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金色の花を探して  作者: 秀月
青石の国

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88/93

3-26:朝の光

 エヴァは離宮の屋根に移転して、見える景色に苦笑する。広がるのはテント街だ。連れて来た青国配備の面々は、夜営の準備を開始していた。割り切りが良すぎるのも、どうかと思う。


「…………ねぇ、君」


 目の合った竜人を、呼び止めてみた。すると慌てた様子で跪かれる。やはり神装に黒髪では、力を押さえていても怖いらしい。


「副団長を呼んでくれる?」

「すぐにッ!」


 転がる勢いで走っていった後ろ姿に、溜息が出る。唯一の手札を切ってまで、ダヴィドは国境を越えたのだ。下手をすれば全滅だってあり得る。そうまでして、星南を求めているとは思えなかった。


 だから彼は、殺されないと踏んだのだ。


 帝国は青石の国に開国されたくない。黒色病の蔓延は恐怖だろう。しかし、開国するなと言えるだけの力はないのだ。皇弟が戦死でもしない限りは。それでろくに止められもせず、軍は国境を越えてきた。


「お呼びでしょうか、三色菫パンセの君」


 呼ばれて僅かに眉が寄る。顔を知る者が居たようだ。陸は口にしたとたん、すぐに情報が流れ出す。不便で仕方なかった。


「ただの確認に来たんだよ。屋根以外は結界内だ。落ちたら命の保証はないからね」

「心得ております」


 意外と若い声がした。跪く顔は分からないものの、灰色の髪に緑のローブ。魔人の血が混ざる、蛇人族だろう。


「君、出身は?」


 興味本位で聞いてみる。


青石の国(アジュール)です」


 結界に閉ざされても、誰も慌てない訳だ。青国配備の面々は、この国にゆかりを持っている。そういう血筋の集まりなのだ。水の神人を警戒して揃えたのだろう。確かに蛇人は殺めにくい。思わず苦笑がこぼれた。ダヴィドは頭が回るから、手を焼く隙もあまりない。


 それが彼を孤立させる。分かっているのだろうか。


「楽にしてていいよ。僕は居ないものだと思って?」


 そう言うと男は頭を上げた。緑の瞳の知らない顔だ。


 何に期待したのだろう。


 あちこちから上がり始めた湯気に、エヴァは青い瞳を伏せた。マンディアーグは解放されて、青石(せいせき)の国を二分する要素はなくなった。それが思いのほか、大きな変化なのだと分かった。


 今頃になって実感が湧く。


 手を入れる事も、手放す事も出来なかった都市だ。忘れられればとさえ思った。こんなに上手く鎮めてくれるなんて、想像しただろうか。今は、かつての姿を取り戻すだろう幻さえ描ける。


 数を減らした住人の保護。


 それも数千人とは思わなかった。追い出せる訳がない。ガヤガヤ雑談の広がる野営地で、つい面影を探してしまう。遠い昔に神に乞い、初めて生まれた蛇人の血筋。間違くなくクレールの子孫だ。神人は本来奔放で、夫や妻というくくりはなかった。泣かされていたのは、潔癖すぎた夫だけ。


 ――――私の子なのに、()()は嫌って言うのね!ひどい人!!


「クレール、君は、やっぱりひどいよ」


 ――――それでも僕は、すきだったんだ。

 

 

 

 回廊に飛び出した星南を待っていたのは、フェルナンひとりだけだった。


「エヴァは!?」

「そこのさ…………」


 指さされた方を見て、ぐしゃっと裾をたくし上げる。目を離し隙に悪さをされたら、大変だ。味方であるなら、なおさらに!


「ありがとっ!!」


 星南は後も見ずに駆け出した。ダヴィドは丸い目をして、フェルナンは石のように固まっている。一瞬、太ももまで見えたのだ。芽生え始めた恥じらいは、やはり気のせいだったらしい。


「…………フェル、あれはマズイぞ?」

「分かってる」

「夫の役を、サボったか?」

「そこまで手は抜いてねぇ…………」

「あれはマズイぞ」


 ダヴィドは額を押さえた。その横をフェルナンが過ぎていく。ほとんど音の立てない歩き方。爪先さえ見せない、身のこなし。多少は、彼自身の為にも躾けると思った。なのにアレだ。


「フェル坊、星南では不満か?」


 ギロリと二色の瞳に睨まれる。即座に否定しないから、ダヴィドにはそれで十分だった。


「お前、自分の首を絞めているのか?」

「…………あいつ、何やっても泣くんだよ」

「初々しいな」

「黙れ」


 睨んできても、こうなると可愛いばかりだ。手を焼いた上での今ならば、フェルナンだけでは荷が重かろう。王としてハリボテにもならないとなると、流石に困る。


「お兄様が助言してやる。女は態度も言葉も欲しがる、欲深き生き物だ」

「だ、ま、れ!」


 腹を蹴られそうになり、ダヴィドは後ろに飛び退いた。そこで堪えきれずに笑いだす。案外本気であったらしい。ずっと半信半疑だったから、わざと二人を近付けた。夫婦となれば、嫌でも腹は据えるだろう。


「フェルナン知っているか?初恋はこじれるらしいぞ?」

「…………くっそ、さっさと帰れッ!」

「王に望まれた身だ。帰る理由は何処にもないな」

「星南を言い負かしたのか」

「いいや、星南が言い出したんだ。家族に見えるならいい、とな?」

「…………家族」


 ダヴィドが言うと、不穏な言葉に聞こえてしまう。それを星南は分かっていない。回廊を歩き出した彼に、フェルナンは慌てて回り込む。


「俺の身分はどうなった?」


 問うとダヴィドは、ニヤリと勝ち誇った笑みを浮かべた。


「新国王ミエル・フェルディナン・ラ・アルタは、ヴァニーユ・クローディットの子を認知、これを王太子とした。エルに感謝しろよ?お前など知らないと言った王に、あの短気が半日もかけて説得したんだ」

「母は王妃か」

「そこまで世話する、義理もなかろう?」


 辟易した様子で肩を竦めるくせに、瞳が妙に楽しそうだ。彼とて、フェルナンの実父は気に入らない。こういう事情でもなければ、子の認知などさせなかった。


「しっかり星南を捕まえろよ?お前以外の男など、男だと思わせるな」


 どこまで本気なのだろう。


 フェルナンは、琥珀色の瞳を訝しく見上げた。笑顔で頷かれたが、一体何に頷いたのか。分かりやすく好いた態度は取らなかった。夫婦にまでして一緒にされる理由は、別にあるように思えた。


 星南は幼い。花や馬を愛でるのと、同じように思われている気さえする。うっとおしく感じないのは、女未満のせいだろう。頭を振って額を押さえ、フェルナンは己に言い聞かせた。


 あれは、子どもだ。


「簡単だろう、フェル?誘惑すればいい」

「他人事だと思ってんだろ?」

「他人事だしな?」


 ニヤニヤした表情に、無性に苛立ってきた。結局はダヴィドの思い通りだ。水の国を内側から食い潰す。皇帝になるなら、死んだ方がマシだと言い切った皇子である。可能性を潰す事にかけては、ピカイチだ。おまけに運も良い。頭が痛くなってきた。


「星南をどうするつもりなんだ?」

「どうもこうもないだろう?」


 という事は確信犯か。家族なのに他人事となれば、夫の領域外の地位になる。


「…………後宮を開かせるのか」

「夫が嫌なら仕方なかろう?」

「初夜をどうするつもりだ?」

「俺にはちゃんと策がある。フェルナン、同じ質問をしてやろうか?」

「…………!」


 クッと喉で笑われた。どう頑張っても勝てそうにない。勝てたためしも皆無であった。


「そう眉を寄せるな、困ったら助けてやるさ。ほら、さっさと姫君を追いかけるぞ?」

「…………了解だッ!」

 

 

 

 星南は、白亜の回廊で荒く息をついていた。広すぎる。フェルナンに距離を聞けば良かった。恨めしく見上げる過装飾の天井に、水の膜が明かりをキラキラ反射する。ぺたんと床に座り込み、そのままゴロンと転がった。夜中なのにと思い出せば、眠たくだってなってくる。


「エヴァのばか、どうしてじっとしてないの」


 冷たい床の、なんと気持ちの良いことか。色々あってとても疲れた。誘惑に負けて瞳を閉じる。体温の移った石床は、じんわり温かくなってきた。


 ――――この後、どうすれば良いんだっけ?


 寝たら半分は忘れてしまう。覚えてるのは、結局そこまでだった。


「セナ?」


 ダヴィドは一応声をかけ、星南をそっと抱き上げる。そのままフェルナンに手渡した。


「水の血筋は眠りに弱い。疲れたんだろう」

「だからって普通、床で眠るか?」

「野宿に慣らした、俺のせいにしてみるか?」


 そう言われると分が悪い。男だと我慢させた事は、上げればキリがないからだ。そして星南は、どれを強いても文句など言わなかった。訳の分からない言語を言って、不思議そうにするだけだ。


「…………ひとまず寝室に置いてくる」

「添い寝してやれ」

「俺は、眠くなんか」

「いいから寝て来い。俺の助言が聞こえないのか?」


 諭すように言ってきたダヴィドに、フェルナンは眉を寄せた。そう言うからには、裏がある。けれど推し量る事は出来なかった。


「ダヴィドさんはどうする?」

「焦げ臭いからな、その辺でも泳いでみる」

「それでエヴァを釣るんだな?」

「釣るなんて人聞きが悪いぞ?俺の前に来させるんだ」


 ニッコリ笑うから、勝算もあるようだ。それでフェルナンも疲労感に目をふせる。


「眠い気がする」

「そうだろう?」


 あの手の上で踊るしかない。おりる事も叶わない。だったら休める時に休んだ方が得策だ。


「…………おやすみ!」

「良き眠りを」


 ていよく追い払われた気がする。フェルナンは眉を寄せた。ふにゃりと幸せそうな顔で、星南は眠ったままだ。ちょっとやそっとでは目覚めない。例えば、彼女が嫌がるだろう既成事実を負わせても。


 ――――添い寝か。


 ダヴィドは、そうしろとは言わなかった。救われたのは星南だけじゃない。


「勝てねぇ…………」


 身分を得ても、何の助けになるものか。腕に抱えた、女ひとり守れないのに。


「俺で良いのか」


 手に入れたら離せなくなる。そんな予感がした。だから恐れた。好意の先にある感情が、破滅という名をしていたら。幼いころに張り付いていた、雪の降る窓を思い出す。暖炉に暖められた室内で、フェルナンは外ばかり見ていた。


 本当は、そこに映る母を探した。


 振り向けば行ってしまう。愛した男に似なかったから。色彩さえ、母の望みを叶えてやれはしなかった。


「どうしたら、いいんだ」


 色使いは恋が出来ない。これはきっと罰なのだろう。もやもやした気持ちは晴れそうにない。膨れ上がるばかりだ。

 

 

 

 星南は眩しいと思って、目を開けた。キラキラしている。銀白色(シルバーホワイト)の後ろ頭が、すぐ横に転がっていた。ぎょっとして半身を起こすと、まさかのベッドの上だ。そして朝!


「寝ちゃった!?」


 とっさに左手首に目がいった。腕時計はなく、銀の腕環が眩しく光る。現実は今日も厳しそうだった。


「あの、フェルナン?」


 一応呼んでみるものの、法律上の夫はびくともしない。起こして良いのだろうか?


 星南は静かに近寄って、寝顔をそっと覗き込む。申し分なく美しい。悔しいことに、ニキビの痕さえ見つからなかった。伏した睫毛に色香があって、見ている方が照れてきた。どうしてココに寝たんだろう…………心臓に悪い。


「フェルナン、ねぇフェルナンってば!」


 思いきって揺さぶってみる。その拍子に、彼は仰向けに転がった。投げ出された腕に膝を叩かれ、星南は息を飲み込んだ。乱れた衣装に、均整の取れた胸板が見える。散らばる緑色の祝福痕(カプリス)は、まるで神聖なものを汚す烙印らくいんのようだ。


 見てはいけないものを見てしまった。起こすのは諦めよう。


 死んだ魚のような目になって、足元の方に這っていく。彼を大きく迂回すると、やっと床に足が下ろせた。ベッドの三方向は壁である。


「誰か探さなきゃ…………」


 そう思ったものの、やっぱり目を離すのは惜しい気がした。滅多に見れないほど、今のフェルナンは無防備だ。


 ――――すき。


 両親みたいな夫婦に憧れた。なのに彼は意地悪で、何を考えてるのかも分からない。しょうがないじゃん、そんな人が好きなのだ。


 それで幸せになれなくても、幸せに出来なくても、幸せなんだと知っている。すきって思っている時は、抑えきれない程に胸の内が満たされるから。


「…………どうしてかな」


 すごく幸せなのに悲しいのは。泣きたくなるのは。すきって思うたびに顔は熱くて、心臓は凍えてく。苦しいし痛いし、ちっとも甘くなんてない。田舎みたいな穏やかさ、思い描いた優しさは、どうして心に無いのだろう。


「すきだよ、フェルナン」


 眠る横顔に囁いた。傍に居たいだけなのに、とても欲張りになりそうだ。隣に居ると足りなくなって、触れてみても足りなくて。どんどん自分が分からなくなる。


 ――――なのに好きって思うんだ。


「ねぇフェルナン、私、あなたがすき!」


 言ってしまうと、スッキリとした。世の中、これ以上いいにくい言葉はないだろう。


「よし、エヴァを探してこよう!」

「何が、良しだ」

「えっ!?」


 フェルナンに胡乱な視線を向けられた。ヤバイ、いつの間にか起きている!


「おっ、おはよう、ございます!」

「…………おはよ」


 急に気まずくなった。寝ている横で、騒ぐなって怒られる?それとも、俺は好きじゃないって怒られる?どちらにしても怒られる事は確実だ。星南は慌てて正座した。


「何やってんだ」

「その…………お騒がせしたので」

「静かな方が稀だろう?」


 布の滑る音がする。見えたのは、床に降りる華奢さのない足。いよいよ土下座を披露する時だろうか。星南が身構えていると、グイっと腕を引かれる。抵抗の間もなく立たされて、思わず振り仰げば眉を寄せるフェルナンが見えた。二色の瞳は静かな光と一緒に、見たことのない色をたたえている。息が詰まりそうだ。


 もしかして凄く怒ってる!?


「フェルナン、あの、本当に…………」


 ごめんなさい、と言ってしまいたい。向けられているのは、殺気ではなかろうか。


「夫婦を解消する気はあるのか?」

「えっ!?」


 頭の中が白くなる。フェルナンが居なくなる?夫婦をやめるの?それはいつ?


 彼はまだ何かを言っていたけれど、ぜんぜん耳に入らなかった。


 ――――そんなに怒った?


 いつも怒っているから、その加減が分からない。分かる事なんて、ほとんど無いのだ。


「星南?おい星南、しっかりしろ!」


 ぐらぐら身体を揺すられて、胸に空気を吸い込んだ。ボケッとしている場合ではない。アンチ後悔!言うべき事を惜しんだら、口がある意味すらないだろう。


「行かないでっ!!」

「人の話を聞いてたか?」

「だって、無いって!」

「ないと言った」

「…………な、ない?」


 口にしてみて、パチパチ瞳を瞬いた。泣き出しそうなグレーの瞳は、みるみる丸くなっていく。感情のよく映る鏡みたいだ。雲が晴れるように、澄んだ青が広がった。


「ない…………ないのフェルナン!?」

「そう言っている」

「ありがとう!」

「…………礼を言われる事じゃない」

「だって私は嬉しいもん!」

「俺で良いのか。本当にちゃんと、考えてるんだろうな?」

「私は、フェルナンがすき。だからね、いつかフェルナンに、すきって言われるように、努力します!」

「…………馬鹿。ニブイんだよ、お前」


 顔が近づく。さらりと頬に触れたのは、ささやかで短い口付けだ。二色の瞳を探したら、じっとこちらを見おろしていた。思わず逸らす。なにか気まずい。


「俺が欲しいのは、お前だ」

「…………わ、私?」

「危なっかしくて、目が離せない」

「…………それって、ママだから?」

「…………俺が何だって?」

「何でもありません!」

「…………」


 無言が辛い。星南がそおっと見上げると、フェルナンは小さく吹き出した。


「身構えた俺が馬鹿だった」


 くすくす笑い声が降ってくる。面白い事は言ってない。一体どこで誤訳したのか。星南は眉を寄せた。


「あ、あの」


 こんな風に笑う姿を、どう受け止めれば良いのだろう。こっちはちっとも笑えない。どうしよう、フェルナンが壊れてしまった。朝の光の中で途方に暮れる。

 

 

 

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