雨が止んだ日
一週間後。
国境線には帝国軍の野営地が築かれていた。
その中の最も大きなテントから、パンパンと手を叩く音がする。
近くに詰めていた将校が即座に反応し、テントの中に入る。
「失礼します」
テントの中には、豪奢な椅子が置かれていた。
野営地には不似合いな椅子だ。
その椅子の上に、これまた野営地には相応しくない人物が座っていた。
その人物は、幼い少女だった。
幼女と言ってもいいくらいの年齢だろう。
彼女は酷くつまらなそうに、こう言った。
「終了れす」
将校は答えに窮した。
何が終了なのだろう。
そんな将校に対し、幼女は言葉を続ける。
「お城で生きてる人、みんないなくなったれす」
将校は再び反応に困った。
お城とは、南の森林地帯にあるあの国の城だろうか。
確かに帝国は彼の国を攻めている。
その為に、帝国の機密戦力である彼女にも赴いてもらっている。
しかし、これほど早くあの国を攻略できるのだろうか。
帝国の誇る騎馬兵団すら苦戦していた、あの国を?
疑問には思うが……彼女の言葉を放置するわけには行かない。
「そ、それは……素晴らしいお手並みで」
「まあ、私の死霊術にかかればこんなもんれす」
彼女は椅子からピョンと飛び降りると、スタスタとテントから出て行く。
慌てた将校が後を追う。
「お、お待ちください、どちらに行かれるので?」
「そりゃあ、お城に行くに決まってるのれす。私が行ってゾンビに達に言い聞かせないと、お前達まで食われてしまうれすよ」
確かに城の生存者が居なくなったのであれば制圧部隊を送らなければならない。
でなければ城の物資を帝国に運び出したり、施設を利用することも出来ない。
制圧部隊がゾンビ達に襲われたら本末転倒だ。
だが……。
「し、しかしまだ危険があるかもしれませんし」
「あ?生きてる奴が一人もいないのに危険も何もないれすよ。それとも、私の感知能力疑うれすか?」
ギロリと睨み付けられ、将校は青ざめる。
そう、彼女……死霊術師の能力は本物なのだ。
本当に「死体」を「アンデッド」に変えてしまう、化け物のような能力を持っている。
彼女自身、数十年歳を取っていないとの噂も有るのだ。
怒らせるとどんな事になるか。
「い、いえ、そういうわけでは……」
「なら黙ってついてくるれす」
「はっ!」
確かに、彼女であれば心配は不要だろう。
いざとなればあの国に居る大量のアンデッド達を操ることが出来るのだから。
3日後、少数の護衛を率いた死霊術師は城門に到達していた。
数日間降り続いた雨のお陰で、門の付近は汚泥にまみれている。
死霊術師は、自分の衣装についた泥をしきりに気にしながら呟く。
「……予想以上に酷い有様れす……ドロドロれす」
「酷い嵐でしたからね」
「もう、靴下までドロドロになったれす、とっとと城の中に……」
愚痴る死霊術師が、ピタと動きを止める。
不思議そうな顔で左右を見渡す。
「んあ?今誰か、何か言ったれすか?」
将校が「いえ、特に何も」と返事しようとした瞬間。
何処か高い所から轟音が聞こえ、死霊術師の頭に小さな穴が開く。
彼女は不思議そうな顔のまま「あ」と呟き、地面に倒れた。
残された将校は呆気に取られる。
「死霊術師様?」
倒れた彼女の頭から、大量の血が流れ出ている。
身体は暫くピクピクと動いていたが、そのうちまったく動かなくなった。
死んでいた。
どう見ても死んでいた。
将校は周囲の護衛に命令を発するのも忘れ恐慌状態に陥る。
「う、うわあああ!死霊術師様の頭が撃ち抜かれて……!」
その将校の耳に、先ほどの轟音が聞こえた。
それが何か理解するよりも先に、将校の頭に衝撃が走り、意識が暗闇に閉ざされた。