生を見上げると、先生は「すまない」と必死に笑いを抑えながら言った。


「何というか、君は——明るくて、元気だな。共にいると、気分が晴れてくる。クリュセルドが惚れてしまうのも無理はない」


 出た、元気。……でも、私はどうやらこの元気さで旦那様を射止めたらしいし。今では元気と言われても、そう悪い気はしない。

 それにフィラルド先生に褒められると、ちょっと照れるけど、なんだか気分が高揚してしまう。

 今度、兄様たちに自慢しよっと。


「クリュセルドも、色々と内に溜め込む性質たちの男だ。だが、彼はライゼルと違って、自由がきかない立場にある」


 1人浮かれる私とは対照的に、フィラルド先生はしんみりと、ほとんど囁くように漏らす。


「だが、君が傍にいてくれるなら、彼が折れることはないだろう。少し、安心したよ」

「……」


 優しく、でも少しだけ寂しそうな声だった。

 そんなフィラルド先生の横顔を、私はこっそり盗み見る。すると、すぐにこちらの視線に気付かれて、穏やかな瞳で見返されてしまった。


「どうか、クリュセルドを頼む」

「……はい」


 応えると、フィラルド先生は優雅に一礼する。そして、静かにその場を立ち去るのだった。








 そのあとしばらくして、ライゼルさんが部屋から出て来た。

 早速結果を確認しようとしたら、私と目が合うなり彼はぺこぺこしながら「クリュセルドと話をしてくる」と言って、そそくさと逃げてしまった。もちろん追いかけようとしたけれど、壁と同化していたはずの護衛兵に「奥様勘弁してください」と立ちはだかられ、追跡を断念せざるを得なくなった。

 おのれ、ライゼルさんめ。


 だが、サロンにはセレニアちゃんが残っている。告白劇の結果は、仲良し女子トークで全部教えてもらえばいい。隠そうとしたって、そうはいかないのだ。

 そう考えつつサロンに入ると、心なしか晴れやかな表情のセレニアちゃんが、椅子に腰掛けていた。


「ねえ、セレニアちゃ——」

「はい、お義姉様」


 かぽ、と口の中にスコーンを突っ込まれる。

 噛み締めると、バターと小麦とジャムの芳香が、ふんわり口の中に広がった。


「美味しいですか?」

「うん。それでね、セレニアちゃ」


 飲み込んで話そうとすると、また口の中にスコーンを投入される。


「お義姉様のために用意してもらったんです。いっぱい召し上がってくださいね」

「……うん」


 ノンストップで与えられるスコーンを、私はひたすら味わい、咀嚼する。咀嚼以外許されない空気がそこにあった。



 スコーンは冷めても、美味しかった。

 


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