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金色の花を探して  作者: 秀月
青石の国

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89/93

3-27:欠ける

 どういう心境の変化なの?


 星南は視線を落とした。傷付きたくない。だから素直になれない時もある。子ども扱いの心地良さは、相手の加減に甘えるからだ。手抜きされる方が良いなんて、あまりに情けない。ぶんぶん頭を振って、笑顔をつくる。それでも少し時間が欲しかった。


「ともかく、エヴァを探しに行こう?」


 さりげなくフェルナンから離れると、腕を掴まれ引き寄せられる。


「何が不満だ」


 見てしまった彼の顔。静かにこちらを見おろしていた。ごくりと唾を飲み込む。気まずい。視線が泳ぐ。光は水の幕に遮られ、淡くゆらいだ模様に揺れる。何と言えばいいのだろう。


「どうしてそんな、素振りをする?」


 頬に手を添えられた。なけなしの余裕は、すっかり何処かへ飛んでいく。勘違いでなければ両思い。でもフェルナンに限って、そんな事はあるのだろうか。好かれるような事をした覚えがない。


 星南は、おずおずと片手をフェルナンに伸ばした。背伸びしたって、到底頭には届かない。それで胸元の生地をつかんだ。彼にとっては年下のお子さまだ。しかも神人、しかも王族。着の身、気のままココに来て、誇れるものもまだなくて。


「私、自信、なくなってきた」


 後悔だけはしたくない。だから何時も尻込みしていた事や、言わずに我慢する事も、なるべく声に出してみた。本当は素直でも純粋でもない。これは打算からくる産物だ。


「まだ、フェルナンに好かれる努力を、してないよ?」


 そう言うと彼は眉をひそめた。怒っただろうか。星南は視線を彷徨さまよわせた。どうして何も言わないのだろう。何を言えば良いのだろう?


「…………星南」


 呼ばれてしまうと、無視できないのが名前というもの。それでも現状打破を思い付かずに、俯いた。頬にあった手が、容赦なく顎を捕らえる。フェルナンは意地悪だ。見上げるしかない身長差。抵抗の余地は始めからない。星南はムッとした。


「離して。やる事いっぱいあるんだよ?」

「その内のひとつは、此処にある」

「…………」

「どうして、考えようとしない?それじゃあ俺にも分からない」


 精神的にも、逃げる余地をくれないらしい。考えたくなかった。片思いは都合がよくて楽だったから。そういうのを後の祭り、と確か言う。


 バカだなぁ、と瞼を伏せた。たとえ可能性がなくとも、両想いを想定をしておけば良かった。理由も分からず好かれたら、知らないうちに嫌われるかもしれない。こんな不安を抱えていたら、余計に彼の傍を望んでしまう。失恋したら、恐ろしいほどの苦痛だろう。


「私、片思いで…………それで良くって」


 諦めて思った事を打ち明けた。なのにフェルナンはみるみる麗しく、不吉な笑顔になっていく。これは本格的に怒らせた。ちゃんと考えたのに、あんまりだ!


「好きだよ!?でも、それとこれは違うと、言いますか」

「納得できないな、星南。お前にとって俺は、その程度なのか?」

「そんな事はっ!」

「じゃあハッキリ言え!」

「ハッキリ!?」

「ッ馬鹿!!」

「違うってば!今のは洒落じゃなくって!!」

「…………へぇ、案外余裕じゃないか」

「どこに余裕が!?ぜんぜん無いよっ!好かれてる自信なかったのに、それっぽい事言われても、実感ないもん!!いつも意地悪してきた癖に!」

「だったら善処してやるよ」

「えっ!?」


 善処ってなに!


 優しいだけのフェルナンなんて耐えられない。夫婦演技のあれでさえ、星南には高いハードルだった。そういう方面は困る、多分。いや、絶対に。


「ダメ!善処はダメっ!!」

「まさか、そういう趣味なのか?」

「…………趣味?」

「お前の頭、パン屑だもんな」


 顎を解放したフェルナンの手は、星南の髪をかきまぜた。暴れても片手はまだ捕まっている。両想いって何なのだろう。これでは、いつもと変わらない。もしかして、からかわれてる?


「やめて!やめてってば!」


 悪さをする手をひっつかみ、不満たっぷりに睨みつけた。彼は、どうだと言わんばかりの顔をしている。


「善処は要らないんだろう?」

「…………いります」


 したいんだったら、そう言えば良いのに。もう良く分からない。推定両想い、確定夫婦で安泰だ。悪いことは何もない。


「身支度して来い、エヴァはその後だ」


 フェルナンに続き間へと追いやられ、星南はモヤモヤしたまま地団駄を踏んだ。悔しい。私の方が、絶対すきなのに!暴れたい。物を投げたい。


「いつか、ぎゃふんって言わせてやる!」


 収拾のつかない気持ち。それは胸の中で膨らむばかりだ。

 

 

 

 星南の何が良かったのかと、フェルナンは溜息をついて自問した。彼女は幸福というものを知っている。それが羨ましく、また妬ましくもあったのだ。


「なんなんだよ、あいつ」


 喜ぶと思った。普通の女なら間違いなく喜んだ。それとも、そう思う自分が悪いのだろうか。


「イラつくな」


 ダヴィドにニヤつかれた時とも違う、むず痒さがあった。窓辺に寄って、落ちる水幕に手を伸ばす。思いの外ぬるい。今の青石の国(アジュール)は春の終わりだ。


「泳ぐしかないな」


 フェルナンが冷静さを模索していると、おそるおそるといった星南の気配が近寄ってきた。迷わず睨む。すると彼女は、途方にくれた様子で立っていた。


「帯とったら、こんな風になっちゃって」

「…………」


 神装の着れない神人なのだ。身支度なんて出来る筈がない。そもそもフェルナンは、星南が着替えも洗面もせずに朝食へ直行する事を知っている。気を使っても、相手はその気を使えない。


「他の帯はどうした」

「どっかに落ちたかな?」


 星南が後ろに向いた瞬間、カシャンと音を立てて飾り帯が落下した。拾おうと屈めば、たるんだ生地が細い身体をちらりと見せる。


 見ていられない。フェルナンは額を押さえた。何とかしてくれ。ここまでくると、無警戒どころの問題じゃない。


「星南、それ以上動くと、脱げるぞ」

「えっ!?」


 自覚なしか。重い溜息が出た。見てて面白い体型ではないが、そろそろ全部見ても構わない気がする。そう言ったら、少しは警戒するだろうか?


「フェルナンたすけて~っ」

「俺はお前に、何を求めれば良いんだろうな?」

「えっ!有料着付け!?」

「そうだ、有料だ。身体で払え!」

「精進します!!」


 誠心誠意、とフェルナンの耳には誤訳した。やっぱり子どもだ。意味が伝わっていない。黙々と神装の着付けを始めた夫に、星南はほっと胸を張った。嫌いだったらこういう事はしないだろう。しかも丁寧だ。


「フェルナンありがとう。私、こういうところ、すきだよ!」

「俺は侍女じゃないんだぞ?」

「うん、知ってる」

「これくらい、自分でやれ!」


 わざと帯を引き締める。すると星南は、ぎゅぐっと妙な声を出した。駄目だ、面白い。しかも文句を言ってこない。彼女の危機感は死んでいる。


「弛めて欲しいか、星南?」

「え、えぇ?」

「それとも、もっと締めようか?」


 敏感な耳もとで囁くと、慌てて耳を隠した。涙目で脹れる姿は、案外色気があるものだ。


「なにするの!」

「身体で払ってくれるんだろう?」

「えっ!?」


 やっと悪魔に身を売った事に気が付いた。さぁっと血の気が落ちてくる。


「お願い!胴長だけはやめて!!」

「…………」

「ねぇフェルナン?聞いてるぎゅぅッ!キツイ!!帯、締まってる!」

「締めてんだよ」

「やめてってばっ!」


 二人が騒ぐ部屋の外。溜息を押し殺したダヴィドとエヴァは、とうとう苦笑をこぼした。彼らからみれば、どちらもお子様だ。


「問題ないと言っただろう?」

「僕の気も知らないで」

「俺がどうして、気を使わねばならん」


 そういう癖に、ダヴィドは細かく気を使う。気付かれていないとでも思っているのだろうか。エヴァは肩を竦めた。


「君にも、少しは可愛いところがあるんだね」

「ん?」

「フェルは気付いてるんでしょう?待つのにも飽きたよ」


 エヴァが扉を開けようとすると、ダヴィドにひょいッと引き戻される。その直後、内側から勢いよく星南が飛び出してきた。


「フェルナンのばか!意地悪!善処なんて、してないじゃん!!」


 真っ赤な顔で言うだけ言うと、脱兎のごとく走り出す。声をかけ損ねたエヴァは、目を見開いて固まっていた。


「見てんじゃねぇよ」


 出て来たフェルナンは、二人を睨んだ。誰かによく似た丸い瞳を瞬いて、エヴァも慌てて走り出す。


「星南を探してくる!」

「左の回廊を走っているぞ」


 ダヴィドは、感知していた方向を伝えてやった。ひとつ頷いた神人は、即座に移転する。そんなに慌てる事もなかろうに。


「ダヴィドさん、何してんだよ。俺が気付かないとでも、思ってたのか?」

「まさか。お前の手抜きに、お兄様は頭が痛くなったぞ」

「居るの分かってて、何しろって言うんだ!」

「流石にお前も、そういう感性はあるんだな」

「どういう意味だ」

「いや、いい。気にするな」


 クッと笑って、ダヴィドは廊下を奥へと戻りだす。星南を追う気はないらしい。


「フェルナン来い。星南はどうせ屋根に行く」

「青国配備の見学か?」

「そんな暇はないんだが、水草ではセナも肥えるまい。軍の配給は実になるぞ?」

「屋根で煮炊きしてるのか!?」

「エヴァに結界を解かせたからな。この国は人手が無さ過ぎる」

「まだ何かするのか…………」

「マンディアーグには、クレール・バルトの研究資料が残っているんだ。探すついでに再建すれば、遺恨も減るだろう。研究を本格的に進めるには、水都の結界が必要だ。黒点になるなど御免だからな」


 石皮靴(ロシェボット)が重い足音を響かせる。フェルナンははふと、血溜まりから生まれた金の光を思い出した。言ったらどうなるだろう。エヴァは星南をうつわと言った。不穏な響きだ。


「ダヴィドさん」


 立ち止まって呼びかける。濃紺の制服に銀糸の刺繍。振り返ったダヴィドと一緒に、飾緒が擦れて音を立てた。


「黒色病の解明に、魂が必要だと言ったら…………死ねと命じるか?」


 琥珀色の瞳が鋭く刺さる。本心からイラついたのだ。それも一度のまばたきで、普段の色に塗り替えられた。見事な自己抑制だ。


「馬鹿を言うな。生かすための研究に、死人を出しては元も子もない…………それともフェル、お前が生贄になるか?あらゆる女を孕ませて、黒色病の子どもが生まれるか、研究してもいいんだぞ?」


 しかも釘も刺してきた。分かっている。暗青(ブルフォンセ)はそんな非道をしなかった。研究機関(ラボラトワ)の職員は、真面目で細かい奴ばかりだ。守り方を間違えてはいけない。星南を一人で守るなど、初めから無理な話だ。


「俺と星南の血は、混ぜると光になるんだ」

「なに?」

「誰にも知られていない。でも星南は、うっかり話すかもしれないぞ」

「…………まずいな」


 ダヴィドは額を押さえた。星南の口は軽くもないが、決して重くもない。気を回して、二人きりにしなければ良かった。それとも、知っているから水都に留め置いたのか?


 頭にあった二つの仮説は、それで片方に絞られた。


「フェルナン、何故、水の血筋は女児が少ないと思う?大神が嘆いて生まれない?そんな筈はないだろう。減るには理由がある」

「黒色病をばら撒くとでも?」

「違うな。エヴァは俺にこう言ったんだ、水都の結界は神族にだって壊す事は出来ない、と」


 神族に国境を割らせたから、言われたのかもしれない。でも違うなら、可能性はひとつだ。


「神族が水の血筋を疎んでいると?」

「そう考えるのが、筋だろう?」

「黒点は神族にだって起こるんだ。絶やす理由が分かんねぇ」

「大神の願いは成就してない。もし成就したら黒色病は無くなって、それからどうなる?」


 それから?


 フェルナンは盲点に気が付いた。対価に効果は付随する。黒色病の消滅は、違う何かを引き起こすのだ。


「神族に不利な事が起こるのか」

「神人以下の種族は、有限の命だ。死に絶えても問題無かろう?」

「くっそ、何なんだよそれ!」

「まずはエヴァか。下手に漏れると、お前達は余計に自由がきかなくなるぞ」


 天人族と水の神人。数千年にわたる歴史の中で、一度も交わりがない方が不自然だ。迷いなく歩き出したダヴィドを追いながら、フェルナンは手のひらを見つめた。


 知っているんじゃないか?


 エヴァからは忠告を受けている。黒色病と天秤にかけた何かを、彼は常に選んでいたのかもしれない。何かの側に星南が居たら、味方にするなど不可能だ。


「ダヴィドさん、エヴァは…………!」

「敵対すると思うのか?」

「ないとは言い切れないぞ」

「クレールは死んだ。治癒妨害をする理由は彼にない」

「どういう事だ」

「水の始まりの十人、二人の女性は真っ先に神族に狙われて然るべきだ。それを、片方は海王神が守り、もう片方はエヴァが守った。自身に解明の糸口があるとも気付かずに、蛇人を増やす姿は滑稽だろう。誰が助言した?獣人と交われば黒点となるしかない血を増やす。そんな危険をおかさせた理由は何だ?」


 フェルナンは呆然とダヴィドを見返した。つじつまが合う。成人した神人は、生きて時空を渡れない。その時点で、エヴァはクレール・バルトの死を悟った筈だ。強力な結界を敷いて青石の国(アジュール)全土を被う必要はない。


「神族から、残った水の血を守る方に切り替えたのか」

「手駒は揃ったと考えられる。神に壊せる国境は、その表れだ」


 パサリとダヴィドはローブをひるがえす。


「言った筈だ、欠ける事は許さんと」

 

 

 

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