不穏とレズ
翌日の昼。
櫓の上にハーピーが着地する。
「おーい、お昼ごはん持ってきたっすよ~」
監視任務についていた観測手は大喜びで包みを受け取った。
「わあい♪今日の献立は何です?」
「からあげサンドっす」
「やったあ♪」
少し遅れて狙撃手も包みを受け取り、食事を始める。
「……いただきます」
何時もと同じお昼休憩。
そんな二人を見ながら、ハーピーはニコニコと楽しそうに質問してきた。
「で、昨日はどうだったっすか?」
「う……」
観測手の手が止まる。
流石に気まずそうだ。
「ちゃんと告白できたっすか?」
「そ、そんな大胆な事出来るはずないじゃないですかっ!」
「えー、つまんないっすねえ……けど、まあお話くらいは出来たっすよね?」
「おはなし……というか、えっと……」
「え?」
観測手がチラチラと目線で助けを求めてくる。
ため息をつきながら、仕方なしに狙撃手は助け舟出した。
「……団長さんの話を一方的に聞いてただけだったよ、ほぼ無言で」
出された船は泥舟だった。
観測手はプンプン怒って抗議する。
「も、もう!狙撃手さん黙っててって言ったのに!」
「えええええ……まじっすか……」
「ごめんね、ハーピーちゃん、折角機会作ってくれたのに……」
「ありえないっすわあ、この人間ありえないっすわあ……」
「ご、ごめんってば……」
二人のやり取りを遮るかのように、大きな振動と音が櫓に響く。
狙撃手が城門を見ると、丁度門が開いていくところだった。
「……城門が開くね」
「ああ、そう言えばまた獣人兵団が出撃するらしいっすよ」
「……また?」
「ほんと、意味が判んないっすよねぇ、北の動き」
確かにここ最近の北の動きは不自然だ。
まるで「自軍に被害を出すこと」が目的のように見える。
狙撃手が言っていたように口減らしが目的なのか。
それとも……。
観測手がそこまで考えた所で、ハーピーの横槍が入った。
「おーっと、観測手さん、ほら見てください団長さんいますよ」
「え……ああ、そうですね、今日もいらっしゃいます……ね」
観測手の脳裏に、昨日のやり取りが浮かぶ。
流石に少し気まずくて、観察する気にはなれない。
そんな様子をハーピーが不審がった。
「……あれ、何か反応が淡白になってないっすか?」
「そ、そんな事ないですよ、い、いやあ、今日も可愛いなあ団長さん」
「なーんか変っすねえ……」
ハーピーに悪気は無いだろうが、これ以上追求させるのも流石に酷だ。
そう考えた狙撃手が今度は本当に助け舟を出す。
「……まあ昨日の今日だしね、気恥ずかしさがあるんだと……」
「9時方向、距離400、高度60」
観測手の鋭い声が飛ぶ。
反射的に狙撃手は銃を構え照準を合わせる。
「……確認」
「撃って下さい」
観測手の声に導かれるまま、ほぼ無意識で引き金を絞る。
轟音が櫓の上に響いた。
その音に驚いたハーピーが「ひゃっ!」とひっくり返る。
「び、びっくりした……突然撃つのやめて欲しいっす……」
ハーピーの声が聞こえていないかのように、遠眼鏡で標的を確認する観測手。
彼女が持つ普段の能天気さは失せていた。
「着弾確認、地面に落ちました」
「……今のって」
観測手は標的が落ちた位置を指し示し、ハーピーにこう言った。
「すみません、ハーピーさん、あれ拾って来てもらえます?」
「いいっすけど……うう、耳がキーンとする……」
バッサバッサと翼を広げ、標的の元へ向かう。
速度に長けるハーピーは直ぐに櫓の上に戻ってきた。
「拾ってきたッすけど、これただの鳥っすよ?」
「……うん、やっぱり鳥だね」
そう、鳥だ。
観測手が指示した標的は小さな「鳥」だった。
狙撃の練習代わりに鳥を使った……という訳では無いのだろう。
観測手の険しい顔を見ればそれはわかる。
「けど、何か臭いっすね、この鳥」
ハーピーは嫌そうな顔をして鳥を持っている。
観測手は匂いの原因を指摘した。
「腐敗がもう始まってますね」
「……今撃ち落としたばかりなのに?」
当たり前のことだが、殺した直後の生物は腐敗などしていない。
そんな事はありえない。
ありえないはずなのだが……。
そのありえない状況が発生している。
だが、その理由がわからない。
観測手は腐敗した鳥の状況や周辺環境、温度や天候等を紙に書き記すと、それをハーピーに手渡した。
何時もと違う雰囲気に対し、ハーピーも軽口を叩かない。
「ハーピーさん」
「はいっす」
「この鳥と報告書を魔術兵団の団長さんに渡して来てください」
「わ、判ったっす」
ハーピーは翼を広げると、城に向かって飛び立つ。
城に研究所を構えている魔術兵団なら、何か原因がわかるかもしれない。
小さくなったハーピーの姿を眺めながら、狙撃手は観測手に話しかけた。
「……腐敗の呪いか何かかな?」
「それくらいならいいんですけど……何か、良くない予感がします……」
空には雲が出てきていた。
嵐が来るのかもしれない。