思い出とレズ
硬直する観測手に無理やり冷水を飲ませると、幾分落ち着いてくれた。
落ち着いてくれたのだが……。
「……」
「……」
「……」
注文した飲み物を前に、三人とも何も喋らない。
気まずい。
非常に気まずい。
本来ならホストである観測手が何か話を振るべきなのだ。
せめて口火さえ切ってくれれば狙撃手がフォローする事も可能なのだけれども。
「……何か喋れ」
「ムリ」
「……貴女が主役でしょうが」
「ムリ」
無音対話。
僅かな口の動きと目線の流れだけで意思疎通を行う狙撃手と観測手の高等技能。
そんな大仰な技能を使っては見たものの、事態は一向に進展しない。
そのうち、団長が口を開いた。
「けど、少しびっくりしてしまいましたわ」
「……え?」
「今回、突然の事でしたので……」
狙撃手は正直ほっとした。
あれだけ長い沈黙が続いたのだ。
団長が怒って席を立ってしまっても不思議では無いと心配していた。
恐らく、こちらに気を使ってくれたのだろうなと思う。
ありがたいので、話題に乗っておく。
「……まあ、そりゃあ知らない人から突然誘われたらびっくりするよね」
「いえ、私の方が、一方的に知っていただけかと思ってましたので」
「……ん?」
何か不自然な会話の流れだった気がする。
知っていたって、誰を?
「正直、少し緊張しております……」
団長の言葉と態度は、冗談を言っている様子ではなかった。
何やら話の食い違いが発生している気がする。
狙撃手は団長に気取られぬよう、つま先で観測手の足を突く。
再び無音対話。
「……ねえちょっと」
「ムリムリムリ」
「……ひょっとして、団長さんと会った事あるの?」
「ムリダッテバ」
「……何か以前から知っていたみたいな話になってるけど」
「アア、モウ、カエリタイ」
駄目だ。
話にならない。
狙撃手は深く深くため息をついた。
その様子を団長は不思議そうに眺めている。
「あの?」
「……ごめん、ちょっと混乱してて」
「はぁ」
意を決して団長に質問してみる。
多少失礼に当たるかもしれないが、これが一番確実だろう。
「……えっと、団長さんはこの子の事を知ってるの?」
「ええ、勿論」
「……ごめんね、二人はてっきり初対面だとばかり思ってたんだ」
「ああ、どうりで……何だか少し話がかみ合わないなと思っておりましたわ」
団長は嫌な顔一つせず、ニコリとそう返してくれた。
外見だけでなく、内面も奇麗な人なのだろう。
まあ、観測手が惚れるのも仕方ないことなのかもしれない。
団長は静かに話しを進めた。
「そのお方とは、前線でご一緒した事がありましたの」
「……前線で?」
「ええ」
団長は自分が注文した飲み物を眺めている。
水面に過去の映像が見えるかのように。
その姿に、狙撃手は何か違和感を感じた。
何だろう、凄く単純な違和感のはずだけど、それが何かわからない。
そんな狙撃手の思いを置いて、団長は更に語り始める。
「あれは、5年前、北の帝国が我が国に侵攻してきた時の話です」
「帝国部隊の奇襲を受けた国境防衛部隊は、短時間で制圧されてしまいました」
「当時は戦争が起こるとは予想されてなかったので兵の数も少なく錬度も低かったのです」
「それでも生き残った兵達は森林地帯まで後退し抗戦してはいましたが……数で勝る帝国に各個撃破されている状態でした」
「私も当時、城で迎撃部隊として召集を受けました」
「けれど、我々がどんなに急いでも国境まで3日はかかってしまうのです」
「その間に、生き残りの兵達は全滅してしまうだろう……そう思われていました」
「けれど、そうはならなかったのです」
「私達迎撃部隊が到着したとき、4人の兵が生き残っていました」
「1人は医療兵で失明してしました」
「1人は槍兵で片手を失っていました」
「1人は観測手で保護された直後死亡してしまいました」
「唯一無傷で生き残っていた最後の1人は射撃手で、彼女は我々は見てこう言いました」
『だんがんをください、はやく、はやく、はやく』
『でないとみんなしんでしまう』
「その3日間で何があったのかは、判りません」
「保護された兵達も、具体的に語ろうとしませんでしたから」
「けれど、彼女達がいなければ、我が国はもっと深くまで帝国に侵攻されていたでしょう」
団長の話は、短く端的だった。
けれども強い衝撃を狙撃手に与えた。
国境線の激戦、生き残った四人、狙撃手と観測手。
聞こえた情報を脳が処理し切れていない。
団長の言葉は続く。
「私は、忘れられないのです」
「……何を?」
「あの時の、彼女の眼です」
団長の声は、少し震えていた。
何かに耐えるかのように。
何かの様子を伺うかのように。
まるで、彼女を怯えさせる程の魔物が、この場に居るかのように。
混乱する狙撃手は、反射的に質問を返す。
「……眼?」
「はい、機械仕掛けのような、冷たく恐ろしい……けれど、奇麗な眼でした。魅入られるくらいに美しい」
「まるでそう、童話で語られる死神のような」
「……だから……私は、今でも彼女の眼を、まっすぐ見る事ができません」
その段階になって、狙撃手は違和感の正体に気づいた。
ああ、そういえば、団長は、一度も観測手に眼を向けていない。
挨拶のとき、笑いかけていたあの瞬間でさえ。
目線は手元の飲み物に落とされていた。