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ループ8+α -5



 なんてこった。

 逃げてしまった。気付いたら、全速力で廊下を駆け走っていた。


 は——恥ずかしいっ。


 これまでの自分の早とちりによる暴走も。それを全て公爵に知られていたことも。

 全てが恥ずかしすぎて、ついついあの場から逃げ出してしまった。


 何より、人生初めての告白劇に私の心臓が耐えられなかった。


 いくらか走ったところで、息が上がって立ち止まる。心臓がはち切れんばかりに鼓動を繰り返していて、胸が痛い。


 一応後ろを振り返る。当然ながら、私を追う人影などない。


 ……そうだろう。公爵は、これが最後のチャンスと私に愛の告白をしたのに。私はそれに返事をするどころか、走ってとんずらこいてしまったのだ。

 これは完全な拒否と受け取られるだろう。ここまでされて、まだ私を追いかけるほどの狂気は流石にないはず。


 ああ……どこに行こう。


 目的もなく走ったせいで、自分がどこにいるかも分からなくなってしまった。

 以前もこうしていたら、セレニアちゃんに声をかけられたんだっけ。


 セレニアちゃんと、話がしたい……。このどうしようもなく恥ずかしい思いを吐き出して、あの優しい微笑みで慰めて欲しい。ついでに、公爵のあの分かりづらすぎる行動について、悪口を言い合いたい。

 テレサに相談する、という選択肢も浮かんだけれど、逃亡中だった自分の身の上を思い出して却下した。


 結局、当て所なくとぼとぼ歩いていると、見覚えのある扉が目にはいった。もしやと思って開いてみると、広い庭と厩舎が見える。


 ああ、ここは東棟だったんだ。


 吸い寄せられるようにして私は厩舎の方へと向かう。

 中に入ると、心落ち着く馬臭さが鼻の中に充満した。私の気配に馬たちはちらりと視線を寄越し、すぐにそっぽを向く。


「ブラックサンダー……」


 私は、かつての相棒に歩み寄った。

 ブラックサンダーは、まさか自分が呼びかけられていると思わなかったようで、私が近寄ると少しぎょっとしていた。

 そっか。このループでは初めて会うもんね。いきなり言われても分からないよね。


 それでも、どうしても温もりが欲しくてブラックサンダーの首元に手を回すと、がぶりと頭を噛まれた。痛い。

 しばらく無言で抱きつく私と噛み付くブラックサンダーの攻防が続いたけれど、結局はブラックサンダーの方が折れて、「もう好きにしろよ」と私を噛むのをやめてくれた。更には、私の肩に顎をポンと置いてくれる。


「うう……ありがとう、ブラックサンダー」


 ひとしきりブラックサンダーのにおいと体温を堪能し、私は彼女から体を離した。


 横を見ると、ちょうどブラックサンダーの隣の馬房が空いていたので、中に入って腰をおろす。馬の鼻息だけが響く静けさの中、ぼうっとしていると、再び先ほどの光景が頭の中にわっと映し出される。


『カトレア。どうか私の、生涯の伴侶になってくれないか』


 ……。


 ああああっ。恥ずかしい恥ずかしいっ。


 手足をじたばたさせてやり場のない思いを発散させようと試みたけど、どうにも上手くいかない。益々顔が熱くなる。


 男の人に好きと言われるなんて初めてだった。しかも6年前からなんて、どういうこと。

 遠い都会の公爵様が私のことを知っていたことすら驚きだったのに。


 父様はこのことを知っていたのだろうか。知っていたなら教えて欲しかった。

 ていうか、そんなに前から好きなら、もっと早くに告白して、それから婚約なり結婚の準備なりを進めて行けよぅ……。どうしていきなり結婚して、それから告白するんだ。あまりに急すぎてついていけない。


 ついて行けなさすぎて、こうして私は逃げる羽目になったのだし。私の人生、こんなに波乱万丈だったっけ。


 公爵に対しては、まだ怒りが残っている。いくら恥ずかしかったからってあんな風にそっぽ向かれちゃ何も分からないし、事情があったからって、私のことを馬鹿にするようなこと、言って欲しくなかった。


 けど、口にしていた言葉は真剣そのもので……。

 あの眼差しを思い出すと、すぐに怒りは萎えて、かわりに形容しがたいむずむずした感覚で頭が満たされてしまう。


 6年前の剣術大会で、どうやって私のことを知ったのか。どうしてこんなに急な結婚になったのか。今になって色々と疑問が湧き上がるけど、もう図書室に後戻りして聞き直すことなんて出来ない。


 こうなると、ループがひどく有難いものに思えてくる。

 また夜が明ければ、このど恥ずかしい一連の出来事は無かったことになる。

 タイミング的に、どうやっても公爵にはあの叫びを聞かれることになるけれど。


 ループさえ来れば……せめて……。


 ……あ。


「まずい!」


 私は藁から慌てて飛び上がる。


 どうしよう。怒りやら恥ずかしさやらに囚われて、ループのことを一切合切忘れていた!

 よくよく考えれば今回のループ、まるでなにも解決していない!


 転げるようにして厩舎から飛び出て、私は東の空を見上げる。

 山々の頂きから、それはもう美しい光がゆっくりと顔を出そうとするのが見えた。


「あ……ああああああっ」


 本日何度目かの奇声が口から漏れた。

 これはひどい。これまでで一番ひどい。


 何も得られないまま、自分の恥を露呈して。ついでに愛の告白から逃げ出して。

 どうしようもない自分を晒したまま、私は夜明けを迎えるのだった。



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