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彼の今後①

エピローグ後のおはなし



 今日も朝から領内の地理について勉強をして、ヘロヘロになってしまった。

 気分転換に厩舎に遊びに行こうかなぁ、なんて考えつつ窓の外を眺めていたら、セレニアちゃんが部屋を訪ねてきて、「サロンで少し休憩しませんか」と声をかけてくれた。誘われるがままついて行ったら、サロンにはお茶と焼きたてのスコーンが用意されていた。

 ここ最近、窓を眺めているとおやつが用意されるようになった気がするのだけれど、気のせいだろうか。腹持ちのいい茶菓子ばかりがセレクトされているあたりにも、作為を感じる。

 とは言え、スコーンは好きなので頂くことはやぶさかではない。しかもこのお屋敷、スコーンが銀のトレーに宝石のように並べて供されて、クリームや職人お手製のジャムまでついてくる。スコーンが実はこんなおしゃれな食べ物だったなんて、つい1ヶ月と少し前まで知らなかった。

 こういう垢抜けた食事をたくさんとれば、いつか私もクリュセやセレニアちゃんみたいな美貌を手に入れられるのかもしれない。だから、クリームとジャムは多めに乗っけておこう。

 ……と、言い訳しつつ、いざ齧らんと口を開ける。


 そこで、ライゼルさんが訪ねてきたと、横に控えていたハリエが遠慮がちに声をかけてきた。

 ライゼルさんの名前を聞いて、楽しそうにおしゃべりをしていたセレニアちゃんは少しだけ表情を固まらせる。

 私は眼前にまで迫っていたスコーンを、そっと皿の上に戻した。


 なんて間が悪いのか。これだからライゼルさんは。


 スコーンタイムの邪魔をされて腹を立てた私は、セレニアちゃんをサロンに残し、廊下へと1人出る。こういうときは、年長者がまず対応すべき……はず。

 見ればライゼルさんは、警護兵の横で所在なさげに立っていた。


「あの……」

「……」

「……」

「……」

「……すまない、出直すとしよう」


 私が腕を組み、無言で睨みつけると、ライゼルさんはすごすごと退散しようとした。その覇気のない背中を慌てて掴む。


「どうして諦めるんですか!」

「君たちの邪魔をしては悪いのかと思って……」

「お邪魔もお邪魔ですよ。セレニアちゃんと楽しくお喋りをして、いよいよ熱々のスコーンを食べるところだったのに、ライゼルさんの顔を見せられて気分台無しです! スコーン気分を返してください!」

「……」


 じゃあどうして引き止めるんだよと、困惑で顔をいっぱいにしてライゼルさんはこちらを振り返った。

 理不尽なのは百も承知だ。けど、ライゼルさんの顔を見ると、どうしても口から意地悪な言葉が飛び出て来てしまうのである。

 もっといじめてやりたいところだけれど、いつまでもネチネチ嫌味を言うのも格好が悪い。優しさを総動員しつつ、私はライゼルさんの背中から手を離す。


 まあ、ライゼルさんに敵意はないようだし。1ヶ月経った今も、反省の色で全身塗りたくっているようだし。ここは、奥様として寛大な心で接するべきだ。

 

「——台無しですけど、それでまた、次のおやつタイムを邪魔されても困ります。だから、今日は特別に中に通してあげます。……セレニアちゃんに会いにきたんですよね? 私はスコーンを回収したら退散するので、ちょっと待っていて下さい」


 言いながら、私はサロンの扉に手をかけようとする。

 そこで、ライゼルさんは慌ててかぶりを振った。


「違うんだ。今日は、君に用があって来た」

「……私に?」


 何の用だろう。ライゼルさんに改まってされるような話なんて、ないはずだ。

 こちらが警戒を強めると、ライゼルさんは緊張して息を飲む。そしてまた、沈黙が訪れた。

 むぅ。こうする間にも、スコーンは冷えていくというのに。


「……ライゼル。そんなところで、何をしている」


 気まずい静けさを噛み締めていると、聞き慣れない渋い声が隣から響く。声のする方に目を向けると、引き締まった体躯のおじ様が、呆れた表情でこちらを見ていた。


 この人のことは、覚えている。公爵とライゼルさんの師匠——フィラルド先生だ。


 フィラルド先生は、颯爽とした足運びで、こちらへと歩み寄る。その何気ない動作すら、洗練されていて隙がない。

 かつて遠目に見ただけでも、この人の強さを感じたものだけれど、いざ本人を目の前にすると、本能が強者のオーラに反応して、背筋が勝手にびしっと伸びる。

 なんだろう、この緊張感。ちょっとだけ、お祖母様のことを思い出してしまう。見た目も、雰囲気も、全然似ていないんだけど。


 フィラルド先生は立ち止まると、まごつくライゼルさんと私を見比べて、やれやれと両肩を竦めた。


「気になって様子を見にきてみれば、こんなところで立ち話か。彼女には、もうお話ししたのか」

「いえ、まだ……」


 ライゼルさんは首を振る。フィラルド先生は「やはりな」と呟き、私に向かって困ったように微笑んだ。


「カトレア殿、突然押しかけて申し訳ない。私は、ウォルフ・フィラルド。かつて君の夫君に、剣を教えていた者だ」

「ぞ、存じ上げております。夫が、いつもお世話になっております。お会いできて光栄です」


 緊張のあまり、口からまともな挨拶が飛び出てきてしまう。ん? あれ、それでいいのか。


「それで、どうしてフィラルド先生がここに……」


 私が訊ねると、フィラルド先生はライゼルさんに目配せする。するとライゼルさんは深刻そうな面持ちで、私に一歩近づいた。


「先ほど、クリュセルドと先生と3人で、今後の私の身の振り方について相談したんだ」

「はあ」

「私は……今回の件が片付いたら、騎士団から籍を抜く」

「え」

「その後は、かつて先生がそうしたように、諸外国を遍歴したいと考えている。それに、夢喰いの一部は既に他国に逃亡している可能性が非常に高い。旅先で、連中の手がかりも探すつもりだ。……今日は、その許可を君に貰いに来た」

「な、何を言っているんですか……」


 驚きのあまりつい声が震える。遍歴? ライゼルさんが? それって、自主的な国外追放ってこと?


 いきなりの決意表明に、しばらく私はライゼルさんの一応整っている顔を観察する。

 当然のことながら、そこに冗談の気なんて少しもなかった。


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