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金色の花を探して  作者: 秀月
青石の国

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79/93

3-17:歓声

 溺愛夫婦、しかも一方通行とは如何に。


 星南はジトっとフェルナンを見上げた。それは誰にも取られまいと、どこかに閉じ込めれば良いのだろうか。常に愛を囁くには、語彙ごいが足りない。


「具体的には…………」

「止めておけ、星南には無理だ」

「でも、する価値って、あるんでしょ?」


 フェルナンにマイナスな事かと考える。けれど彼は、最善が最良ではないと言ったのだ。無理だからやめろと。だったら気を使われている、と思った方が正解だろう。


「私やる!これはフェルナンの為に、いい事なんだね?」

「…………星南の演技に、期待できない」


 どうせ顔に出やすいですよ。そのおかげで、二番目に思った事は伝わりにくい。マイナスばかりではないのだ。


「ひとまず、フェルナンを閉じ込めればいい?」

「何で監禁から始めるんだ」

「じゃあ、縄で縛る方?」

「それは拘束って、ちょっと待て!」

「溺れるほど愛せば良いんでしょ?それってヤバイやつだよ。普通にしてても伝わらない!」

「…………なに言って」


 フェルナンはげんなりして、壁にもたれ掛かった。そのまま溜息混じりに襟元を乱す。はだけて見えるのは均整の取れた胸板と、緑色の祝福痕(カプリス)だ。そんなに投げやりな態度をしなくても…………


「星南」


 呼ばれて首を傾げれば、何故か手首を掴まれ、グイっと引き寄せられる。


 逆の手には、彼の腰帯から引き抜いた布端を持たされた。まさか着替えを手伝えと?うっすら笑う不吉なフェルナンは、星南を静かに見おろした。


 深窓の令嬢のように、半裸で叫ばれないのは都合がいい。


「何をしているんだい、星南!?」

「え?」


 フランソワの声に入り口を見て、星南は慌ててフェルナンを見上げた。彼は片手で口元を隠し、ぎゅっと眉を寄せている。どうにも悩ましい雰囲気だ。目のやり場に困り、またフランソワを見ると…………こちらも困った表情だった。


「手を離しなさい、困っているだろう?まったく積極的だな…………誰に似たんだ?」

「っ!!」


 やっと状況が飲み込めた。まるでフェルナンを襲っている図、ではないか!


「っあの!違うんです!!」


 パッと手を離して距離を取る。その隙にフランソワに頭を下げた仮の夫が、脱兎の如く逃げ出した。なんてヤツなの!


「や、やだっ!待って!!」


 こんな羞恥プレイをさせて、ひとり放置とかあり得ない!溺愛じゃなくて変態だ。


「ひとりにしないでっ!待ってフェルナン!!」

「…………星南」


 呆然としたフランソワの声に、余計焦った。この状態で話しをするなど、恥ずかしすぎる。


「フランソワさん、詳しくは後で!」

「詳しくって…………いや、それは」


 廊下の端を曲がった後姿を捉え、星南は一目散に駆け出した。溺愛の定義に問題がある。しっかり話しをつけないと、このままでは痴女だ。夫婦ですらない。


 突き当りを曲がり更に走ると、ふわりと薄布が舞った入口があった。迷わずそこへ飛び込む。


「フェルナン!!」

「…………案外、悪くなかった」

「そうじゃなくって!」

「静かにしろ」

「くっ…………!!」


 悔しい。そっちは受け身だからって!


「私達の夫婦像には、深い溝があるよ!」


 精一杯睨んで言うと、乱れた衣装を整えながら溜息を吐かれた。嫌なら、しなければ良いのに!


「溝だらけなのは、お前だ。初めから監禁と拘束を思い付くあたり、おかしいだろう」

「だって溺愛って…………っ!」

「さっきので、相応の効果はあった、違うか?」


 夫を襲う妻なんて。夫を襲う妻なんて、あり得ないっ!!納得など出来るものか!


 しかし結果の出てしまった現実に、星南は泣きたくなった。これからもフェルナンを襲えって?しかもフランソワの前で。脱がしている場面を見られては、それ以上が目的だと言っているようなものだ。


「いくら夫婦でも、あれは!」

「…………妻は夫を溺愛してる」

「分かってるけどッ」

「お前が迫って来れないなら、俺がするしか無いだろう?」


 フェルナンはそう言って、窓の方に歩いて行った。日差しはあるけれど、北側なのか薄暗い部屋だ。もっと明るくて、健全な空間に移動しないと…………嫌な予感しか、してこない。


 星南はフェルナンの、謎のやる気が不安になった。こちらは受け身なのに加害者だ。いいところがない。そもそも攻め役という時点で破綻している。


「なんでそんなに、真面目にやろうとするの?」

「手を抜けるか。演技とバレたら、ニヤニヤ見られるのがオチだぞ」


 確かにそれは恥ずかしい。既に夫婦だ、退路もなかった。そう思うと不用意に近付く事が怖くなる。男性の経験どころか恋人を持った事もない。変な事をさせられて、立ち直れなくなったらどうしよう。


「ね、ねぇ、バレない程度にやろう?最低限で!」

「当然だ。下手な演技に勘付かれるのは困る」

「さっき以上の事は、しないからね!?」


 鼻で笑ったフェルナンを見て、腕がぷるぷる震えてしまう。笑うなんてあんまりだ。彼を好きとか嫌い以前に、秘めやかにすべき事を見られた羞恥で、軽く死ねそう!


 けれど引けない。


 出来ないと言ったら、敗けを認めるようなもの。その手には断固として乗れなかった。


「…………いいか星南、夜を共に過ごしたら夫婦、なんて都合の良い演技は出来ないぞ。相応の態度を取らないと、一方通行に重い愛は表現できない」


 重い愛。全ての原因はそこなのだ。


「なんで、そういう方向性なの?」

「第三種族なんて、神人にしたら殺せば終わる生き物だ」

「…………え?」


 なんて事のないように、その瞳がこちらに向いた。演技には意味がある。最善となる大きな意味が。


「私が、どうしてもフェルナンが良いって、そういう態度でいないと…………命が危ない?」

「そういう事」


 フッと笑みさえ浮かべる涼しげな顔を、一度、殴ってやりたい。


 何が、最善が最良じゃないだ。自分の安全がかかってるのに、協力してと言えないなんて!


 星南はフェルナンを睨んだ。言っても馬鹿にされると、そんな評価をされているなら、断固抗議しなくては。フェルナンに限って、どうでもいいプライドだとは思えない。何故、詳しく話してくれないのだろう。


「私、死んで欲しくないんだよ!?」


 自殺願望はきっとない。でも勝算があれば、フェルナンは容易く命を懸けてしまう。そんな一面も知っている。


 変な思い切りの良さは、エルネスさんに似てしまったのだろうか。それとも、謎の自信に基づくダヴィドさんを、真似してる?


「みんな無事でいなきゃ、こんなところまで来て貰った…………立つ瀬がないよ!」

「…………欠けはしない」


 フェルナンは窓から離れて、星南の傍にひざまずいた。胸を押さえて頭を深く下げるのは、神人に対する正式な礼の取り方だ。


 白を基調とした神装は、民族衣装みたいに独特なもの。床に広がる生地や帯は、とても優雅で神聖だ。


「ダヴィドさんは、取れるだけの褒美を自分で掴む人だ。星南の気にする事じゃない。エルネスさんも、タダでは引かないだろう」

「…………じゃあ、フェルナンはどうなの?」

「殺せないように、手を打たれてる」

「だから演技はしたくない?」


 顔色を窺おうとしゃがんで、星南は手を伸ばした。その手は、彼の頬を包むように誘導される。


 そして、何故か手首を掴まれた。


「…………上手くいかないな星南。場を整えてやるから、せめて中腰になれ」


 言われて、表情筋が死滅した。フランソワの呼び声が近付いている。だからこの部屋、怪しいと思ったのに!


「来るぞ」


 ゆっくり話す時間もないらしい。どうして探しに来るのだろう。あの人、本当に暇人だな!!星南は心を無にして、フェルナンを覗き込んだ。入口に逸れていた二色の瞳が、ピタリと見上げてくる。


 綺麗な顔だと、余計な事を考えた。


 あっという間に熱が上がって、頬がポカポカ熱くなる。視線をどこかに逃がそうとして、既にフェルナンしか見えない距離だと気が付いた。このままじゃ――――背筋に震えが走る。もう目を開けている事は出来なかった。


 ちなみに、キスをねだる妻という構図は刺激的だったらしく、フランソワは一瞬でどこかへ行ったようだ。これは心が死ぬかどうかの、命がけの作戦らしい。もう詳しく聞きたくないと、床にへなへな座り込む。


「星南」


 ムスッとフェルナンを見上げれば、一瞬だけ窺うような眼差しをする。けれど次の瞬間には、見慣れた不機嫌顔になった。


 ちゃんと心配、してくれてるんだ。


 でも言葉にしてくれないのは、残念だけど彼らしい。むしろ励まされても複雑だ。


「…………泣くなよ。長引かせても不利なんだ。今日中に決着付けて、後は監禁されてやる」

「か、監禁…………?」

「喜べ。その方が負担は少ない。いいな?」


 一体、誰の負担だろう。


 星南は黙って頷いた。




 その後もフェルナンは、手をゆるめなかった。椅子に座った彼に乗り上げてしまったのは、取り上げられたペンを奪おうとしたからだ。文字の練習で、気を紛れさせようとした。


 決して、襲った訳じゃない。


 彼の髪を引っ張ったのは、先に引っ張られた報復だ。キスなどねだってないし、本当に際どい位置に口付けられて、星南の思考は凍った。面白そうに笑った、あの意地悪な顔を忘れるものか。それ以上をしたハズなのに、慣れの「な」の字もないなんて!


 むしろ、キスって慣れて良いのだろうか。


 両親がしてた場面など、見た事がない。夫婦ってする必要あるの!?


 挙動不審に陥った星南は、とうとう服の裾を踏んずけた。


 仮の夫はすかさず身を呈して守ってくれるも、世間から見れば押し倒しの現行犯だ。見えない位置でふくらはぎを固定され、硬い男の腹の上に乗ってしまった星南は半泣きになる。


「もう無理だよ!!」

「何してるんだい星南!?」


 フランソワは相変わらず、一番見て欲しくない場面で現れた。


「見たら分かるでしょ!取り込み中です!!」

「えっ!?もうやめておくれ…………部屋は一緒でいいから!」

「…………紫菫(ヴィオレット)の君、もう俺は」


 掠れているフェルナンの声に、星南はぎょっと見おろした。今の声は、どこから出たの!?


「ひとまず下りようか、ほら」


 近付いてきた神人を見て、フェルナンの手が弛む。それで腰を浮かした星南は、うっかり自分の腰帯を踏み、最悪の事態を招いた。着崩れていく衣装に、頭の中が白くなる。


「っ馬鹿」

「動いちゃダメっ!!」


 起きかけたフェルナンを押し戻し、星南は帯を締め直そうとした。けれど焦っていて、指先まで震えている。仮の夫は無抵抗とばかりに目を閉じてしまい、完全降伏の状態だ。見かねたフランソワに抱き上げられるも、そこで暴れたから、寝ていたフェルナンの上に落っこちた。


「やるから、じっとしてろ!」


 やはり静観は不利と見たのか、彼は星南を抱き起こした。部屋に下がりたいという申し出は、遂に受理される事となる。


「もうやだ!こんなところでなんて、ヤダッ!!」

「…………分かったから」

「フランソワさんが、見に来るんだよ!?」

「…………僕も、部屋から出ないから」

「っ!」


 フェルナンは咄嗟に抱き寄せた。自身の肩で星南の口を封じる。欲しい状況になったのだ。好きに話しをさせて、墓穴を掘られては困る。会話の方向が非常に危うい。調整は必要ないだろう。


「俺達は、また晩餐に伺います」

「…………無理にとは言わないよ。新婚なのだし、僕も忠実に職務をこなさなくとも、罰せられはしないだろう…………やはり星南は、あの方の血筋だな」


 フランソワは疲れた様子で背中を向けた。上手くいったのかもしれないけれど、こちらもかなりの痛手を負った。


 意地を張るんじゃなかった。こんなの無理だ。


 しかも一緒の部屋とか、末期すぎる。


「ダヴィドさん、いつ戻って来るんだろう」

「話すくらいなら手はある、部屋に下がるぞ」

「…………うん」


 侮っていた。異世界夫婦のレベルは、高すぎだ。




 寝室は、ちゃんと扉のある部屋だった。すっかり忘れていたけれど、この離宮は空間祝福に覆われている。見ようと思えば、第三者が覗き見る事も可能なのだ。


「ここは大丈夫なの?」

「そうだと思いたいな」


 誰も居なくても演技が必要なんて、寝室では考えられない。する事が決まっているからだ。無理無理、いくら何でもそれは無理だ。


「フランソワの様子からして、ベッドのある部屋は監視外だと思ってる。何なら星南、お前が空間祝福を張るか?」

「え?」

「何の為に、祝福印(メモワール)を隠して着せたと思ってんだ」


 左の胸を押さえる。空間祝福の祝福印(メモワール)は完全な形だと、オレアが話していた。血が薄まった神人は、少しずつ正しい祝福から離れていくと。


 そして星南の空間祝福も、エヴァと同じ球体だ。


「ここの下ってどうなってると思う?」

「…………建物はあるみたいだが、人は居ないな」

「よし!」


 オレアの言葉を思い出す。彼女の教え方は、とても分かりやすかった。だから星南は、苦労せずに祝福の扱いに慣れたのだ。


 …………祝福ってね、喜ばせる事なの。


 神や神人が使う力をそう呼ぶのは、喜ばれるからだ。大神に創造された意思なき要素に、仮初めの心を与える事。その心の形を示したものが祝福印(メモワール)であるらしい。


「水の皆さん、力を貸して下さい」


 目で心で、そして伸ばした手で。心を持つ喜びを祝ってあげる。何かが起こる事なんて副産物だ。星南は左胸にある刻印に意識を向けた。丸くて繊細で、そして楽譜の記号を思わせる。それは厚い空気の層を作って、中のものを守り閉じ込める性質を持っていた。


「これくらいの広さで、お願いします!」


パッと両腕を広げる。耳に一瞬、わっと歓声が聞こえた気がした。




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