表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
金色の花を探して  作者: 秀月
青石の国

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

84/93

3-22:常識

 フッと明かりが掻き消える。それと同時に抱き寄せられた。


「その話をするな」


 囁やく声は、至って事務的な平坦さ。なのにくすぐったいし、色々思い出して恥ずかしい。星南は身をよじって逃げようとした。


「これくらい慣れろ」


 そんなの無理だ。どうして分かってくれないの。両親が囁き合っている場面なんて、見た事がない。夫婦の常識が分からなくなる。


「だから、ママなんだよ!」


 悔し紛れに叫ぶと、盛大な溜息を吹きかけられた。だから耳は止めてって!!


「手を焼かせるな」

「分かったから…………!」


 離してという言葉は、声にならなかった。低く耳朶じだを掠める声が、聞こえる、と警戒を促す。演技をしなければ、フェルナンが危ない。


 星南は唇を噛んだ。相談しないと何も出来ない。だから、させて貰えない。悔しい程に無力で、守られるから大きな失敗もしないのだ。


 成せばなる。


 何もしていないから、出来ないままだ。それを嘆く、愚かな自分になりたくはない。自由な視線を上げた先に、光を揺らす水面がある。人は夜行性じゃない。お日様の下で生きるべきだ。


 なのに水中を選ぶ、その理由は何か。黒色病が恐いから?きっと違う。神人は病気をしない。だったら他にあるハズだ。


 水中を選ぶ、大きな秘密が。


 フェルナンは対価の話題を遮った。エヴァに聞かせたくないからだ。


 色術式の対価は血色、竜人族は空腹らしい。治癒する蛇人にも対価があって、それじゃあ神人は何なのか。


「星南、大人しくしろよ」

「…………!」


 黙っていたのに怒られた。もしかしてフェルナンは邪魔してる?一生懸命考えてるのに、水を射すばかりだ。


「でも、このままじゃ!」

「守られる立場を忘れるな」


 彼だけには言われたくない。ダヴィドさん不在の今は、チャンスなのだ。リーダーは、知らない内に何もさせない才能がある。星南は目を閉じて、左胸に意識を向けた。固くて丸く、出来たら音が漏れないといい。空間祝福の祝福印メモワールが、一瞬燃える。泡の内側に喜びが満ち、難なく動く意思なき要素。


 大神の創った、形ないもの。


 それは心を持つ事を喜ぶ、純粋な存在だ。人を殺すなんて悲しすぎる。創る神様が、どうして殺戮を選ぶのか。疑わしいのは大神だ。


「…………祝福を動かしたのか」

「空間祝福だよ。エヴァは怒った?」

「変わらない」


 すぐ壊せるものに、興味は無しか。それはそれで悔しいけれど、やっと囁きから解放される。星南が身動ぎすると、フェルナンの腕は弱まった。


「何を考えている、気配をコロコロ動かすな」


 ポツリと言われて、感知の不便さを考える。だから彼は空気を読んで、気を使う。思わず苦笑が溢れた。


「私にも、思うところがあるんです」


 一緒に居ても相談出来ない。状況を受け入れたって、良い事なしだ。


「どうして何かをやりたがる。()()は星南に、そんな負担を望んでいない」

「それ、ダヴィドさんが言ったんでしょう?」


 したり顔で言い返すと、フェルナンは少し驚いたようだ。失礼な、それくらい分かる。


「フェルナンは、そんな風に言わないよ。それに危なくなると、助けてくれる。だからママって、言われるの」

「俺はお前の親じゃない」

「知ってる」


 くすくす笑える事に、心のゆとりが広がった。本当に何もさせたくなかったら、目付け役はエルネスさんだ。ダヴィドさんは押し付けたりはしてこない。でも、しっかり利用してくる。その範疇はんちゅうからは、きっと抜け出る事は出来ないだろう。


「私達が何をやっても、ダヴィドさんは、気にしないと思う」

「既に釘を刺されたんだぞ」

「…………そうなの?」

「本当に、人の話を聞いてるんだろうな?」

「バレなければ大丈夫!」

「どうしてそうなる!」

「フェルナンは、やる気ないの!?黒色病、無くしたいよね?」

「お前こそ、どうしてそれなんだ。他に悩む事があるだろう!」


 他ってなんだ。


 星南は首を傾げた。やる事は山積みでも、出来る事は限られている。血が光ったのだ。抱え続けるには大きい。それにバレるのも恐かった。


「神人は死なないんだよ。でもフェルナンは違う」

「お前こそ、自分が粉になっても蘇れると思うのか!」

「思ってる!」

「――――この、パン屑頭ッ!!」


 特大の雷が降ってきた。フェルナンは心配性だ。心配し過ぎて不機嫌になる。分かっていても、声のトーンがぐんと上がった。


「怒鳴ることないでしょ!本当なんだから!!」

「エヴァに言われた事を、思い出せ!神人の成人は、何故五十になっている!!」


 凄い剣幕だった。流石に星南がたじろぐと、彼は視線を逸らせて押し黙る。自己ベストで怒らせた。それでも腕の中に囲われていて、触れる体温は温かい。ヒートアップ、してはダメ。大人の対応をしなくては。


「…………神人は、五十で成長が止まるんだよね。肉体も精神も、そこから育たないって聞いたよ。人族だから、意思は肉体に宿るものって」

「どうして気付かない…………!神人は子どもを隠し育てる。五十まで普通に死ぬ生き物だから、だとは思わないのかッ!」

「えっ!?」

「最も力のあるエヴァが、わざわざ守りに来たんだ。ダヴィドさんにも釘を刺した。血が光った理由は、お前が、まだ神族になってないからだ。そうは思わないのか!?」


 星南は丸い瞳を見開いた。それにすら苛立って、フェルナンは拳を握る。


 どうして、こんなにイライラさせる…………!


 胸が、鼓動が痛かった。その痛みに神経を逆撫でされる。心配だと、そう諭せば良いのに、何故か出来ない。頼むから自分を大切にして欲しい。


 エヴァの話が真実という保証はないのだ。


 何があっても、星南は健やかかもしれない。でも、もしも違ったら。彼女は簡単に失われる。危機感がない。警戒心も常識も、悪意にだって疎いのだ。守りきれる自信がなかった。


 それが一番の焦燥しょうそうだ。


「…………私、まだ死ねるの?」

「試すなよ!!」

「流石にそこまで、バカじゃないから!!」


 人を何だと思っているのか。むすっと星南が横を向くと、いつの間にか大分明るい。淡い光が浮遊していて、この世ならざる不思議な景色が広がっていた。


「…………怒鳴って、悪かったな」


 ポツリと言葉が降ってくる。不安になって見上げる瞳は、何時もと同じ緑と黄色。急に冷静になってくる。心配してくれたのに、謝らせた。怒られるより胸にくるのは、罪悪感だ。


「わ、私こそ…………ごめんなさい」


 初めて会った時から心配性で、でも最初は怖かった。近くにいるとピリピリするし、怒られるのは好きじゃない。不機嫌な顔、眉間に寄るシワ。親しい程にそんな顔をさせるのだ。


 なんて残念な人だろう。


 それが良さでもあって、悪いということ。彼は知っているのだろうか。


「フェルナンは心配で怒るんだよ。だから怖いの。だから嫌いになれないの…………すき。そういうところ、とっても!」


 星南が笑ってみせると、彼は眉を寄せた。指を伸ばして眉間に触れる。その手はたちまち掴まれた。


「祝福を解け、エヴァが来る」


 足元を探すと、かなりの人影が見える。国を貰ったのだ。実感はなくても、事実は腕に巻き付いている。


「行くぞ、ほら…………」


 フェルナンは取ったままの手に、額を寄せた。まるで心配だと言うように。彼の心労になるのはイヤだ。でもどうしたら安心するのか分からない。


「大丈夫だよ、大人しくする!」

「信用できない」


 星南は口をへの字に曲げた。

 

 

 

 水都グーディメルジュの水底にも、大樹を模した祝福石が生えている。白い幹に、淡く光る緑の葉。それを囲む神人達は男ばかりだ。本当に女性が居ないらしい。それとも違う場所に居るのだろうか。星南が空間祝福を閉じた後、待っていたかのように泡が弾ける。水は冷たい。ぎゅっと目を閉じて、けれど苦しさはどこにもなかった。


「まだ水が怖いかい?」


 苦笑するエヴァの声に、気を引き締める。息が出来るという事は、もう名前が記されたのだ。星南はフェルナンの服を掴んで、顔を上げた。


「私は水嫌いだよ。それなのに、王様でいいの?」

「もちろん」


 彼はいつも通りの笑顔で、腕を広げた。周りの神人達が会釈程度に頭を下げる。けれど堅苦しさはなく、視線が…………妙に生暖かい。嫌な予感がする。何か忘れていなかった?


「此処の住人を紹介するよ」


 神人しか居ない都市。水の女神の最期の地。この地域だけを、青石せいせきの国と呼ぶらしい。他には何があったっけ。星南がきょろきょろしていると、その端はね、とエヴァが視線を向ける。スラリとした長身の青年だ。


「シリルです、よろしくね」

「僕はジルでいいよ!」

「君がセーナかい?初めましてリュカと呼んでね」


 止める間もなく、怒涛の自己紹介が始まった。まさか全員やるの?星南が呆然としている内に、十人以上が名乗りをあげる。


「ここまでが神祝の地位にある者で、次は国庫と…………」

「ま、待って!」


 慌てて叫ぶ。まさかの同僚紹介らしい。流石にエヴァは雑だった。こんなの覚えられない!


「紙面で下さい、頭に入らないよ!」

「星南は覚えるつもりなの?五十八人居るよ?」

「紙面で、下さい!!」


 ついでに陸にも出して欲しい。エヴァは、あからさまに面倒そうな顔をした。もしかして、杜撰ずさんな国なのか。さっきから嫌な予感しかしてこない。


 どうして次から次へと、休む間もなく…………問題ばかり湧くのだろう。幸運は何時まで経っても枯渇ぎみ。誰か増やし方を教えて欲しい。星南はぐぐっと拳を握る。


 全部大神が悪いんだ。


 それで、こんなところに皺寄せがくる。ちゃんと世界を作ってくれれば、一つ悩み事が減ったのに!


 そう思って瞬いた。


 未完成。大神の遺言は、水の女神のワガママで成されなかった。黒色病は関係あるの?


「ミシェル様!!」


 焦った声が場に響く。しんと緊張が走った。静まり返った樹の下で、エヴァがすっと片手を上げる。


「流石フー・ダヴィド、奥の手を使ってきたね」


 弱い祝福が、持ちませんと声を届けた。そして途絶える。


「帝国軍が攻めてきちゃった。国境の祝福は、火の女神に崩されたって。さて…………どうしよう?」


 エヴァがニコリと、問いかけてきた。聞かれたって何も言えない。応戦したら戦争だ。見ず知らずの誰かより、帝国の人が心配になる。迎え撃つなんて出来ない。少数でも、こちらには水神と呼ばれる神人がいる。


 ダヴィドさんは、演技をしなくて良いようにしてくれた。それがヒントだ。この場をしのがなければ、取り返しの付かない事になる。


「なんで、攻めてくるの?」


 まずは聞くこと。いつも通りにすればいい。


「星南は知らないんだね」


 エヴァは首を傾げた。思った通り余裕の態度。進軍自体を問題にすらしていない。きっと簡単に排除できるんだ。星南は奥歯を噛み締めた。した事もない緊張で、自分を見失いそうになる。それだけは避けたい。


青石の国(アジュール)の条約違反が露見したんだ。前に聖国が攻めて来た時、蛇人は僕らを裏切った。聖国は勢いがあったから、彼等は助けを依頼するしかなくなって…………帝国は借りを作れるならと援軍を出し、そこに停戦が結ばれた。帝国はしたたかだよ。聖国の北方、今のブルザ領を占拠して損失も出さなかったんだ」


 そう言えば聞いた事がある。青石の国(アジュール)はもともと、三国で一番力があった。なのに戦争を境に、その権威は地に落ちる。国境の結界が出入りを制限したからだ。


 このままだと、領土を取られるって事になる?むしろ、それで収まるなら良いかもしれない。


「彼は結局、白状しなかったんだね」


 困ったように笑って、エヴァは肩を落とした。演技のように大げさで、それがひどく不気味に見える。


「星南は二人の夫を持つ定め。帝国側の婚約者は、昔も今も、皇弟フー・ダヴィドだ」

「…………」


 星南は唇を吊り上げた。愛想笑いくらい、出来て当然。やられる前兆が見えたのだから、黙ってやられる義理はない。とん、と肩に手が触れる。それに勇気付けられた。フェルナンの優しさは分かりにくいよ!


 だから、こんな場面まで気付かなかった。


 妻は夫を溺愛中。無理ならいつでも、泣き付けばいい。その不自然さはないのだ。ここまで守られてるのに、逃げたらカッコいい自分なんて目指せない。


 その手を取って、そのまま繋ぐ。踏み出すだけしか出来ないならば、何度だって進めばいい。一歩づつでも、止まるよりはマシだろう。


「知らないの?ダヴィドさん、エヴァの奥さんが好きなんだよ?」

「そういう事にすれば、彼は永遠に婚約者だ。二度目を説得するなんて、あの問題児相手にしたくないよね?」

「仲良く出来ないのは、ダヴィドさんがイヤだから?」

「嫌いに見えた?僕は結構、気に入ってるよ」

「仲良く出来る方法は…………」


 悔しくて唇を噛んだ。会話の流れを誘導出来ない。そんなスペックは初めからない。ダヴィドさんは来てくれる。ここに助けに、来てくれる。けれど民を抱える王様が、喜んで寝返るなんて、して良いようにも思えなかった。


「僕はね、星南」


 静寂の中、エヴァの声が辺りに響く。


「君を守る為に王位に上げた。それを気負う事はない。青石せいせきの国、民の数は六十二。僕らは味方なんだよ」

「だったら、どうしてダヴィドさんを、追い出したの?」

「内側から食い破られるよりは、良いと思って」

「…………知ってたの?ダヴィドさんが攻めてくるって、エヴァは予想してた?」

「前に言ったね、彼は女々しいと思われたくないって。暗青(ブルフォンセ)は元々軍隊だ。青石の国(アジュール)に女児が生まれるか、という監視役のね。けれど赤子は、生まれる前に失われてしまった。聖国が水の血欲しさに攻めてきたから。そこで条約は結ばれたんだ」

「その条約って、何だった?」

青石の国(アジュール)は、彼の婚約者を探し出すこと」

「…………それだけ?」


 頷くエヴァに拍子抜けした。要するに人探し…………でも、その相手は赤ちゃんで、当時に死んでるのでは。


 ダヴィドさんは、誰を探してるの?


「それだけだよ。蛇人は神人を生めない。そして彼は、裏切りを知っている…………なのに、あえて条約を結んだ。悟らせない為にね」

「じゃあ、いつでも、攻めて来られた?」

「そうだよ。この条約があったから、青石の国(アジュール)は細々とだけど長らえた。結界の途切れる合間から、帝国の支援を受けられる。国間で金銭問題となれば、領土を取るのが一番早い」

「エヴァは、土地を取られても良いって、思ってるんだね?」


 右頬を押さえて、水の神人は苦笑した。


「そうだね。この地以外に、興味ないかな」


 なんだか色々面倒だ。エヴァは興味なしで、ダヴィドさんは欲しいのだろう。なんて簡単な話だろうか。


「それなら、ダヴィドさんにあげましょう!」


 スッキリ気分で宣言すると、仮の夫が非難を込めて名前を呼んだ。何か間違えただろうか?


「自分が何かを、思い出せ」

「…………私?」


 星南は首を傾げた。そのまま血の気が落ちてくる。そういえば私って、王様だ。途中まで覚えてたのに、何故か頭の中から逃げられた。そろりと周りを窺ってみる。


 やっぱり視線が、生暖かい?


 怒ってないの?どうしてそんなに、和やかなのか。逆に気味が悪くなる。


「星南もこう言ってるし、僕らは式の準備でもしようか」

「エヴァ!?」


 この自由人、本気でフェードアウトするようだ。確かに問題発言したけれど、この国攻め込まれてるんですよ!


「ドレスが着たい?特別な神装の用意もあるよ?」

「…………なんの話しを、しているの?」

「君達の結婚式」


 誰か、常識を教えて!!

 

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ