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ループ8+α -3


 あー、腹が立つ! イケメンだけどあれは有罪だ、有罪。

 

 私はざわつく胸をおさえながら図書室の扉に背をつけて、これからのことを考える。

 とりあえず、セレニアちゃんとライゼルさんの関係はうっすら分かった。公爵の話を聞くかぎり、やっぱりライゼルさんがセレニアちゃん殺人事件の犯人とはいまいち思えない。


 しかし、未だ情報不足であるせいで、事件の全容がまるで見えてこない。彼方から、アージュさんの悲鳴が聞こえるような気すらする。


 悠長なことはしていられない。こうなったら次はセレニアちゃんの部屋に突撃だ。セレニアちゃんからライゼルさんのことを、恋バナにかこつけて聞き出してやる。

 

 次の目的地が決まって、私は図書室すぐ横にある階段を降りようと、段差に足をかけた。

 一段、また一段、と降りながら、懸命に今得た情報を整理させようと、思考を巡らせる。


 ——けれど、未だ怒りは冷めやらず、思い出されるのは公爵の無礼な言葉ばかり。


 どうして私ばかりが、あんなに冷たくあしらわれなきゃいけないの? パーティーのとき、公爵は「周囲が口やかましいから、適当な相手を見繕って式を挙げただけ」と言っていた。

 百歩譲って、その身勝手な理由を良しとしてやろう。私だって、「愛がなくても適度に仲良くできてお小遣いをくれる相手なら、結婚していいか」くらい、思っていた。

 だが、公爵は仲良くするどころか、私を馬鹿にした上に、初夜ではこちらに声もかけず図書室に引きこもって、何が気に入らないのか離婚まで仄めかしてきた。

 あまりに理不尽すぎる。


 今回の結婚は、あの公爵がバルト家に提案し、実現したものだ。あの人が私と結婚したいと言わなければ、私はこんな殺伐とした呪いの館を訪れることもなく、また何十回と殺されることもなかったのに。

 そうよ、あの人が! 気まぐれで私を選んだから!


 私の頭の中で、何かがカッと音を立てて弾け飛ぶ。


 気付けば私の足は、いつの間にか反対へくるりと方向転換して、図書室へと再び向かっていた。


 部屋の前に立つと、今度はお上品にノックなどせず、勢い良く扉を開け放つ。

 本日二度目の私の襲来に、公爵がぎょっとして一歩後ずさるのが見えた。


「どうして……」


 公爵がもそもそと何か言っているが、お構いなしに彼の方へと歩み寄る。そして目の前に立つと、私はまっすぐとサファイアブルーの双眸を睨みつけた。


「1つだけ、大事な質問を忘れていました。公爵様は、今、一体何の仕事をされているんです?」

「……」


 公爵は答えない。……と言うより、驚いて言葉が出てこない、といった方がしっくりくる顔をしている。

 

 以前の私だったら、ここまでこの人に迫ることは出来なかっただろう。初めてこの部屋にきたとき、まだ公爵は第一容疑者だったわけだし。

 だけど殺人者の正体も判明し、もはや公爵に対する警戒や恐怖は消え失せた。この人だって、よくよく考えれば私と年が2つしか違わない男の子。しかも一応、旦那様の称号付きだ。ここで何を遠慮する必要があるというのか。


 私は間抜けな顔で言葉を失う公爵の隙をつき、彼の手から本を奪い取った。分厚い本の、表紙を眺める。そこには、“現代剣術基礎学”という文字が羅列していた。

 こんにゃろ、仕事とか言ってこんなものを読んでいた。


 公爵は唇を噛んで、私から目を逸らす。


「これ、わざわざ結婚した日の夜に、嫁そっちのけで読む必要がある本じゃないですよね」

「……」

「大体、この時間に忙しいってどういうことですか。公爵様、さっきまでライゼルさんの部屋で酒盛りしていたんですよね。それがどうして急に忙しくなっちゃうんですか。時間のやりくり下手すぎでしょう」


 あ、この人お酒は飲んでいないんだっけ。まあ細かいところはいいや。

 とにかく今は、この怒りを全て吐き出してしまいたい。

 公爵がすっかり黙り込んでしまったのをいいことに、私は溢れ出てくる言葉をのべつまくなしにまくしたてた。


「公爵様。この際だから聞かせて下さい。貴方、どうして私と結婚したんですか? この結婚は、ヴラージュ家からバルト家に持ちかけたものですよね。それなら、多少なりと私がどんな人間であるかも調べてあったはず。私のことが気に入らなかったなら、その時点で結婚の申し入れなどなかったことにすればよかったのに! それなのに、どうして今日まで何も行動を起こさず、いきなり私に対してつっけんどんな態度ばっかりとるんですか!」

「つっけんどん……? それは」

「朝も無視。結婚式中も無視。パーティーでは放置。夜はすっぽかし。おまけに愉快なお友達と、色々バルト家のことを馬鹿にしてくれちゃって。適当な相手を見繕った? 子供を産んでも壊れない? 山奥の山賊一家? ——馬鹿にするのも、いい加減にして!」


 叫び切って、私は弾んだ息を整える。

 公爵は唖然としてしまって、私が荒く呼吸するのをじっと見ていた。

 やがて私が再び公爵を睨みつけると、彼はそこではっと我に戻ったように瞬きをし、そして掠れるような声で言う。


「あの話を、聞いていたのか……」

「はいもう、ばっちり」


 私が頷くと、公爵は額に手を置き、そして大きく息を吐く。


「あれには続きがあって——いや、そんな言い訳は意味がないか。だが……だから君は……」


 公爵はまたぶつぶつと口の中で言葉を転がして、俯いてしまう。少なからずこの事実に、気まずさを感じているようだった。


 一方の私は、溜め込んでいた不満を一気に放出して、幾分か胸のモヤモヤを晴らすことに成功していた。


 言ってやった! 言ってやったぞ! ……と、心の中で歓喜する。貴重なループの時間を使ってしまったけれど、後悔はない。今ならライゼルさんと互角に戦えそうな気がするくらい、気分が晴れやかだ。実際には負けるけど。


 私が勝手に溜飲を下げている間に、公爵は落ち着いたのか、姿勢を正して私の方へ向きなおった。

 そのちょっとした動作に、私は驚いて浮かれた気分を引っ込める。


 つい息を飲んでしまうほど、彼がまっすぐ立つ様には不思議な威厳があった。

 威圧しているわけではない。ただ真剣な光を湛えて、彼の瞳が私を捉えている。


 どうしてだろう。見つめられただけで、体が石像になったかのように動かない。背中に一筋の汗が流れて、そこで私は自分が緊張していることに気がつく。


 急にがらりと変わった空気のなか、公爵が落ち着いた声で話し始める。


「すまなかった。私が君を軽んじるような言葉を吐いたのは事実。そしてあの場にいた人間が、君と君の父上の名誉を傷つけるような言葉を吐いたのも、また事実だ」


 公爵は深く頭を下げる。銀色の髪がそれに合わせてふわっと揺れる。

 予想外の光景に、私は声をあげることもできない。


「本当に、申し訳ない。謝罪の言葉だけで足りるはずもないだろうが」

「え? は、はあ——」


 なんだこの人。急にしおらしい態度なんかとっちゃって。いきなり下手に出られて、つい間抜けな声で返事してしまった。


「こんな言葉では、信じられないだろうが。私は、君の父君を——そして、バルト家の剣術を、尊敬している」

「……は」

「私の態度が君の不信を招く原因になったことについても、理解した。それなのに、私は君から逃げ、君を遠ざけるようなことばかり口にしてしまって……。何と言って、詫びればいいかも分からない」

「……はあ」


 燃え盛っていた怒りと闘志はいつの間にか鎮火していて、公爵が謝罪の言葉を並べる度に、私は「はあ」とだけ言って頷く。


 な、なんだこれ。私、どうしてか公爵に謝られている。しかもすごく真剣に。

 謝罪させてやる、くらいの心持ちで迫ったのは事実だけど、こんな状況になるなんて想像もしていなかった。


「どうして君を結婚相手に選んだか、と言っていたな」


 公爵がぐっと強い眼差しで私を射抜いた。

 何故だか心臓がぎゅっと収縮して、喉の奥から「ひっ」と声が漏れる。

 私が一歩後ずさると、公爵がこちらに一歩進んだ。


「私がずっと、君に恋をしていたからだ」


 ……。

 ……。


 いきなり何が起きたのか。何を言われたのか、分からない。

 私の脳は、「恋」の一文字を表示したまま停止する。



 今度は私が、言葉を失う番だった。


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