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ループ2-1



「いーやー!!」


 渾身の力を込めて私は叫ぶ。時刻はすでに夜。式も終了した今、もはや私が抗えるタイミングはここだけだった。


 …………て、あれ?


 私は、柱にしがみついていた。ついさっき、私は主寝室で……あれ?


「お嬢様!」


 後ろから強い力で引っ張られ、体が柱からぺろりと引き剥がされる。

 突然私が力を抜いた反動か、私を引っ張る侍女たちはそのまま床に勢い良く倒れ込み、私もまた侍女たちの上にどさっと落ちた。

 体の下で、何かが潰れる音がする。


「お、お嬢様! いきなり力を抜かないで下さいまし!」

「……あ、ああ、ごめんなさい」


 慌てて侍女たちの上から降りる。そして、自分のお腹を確認した。

 痛くない。ドレスに穴はあいていない。もちろん血はついていない。


 ——一体、これはどういうことだろう。

 私はついさっきも、柱にしがみついていた。けれど、騒ぎを聞きつけた兄様に剥がされて、そのまま主寝室へと連れて行かれて。半分放り込まれるようにして入った部屋に入ったとたん、誰かにお腹と胸を刺された……。


 白昼夢? 未来予知? それとも妄想?


 目の前に広がる光景は、記憶通りなら刺されるよりも前のものだ。柱にしがみつくなんて特殊な状況、何度もあるわけないし、勘違いしようもない。


「て、テレサ。何だか変じゃない? 時間が巻き戻ったような変な感覚があったりしない?」

「何を言っているのですか。もしかして、寝ぼけています?」


 テレサが眉を顰める。その言葉に嘘やごまかしの響きはない。

 私以外の人々は、この状況に戸惑っている様子すら見せていなかった。


 ……何が何だか分からない。ただ、皮膚に食い込むあの冷たい感触と、燃えるような痛みだけは生々しく今も思い出すことが出来る。


「いたた……」


 侍女のイネスが床に座り込んだままでいる。彼女は足首をおさえ、眉間に皺を寄せていた。どうも今の衝撃で、足首を捻ってしまったらしい。


「大丈夫、イネス?」


 座り込むイネスの顔を覗き込むのはペトラだ。


「もう、慣れない靴を履くから足を捻るのよ」

「結婚式だから新しいものを使いたかったの」

「だからって踵の高い編み上げ革靴なんて……ちょっと気合い入りすぎじゃない?」


 年若い2人は、そんな会話をしている。同年代の侍女同士、親しいのかもしれない。


「ごめんなさい、大丈夫かしら」


 私もまたイネスに近づき、足首の具合を確認しようと手を伸ばす。けれどイネスはすっと足を隠すようにひいて、立ち上がった。


「お気になさらず」


 素っ気なく返される。その横顔に、ペトラに見せた気安さはなかった。どうやら、完全に嫌われてしまったらしい。


「落ち着いたみたいですね。それなら支度をしましょう。旦那様をお待たせしすぎです」


 年長の侍女ハリエが、ちょっと落ち込む私の両肩を掴んで、そのまま鏡台の前に移動させる。そして有無を言わさぬオーラを放ちながら、私の髪を櫛で梳かし始めた。

 それを好機、と言わんばかりにペトラとイネスも私を囲み、香水を振りかけたり淡いピンクの口紅をさしたりしてくる。


 さっき見た夢(?)と違う。前回は身支度を終えないまま、トリス兄様に担がれ主寝室へと運ばれた。けれど今は、侍女に髪を整えられ、香水を振りかけられている。

 やっぱりさっきの記憶は、結婚が嫌すぎて、私が生み出した妄想なの? 扉の方を見ても、兄様が現れる気配はないし。


「急に大人しくなって……どうしたのですか、一体」


 テレサが鏡越しに私の顔を覗き込む。本気で心配そうに揺れる瞳は、先ほどの夢と同じだ。


「まったく、こんなに素晴らしい結婚式を挙げた後だというのに。お嬢様は一体何が不満なんです」

「不満と言うか……えーと……」


 上手く言葉が出てこない。寝起きで上手く頭が働かないような、あるいは何かに化かされた後のような。

 あまりのことに状況を理解しきれなくて、出すべき言葉も思いつかぬまま、私は間抜けに口をパクパクと開閉させた。


「結婚されたばかりで、すこし緊張されているのですよ。ね?」


 そう言うのはペトラ。慇懃なイネスやハリエと異なり、彼女は初めから私に親しげだ。


「私は奥様の気持ち、ちょっと分かります。あんなに綺麗な旦那様がお相手だと、何だか怖くなっちゃいますよね」

「ペトラ」


 ハリエがペトラに鋭く目配せする。使用人が気安く喋るな、と言いたいのだろう。

 ペトラは身を縮こませるが、私としては的外れでも語りかけてくれたのが嬉しかった。現実感のない恐怖が少しだけ薄まる。


「いいの。それより……えっと。公爵様は、本当に部屋でお待ちなのかしら」


 先ほど見た夢では、待ち構えていたのは顔だけ素敵な旦那様ではなく、黒布の男だった。……いや、あの男こそ公爵だったのだろうか。何にしても、アレとの対面は御免被りたい。


「行けば分かります。ということでお部屋へ移動しましょう。いいですね、奥様」


 ハリエは強引な論法を展開し、こっちの返事も聞かず移動の準備を進めていく。

 いつの間にか鏡の中には、そこそこ身綺麗になった私の顔があった。


「……」


 行きたくない。

 けれど、確かめる必要はあると思った。

 生々しく不気味な記憶が、ただの幻であると自分に思い知らせたい。この恐怖はただの勘違いだと、確信したい。


「私が奥様をご案内します」


 申し出たのは白昼夢と同じくイネス。けれど彼女は足首を痛めたばかりのはず。

 ハリエもそれを覚えていて、首を横に振った。


「あなた、さっき足を痛めていたでしょう」

「でも——」

「じゃあ、私行きます!」


 ペトラが元気良く手をあげる。これはまた先ほどと違う展開だ。


 相変わらず不安と恐怖が渦巻くけれど、夢と異なる光景に、少しだけ救われたような気がした。



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