フィーネ対ウォル
俺はここ数か月の間、外での魔物狩りや母さんとの修業が中心だった。この世界を知るための勉強は最近お休みしている。これまではよく勉強をしていたのだが、この世界にも慣れてきたせいで勉強に飽きてきた・・・・・もといそこそこ知ってきたのだ。ある程度はこの世界についての常識があると自負している。
今日は久しぶりのオフだ。これは別に魔物狩りに飽きてきたとかではない。強くなるには適度な休養は必要なのだ。
「ふー、今日はトイレとご飯、風呂以外はずっと布団にくるまっていることにしよう。これで疲れが取れるようになるよな。」
母さんと父さんは今日は仕事でいない。昼ご飯はすでに母さんによって用意されているものを食べたので、特に心配することは無い。今日は思う存分ゆっくりできるな。
「ウォルー、いるでしょー。出てきなさい」
こんな時間(もうすでに昼の二時なのだが)に何の用だ。今日は特に誰とも約束してはいなかったはずだ。
「ウォルー、いるんでしょ。早く出てきなさい」
なんかかなり上から言われているような気がするが、誰が来ているのだろう。今日はほぼ一日中布団にくるまっていたかったのに、何で邪魔するんだ。
しかし無視をするのも悪い気がするので、一応出るだけ出てみてはみよう。
「誰ですかー。何か用があるのですか?」
「誰ですかー、じゃないわよ!私、フィーネよ!」
「ああフィーネか、久しぶりだね。何か用かな?」
フィーネとは最近会ってはいなかった。俺は基本的に修業だったのだが、フィーネにはたくさんすることがある。
フィーネは貴族の娘である。彼女にはいまだに兄弟も姉妹もいない。よって、このままいけば彼女とその夫が領地を継ぐことになる。フィーネの夫になる人がこの領地のことを詳しく知らない可能性もあるので、彼女が勉強することは大事なのである。
領地を継ぐ継がないはともかく、そもそも彼女は貴族の娘であるので、ある程度の教養が必要になる。学校でも学ぶが、学校に入学する前から勉強することも貴族の嗜みである。
また、貴族たるもの武術も習わなくてはならない。一般的な教養はもちろん、領地のことや武術のことも習わなくてはならない。貴族のお嬢様には習い事が多いのだろう。今あげた以外にもいろいろなことを習っているらしい。
そのため、フィーネとは最近ほとんど会う機会がなかった。少し見ないうちに女らしく成長している、といいたいところだが、俺たちはまだ八歳。女らしくなるのも男らしくなるのもこれからだ。残念ながら今のところはあまり変わっているようには見えない。
「当然遊びに来たのよ!今日は何をして遊ぶの?」
遊びに来たのはいいが、なにをするかは決めていないのか。こういうところも相変わらずといっていいかもしれない。
「今日は一日中ゆっくりするつもりだったから。リバーシや将棋みたいなボードゲームでもしようか」
フィーネとは何度か対戦したことはあるが、俺のほうが強かった。適当に相手しておけば満足するだろう。
勝負は三勝一敗で俺の勝ちだった。フィーネは姉ちゃんよりも強いので一度負けてしまったが、総合的には俺の勝ちだった。
「くそー、やっぱりウォルに勝ち越すことができないわ。どうすればいいのよ」
「フィーネ君、こういうのは冷静に思考するものなのだよ」
いつもフィーネには振り回されてばかりなので、こういう時くらいは勝ち誇ってみよう。
「何がフィーネ君よ!ウォルのくせに生意気ね。そうだ、今度は模擬戦でもしましょう」
フィーネと模擬戦かー、そういえばフィーネとは一度も模擬戦をしたことがなかった。模擬戦というか、フィーネの力すら見たことがない。
フィーネが武術を習っていることは知っているが、その場を直接は見たことは無い。そのほかにも、魔法を少し使えるらしい。
「フィーネが武術を習っているのは知っているけど、模擬戦なんてして大丈夫なの?」
「大丈夫よ。私だって剣を習ってもう一年以上たっているわ。模擬戦だって何度か経験しているわ」
それなら大丈夫だと思うのだが、一つだけ不安なことがある。
「フィーネと模擬戦なんかしてほんとに大丈夫なの?貴族の娘を怪我させたなんてことになったら問題じゃない?俺の両親はフィーネの親に仕えているのだから、やっぱりまずいんじゃないの?」
フィーネを怪我させたからといって罰を受けるのは嫌だ。そこらへんが心配だ。
「そこらへんは大丈夫よ。さすがに模擬戦で怪我したからといって罰するとかはないから。それに、私は修業中にケガしたことは何回もあるわ。殺したり大けがを負わせたりするならともかく、軽いけがなら大丈夫よ」
本当に大丈夫なのかどうかわからないが、どうせ戦わないとフィーネは納得しないだろう。
「模擬戦なら木剣だよね。それならそんなに大けがはしないだろうから大丈夫だよね」
「当然でしょ。それと、魔法は使用禁止ね」
「ちょっと待ってよ!どうして魔法が禁止なんだ?」
魔法が使えなければ俺はかなり不利だ。剣自体は俺のほうが長く習っているのだが、剣はそんなに得意ではないうえに、あまり練習しては来なかった。剣はそこそこ使えればいいという認識だったので、フィーネの才能と努力次第では負けていてもおかしくない。
魔法さえ使えれば何とかなりそうなので勝機はある。近接戦闘に関係がある魔法しか使えなかったとしても、フィーネがものすごく才能があるとかでなければ、ある程度有利に運べるだろう。
「ウォルは小さいころから魔法を習っていたでしょ。私はまだ三歳のころのウォルにも勝てていないかもしれないくらいの実力だから、魔法ありだとものすごく不利になるじゃない。もちろん、身体強化魔法などの使用も禁止するわ」
魔法禁止は残念だが、フィーネの言いたいことも理解できる。
「その条件でいいよ。場所はうちの庭でいいよね」
「それで大丈夫よ。特に異論はないわ」
「それで、自分用の木剣は持ってきているの?一応家には予備があるから、もしも持ってきていないのなら貸すことはできるけど、どうする?」
「こんなこともあろうかと自分の分は持ってきているわ。これがあるから私の分は用意しなくてもいいわ」
自分の分の木剣を持ってきているだなんて、もともと模擬戦をする気満々だったんじゃないか?家とフィーネの家は結構近くだから、行き来するのにそんなに警戒することもない。領主邸の近くだから常に衛兵の目が光っているのだ。その上、近くには騎士団の本部もある。
こんなところで襲おうと思うものは限りなく少ないだろう。
よって、フィーネが家に遊びに来るのに木剣を持ってくる必要性はまるでないのだ。もし必要性があるとすれば、家で模擬戦や素振りなどをするためだろう。
「もしかしてフィーネ、最初から俺と模擬戦をするために来たのか?」
「よくわかったわね。最初からそのつもりだったわ」
「さすがに自分の分の木剣を用意していたのだから、最初から模擬戦をするつもりだってことくらいわかるよ」
「それなら話は早いわね。早速庭に行きましょう」
俺たちは庭についてから、軽く準備運動をして向かい合った。
「ウォル、戦う準備はできた?」
「こっちは準備オーケーだ。それにしてもフィーネ、お前が二刀流だったなんて知らなかったよ」
フィーネは両手に剣を一本ずつ持っていた。普通に一刀流で来ると思っていたので少し驚いた。
「これは双剣って言って、二刀流とは微妙に違うのよ」
双剣はゲームか何かで聞いたことはあるが、ゲームでは使ったことがなかったのでよくわからない。この世界でもまだ見たことがなかったので少し興味がわいた。
「戦う前にちょっと触ってみてもいいかい?どんな感じか興味があるんだ」
「別にいいわよ。木製だから本物とは微妙に違うかもしれないけれど、それでもいいならどうぞ」
「ありがとう」
俺は木製の双剣を手に取ってみた。
「一つ一つは俺の使っている木剣よりは軽いな。それに、剣の長さだってこっちのほうがかなり短い」
「どちらも片手で振り回すものなんだから、ウォルの使っている木剣よりも軽いのは当然よ。双剣とは二つで一つなのよ。一本一本が短いのは、そういう仕様だからよ。というか、もしもウォルの木剣と同じ長さだったとしたら、今の私だと扱いきれないし、そもそもそれって二刀流でしょ」
「そういわれればそうだ。でも、フィーネは普通に木剣を習っているのだと思っていたよ」
「私も最初はそうだったのだけど、木剣が全然しっくりこなかったのよ。それでほかの武器を試していたら、双剣が見事にマッチしたってわけ。ウォルこそどうなの?あまり木剣はしっくりこないって言っていたけど、木剣でいいの?」
「それ何だけだけどね、残念ながらほかの武器もあまりしっくりこなかったんだ。双剣はまだ試してはいなかったけれど、他の大半の武器がしっくりこなかったというか、むしろその中では剣が一番しっくりきちゃったんだよね。それで武術はいまだに剣と体術なんだ。まあ、剣よりも体術のほうが得意なんだけどね」
ある程度覚悟していたこととはいえ、どうしてもこのことを語るときは少し寂しい気持ちになってしまう。
「それじゃあウォルは体術で戦うことにする?」
フィーネがとんでもないことを言い出した。
「無理に決まってるだろ!俺はそんなに身体能力が高いわけじゃないから、魔法なしで武器と戦えといわれても無理だ」
「でもあくまで木製だよ」
「木製でも痛いものはいたいんだよ。魔法で強化して防げるならともかく、生身だと木製の武器でもかなり痛いんだ」
父さんと魔法なしで戦った時には、木剣の攻撃なのに十分痛かった。父さんだってしっかり手加減しているだろうが、それでも痛かったのだ。
「それならウォルは木剣ね。そろそろ始めましょう」
俺たちは向かい合って構え始めた。ここには第三者がいないので、始めるタイミングは自分たちで決めなければならない。
「いくわよ!」
フィーネが俺に向かってきた。これがスタートの合図なんだろう。戦闘開始である。
フィーネが右手の剣で斬りかかってきた。もちろん俺はそれを難なく防ぐ。しかし、右の剣を防いだと思ったら、すぐさま左の剣が来た。それを何とか防いでも、またすぐに別の剣が来る。
これが双剣の怖さなのだろう。単純に剣が二本と一本では、手数に倍の差が出る。片方の剣で攻撃している間にもう一方の剣で斬りかかったり、両方の剣で同時に攻撃するなど、さまざまなバリエーションが出る。
このままではやられるので、俺は一度距離をとった。フィーネはまだ双剣をしっかりとは扱いきれていないらしく、簡単ではなかったが距離をとることができた。
「やっぱり手数が違うね」
「私は二本だからね。こちらのほうが手数は多いに決まっているわ」
二本あることもそうだが、両方の剣が軽くて短いのも問題だ。これによって、近接戦闘では早くたくさんの攻撃ができるようになる。攻撃自体は軽いので一つ一つなら問題はないが、たくさんの攻撃はさばききれない。
俺が今武器の性能で勝っている点はリーチと重さだ。双剣は懐に入られると怖いが、ある程度距離をとれていれば怖くはない。理想はこちらの剣は届くが向こうの剣は届かない距離で戦うことだが、そう上手くはいかないだろう。
逆に懐に入られると向こうが有利になるので、それだけは避けなくてはならない。
俺がすべきことはなるべく距離をとって戦い、隙を見て強烈な一撃を叩き込むことだ。フィーネはまだ双剣を扱いきれてはいないようなので、必ず隙は生まれるだろう。それを見逃さないことである。
「来ないならこっちから行くわ」
フィーネが距離を詰めてきた。リーチで負けているのだから早めに近づいておきたいのだろう。先ほどと同じような連続攻撃だ。
俺は距離を詰められすぎないように気をつけながら、剣を防いだりかわしたりしている。
フィーネの攻撃は、舞を踊っているようだ。ゲームとかでも、双剣は舞うように攻撃すると聞いたことがあったので、たぶんそれだ。
まだまだぎこちない舞だが、それなりに練習してきたことがうかがえる。この舞の隙を見つけないといけない。
フィーネは練習したことを出そうとしているのだろう。こちらの動きよりも自分のリズムを優先させているように見える。これが強者だったなら相手を自分のリズムに引き込んだり、相手の動きに合わせて自分の動きを変化させたりするのだろうが、フィーネにそれはまだ早いようだ。
ここでフィーネのリズムを狂わせるような攻撃ができればいいのだが、残念ながら俺にもそんな実力はない。頑張ってはみているが、あまり上手くいっている気がしない。
俺とフィーネの戦いは長時間に及んだ。それも当然で、どちらも決め手がない状態である。どちらも効果的な一撃が加えられないまま時間が過ぎていった。
「ウォルー、そろそろ夜ご飯にするわよ」
気が付いたらもうすでに夕方になっていた。母さんの声を聴いてもう夕方だと意識すると、途端におなかが減ってきた。
『ぐうー』
フィーネも同じようである。
「なあ、この勝負は引き分けということにしないか」
フィーネの腹の音を聞かなかったような対応をした俺はジェントルマンだと思う。
「そっそうね。今回はこれで終わりにしましょう」
どこかごまかすような口調だ。
「それじゃあまた今度な」
「そうしましょう。それじゃあ、さよなら」
「じゃあなー」
こうして俺たちの戦いは終わった。




