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金色の花を探して  作者: 秀月
青石の国

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86/93

3-24:政略結婚

 夜空が水色に輝いた。


 星を霞ませ月を隠して、それは天から地上に落ちてくる。予想よりも随分早い。不思議に思ったものの、エヴァは崩れぬ笑顔でダヴィドに言った。


「君達、閉じ込められたよ?」

「別に構わん」


 彼もニッコリ微笑んだ。上着の銀糸がキラリと光る。さりげなく付いた宝石や飾緒は、どれも僅かに音がした。闇に紛れる必要はない。それを示す自信過剰な制服だ。


「セナは賢い。すぐに手打ったな」


 降り注ぐ祝福が見えなくなると、二人は炎の色に照らされる。夜を焦がす劫火ごうかであった。青国配備は竜人が半分、残りを魔人と準魔人族が占めている。その機動力は凄まじい。


 飛び交う竜は火を吐いて、色術式が家屋を次々倒壊させる。訓練された手際の良さに、エヴァは眉をひそめた。


「何時から、マンディアーグを狙っていたの?」

「別に欲しくは無かったが」


 ダヴィドは複雑そうな顔をした。十年に一度、確実に青石の国(アジュール)の結界は晴れるのだ。一時的かつ部分的な事もある。予測は困難だった。


 しかし近年、亡命者の数は著しい。半竜人や準魔人、少数の蛇人族となれば怪しくもなる。諜報員を捩じ込む事は、数十年と進めてきた計画だ。


「同族が奴隷に見える時点で、救いようも無いからな」

「なんなら僕が、此処を池にしてあげようか?」

「止めてくれ…………俺達はゼロから作るよりも、ゼロに戻して作る方が身に沁みる。遺恨のある土地ならば、尚更だ」

「ダヴィドは時々、面倒な事を好むよね?」

「未来には忘却が待っている。先送る手段をせねばならん」


 緋色を映す彼の瞳に、迷いは無かった。エヴァは短く息を吐く。本当に可愛げがない。昔からずっと、無邪気さとは縁遠い男だった。


 かつてはそれを、気に掛けたというのに。


「君はこの地をどうするの?」

「さてな」


 ダヴィドの声に苦笑の気配がした。前髪を掻き上げて前を見据える横顔は、炎の影に揺れている。彼とて、全てが予想通りとはいかないようだ。


「星南に甘えるの?」

「甘やかしてくれるかは、俺も心配なところだが――――五班遅いぞ、(サフィール)を西だ!」

「ッ申し訳ありません!西だ、逃がすな!!」


 ダヴィドの後ろで、踵を返した影がある。緑のローブは色使い。彼等を出し惜しめる時点で、勝ったも同然だ。


「君の感知範囲って、何処まであるの?僕、来た意味無いんじゃないかな?」

「仕事が欲しいのか?なら、最期の火消しは任せよう。いいか、消すだけだぞ?流すな。溜めるのもナシだぞ」

「…………文句多いよ」


 ムスッとして、エヴァは瓦礫に腰掛けた。それだけで周囲の気配がピンと張る。神人に対する反応とは、普通こんなものだった。機嫌を損ねたら命はない。


 だからダヴィドの側も、不本意ながら居心地は良かった。同じ者だと思っているのに、拒絶されれば悲しくもなる。何故心は痛むのだろうか。大神が作らなかった筈なのに、どうして持っているのだろう。エヴァは運命を呪った。


 それを疑問に思った星南は、導かれるように黒色病に手を出していた。


 血は争えない、とでも言うべきか。神々でさえ、禁姻きんいんによって黒点を作っている。縄墨じょうぼくを動かそうと、試せば試しただけ黒点は生まれたからだ。神族が少ない本当の理由は、誰よりも先に黒点の解決に身を投じた為である。しかし数を減らしただけで、何も分かりはしなかった。


 そこで神人達は、隠す事で守れないかと考えた。神代かみよの神話は、そうして生まれたのだ。


 神さえ殺す婚姻があると。


 ところが人々は代を重ねるごとに、神族を恐れなくなった。神話は物語になり、警告の意味を既に成さない。次に動かざるを得なかったのは、水の神人だ。


 黒色病の決め手は、水の血である。


 大神は五人の神を創りながら、結びつきを三人にだけ求めた。中間の役割を持つ水の血は、他の神とは異なるものだ。神人のみが知る不文律。隠す事で共存の道を模索していた。


 数を増やした第二種族を、失いたくはなかったのだ。


 けれど神人は人族でもある。神の代理は務まらない。試しに、国を三つおこして神と見立てる事にした。


 国王という頂点を結ぶことで、変化が得られないかと揺さぶった。けれどこれも失敗だ。風の王国と火の共和国は、あっという間にひとつの国になっていた。


 呪いのように果たされない。


 まるで大神が拒むように。


 再び挑んだクレールも、結局は聖国が先走り失敗だ。


 エヴァはダヴィドを仰ぎ見る。神の代理と作られて、王となる筈だった火の皇子おうじ。あえて名前を偽る事で、神から遠い血筋と隠された。聡い彼は幼少期に気付いて、大いにグレてしまったが。


 同じ境遇に産まれた片割れに、思い入れるのは仕方のない事かもしれない。


「ねぇ、星南に話さないの?」 

「何の話しだ?」

「…………婚約者の事」

「セナは浅はかに、俺を選びそうでな」

「ふぅん?」

「お前こそ、親だと言ったらどうなんだ?」

「信じると思うよ、浅はかに」


 言えない理由は彼とて同じ。星南は不安定だ。心の支えが異界にある以上、揺すって時空を越えさせる訳にはいかない。


「だったら、余計な口は挟まん事だ。セナを、全ての過去から解放する事は出来ん」


 それでも解放しようと、彼は思うのだろう。エヴァは右頬の祝福印(メモワール)に触れて、笑みを浮かべた。


 ――――クレール。


 胸の内で呼び掛ける。僕は君を、信じていなかったのかな。


 まだ耳の奥で声がする。明るく笑う声が。隣に居て当然だった彼女は、何時ものいさかいでヘソを曲げ、目を離した隙に失われてしまった。


 世界の何処に居なかった。


「君がそういう男だから、あの子は懐いたんだ」

「懐かせたとは、言わんのか?」

「珍しく自虐的だね?」

「…………見ろ、城が落ちる」


 神人が異界に逃げねばならない。そんな事態は少数だ。熱風が煤と砂を巻き上げる。短い黒髪を乱して、エヴァは目を細くした。


「僕の為にあった白飾銀はくしょくぎんが、クレールを殺した。それをずっと、後悔していたよ」

「その白飾銀が、祝福耐性のないセナを生かした。皮肉だな」


 強すぎる祝福は、代を重ねた神人達には毒だった。祝福耐性があっても、精神を損なう出来事があったのだ。それで白飾銀は生まれた。誤算と言えば、受ける方だけでなく、身に付けた本人にさえ作用する事だ。


「クレール様は神人の特性に逃げてまで、セナを守ろうとしてくれた。それで良いだろ?」

「もう何に怒っていたか、思い出せない」


 灰色の瞳をしたエヴァは、星南と並べると兄妹のように似て見えた。偶然という奇跡。だったらとダヴィドは思う。


 ――――きっと神は居るのだろう。

 

 

 

 ほっとして場の空気が和む。水の底。暗かった部屋には、青白い光が浮いていた。


「…………ねえフェルナン。よく考えたらダヴィドさん達、出られないよね?」

「当たり前だろ」


 即答されて、頭がずんと痛くなる。星南はひとり項垂れた。やる事は山積みなのに、自分の要領が余りに悪い。マルチタスクは聖徳太子の専売特許だ。凡人には無理である。知っていもやるなんて、そろそろバカ認定の危機だ。


「計画を立てなきゃ…………!」

「何のだよ」


 フェルナンは、すぐ嫌そうな顔をした。じっとしてろと、きっと思っているだろう。でも言われた訳じゃない。


「私は、やりたい事があるんです!」


 後悔なんてたくさんだ。やれる事をやらないなんて、自己嫌悪する未来が見える。


「思った事を全部やるなら、しっかり計画立てないと!」

「…………俺の仕事を増やすなよ?」

「頼ってないよ!まだ、頼ってないからね!?」

「なら、水から出れば良いだろう?紙に書け。思い付きで行動すると、失敗するぞ」


 それもそうだ。頭がダメなら、アウトプットするしかない。星南はぐったりしている、三人の神人達に目を向けた。気絶しているのを叩き起こして、国境に空間祝福をさせたばかりだ。一応遠慮はしたけれど、容赦は忘れた気がする。そもそも寝起きの頭はスッキリだ。きっと気分は良いだろう。


「皆さんに、もう一つお願いが!」

「…………」


 何故か死んだ目を向けられた。もしかすると、疲れているのだろうか?


「大丈夫ですよ!私、治癒祝福は使えますから!」

「星南」


 見上げたフェルナンは呆れたような半眼である。何なの、みんなして!


「ちょっと黙ってろ」


 げんなり閉じた二色の瞳は、開いた時には冷たく鋭い。他人を嫌う眼差しだった。前に出る彼の背後に押しやられ、星南はおやっと首を傾げた。頼み方がマズかった?神人相手では、フェルナンの身に危険が及ぶ。だから彼は黙っていたのに。


「俺達は、王家統括を譲られたんだ。早急にグーディメルジュへ送って欲しい」

「…………何故、それを君が?」


 問われた物は、左腕の腕輪らしい。神人ならば何であるかは分かったようだ。


「見えてるだろ?誰が付けたと思うんだ。それともお前、俺と替わるか?三色菫パンセの水神に直訴しても良いんだぞ?」

「とっ、とんでもない!!」


 彼らは更に青褪めた。最初からあったのは畏怖なのだ。不調ではなく、エヴァの怒りに触れる事を恐れた。


「あなたの保護者は恐いばかりだ」


 聞こえた呟きに、星南はフェルナンを盗み見る。安定の鋭い目元に前髪の影。神人にすら怖いと言わせるなんて、もはやプロ。不機嫌顔のエリートだ。


「…………嬉しそうに見上げてくんな。俺の事じゃないからな?」

「他に居ないよ?フェルナン以外は怖くない」

「お前は俺が怖いのか」

「怒っていると怖いよね?でも普通の事だよ?」


 眉間の谷が深くなる。イラつく理由は知っていた。怖いと思われるのは不本意だ。親しいならば特に、親密だったら尚更のこと。そこでついつい笑顔になった。


「怒ってみるか?」

「…………も、もう怒ってるよね?」


 逃げようとした星南は捕まり、夫の肩に担がれた。ぎょっとしている神人達に、思い出したスマイルキープ。溺愛夫婦は妻を担いで運ぶらしい。やっぱり異世界ルールは謎である。


 もういやだ、覚える事が多すぎる。

 

 

 

 グーディメルジュの離宮に戻った二人は、昆布をかじりながら筆記具のある部屋を目指した。食料問題も未解決。生魚の踊り食いなんてしたくない。


「ダヴィドさんを、どうするつもりだ?」


 直面中の大問題に、解決したい黒色病の事もある。全部まとめて終われば楽なのに。


 ――――まとめる?


 何か忘れていないだろうか?それが既に思い出せない。ともかく食料はない。ダヴィドさんは勝手に良い様にしそうだし、黒色病はエヴァ待ちだ。


「あれ、エルネスさんは?」

「帝国じゃないか?ダヴィドさんとは来ていない筈だ」 

「そうなの?」


 仲良し二人が別行動とは珍しい。意味があるのだろうか?


「恐らくエルネスさんは、研究機関長(メートル・ラボラトワ)の引継ぎだな」

「ダヴィドさんがギルドの立場を変えたから?」

暗青(ブルフォンセ)が立場を変えたんじゃない。青国配備が所属を変えたんだ。それでダヴィドさんは代表を降りている…………金糸雀(カナリ)に居るかも、少し怪しいな」

「えっ!?」


 つまり、完全にギルド部外者?だったらエルネスさんは、引継ぎをしてチームから抜けてしまうかもしれない。


金糸雀(カナリ)は三人になっちゃうの?」

「そんな甘い事はしないだろうな。ウスタージュひとりの一択だ」

「ウスタージュ…………?」

「新代表は十中八九あいつだろ?」

「そうなの?」

「必要なのは才能だ。経験は積ませたいヤツが、積ませればいい。それでお前、ダヴィドさんの事、真面目に考えてるんだろうな?」


 フェルナンに睨まれ、星南の視線は彷徨った。考えても仕方ないと思っております。エヴァのお陰で安心もある。そもそも自己修復機能付きの大問題だ。触らない方が良い気さえしてきた。


「ダヴィドさんにマンディアーグを渡したら、帝国に帰るのかな?」

「帰れないだろう?」

「結界の事は覚えてるよ!?そうじゃなくって、条約違反の対象領土は、そこだけなのかなって」

青石の国(アジュール)国土の三分一だぞ。そもそも帝国だって、今更この地が欲しい訳じゃない」

「蛇人族が居るから?」

「それもある」


 言葉を濁すフェルナンに黙って先を促した。溜息の後に聞こえてきたのは、エヴァの名だった。すっかり馴染んでしまったけれど、彼は三色菫パンセの水神だ。機嫌が悪ければ海さえ荒らしてしまう。


「どうしたら、いいんだろう…………」

「エヴァはどうにもなんねぇよ。それよりダヴィドさんだ」

「フェルナンは、何が不安なの?」


 こんなに聞かれる事も珍しい。星南は不思議に思った。ムスッとした彼は額を押さえて、長い沈黙の後、重い口を開いた。


「あの人は…………星南の夫になるんだぞ」

「…………わ、わぁ」


 すっかり忘れてた。婚姻が解決するって、そういう事だ。もうフェルナンと別れるの?ダヴィドさんには、幸せになって欲しい。


「私、ダヴィドさんに会えない」


 ――――会いたい。


 本当はすごく会いたかった。助けに来てくれるのに、会えないなんて悲しすぎる。でも結婚はダメだ。恋がないと言い切った人を、どんな風に好きになれと?どんな風に迎えればいい?


「どうしたら…………私は、どうしたい?」


 自分自身に聞いてみる。私はダヴィドさんに会いたい。ラブじゃなくてライクだけれど。それは確かだ。


「よく考えておけよ。エヴァは必ず、ダヴィドさんを連れ戻る」


 フェルナンの瞳にあるのは、確信だ。何か根拠があるのかも。でもそれを聞いたって、納得なんてきっと出来ない。だったら、出来る事をやらなくちゃ!


「取られた荷物、探そっか?」

「お前、人の話を…………」

「聞いてるよ。聞いて考えたの。本人抜きで悩んでも、仕方ないなって!」


 星南はどうにか笑ってみせた。


「荷物を探そ?」


 一瞬で結婚出来るような、ミラクルな書類があるかもしれない。逆もしかりだ。手数がいる。ダヴィドさんに本心を言わせるくらいの、とっておきが必要だ。


 政略結婚なんて帝国に蹴り返してやる!

 

 

 

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