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金色の花を探して  作者: 秀月
青石の国

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75/93

3-13:よりによって

 花蜜祝福というものは、肉体時間の調整を行う空間祝福の一種だ。花の蜜を生成し、甘い香りで眠気を誘う。


 その中で、寝ぼけた天人族が牙を剥こうとは。


 術者がこの空間に入れない事を、彼は知っているらしい。先に信頼を裏切ったのだ。従順になる理由も無いだろう。それでも星南の事は、大切にすると思っていたのに。


 根拠のない確信に、苦い笑みがこぼれる。わざと手酷くしたのなら、あの子はどれ程泣いただろうか。見る事しか出来ない今は、まるであの日と同じようだ。


「エヴァ」


 ダヴィドの呼びかけに、にこりと笑顔を張り付ける。何時までも観察している訳にはいかない。


「…………その交渉には乗らないよ」

「国の意志と言えるのか」


 面倒な男だ。そして嫌な男だった。祝福を展開して四日経つ。星南は予想通り目を覚ました。しかし現状、外には出せない。あんなにされてしまっては、未熟な身体は持たないだろう。


 ダヴィドを黙らせる特効薬は、使えそうにない。


「海を開放しろとは言わん」

「同じ事だよ」


 彼は水中と同じ空間祝福を、陸で行う方法が知りたいらしい。嫌味の中に重要事項を混ぜるから、エヴァは気の休まらない毎日だった。


 情報の対価も既に用意されており、ルーク=ドラフェルーン帝国の庇護や貿易。国を統一する事すら夢ではない、破格のものばかりが気安く並べ立てられる。


 けれども、首は縦に振れなかった。統治範囲が広ければ、日々は雑務に追われるばかり。豊かな暮らしと平穏というものは、天秤の両極端に乗っているのだ。


「新都マンディアーグを放置するのか」

「君が気にする事じゃないだろう?」


 エヴァは渋々ダヴィドに振り向いた。普通に泳ぐくらいでは、とても逃げられない。下手をすると、水中で飛竜に追われる珍事に見舞われる。しかも対価に食藻を食い荒らすのだから、笑えない。


「その内、絶えてなくなるよ」


 指先で海水を遊ぶ。どう巻こうかと、エヴァは頭を悩ませた。


「僕は、国を開かないつもりだよ。川の水も得られないのに、薬効の強い植物ばかりが生えている。この地で、神人の加護なく生きる事は出来ないんだ」


 ダヴィドは僅かに不快を示した。このままでは数万の民が犠牲となる。彼らは確かに、女神の化身クレール・バルトを死に追いやった。二百年以上も前に。その罪を子孫までにも背負わせると?


 そんな事で気が済むとも思えない。愚かな選択をするエヴァが、ダヴィドには分からなかった。治安というものは、食い止めぬ限り底辺まで落下する。救いを差し伸べるタイミングが大切なのだ。


「セナをどうする。この情勢を許すのか?」

「許すもなにも…………」


 生きてさえいればと、誰かの言った言葉があった。エヴァはクレールを失って、ようやくその意味を知ったのだ。


「僕は星南が、健やかであればいい」

「諦めたのか」

「何をだい?」


 晴れた空が移ろうように、青い瞳がグレーを帯びる。変わらぬ笑顔は老猾ろうかつで、心情の動きかは分からなかった。まだ何か裏があるのか、それとも本当に面倒なのか。


「お前は諦めたと言うのか。クレール様がしていた事を、誰が引き継ぐ?」

「君が替わりに、しているだろう?」

「エヴァ!」


 神人は軽く床を蹴った。そのまま水流に乗って、ダヴィドを後ろに追いやる。クレールの研究は引き継いだ。笑みを忘れて冴える美貌で、妻は人族が半分滅んでも、とその内容をエヴァに語った事がある。


「人族が半分滅んでも、黒色病は治せない。私達には、決定的な要素が足りてないのよ」


 研究でしか実現しない方法は、病にならない要素の移植。それに耐えられない者を殺すこと。人々は体内から大神の恵みを無くし、陸という海に生きるのだ。


「クレール、僕を叱るかい?」


 世界を包む呪いに、無傷の勝利などなかった。星南が育つまでの猶予で、方が付くとも思えない。目を離すと大神の縄墨じょうぼくに触れる子どもだ。水の外に出せる訳がない。


 陸の蛇人など構う暇はなかった。

 

 

 

 四日目ともなると、エヴァが逃げる事など分かりきっている。あれが国の頂点ではと、ダヴィドは溜息の出る思いがした。話しが終わるまで、椅子に縛り付けてしまいたい。


「逃げられましたね」

「…………エル」


 物陰から出て来たエルネスも、渋い表情だ。集めた情報によると、蛇人の街にして事実上の青石の国(アジュール)王都、マンディアーグは酷い状態らしかった。


 一部の特権階級が貴重な食料や水を占有し、民の半分は奴隷の扱い。恐らく、少し攻めれば落とせるだろう。禍根を絶つには良い機会だった。


「とは言ってもダヴィド、此方の頂点は彼でしょう?」

「上があれでは国は栄えん…………代理が要るな」

紫菫(ヴィオレット)の君ですか?」


 鎖国中も帝国との関りを重んじた、唯一の神人。しかしだ。


「あれはエヴァの孫だろう?」

「歪み具合が似てますね」


 エルネスの言葉に、ダヴィドは額を押さえた。エヴァ以上など早々に見つからない。


「何を真面目に考えているんです?こんな国、放っておけばいいでしょう。貴方が悩む事ではありませんよ?」

「…………いいや悩む。俺は定住予定だ」

「またそんな冗談を」

「本気なんだが」

「セーナに、ですか?」


 ふっと口許に笑みが浮かんだ。真っ直ぐ見てくる澄んだ灰色。感情豊かな明るい声音。四日見ないだけで夢に探して、ダヴィドさんと幻聴まで聞こえる始末だ。


 重症と、認めるか否か。


 ともかく軽症では無いだろう。


「俺には癒しが必要だ」

「…………何を言っているんです」


 はぁぁぁっと、盛大な溜息がこぼれた。エルネスには隠しているが、暗青(ブルフォンセ)にあるダヴィドの権限は今、一人の青年に丸投げされている。金糸雀(カナリ)に所属中であり、偏屈パーティーミランでも生きていける逸材。半竜人のウスタージュだ。


 青石の国(アジュール)の結界を越えれば、決裁書類は滞る。若者は苦労すべき、苦労は買ってでもするもの、らしい。それを聞いて委譲してきた。セナの国には面白い格言が多くある。裏表のない彼女の話しは物語のように、ダヴィドの耳に優しかった。


 癒しが必要だ。


 誰かと話すと考え過ぎる自分には、無垢なるものが必要なのだ。どうしたらあのまま、大人になるのだろう。いっそ今すぐ大人にして、成長を止めるのも手か。


 ああ、良い事を思いついた。


「ツテがなければ、作ればいい、か」


 訝しむエルネスに、ダヴィドは琥珀色の瞳を細くする。


「――――名案だ」


 どう見ても悪い笑顔だ。迂闊に色術式が使いない今、面倒事は避けて欲しい。いさめようと口を開きかけた時、ダヴィドが背後をにんまりと見た。エルネスが座った瞳で振り向くと、窓の外に魚の群れが見える。


 その中心に、ひとりの神人の姿があった。


 気さくに手を振ってくるあたり、水の血筋だろう。他種族を嫌う癖に、どうしてこうも人懐っこい性格なのか。


「竜人に魔人なんて珍しいわね。ぼうや達、神祝長を知っていて?」


 綺麗な柳眉を困らせて、彼女は何処か遠い目をした。


「あの人忘れっぽいのよ」

「どちらの姫君でしょう?」


 礼を取ったダヴィドに習い、エルネスも略式礼をとる。聞かずとも分かった。白と黒の大きな魚に乗っているのだ。海王神の妻だろう。


「コラーユ・オレアよ。この名で分かるかしら?」

珊瑚コラーユの君ですね?存じております」


 ダヴィドの声が弾んでいる。扱いにくいエヴァへの対抗馬。タイミングが良すぎて、大神の加護と間違えそうだ。


「ミシェル神祝長は、花蜜祝福を放置して逃げて行かれました」

「なんですって?」

「仲間が巻き添いになっております。出来れば開放して頂けませんか?」

「見てみましょう」


 窓から入り込む神人は、美しい女性であった。水の血筋らしい華奢な身体と、控えめな胸。それに反して、生唾を飲む程の悩ましいももをしている。欲しいと思う。久方ぶりにハッキリと、不快な本能の疼きを覚えた。間違いなく始まりの十人のひとり、女神のひと欠片だ。


「一人が衰弱しているわ。出して癒しても良いかしら?」

「慈悲深きお言葉に甘えて、宜しいでしょうか」

「ええ。同族ですもの」


 ダヴィドとエルネスは、そこで顔を見合わせた。衰弱しているのは星南の方だ。フェルナンを煽り過ぎて、とうとう噛まれたに違いない。


「一緒の天人族がお仲間?」


 全力でフェルナンを庇わねば、出して貰えないだろう。ダヴィドは悲し気に瞳を伏せた。そういう事は得意である。


「神祝長の悪戯で、彼は術式負荷を掛けられました」

「想いあっている恋人同士なのですよ。神祝長は、お気に召されないようですが」


 珊瑚コラーユの君は、厳しい表情を一転、悲しそうな顔をした。仕置きも兼ねて、飢えた男と一緒にされたと思ったらしい。水の人々は情報が遅いのだ。そしてエヴァは秘密主義。詳しく知らないと踏んだ通りの状況だった。


「彼女は死しても本望でしょうが」


 エルネスが項垂れ伏せるので、悲壮感が増す。彼もそういう事には慣れている。


「祝福耐性もない子どもに、なんと酷い仕打ちでしょうか」

「なんですって?」


 その情報もいってないのか。演技とは別に、二人は頭痛を覚えた。


「彼女は異界戻りの神人です。祝福耐性が無く、我々がここまで保護して参りました」

「祝福耐性を後付け出来るかしら。私では血が濃すぎるかもしれない」

「いいえ」


 その言葉を待っていたのだ。ダヴィドは明るい笑顔で喜色を示す。


「彼女、カツラダ・セーナは空色シエルの君の最期の娘。貴女様を於いて、他の適任者はおりません」

「なんですって!?」


 今度こそ珊瑚コラーユの君は顔色を変えた。エヴァが統治を嫌がる一端を、垣間見た気がする。水の中は情報が遅い。そして余りにも広い。更には世情に疎すぎる。こうも扱いやすいと逆に心配だ。


「どうかお助け下さい」


 跪いて最上位の礼を取る。ダヴィドはトドメを忘れなかった。

 

 

 

 星南と、低い声が呼ぶ。けれどまだ眠たくて、うとうとと微睡まどろんだ。ねむい。瞳を閉じている方が自然だと思える程に、瞼が重かった。


「せいな、星南しっかりしろ」

「…………うぅん」

「起きろ、祝福耐性は要るか」


 一気に目が覚めた。甘い香りが鼻をつく。まだ閉じ込められているらしい。


「そのまま寝てろよ、飛び起きると貧血になる」

「フェ、フェルナンの具合は…………?」

「…………俺はいい、大丈夫だ」


 大丈夫、その言葉にほっとした。どうやら役には立ったらしい。安心して瞳を閉じると、またフェルナンに起こされる。それでやっと、第三者の存在に気が付いた。綺麗な女の人が居る。長い黒髪に散りばめられた貝、宝石や装飾品の美しいこと。ギリシャ神話の女神みたいだ。どこから来たのだろう?


「本当に恋人なのね」


 しかも寝起きにキツイ冗談を言われた。残念ながら片思いだ。そして近々フラレます。


「いいのよ、私は応援するわ」


 星南はまばたきを忘れて凝視した。寝起きのスッキリ頭にピンとくる。なぜ恋人と言われるのか。フェルナンにしか言っていないのに、知ってる…………まさか、まさか見られた?


 大人の階段を限界突破しそうな場面を、見られてしまった!?


 かぁぁっと顔が赤くなる。貧血気味の白い顔には、見事に朱色が良く生えた。顔を手で覆ってみたが、耳と首まで赤くなる。隠しようがなかった。


「祝福耐性をあげる。それから治癒をしましょう」

「あの、あのっ!」

「どうしたの?」

「なんで恋人って…………!」


 ガラス細工のような瞳を瞬いて、彼女はニコリと微笑んだ。水の神人は他種族に肌を許さない。それをしたのが一目瞭然の星南に、彼女は諭すように言った。


「恋人じゃなきゃ、その格好は問題よ?」


 起き上がろうとして、フェルナンに額を押さえつけられる。彼は神への願い(プリエール)しか上半身に着ていない。彼シャツなのか。まさかそうなの!?


 本当はシャツを割いた包帯姿だ。薄っすら血の滲むそれに、色の提供をした事が窺える。


 恋人同士ならば精神の方。逆負担させれば、血は不要の色となる。


「彼の片思いかと思ったけれど、違うみたいで安心したわ」

「えっ!?」


 どこに驚けば良いのか、もはや分からない。しかも唯一の証人は、沈黙の肯定を決め込んでいた。


 否定したら八つ裂き、または永遠にこの中だ。フェルナンはそう判断して、口を閉ざした。なのに何故か追い詰められているような、妙な気分になってくる。


 ――――すき。


 星南の声が心に響く。すき、と。ただ純粋に慕われる。それ以外の欲などなくて、あの時、冷たい水を浴びたような感覚がした。


 色使いは、恋が出来ない。


 エルネスが昔に言った事がある。彼女に触れて、それをフェルナンも自覚した。その辺の女と、同じ扱いにしか出来ない自分を、思い知らされたのだ。大切だと分かっていたのに。


「端に行った方が、よろしいですか?」


 見ているだけでよごすかもしれない。何故怒らないんだと胸の内で罵って、また自分の醜さを知るようだ。


「いいえ、そこに居てちょうだい」


 否定の声に、フェルナンは現実に引き戻された。


 祝福耐性は胸の上だ。いくらなんでも、本人が嫌がるだろう。水の血筋はどうなってるんだ。作法も忘れて、ですがと反論を口にする。


 エヴァの花蜜祝福に入って来た彼女が、海王神の妻である可能性は高い。かしずかれる事に慣れた相手には、それに倣う方が無難であった。なのに開いた口から、次の言葉が滑りでる。


「私は男です、立ち合いは出来ません」


 困惑の表情になっているだろうか。礼を欠いているのだ、せめて思いやりがあるように見えれば良いと思った。


「後付けの場合は、男女の証人が必要なのよ」

「私は第三種族です。とても務まりません」

「務めなさい。それが貴方の為よ」

「…………私の、ですか?」


 星南は先ほどから、何も言葉を挟まない。今こそ、そのうるさい口を開く時!まろい頬に手を伸ばし、フェルナンは抓もうとして手を添えた。寝息が聞こえる。


「星南、起きろ」

「血を抜きすぎよ。寝かせてあげて」

「…………」


 眠っていれば祝福が、緩やかに回復を促すだろう。此処は本来そういう場所だ。


「お仲間が貴方を待ってるわ。私も用事があるし」


 星南の包帯に手を掛けた神人に、フェルナンは遠い目になった。絶対に見たら泣かれる。これ以上、泣かせる理由になりたくはない。


「水の姫君お願いです。後ろを向かせて下さい」


 あの平たい胸すら見られない。それが果たして、大切にしている事になるのか。自分の気持ちをもて余す。普段どんな扱いをしていたのかすら、思い出せそうになかった。


「意気地のない子ね。途中で目を瞑るのだけは、見逃してあげるわ」


 よりによって、それか。

 

 

 

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