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金色の花を探して  作者: 秀月
青石の国

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3-19:天人族

 間があった。


 言われた事を理解するまでの、長くて短い沈黙だ。痛さも一瞬吹き飛んで、星南はフェルナンを仰ぎ見た。進軍って、それはまさか開戦と言うのでは…………このまま、戦争が始まる?


 たった二人を助ける為に?


「ちょっと待て!新代表って何だ!?」


 フェルナンが叫んだ。そっちじゃないと星南も口を開きかけ、くらりと視界がぼやけて見えた。瞼の裏の薄闇に、意識を保とうと力を入れる。治癒祝福が効いてない。


『俺が結婚しなければ、事は上手く収まらん。暗青(ブルフォンセ)はもう、帝国の押さえに使えんからな』

「青国配備は、それで確かに動くけど…………ダヴィドさんは良いのか」

『同じ質問をしてやろうか、フェルナン?まあ、絶好の狙い時だ。逃す手もあるまい?』


 進軍、新代表、それよりも聞き捨てならない事がある。星南は会話の隙間に口を挟んだ。


「ダヴィドさん、結婚するの!?」

『不満か、セナ?』

「当たりま…………ッ」


 フッと闇が広がる。貧血が治らないのだ。そんな場合じゃないと自分を叱咤しても、睫毛の一本があまりに重い。ダヴィドさんを帰してはダメだった。呑気に寝ている場合じゃない。


 力になりたかった。

 思った事は、嘘じゃないのに!


『セナ?…………星南、聞こえるか?治癒祝福はどうした?』

「上手く使えないみたいだ。俺達は待機のままか?もう、星南はもたないぞ」


 いつの間にか、フェルナンに抱えられるようにして、座り込んでいた。肝心なところで役に立てない。ダヴィドさんには、返しきれない恩がある。なのに焦りばかり募って、余計くらくらとした。気持ちが悪い。


『聞こえているかセナ?俺はこの婚姻に前向きなんだ。嫌と言ってくれるなよ。恋がなくとも愛はある。それで良いだろう?』


 酷く遠い場所から、ダヴィドの声がした。ならば、応援してもいいのだろうか。そういう幸せのかたちも、あるかもしれない。


『フェル坊、くれぐれも事を荒立てるな』

「…………了解だ」


 空気が揺れる。しんとした部屋に、フェルナンの吐息が響いた。回線が閉じたのだろう。ふわっと身体が暖かくなり、星南は奥歯を噛み締めた。今頃になって効くなんて!


 ごしごし目を擦って、瞼を開く。泣いている場合じゃない。後手に回っても、大嫌いな後悔は付いてきた。しっかりしなければ。もう先手必勝しか道はない!


「フェルナン、私ね、大神をこの世界から、追い出したい」

「は?」


 彼はもう一度、自身の耳を疑った。


 綺麗に治癒の終わった星南の腕。止血に押さえた場所は、まだ赤く指の跡を残している。現実逃避だ。げんなりして顔を覗き込むと、青い瞳に映される。寝惚けては、いない。残念ながら。


「…………なんだって?」


 労らねばと、寸前までは考えていた。対価を強いたのだ。粉になっても死なないという神人でも、星南は弱ると儚さばかりが際立った。しかも子どもの年齢だ。


 ――――大切にしたい。


 それは本当の事なのに、何故か悪さもしてみたい。ガキかと自分にツッコむと、また溜息が漏れた。気持ちをコントロール出来ない癖に、人の感情ばかり揺らしやがって。


「あのね、私、黒色病を無くしたい。だから少しだけ、知恵を貸して!」


 フェルナンは顔をしかめた。頼むから、大人しくして欲しい。無理やり休ませようにも、色術色は効かないだろう。手をあげるなど論外だ。説得するしかない。パン屑みたいに扱い難い、支離滅裂な頭の娘を。


 全くもって手のかかる。


「いいか星南。それは前に言ってた、宇宙(コスモ)に追い出すって話だろう?悪くないとは思うけど…………空気の総入れ替えでもしなきゃ、無理な話だ。調子はどうなんだ?休んだ方が、良いんじゃないか?」

「大丈夫だよ!」


 星南が身じろぐと、フェルナンは逃がさないとばかりに、腕に力を入れた。そのまま抱いて立ち上がり、近くのベッドに運ばれる。


「自分で歩ける、のに」


 そうやって急に優しくするから、身の置き場に困ってしまう。期待したくない。でも大切にもされたい。星南はにやけそうな口元を隠して、フェルナンを睨んだ。介抱されたいとか、少し思ってしまったではないか。


 でも諦める。


 そのまま離れて行こうとする背中に、ガシッと飛び付いた。私だって逃がせない!


「協力して!試したい事があるから!!」

「…………死ぬぞ」


 フェルナンは怒気を滲ませた。怯むなと胸で囁いて、星南は腕に力をこめる。顔は見えない。だから気が付かないフリをした。


「自分でしなきゃ、いいんだよ。私ね、良い方法を思い出したの。ダヴィドさんを、ただ待ってるなんて出来ない!」

「俺にやれと?」

「私の一部は使うよ?あとフェルナンと、フランソワさんにも協力してもらう!」

「はぁ?」


 一体何をするつもりなんだ、とフェルナンは眉間を揉んだ。頭痛はしないが頭は痛い。どうしてハチャメチャな事をやりたがるのか。先程の話しを忘れたのではと、疑いの目を向ける。


「俺達は待機だ。ダヴィドさんの話しを聞いていなかったのか?」

「聞いてたよ。それがなんなの?」

「…………」


 この、パン屑頭っ!


 フェルナンは思わず星南の頬を抓った。真面目に考えると、逆に疲れる。これの相手は疲れるのだ。どうしてか上手く転がせない。ただの馬鹿なら、どれだけ良かった事だろう。


「いたいってば!待機はするよ?ここから出ない!」

「それだけが待機じゃ、ねぇんだよ!」

「うそ!?」


 びっくりしてフェルナンを凝視する。眉間に谷間が出来ていた。すっごく怒ってる!星南はサッと顔を背けた。めげるから見なかった事にしよう。


「お前、人にへばりついて…………顔も見ないで頼み事をしようなんて、思ってないだろうな?」


 ――――少し思ってました、すみません。


「そんなこと…………」


 フェルナンは怒ると視線が怖い。恐々見上げると、難なく腕を剥がされて距離を取られる。彼は床に胡座を組んだ。態度がすでに、よろしくない。


「あ、あの、手伝って、欲しいです」


 面と向かうと、言葉は喉につっかかる。見える反応が怖かった。いっそ、カボチャとでも思ってしまおう。それにしては、ほっそりだから、キュウリとか。でもあまりに似付かない。


 例えるなら、青唐辛子!


 人間サイズなんて、本人よりも凶悪だ。大体、辛いか辛くないのか、食べてみないと分からない。自然の気まぐれ?


 そんな事はないハズだ。

 きっと何か、遺伝的な事がある。


 星南はひとり頷いた。やっぱり根本を知るには遺伝子だろう。でも知識以前に機材からして無理がある。だから試す事は、最も簡単な血液検査だ。


「何を手伝えと?」

「…………一滴、血を下さい」


 ひとまず結果があればいい。そこから拡散出来れば、協力者だって増やせるだろう。


「一滴でどうするんだ?」

「血液型を調べます!」

「…………なんだそれ」

「…………なんて聞こえたの?」

「血の占い」


 誤訳に喜びの拳を握った。無いから訳されない。分かりやすい仕組みだ。エルネスに応急処置を習った時に、一つ疑問に思った事がある。血の付着物は廃棄、順当だ。そして輸血というものが存在しない。


 黒色病がある。


 血を混ぜようなどとは、思わなかったに違いない。 


「占いじゃないよ。血液の種類を調べるの」

「…………黒色病を調べたいなら、空気に触れない場所で混ぜないと危ないぞ」

「どんな風に?」

「血の混ざった場所が、黒点になる」

「えっ!?」

「…………俺と星南なら、黒くならないだろうけど」


 フェルナンは嫌そうな顔をしながらも、左手に牙をたてた。星南がついでとばかりに手を差し出すと、ギロッと鋭く睨まれる。サービス精神を持って欲しい!


「バカ。どうして懲りない…………!」

「二度ある事は三度ある、って言うんだよ?ささ、ついでにチクッと!」

「…………ついでか」


 重い溜息を吐いて、フェルナンは残念なものを見るような、哀れみのこもった視線を向けてきた。


「俺が何時までも、負担するなんて思うなよ」

「フェルナンの傷も治してあげるから。それであいこにして?」

「…………聞く気もないか」


 プツリと僅かに噛まれただけで、悪寒が背筋を走る。この感覚には慣れそうにない。でも動揺したと思われたくなかった。


「いたた、あ、ほらフェルナン、どっかにその血、垂らして!」

「床でいいだろ」

「床!?」


 先に小皿を探せば良かった。そう思ったものの、この離宮には何もない。フェルナンが血を垂らした場所にしゃがみ込み、星南はなるべく同量の血を落とした。混ぜる物も無いので、小指の先でかき回す。体温で固まったらどうしよう。


 そう思って観察していると、小さな血だまりはキラキラと輝き出した。


「なんか光ってる?」

「何混ぜたんだ!?」

「私の血だよ!?普通のO型だもん!」


 まさか光ると思わなかった。血液型は、固まるかどうかで判断する事が出来るのだ。と言っても星南はO型なので、どの血と混ぜても固まらない。


「どうなってんだ、これ」


 フェルナンは自分の指を見つめた。乾ききらない傷は、赤い玉を作っている。星南は治癒した自身の指を見て、何とも言えない気分になった。


「私が神人、だから?」

「…………紫菫(ヴィオレット)の君から採取するぞ。血が光るなんて、聞いた事ない」

「素直にくれるかな?」

「俺が古き緑(エルブ)で切りつける」

「えっ!?」

「その隙に血を混ぜろ。これが一番手っ取り早い」

「フランソワさん、怪我しちゃうよ!?」

「怪我以外で、どうやって血を抜くんだ?吐かせるか?」

「えぇっ!?」

「すぐそこに居るぞ。傷が渇く前にやった方がいい」

「ちょ、ちょっと!」


 乗り気になったフェルナンに、星南はオロオロ取りすがる。彼は何故かベッドに向かい、シーツを乱暴に乱した。指の血が擦れたシミを作ると、顔を顰めて星南の方を見る。


「…………悪い、マズイ方面の偽装になった」

「え?」

「これ、治せるか?」


 彼はシーツを見ていたけれど、星南は心得て指の傷を治しておいた。治癒の効果はバッチリだ。


「血抜きは出来ないんだな?」

「洗濯すればいいでしょう?」

「…………星南に聞いた俺が馬鹿だった。もういい、目付けの神人をはかるぞ。空間祝福を閉じろ」

「攻撃するの!?説得させて!変な人だけど、話しが分からない人でもないよ?」

「何て言うつもりだ?血が光ったなんて言ったら、二度とこの国から出られない」

「…………そうなの?」

「あの現象には例がないんだ」

「エルネスさんも、知らない事?」

「当然だ。研究機関(ラボラトワ)の資料は俺も目を通してる。黒色病の子どもを産む夫婦は、血を混ぜた段階で黒点を作った。居合わせた職員もろとも、全員死亡する大惨事だったらしい」

「血を混ぜるのは、そんなに危ない事だった?」


 ――――なのに、やらせてくれたんだ。


 それを優しさに数えたら、ダメだろうか。してくれた事を忘れたくない。気持ちを向けてくれる度に、もしかしてと期待する。


 好きになってくれるかも。


 実際そんな奇跡は起こらないし、今回も彼自身の興味だろう。気付いてしまう自分がイヤだ。


 星南は頭をぶんぶん振った。気を付けないと、フェルナンに危ない橋を渡らせてしまう。彼は天人族だ。神人みたいに死なない種族ではない。


 いつか死ぬ、普通の人なのだ。


「そんなに危ないなら、もっと言ってよ!」

「言って聞くのか?ふうん…………」

「な、なに!?」

「何もするな、じっとしていろ!」

「やだ!」


 それみろと睨まれた。聞ける内容が違うのだから仕方ない。


「行動制限は聞けません!新しくやる事で、何かあったら助言して!」

「基本、聞かずにやるだろう!?」

「聞くと怒られそうだなって、思う時もあるんです!」

「…………さっさと空間祝福を閉じろ」

「フランソワさんを襲っちゃダメだよ?私がちゃんと、話すから!」

「もし口を滑らせても、俺は助けないぞ」

「…………そう言いながら、フェルナンは助けてくれるんだよ?」


 星南は信頼の笑顔を向けた。信じてる。助けてくれると、ずっと前から知っている。顔をしかめたって、こればかりは怖くない。


「だって金糸雀(カナリ)のママだもん」

「ママって言うな…………くっそウスタージュの奴!会ったらタダじゃ置かない」

「私も会いたいな。早く帝国に帰ろう!」

「――――帰れればいいな」


 不穏な発言をするフェルナンを見上げる。その瞳はひどく凪いでいた。胸騒ぎがするではないか、やめて欲しい。


「な、なに…………?」

「暫く帰れないと、俺は思ってる」

「…………どうして?」

「ダヴィドさんは、青石(せいせき)の国に定住予定らしい」


 星南は首を傾げた。彼は皇帝の弟、つまり皇子殿下だ。自国が嫌なのだろうか。そもそも他国に定住予定って、何故なのだろう?


 そこでやっと、色々聞き忘れている事に気が付いた。


 作戦の詳細に始まり、進軍って一体!?


 うーんと唸って考える。結局のところ、成るようにしかならない事もあるだろう。聞いても納得出来なかったら、もやっとするし、それも何とかしたいと思うかもしれない。


 手は小さいのだ。


 ――――広げないに限る。


「うん、ひとまずダヴィドさんは置いとこう」

「それには俺も同感だ。早く空間祝福を閉じろ」

「空間祝福を閉じたら、近くに居るフランソワさんが来る、そうでしょ?」

「…………来るかは、何とも言えないな」

「そうなの?」

「忘れてるようだから言っておくけど…………俺達はこの寝室で、ナニをしてると思われている?」

「…………あ、あぁ、私達もう少し、その、話し合う時間が必要、みたいな?」

「祝福を維持できるのか?」

「介入みたいなのは、今のところ全然ないよ。夫婦の寝室なんて、覗きたくないよね…………」


 星南はよろりと座り込んだ。ここから出たら、溺愛夫婦の演技をしなければならない。あんなの無理だ。しかも現在、確実に事後だと思われる状況である。誰にも会いたくない。大体、どんな顔をして会えと?


「フェルナンの血って特別なのかな」

「…………一周回って、そこに落ちたのか。とりとめも無く思考を垂れ流すな!」

「そういえばフェルナンは、エヴァに狙われてたよね?特別なのは私じゃなくて、フェルナンかもしれない」

「聞く気もないのか――――俺の血は普通だ。何度、研究に提供してると思ってる」

「私だって普通だよ?」

「じゃあ、陸でやれば黒点になるのか?此所が水中判定で、最悪を免れただけか?だったら、以前に発見されてても良い筈だ」


 血が光ったなんて気持ちが悪い。それはお互い様だ。星南は記憶をひっくり返して答えを探す。ああそうだ、エヴァが確率計算とか話していたっけ。


「種族の掛け合わせ?」

「まさか、天人族は確かに稀だけど、居ない訳じゃない」

「ね、優性の天人族って、なに?」

「優性の天人族っていうのは、白髪に緑と黄色の目、光の女神の加護を持ち得る事を言う。ちなみに一種の差別用語だから、軽々しく言うな」

「どうして差別なの?」


 フェルナンは諦めた様子で座り込んだ。


「神人に近しい人族って思われた。だから天人族なんだ」

 

 

 

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