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金色の花を探して  作者: 秀月
青石の国

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3-15:予感

 いくらでも甘えていいぞ、とダヴィドは明るく笑った。そんな事をしている場合じゃないのに、彼には焦りが見られない。


 何か考えがあるのかな。


 星南は唇を吊り上げた。口では勝てない。けれどリーダーは、話を聞かない訳でもなかった。


「ダヴィドさんは、水の外に出れるんですか?」

「そうだな」


 肩を竦めて苦笑を浮かべ、エルも出れるんだが、と彼はフェルナンを見た。仲間を見捨てるハズがない。信じられなくなったらおしまいになる。


 星南は拳を握った。自分が望む姿は、誰もが望んだ姿をしていないかもしれない。それでも成したい事があるのなら、何もしないで待つべきじゃない。


 後悔だけは懲りごりだ。


「私、知ってるんですよ。フェルナンの聖国籍」


 母親のヴィレール、父親はアルタ。黄水仙(ジョンキーユ)の君と同じアルタ姓が、無力なものか。さかのぼれば火の始まりの十人フェリクス・アルタに辿り着く。


「身分があれば、水の外に出さざるを得ない。そうですね?」

「そう思うのか?」


 目を細くして、ダヴィドはものを教える大人の顔をした。フェルナンには、十分な身分があるという。領地を持つエルネスの家に連なるのだから、低いハズがない。けれど現状出られないのだ。


 エヴァに出さざるを得ないと思わせる、何かが足りない。


 今の聖国王族に、アルタ姓が居ない事も問題だ。


「ここから出るのに必要なのは、身分じゃない…………出て行けって思わせる方?」


 にこりと肯定を示すダヴィドに、星南は眉を寄せた。エヴァは面倒くさがりだと思う。戦後の処理をしないで自国を閉じているのだ。


「エヴァに煩わしいと思われたら、この国から出られるんですね?」

「試しに、海宮の結界を壊してみるか?」

「それで賠償問題になったら、もっと厄介じゃないですか!」


 何も壊さないで、大変な事に出来るもの。ふとフェルナンを見る。逸らされる緑と黄色に星南は、ハッとひらめいた。彼は知っていたから、篭絡なんて言ったのかもしれない。思わずニヤリとしてしまう。


 ダヴィドさんには勝利のシナリオがあって、しかし何故か非公開。その理由を考えると、残念な答えに行きついた。子どもには言えない内容なのだ。


「私が結婚すると、エヴァは困るんじゃないですか?」


 おやっと瞬くダヴィドの横で、エルネスは明後日の方を見た。男性に甘える先に何が待つのか、知らないなんて言わない。ならばその相手くらい、自分で選んでみたいもの。偽装であるなら尚更だ。


「フェルナンと夫婦になったら、エヴァは困ると思いませんか!?」


 何度も出来て、何度も解消可能というのがこの世界の結婚である。口約束のような呪文で婚姻は結べ、その時、本名が変更出来るという習わしもあった。身分があれば神人の祝福を用いて、特別な契約を結ぶらしいが、そんな準備はもちろんない。


 夫婦は名前や色を贈り合い、それが唯一として認定される。そうなってしまえば、私も水都の結界に弾かれる存在だ。更にエヴァは困るだろう。


 クッと自嘲的に笑うダヴィドが、自らそれを選ぶのか、と表情に影を落とす。星南は、不思議に思った事があったのだ。


 フェルナンと一緒にされる事が最近多い。水都に来る前も思い起こせば、護衛率のトップである。面白がってダヴィドさんコンボの時期もあったけれど、それが変わったのは何時からだろう。


 聖王が会いに来た夜である。


「ダヴィドさんが、ゴダンで聖国に支援を約束したのは、この時の保険だったんじゃないですか?王家の血筋なのに、現聖国王家に名前を連ねていない人が居るんですよね?その人はアルタ姓で、次の王様になったら、フェルナンは王族扱いになります。ここに閉じ込めておけない身分になる、そうですね?」

「よく覚えたな」


 ダヴィドは吐息に笑みを乗せた。甘やかされるのは心地いい。けれどそれは、自分の手段を狭めるかせなのかもしれない。この人が困る事をしたくないと、無意識にでも思ってしまう。


 誰かとの婚姻は、特に聖国にゆかりのあるフェルナンの場合…………帝国にとっても、大きな問題となるハズだ。多分ダヴィドさんも困らせる。けれど祝福耐性は貰ったのだ。あとはみんなで帰るだけ!


 その口実が欲しいのだ。


 面倒事を起こす人間など、エヴァはサクっと捨てるかもしれない。むしろ捨ててくれて構わない。そんな勢いだ。


「…………セナにそこまでしろとは、俺も思っていなかったが」

「どうでしょうか…………」


 エルネスはとうとう額を押さえてしまった。反対にダヴィドは、満面の笑みで頷いている。


「やはり正解だった。セナは僥倖ぎょうこうだ」


 細くなる琥珀色の瞳に、星南も達成感が湧いてきた。きっと何もなければ、運命とかそんなものに思えたかもしれない。好きになった人を結婚で救えるのだから。


「私、フェルナンが好きです。ダヴィドさんも、エルネスさんも好きですよ!」


 この世界に来て、ずっと側に居た人だ。友達みたいに心に踏み込む訳じゃなくても、命を預けられる信頼がある。それ以上に望むものなど、きっとない。


 役に立ちたかった。


 恩を返したいと思ってる。それと引き換えるのが自分の幸せなら、納得だって出来るもの。しかも一瞬はおいしいオマケ付き。そのオマケを勝ち取れたのだから、エヴァに嫌われたって仕方ない。


「今すぐフェルナンを自由にするには、結婚という手しか、ないんですね!」


 恋愛感情が芽生えていないか、時々探られた事がある。星南がその慎重さに気付いたのは、少し前だ。


 子ども扱いは予防かもしれない。


 好かれはしても、恋をされたら困るのだ。


 そうかもしれないと、好意以上を寄せないように歯止めを掛けた。だから素のままで相手してくれた一人に、皺寄せが行くことも手の内なのかもしれない。


「フェルと婚姻してみるか?」


 ダヴィドは穏やかに笑った。彼は何故、全てを話そうとしないのか。何時だって情報は共有してくれたのに。この案が正解では無いのだろうか?


「ダヴィドさん、俺は…………」

「そのまま捕らわれているつもりか?」

「不自由なだけだ。殺される訳じゃない」


 フェルナンは嫌だと言わない。普段ならパン屑頭と、怒り狂ったハズなのに。やっぱり少しおかしい。


「セーナはダヴィドに、一番良いカードを与えましたね?」

「…………?」


 フラれたくないと、ズルい事を考えた。


 それで気付いたのだ。経験豊富そうな二人には、フェルナンに気持ちが傾く事くらい分かったハズだ。なのに一緒にされる理由は何か。


 その状態が有利になる。少なくともフェルナンへの気持ちは、許されていた。


「邪魔が来る前に、婚姻してしまえ」

「…………え?」


 そこで手招くダヴィドが、初めて不気味な存在に見えた。泡の中のフェルナンは、星南の署名が入った書類を既に持っていたのだ。


 あれは何だろう?


 確かに、何度か名前を書いた。


 それはアシャール家の屋敷に居て、手紙の練習をした時だ。そんなに前から、この事態を予測していたのだろうか。


 もう覚えていない他の書類の存在に、背筋がヒヤリと寒くなる。そもそも書類でする結婚って、真面目なやつでは…………


「フェル」


 促されて、渋々フェルナンは名前をつづりだした。滑らかに動いたガラスペンが紙から離れた瞬間、用紙は光に姿を変える。風の祝福だ。


 ふわりと立ち昇った緑の軌跡は、あっという間にふたつに分かれ、フェルナンと星南の左手首に巻き付いた。


「っ!」


 悲鳴も出ない一瞬の事。


 細い銀色の鎖が残る手首を、星南は呆然と見た。光の速さで人妻になってしまった。ゴホっと呼吸が苦しくなって、慌てて口を押える。


「セナを頼む」

「水都の結界は、本当に融通が利きませんね」


 エルネスに背中を押され、フェルナンの泡に押し込まれた。入る分には自由らしい。というか、入ったら出られないんじゃ…………ローブで包んでくれるフェルナンの手首で、涼やかな鎖の音がする。


「気を抜くな、すぐエヴァが来るぞ」

「う、うん」


 考えてみれば偽装結婚に違いない。急にフェルナンが優しくなる事もないようだ。第一、絶対に迷惑だろう。


「…………私達どうなるの?」

「だから大人しく、甘えておけば良かったんだ。帝国籍上で夫婦になれば、星南には色冠と花冠が付く。婚姻は名前を根本から変更するものだから、俺達は暫く出られないぞ」


 つまり今って、自分の名前すら分からない状態なのでは。星南は辺りを見回した。しかし手掛かりは無さそうだ。ふわりと淡い水色の光が広がり、ぼこぼこと辺りに白い泡が満ちていく。移転回路が開かれたのだ。


「…………星南」


 エヴァの青い瞳には、僅かな怒りがあった。仕方のない事だと思っていても、少しだけ胸が痛む。


「お前も良いと思ったんだろう?」


 ダヴィドは不思議そうに首を傾げた。挑発的な眼差しは、上品に嘲笑っているようだ。星南はますます不安になった。思った流れと随分違う。


「二人を花蜜祝福に入れた事かな?それで婚姻を許すと?」

「エヴァに許される筋合いも無いでしょう。セーナは何処の国にも属して居ませんでしたから」


 エルネスは、若い二人を祝福して下さいと微笑んだ。フェルナンと夫婦になるということは、彼とも親戚だ。


「水の神人が帝国籍?この子を殺すつもり?」

「撤回させるには、帝国に帰らねばならないな」


 そういう逃がし方なんだと、星南はやっと理解した。フェルナンを助ける方法は、離婚の方だ。


「だったら、君達が帰ればいい」


 エヴァが手を伸ばす先で、ニヤリと笑う琥珀色が見えた。視界が白い泡に包まれる。その儚い粒が消えた場所には、もうダヴィドもエルネスも居なかった。


 祝福耐性がある。


 エヴァが気を使う必要は何処にもない。フェルナンに小さく背中を叩かれ、星南は呆然としたまま視線を向けた。澄んだ二色の瞳に焦りはない。まだ作戦の内なのだ。


 やっぱり、どんな作戦なのかを聞き出しておけば良かった。




 星南とフェルナンは、すぐに水都グーディメルジュに移された。幾重にも重なる空間祝福に守られ、更には水の神人しか居ないという都だ。青い湖に沈む水中都市は、水上にも離宮や家屋を抱え、吹き上がる水の膜で守られている。外側から見ると数多の水のドームに虹が架かり、それは美しい場所なのだとか。


 水都への登録が不可能になった二人は、陸上であり水の中という噴水の内側――――離宮での軟禁生活を余儀なくされる。


「自分の名前が分からない?」


 当初それなりに怒っていたエヴァは、フェルナンの言葉に皿のような目をした。


「悪いが、俺は名前を書かされただけだ。何も知らねぇよ」

「…………ダヴィドには、口で言っても伝わらないのかな?」


 エヴァの声があまりにも低いので、そっとフェルナンを盾にした。仲良く出来ないって、やっぱり良くない。一時でも嫌われて良いなんて、思わなければ良かった。


「あの問題児、クレールの次は星南か」


 エヴァはかぶりを振って、短く息を吐き捨てた。本来であれば、フェルナンがひとり居れば良かったのだ。天人族の寿命は長い。数百年拘束しても死にはしないだろう。


 なのに捕えてみれば、ダヴィドとエルネスは対抗措置と言わんばかりに海宮フォルジュの祝福を崩壊させようとし始めた。


 所詮は第二種族、しかも二人と侮っていれば、あっという間に数十人の蛇人族を篭絡されている。本能を抑制するという薬は、想像以上に効果があるらしいが…………そんな事はどうでもいい。


 手を回す事が増えたエヴァは、星南をオレアに任せきりにしてしまった。その間の暴挙だ。


「ともかく、望み通り空気のある場所に出したんだから、大人しくしていてね?くくりで言えば水中だけど、大神の縄墨じょうぼくに触れるような事は控える事。いいね、次は僕も怒るよ?」


 カクカク頷く星南に、エヴァは溜息をついた。けれどもう何も言わずに背中を向けて、離宮の中にある泉へ入って行く。グーディメルジュの本宮は水中だ。止まない水の音がするここは、まるで大きな牢獄である。


「流石に荷は取り上げられたか」


 フェルナンは、煩いのが居なくなったと言わんばかりに伸びをした。その時顔をしかめたので、星南は恐るおそる尋ねる。


「どこか痛いの?」

「四日も寝るか座るかじゃ、流石になまった…………それより」


 何故かフェルナンは悟った目を向けてきた。きょとんと見返すと、久しぶりに聞く重い重い溜息を頂戴する。


「星南、お前は俺が良いというまで、背中を向けていろ」

「なんで?」

「…………なんで?」


 フェルナンはガシッと額を押さえた。その腕を銀の鎖がするりと滑る。


 夫婦の葉という祝福による植物だ。帝国において、王族相当の婚姻を意味する品であった。二色の瞳を細め、フェルナンは頭を振る。名前は完全に変更されただろうが、果たして自分はどうだろう。本来の相手は、ダヴィドではなかったのかと、疑わずにはいられない。


「しっかりローブを巻き付けておけ。冷えてからじゃ遅いぞ!」


 睨まれた星南は、仕方なく言葉に従った。カーテンのように水の膜が落ちている。その向こう側の景色は歪んでよく見えなかった。時刻は昼間であるらしく決して暗くない。


 滑らかに彫刻された柱は白く、高い天井にも緻密な影が描かれている。離宮とエヴァは言ったが、神殿とでも言った方がしっくりきそうな建物だ。


「水の外って、こんなに身体が重いんだ…………」


 巻き付けている濃紺のローブの下は、濡れた服のままだった。座り込めばじわりと水溜まりが出来てしまう。水の中と外の違いは明確だ。きっとこれにも意味がある。


 けれど色々試したいからといって、命を懸ける度胸はなかった。


 ダヴィドさんは絶対に帰ってくるだろう。それまでに、せめて何か成果を上げておきたい。星南がググッと拳を握ったところで、するすると衣擦れの音も涼やかに、誰かがこちらにやって来た。


 オールバックの黒い髪。中性的な整った容姿は、露出度の少ない神装姿だ。その顔を見上げて星南も悟った目になった。


「…………フランソワさん」

「君達の世話を任されたんだ。色々と入用だろう?」


 波乱の予感がする。




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