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金色の花を探して  作者: 秀月
青石の国

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83/93

3-21:黒色病

 星南は口を押えた。


 今更だ。そんな事をしても、きっと元通りにはならない。一瞬で人妻になれる、この世界。王様も同じ原理だと、思い至れば良かった。


 顔を歪めたフェルナンの、緑と黄色の眼差しは鋭い。それがエヴァから逸れて、こちらに向いた。俯く前髪が陰になり、いっそう暗い顔になる。けれど何かが違って見えた。


 悔しそう…………?


 ふてくされた雰囲気なのは、何故だろう。もしかしてこれは、ダヴィドさんの作戦だったり、するのだろうか?彼は思惑を知っている。駒になるのはイヤかもしれない。


 星南はピンとひらめいた。だから抵抗しなかった。


 安堵と共に自信が湧いた。リーダーは采配が上手いのだ。見えないその手が導くその先に、悲しい未来はないだろう。


花冠はなかんって、私が決めてもいいの?」


 気を取り直して尋ねると、エヴァはにこりと微笑んだ。童顔腹黒、しかも神様みたいな神人だ。彼がいる限り勝ち目はない。


「うん、勿論だよ。何なら僕のをあげようか?」

「何でそうなる、お前のだけは要らねぇよ!」

「エヴァの花冠、長いじゃん!」

「えー?」


 この人、本当にマイペースだ。それに釣られると痛い目を見る。ぎゅっと拳を握ると、短い爪が手のひらに食い込んだ。命をおびかされた訳じゃない。恐い事はもっとある。


 作戦の事を話してくれなかったのは、聞けば演技になるからだ。そういう事は苦手だって、きっと知られてる。


 星南はフェルナンを窺った。


「どんな花冠がいいの?」

「…………お前が決めろ」

「まるなげ…………」


 やる気のない態度でも、彼はしっかり星南を抱えたままだった。守られている。連れて行かれないように、してくれている。これ以上のヒントもないだろう。


 ――――でも、どうしたら?


 花冠は神代(しんだい)古語で決めるもの。思念語(オール)の耳にも、音で聞こえる難解な言語だった気がする。レパートリーは皆無に近い。


「好きな花って、あるの?」

「…………カスミソウ」

霞草(ジプソフィル)だね」

「…………いいにくいから、次のやつ!」

「次って何だ、次って!」

「誕生花は!?」

「そんなものは、ない」


 うーんと星南が悩み出すと、エヴァは急かすように花の名前を幾つかあげた。見上げた仏頂面は、演技かどうか分からない。けれど彼は、急いでいなかった。時間を稼ぐべきなの?


「…………星南お前、花冠を理解してるんだろうな?」

「ええと…………」

「ダヴィドさんに何を習った?花冠は、神人が名前に持つかんむりだ」

「…………かんむり」


 すでに初耳ですよ、フェルナン先生。曖昧な笑みを浮かべて誤魔化してみる。リーダーがテキトウだったせいで、夫が悟った目になった。


「第一種族の証だ。だから冠って呼ばれてる」

「あの、それがどうして、フェルナンに要るの?」

「…………妻の身分が高すぎるんだ」


 私か、と星南は閉口した。ルノンキュール・セレスト・オレリアって勝手に命名されたけれど、本来ルノンキュールは空色シエルの君クレール・バルトの花冠だ。都合よく前王の花を継いでいる辺りからして、計画が透けて見えるというもの。


「ねぇフェルナン、私のセレストって色冠?」


 個人的な問題として、夫から貰えるはずの色が決定している方が大きい。それは、彼がくれるものだったのに。


「気付いてなかったのか?」

「だから、オレリアの方を愛称にしたの?」

「オレリアは黄金という意味がある。セレストは天上の青…………空の色って覚えとけ」

「つまり、青ってことだね?」

「…………感想はそれだけか」


 気が重くなった。随分と名前負けしている。天上に黄金なんて、教会の壁画ではないか。花冠は金鳳花きんぽうげだったハズだけど、どんな花か分からない。それまで派手だと速攻で改名が必要だ。


「キンポウゲって、どんな花?」


 時間を稼ごうと聞けば、エヴァが可憐な小花だと教えてくれた。


「群生していると、黄色く霞んで、とても綺麗なんだよ」


 黄色い花畑。きっと素敵な光景だろう。ふとフェルナンを見上げると、彼も星南を見ていた。もしかして、会話を引き延ばさなくて良いの?水中に縛られるのはイヤだけど、もたもたしているとダヴィドさんに進軍される。


 ――――黄色い小花かぁ。


 フェルナンの片目は黄色い。日本人は似た色彩を持つから、贈り物に目や髪の色を選ばない。でもここは、そんな祖国ではなかった。キンポウゲが、もしもカスミソウに似ていたら。彼の好きな花だし、花冠は名前の最初に名乗るもの。今日の私は冴えている!星南の瞳は輝いた。


「あのねフェルナン!」


 この世界では、結婚しても苗字が一切変わらない。大切な血統を示すものだからだ。そんな中で希望を見つけた。


金鳳花(ルノンキュール)ってどうかな?エヴァと同じで良いなら、私と同じでも良いんだよね?日本人はね、一番始めに姓を名乗るの。だからお揃いの花冠って、凄く夫婦みたいでしょ?」


 緑と黄色、二色の瞳が見開いた。却下されたら大変だ。星南はずいっと身を乗り出した。


「嫌なら家族一号でもいいよ!」

「一号!?」

「一人目って事!!」

「…………人を、馬と同じ数え方にするな!」


 フェルナンは星南を押し戻した。不覚にも感動したというのに、浸らせてくれない辺りが彼女らしい。


「決めて良いと言っただろう…………好きにしろ」

「うん、金鳳花(ルノンキュール)にする!」


 灰色の瞳はほころんだ。その顔をみて、重い溜息がこぼれる。喜ぶのは彼女じゃない。冠を贈られた方なのだ。フェルナンがエヴァを窺うと、青い瞳は微笑んだままだった。それに少し嫌悪が増える。


 親とは所詮この程度。


 このに及んで、まだ何かを期待していた自分に嫌気がさした。彼は今の関係を崩してまで、名乗りはしない。そうまでして、好かれたいと言うのだろうか。


 それとも、彼女の家族になる気が無いと?


「星南」

「長いから却下とか、そんなの受け付けません!」


 フェルナンは眉間に谷を作った。人の気も知らないで。


「自分の長い名前は、言えるんだろうな?」

「えっ!?」


 もう忘れたのか。そう思ったら溜息が出た。星南は降っていた身分や名前を、自分のものだと思っていない。元の名前が恋しいと?そう思うと妙にイラ付く。なのに悔しい。渋面でそっぽを向くと、腕の中身は何故か気配を和ませた。


 それを星南は、チャンスと見たのだ。話題を変えるべくエヴァに向く。


「ええと、ともかく、ダヴィドさんを止めないと!」

「具体的には?」

「ん?」


 最強の神人が頼りない。嫌な予感がする。


青石の国(アジュール)には結界があるんでしょう?そもそも入って来られない、よね?」

「…………今は普通の空間祝福なんだよ、多分入ってくるかな」

「エヴァの祝福を壊せるって事!?」


 楽勝かと思っていたのに雲行きが怪しい。ふと、太刀を持ったダヴィドの姿を想像する。凛々しいけれど、敵であったら相当怖い。ああいう人は、容赦なく知り合いも切りそうだ。


 ―――――しかも、王様って私じゃん!


 星南は震え上がった。処刑とかになったら、どうしよう!?民主化以前に、首が危ない。やっと危機感が芽生えた。それで王位を譲られた?ダヴィドさんを引かせる為の、駒にされたのかもしれない。エヴァの顔にはいつもの笑顔。怪しい、絶対に怪しい!


「国境はね、三人がかりで維持しているけれど…………そこまで堅牢じゃないんだよ。結界と祝福は別物なんだ」

「そこを何とか出来ないの!?」

「無理かなぁー?」


 無理って何!?


 大概だ。やる気が感じられない!サッとフェルナンに視線を向けると、二百年前に侵略戦争があっただろうと、嫌な事例を聞かされる。もっといい情報はないの!


 不安に揺れる灰色に、フェルナンは諦めて口を開いた。


「聖国は攻めて来ないんだろう?」

「大丈夫だと思うなぁ~、あの国の神人はエリゼ一人だし。流石に太刀打ちできないよね。心配なら、そっち側は僕が作っても良いんだよ?」


 ――――作っても、いい?


 ダヴィドさんの進軍を、エヴァは歓迎してるように聞こえた。どうして?困った時のフェルナンだ。ぐいぐい服を引っ張ると、思いっきり睨まれる。


「口で言え!垂れ流すばかりのそれを、マトモに使ったらどうなんだ!?」

「ご、ごめんなさい!」


 首を竦めると、くすくす笑うエヴァの声。星南は悔し紛れに、むすっと睨んだ。


「引っ張ると脱げちゃうよ?」

「えっ!?」


 神装は布を巻くだけの不思議衣装だ。脱げたら困る。いや、そこは役得と見ておくべきか。


「こっちにおいで星南。君には、色々と見せる物があるんだ」


 グッとフェルナンの腕に力が入る。大丈夫、ひとりにはならない。それに夫を溺愛中だ。両腕をフェルナンの首に絡めると、やっぱり役得だとほくそ笑む。


「星南…………」

「俺が運ぶから、それで良いだろう?」

「本当に懐いているんだね。フランソワの愚痴も、あながち嘘では無かったのかな」


 愚痴って、何を聞いたんだろう?


 フェルナンを脱がした事か、それとも襲った事か。どっちもアウトだ。あの人、本当にろくな事しか話さない。


「今のうちに、青石(せいせき)の祝福石に名前をしるしに行こうか。水に入れないと、この国では不自由をするよ」

「分かった」


 すんなり返したフェルナンに、見えないシナリオを読むようだ。名前は把握されている。逃げたければ偽名を考えればいい。星南は口をへの字に曲げた。それよりも、夫を溺愛する方が難しそうだ。




 抱き上げられたまま離宮の一階におりると、先を歩くエヴァは頓着なく泉に入っていく。国が攻められるというのに、優先順位は登録の方が重いらしい。何か得策でもあるのだろうか。


 戦争よりも重要なこと。


 黒色病?でも戦争でだって、多くの命が奪われる。しないに越した事はないのに。


「…………これで良いの?」


 そっとフェルナンに囁いた。尖った長い耳に、銀のカフスが冷たく光る。水中は色使いにとって不利な場所。彼を連れて行っても、良いのだろうか。守れるくらいに力があれば――――私がもしも強ければ。


「離れるなよ」


 きつく身体を抱き締められる。フェルナンを守らなければ。星南もぎゅっと抱き付いた。


「…………うん」


 今度こそ大切な家族を、事故で失う訳にはいかない。


「…………無茶はダメだよ?」

「お前が言うか?」

「わ、私…………?」

「森に捨ててきた、慎重さを思い出せ。あんまり暴れると、ダヴィドさんの手から落ちる」

「っ!」


 頭にカチンときた。何も知らないんだから、フォローは必須事項だ。しかも捨てたってなんなの!?どこの森だか教えて欲しい!


「私はいつだって、慎重ですよ!」

「嘘を言え!」

「嘘じゃないもんっ!!」

「そこで騒ぐな!!」

「二人とも、何やってるの…………?」


 呆れた様子のエヴァが、泉の中で振り返った。しまった、溺愛夫婦が台無しだ。


「私、怒ってるんです!夫が冷たいんですよ!!」

「…………まぁフェルだし、ねぇ?」


 苦笑されて、星南は窮地に立たされた。ここは新婚をおちょくる場面では…………そうだったのね、が出来ない。どうしよう!?


「俺は優しくしている」

「それじゃあ足りないって、事でしょう?星南は子どもなんだから、まだまだ甘えたいんだよ。分かるだろう?」

「…………これでも甘やかしてる」

「足りてないから、そうなるんだ」


 エヴァの笑顔に悪意はない。星南は顔がひきつった。このままでは、もっと甘やかしてと言わない限り、場が収まらない。そんな恥ずかしい事、絶対にイヤだ。


「ふぇ、フェルナン…………」

「どうして欲しいんだ。言ってみろ」


 意地悪な夫がいた。


 ぶんぶん首を横に振って、抵抗を試みる。そこで判断を誤った。


「フェルの聞き方が悪いんだよ。もっと優しく」


 刺客は別に居たようだ。振り向きかけた星南の顔に、影が射す。夫は頬に、慣れた口付けを落とした。しかも憂い顔のレアコラボ。


「…………!」


 そのまましっかり抱き直されて、吐息のような声が言う。


「話すな」


 分かってますよ、それくらい!


 ともかく口は滑りっぱなし。開けば状況が悪くなる。けれどフェルナンに任せておくと、何をさせられるのか分からない。だったら先制攻撃だ。


「私はフェルナンが好きなんです。フェルナンじゃなきゃダメなんです!フェルナンがいいの!!」

「…………星南!」


 更に抱き締めてきた夫に、星南は声が出なくなる。何も言いません。もう何も言わないから!圧死はやめて!!


「ふふふ、若いっていいねぇ」


 ぱしゃんと水音が聞こえた。エヴァは歩みを進めたようだ。バカップルなんて見たくないよね。こんなハズじゃなかったのに。


「黙ってろ」

「…………はい」


 めそっとフェルナンに頭を寄せる。彼はひょいと、抱えなおして歩き出した。怒っているのに、決して下にはおろさない。こんなに気を使わせてるのに、墓穴ばかり掘ってしまう。そんな自分が悲しくなった。


「潜るぞ」


 冷たい水の感覚に、星南はぎゅっと目を閉じた。思い通りだと楽しいかは、経験が無いから分からない。逆境を面白がる実力もなかった。出来る事は、前を向くこと。確実に一歩を進むこと。


 失敗はくつがえせない。後悔は積み上がるばかりだ。


「星南」


 呼ばれて薄っすら目を開けた。そこは暗い水中で、どうやら泡の中に居るらしい。慌てて腕の力を抜くと、フェルナンは僅かに身を離した。彼は安定してお怒りだ。


「ご、ごめんなさい」


 一瞥いちべつされて視線が逸れる。それに少し傷付いた。謝る癖は、なかなか鳴りを潜めない。ふと辺りを見渡せば、暗いばかりだった周辺が、巨大な建物の中だと分かる。離宮は一部に過ぎなかったのだ。


 水中の何が良いんだろう。星南はぼんやり考えた。日の光を嫌うように、どこまでも下には闇がある。


「…………暗い」

「目が慣れてないだけだ」

「ねぇ、ミヨゾティスしてって言ったら、怒る?」


 何となく言ってみると、彼はすぐ耳のカフスに触れた。その指をパチンと鳴らす。


『女神の慈悲を受けし月 (またた)く星は意味を持ち 忘れえぬ日に 焦がれるだろう 青き忘却の火を灯せ――――勿忘草の青(ミヨゾティス)


 ボッと青白い火が灯る。光の女神と言われる、昼を司る神様のもの。どうして水中でも点くんだろう。


「祝福に境界は無いのかな?」

「…………今度は、一体何を思い付いたんだ?」

「水の中でも使えるって、不思議だなって」

「対価を払ってるんだ、使えなきゃ困る」

「エヴァも、水中で使えると思う?」

勿忘草の青(ミヨゾティス)を?色術式みたいにするしかないと、言っていただろう。対価に効果は付随ふずいする」

「それじゃあ…………」


 水中は縄墨じょうぼくが動かない。ある意味こちらにも、都合は良いのだ。エヴァに振り回されて終わったら、きっと後悔するだろう。ぐぐっと拳を握る。神人は灰になっても死なないらしい。


 だったら、私が動かなければ!


「黒色病の対価って、水中にないのかも?」

 

 

 

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