死人とレズ
櫓の上に、観測手の声と銃声が流れる。
雨はまだ降り止まない。
『あの小動物達は、アンデッドだったんですね』
「12時方向、距離200、高度0、犬型2体、人型1体、誤差左に0.6、撃て」
「確認」
観測手の声を受け、狙撃手は静かに引き金を絞る。
『恐らく帝国に死霊術師がいるのでしょう、予想外でした』
「9時方向、距離300、高度20に鳥型1体、高度0に人型3体、誤差なし、撃て」
「確認」
まるで世間話をするかのような彼女の声と。
『北側森林地帯には戦死した帝国兵が大量に放置してありましたし、それを利用したのかな』
「14時方向、距離250、高度0、人型6体、誤差右上に1.2、撃て」
「確認」
「再調整、誤差右に0.2、撃て」
冷静に標的を見定めて撃ち抜く事に特化した冷たい声が、入り乱れる。
『ここ最近無茶な用兵をしていたのはこれが目的だったのかもしれません』
「10時方向、距離500、高度0、人型2体、誤差左に0.4、撃て」
「確認」
どちらが、本当の彼女なのだろうか。
どちらも、本当の彼女なのだろうか。
その不穏協和は、不思議なことに不快ではなかった。
寧ろ、彼女の声が心地よくて。
まるで私と彼女が一体になったかのような感覚に……。
『あるいは5年前の開戦当時からこの状況を作る為に動いていたのかもしれません』
「再度12時方向、高度0、獣人……白い……」
そんな心地よい彼女の声が、乱れた。
あの日、酒場で聞いた、あの言葉が脳裏に蘇る。
≪はい、機械仕掛けのような、冷たく恐ろしい……けれど、奇麗な眼でした。魅入られるくらいに美しい≫
≪まるでそう、童話で語られる死神のような≫
≪……だから……私は、今でも彼女の眼を、まっすぐ見る事ができません≫
「白い兎の獣人1体、誤差なし、撃て」
「……けど、あれは」
「撃って、下さい」
「……確認」
彼女の声を受けて、引き金を絞る
銃弾は今までどおり、歩く死体と成り果てた標的の頭を、貫いた。
観測手の声が、止まる。
倒れた標的ではなく、高い空を見つめる。
「……ああきっと」
そう呟く彼女の声は。
「きっと私は、今……彼女が言ったような眼をしているんでしょうね」
泣き崩れそうな子供のようにも、無感情な機械の声のようにも、聞こえた。
死体達は森から続々とやってくる。
狙撃手は、観測手の指示の元、それらを撃ち殺した。
やつらは頭を撃たないと動き続ける。
精密な射撃が必要だ。
余計な事を考えている余裕はない。
10体、20体、30体を撃ち殺した。
100体、200体、300体を撃ち殺した。
キリがないように思えてくる。
けれど、観測手の声は、あれ以来止まない。
彼女の声が続く限り、撃ち続けないと。
……ああ、それでもまだ状況はマシなほうだったのだ。
外敵にだけ気を向けていれば良かったのだから。
けれど。