銃声とレズ
「判りました」
雨の中、観測手の冷たい声が響く。
今までの状況から鑑みるに、アンデッドに嚙まれるとアンデッドになる。
ハーピーも、もう直ぐ転化してしまうのだ。
あの白兎の団長のように。
城門の前まで押し押せている連中のように。
人に襲い掛かり肉を食らう化け物になってしまうのだ。
それを防ぐには……。
そう、そうだ、何度もこの櫓の上からやってきた事をすればいい。
「頭を潰す」それしかない。
けれども。
「……けど、けどハーピーはまだ生きてるじゃないか」
敵であるなら、どんな相手でも狙撃しよう。
それが狙撃手の任務なのだから。
その為の訓練は受けてきた。
だが。
だが、ハーピーは敵では無いのだ。
命じられたわけでもないのに、何時も昼食を持ってきてくれた。
人付き合いが苦手な私の事を嫌うことなく、何時も一緒にお喋りしてくれた。
そんなハーピーは、数少ない、狙撃手の友達なのだ。
友達を撃ちたくなんかない。
そんな訓練は、受けていない。
狙撃手の中に、強い感情が生まれていた。
嫌だ、絶対に嫌だ。
「いやあ、たスかるっす……おんにキるっすよ……」
ハーピーの声は、か細くなってきていた。
瞳は淀み、既に立っていられなくなっている。
そんなハーピーに対して、観測手はこう宣言する。
「12時方向、距離0、高度20」
それは、ハーピーが座り込んでいる場所の位置情報だった。
銃を持つ狙撃手の手が震える。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
私には出来ない。
私には無理だ。
「狙撃手さん」
「だ、だめだ、こんなの……」
震えが、止まらない。
横たわるハーピーは、動かなくなっている。
もう死んでしまったのかもしれない。
ああ、けど、けれど。
もしかしたら、ただ、休んでいるだけなのかも。
暫く、暫く待てば、以前のように陽気にお喋りを開始してくれるのかも知れない。
また、あの暇で暇で仕方ない日常が、戻ってきてくれるのかも。
だから。
だから、私は。
震える狙撃手の手を、観測手が優しく掴んだ。
暖かい。
とても暖かい手だった。
「……大丈夫です、狙撃手さん」
「な、なにが……?」
観測手は、狙撃手を見つめて微笑む。
こんな状況には似つかわしくない、優しい笑顔だった。
そう、まるで。
温かい日差しの中、櫓の上で冗談を言い合っていた頃のような。
彼女は、笑顔のままでこう言った。
「嫌な事は、見なくてもいいです」
「怖い事は、目を背けていいです」
「辛い事は、考えなくてもいいです」
「全部、全部私がシテあげますから」
「だから、狙撃手さんは私の声だけを聞いていればいいんです」
観測手の優しい声に、狙撃手の心が揺すぶられる。
彼女は、見なくていいといってくれた。
考えなくてもいいと。
それは、とても甘い誘惑だった。
「……声、だけ……」
「はい」
観測手の声は、続く。
その声は、狙撃手の心に強く染み込んでいく。
「……観測手と狙撃手は二人で一つのユニットです」
「……うん、そう、だね」
「もし狙撃手さんがいなければ、私の観測は無意味なものとなります」
「……正しい認識、だと思う」
「その逆もまた真なり、です」
「……うん」
「これは人生においても同じです。狙撃手さんが一人道に迷い立ち止まってしまった時は、私が道を照らす義務があります」
「……そう、かな?」
「そうです!」
「……まあ、そう言って貰えるのは嬉しいけど」
「はい、ですから狙撃手さん」
「うん」
何時か聞いた言葉。
そう、あの時、狙撃手はとてもうれしかったのだ。
観測手の言葉を聴いて、とてもうれしくて。
だから、彼女の言葉に従うのは。
「12時方向、距離0、高度20、誤差なし、撃て」
「確認」
きっと、正しいことなのだろう。
狙撃手は、引き金を絞った。
弾丸は狙いたがわず標的の頭を撃ちぬいた。
銃声が、私の頭の中を木霊する。
何かとても大切なものを失ってしまった気がした。