酒場とレズ
城下町の酒場は賑わっていた。
仕事を終えた従軍者や商人たち、亜人などが羽振り良く騒いでいる。
そんな酒場の片隅に、白い耳を持った美しい獣人が一人、テーブルについていた。
殆ど手に付けていない果実酒を前に、静かに人を待っている。
その様子を遠くから眺める人影が二つ。
「10時方向、距離10、高度0……」
「……うん、もう待ってるね、団長さん」
観測手と狙撃手である。
酒場の物陰に隠れて「標的」を観測している。
「う、うわあああ……どうしよう、待たせちゃったかな、けどまだ時間前だし、うわああああ……」
「……会う前から怯えすぎなんだけど」
「け、けど、けどぉ……」
可愛そうなくらい緊張してプルプル震える観測手を前に、狙撃手はため息をつく。
これは確かに自分がついてきて正解だっただろう。
観測手だけでは「標的」に会う前に怖気づいて帰るという事態になりかねない。
相手は一つの兵団の団長なのだ。
約束を破って不興を買えば、どんな事になるか分からない。
そう、これは観測手だけの問題ではないのだ。
パートナーである自分にまで災難が降りかかる可能性がある以上、他人事ではありえない。
「……じゃあ声かけるのは私がやってあげるから」
「う、うぅ、ほ、ほんと?」
「……その後は、ちゃんと自分で会話してね?」
「う、うん、が、頑張る……」
半泣きになっている観測手を宥めすかして「標的」の元へと歩かせる。
「標的」……白兎兵団の団長は、彼女たちが近づいても何の反応も示さなかった。
何か考え事をしているのかもしれない。
カチコチになっている観測手を置いておき、狙撃手が声を掛ける。
「……こんばんは、ちょっと遅れたかな」
「コンバンワー」
観測手も一応挨拶をしたが、殆ど声が出ていない。
最初の頃のテンションの高さは完全に失せてしまっていた。
白兎の団長は二人の声に気づき、美しい声で挨拶を返した。
「……いえいえ私も今来たばかりですわ」
間近で見る白兎の団長は、確かに美しかった。
美しいだけでなく、強さも感じられた。
流石は一つの兵団をまとめる長。
一瞬、狙撃手は気圧されそうになる。
だが隣でアワアワ言っている観測手の気配を感じ、何とか気持ちを立て直す。
そう、狙撃手が頑張らなければ、きっと話は進まない。
「……そう、ならよかった」
「コンバンワ」
「こんばんわですわ、観測手さん」
ニコリと笑いかけられた観測手の口調が更に乱れる。
「アウ、アウ、カワイイ、アウ」
「え?」
尋常ではない観測手の様子に、流石の団長も怪訝そうな顔を浮かべる。
あわてて狙撃手はフォローに入った。
「……気にしないで、ちょっと緊張してるだけだから……」
「緊張……ですの?」
不思議そうに首をかしげる白兎の団長。
とても可愛らしい仕草だ。
「イイニオイガスル、カワイイ」
観測手が壊れ始めている。
もしかしたら、今日はもうまともに話ができないかもしれない。
狙撃手はため息をつきながら品書きを読む。
「……何か頼もうか、団長さんは何飲む?」
「私は……キャロットメアリーでお願いしますわ」
念の為に、観測手にも声を掛ける。
「……観測手は適当でいいよね」
「アルコール、カイホウサレテ、ウヘヘヘ」
「……だめだこいつ」
取り合えず冷たい水を頼んでおいた。