狙撃手とレズ
夜も更け、酒場の客達はそれぞれ自分の家に帰っていく。
店内ではモップを持った店員が清掃を開始している。
そんな中、テーブルには二つの人影が取り残されていた。
観測手と狙撃手。
何やら深刻な様子の二人に、酒場の店員も声を掛けてこない。
「……帰っちゃったね、団長さん」
チビチビと残った飲み物を口にしながら、狙撃手が声をかける。
顔を伏せた観測手は小さく「うん」と答えた。
「……尊敬はしてるって言ってたよ」
「うん」
「……良かったじゃん」
「うん」
観測手は、まるで子供のように舌足らずな返事を繰り返す。
その様子を静かに眺めながら、狙撃手は少し悩んだ後、最も気になっていた質問を発した。
「……狙撃手だったんだ、昔は」
「うん」
静かな時間が続く。
続く。
続いていく。
その質問を無かったことにして、帰ってしまいたくなるほどの沈黙が流れる。
だが、観測手はその選択をしなかった。
顔を伏せたまま、静かに語り始める。
力のない声で話し始める。
「……私ね、昔、パートナーを死なせちゃったの」
「……うん」
今度は狙撃手が短く答える。
観測手が話す選択をしたのだから、自分もそれを聴かなければならない。
それが質問をしてしまった自分の義務だろう。
いや、義務でなかったとしても……。
聞かなければならないと、狙撃手は強く感じた。
「皆はね、ほめてくれた、英雄だって言う人もいた」
「……うん」
「けど、そんなの嘘なの、私はただ怖がりだっただけ」
「……うん」
「怖かったから、パートナーの言う通り何も考えずに撃ってただけ」
「……うん」
「そうすれば皆助かるって、死ななくて済むって言われたから」
「……うん」
「けど私の銃が暴発して医療兵さんが失明した」
「……うん」
「私をかばって槍兵さんの腕が斬られた」
「……うん」
「私のせいで観測手ちゃんが死んじゃった」
「……うん」
観測手の声は震えている。
何かに耐えるかのように、何かに追い立てられるかのように。
怯えながら話し続ける。
「聞こえてくるの、銃を持つと彼女の声が」
「……うん」
「6時方向、距離0、高度0、撃たなきゃ、急いで撃たなきゃ、でないと、でないとみんな死んじゃう」
「気がつくと、私は自分の頭に」
「……うん」
「銃口を向けて」
「……うん」
「怖いけど、怖いけど声が聞こえるから、6時方向、距離0、高度0」
「急いで、けど焦らないで、慎重に狙いを定めて、これでぜんぶおわる」
「ぜんぶわたしがわるいから」
「……ふざけてるの?」
静かな、だが確かな怒りが狙撃手の中に湧いていてた。
その理由はわからない。
何が原動力なのかはわからない。
普段面倒臭がりで事務的に物事を進めることを好む自分の中にそんな熱量があったなんて今まで思いもしなかった。
だがそんな事はもうどうでもいい。
自分の思いを彼女にぶつけなければ気がすまない。
そんな乱暴な気持ちになってくる。
「全部自分が悪いって何?自分がしっかりしてたら全部解決してたと思うの?」
「どんだけ自信過剰なの、貴女みたいなドン臭い奴がどんな頑張っても戦況なんて変わるはずないでしょ」
「逆に言うとどんだけ失敗しても戦況に影響なんて与えないよ、貴女はその程度のものよ」
「そんな貴女が生き残れたのは周りの子達がよほど優秀だったからね」
「その子達が最善の策をとり最善の選択をした最善の結果が今この状況よ」
「それ以上の結果は存在しないわ、もし今その子達が貴女の今の発言を聞いたらきっとこう言うわね」
「『私達の選択に何か文句あるのかこの処女が!』ってね」
言い切った。
普段あまり喋らない狙撃手が、恐らく数日分くらいの発言量を使って言い切った。
お陰でかなりすっきりした。
狙撃手の剣幕に驚いたのか、観測手は顔を上げて口をパクパクしている。
あはは、変な顔。
「……何よ、池の鯉みたいに口パクパクして」
「う、うぅ……」
観測手の目からポロポロと涙が流れてくる。
その様子を見て、少し言い過ぎたかもと狙撃手は反省する。
まあ、けど泣けるくらいならまだ大丈夫だろう。
「……泣くな」
「うぅ、ドン臭いって言われた……」
「……事実でしょ」
「うぅぅぅ……ひっく……」
「……鼻水でてる」
「ふぇ……処女とか、関係なくない、ひっく……」
「……うん、それは言い過ぎたね」
「うぅぅ、狙撃手のばぁかぁぁ……うぐっ……」
「……はいはい、私が悪かったよ」
「ぐすっ……ひっく……」
「……人の服で鼻拭かないで」
「ふ、ふへへ、ざまぁ……」
狙撃手の服で鼻水を拭く観測手は、以前の笑顔に戻っていた。
その様子を見て、狙撃手はホッとする。
うん、そうだ、この笑顔だ。
この笑顔のほうが、私は……。
そこまで考えた所で、狙撃手は思い出した。
「……そういえば、この服、明日の任務で使う服じゃん」
変えの服は全て洗濯中だ。
狙撃手はその日一番大きなため息をついた。