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金色の花を探して  作者: 秀月
青石の国

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3-10:実らない恋

 水都の結界がなくなれば、出入りは自由。しかし陸に近い呼吸環境も失われてしまう。


「海王神を強請ゆすってやろう」


 口角くちかどを吊り上げるダヴィドに、黒色病の子どもを沈めてみますか、と微笑むエルネス。水に沈めたら違う理由で死にそうだ。それを誰より知っている。


 星南は強がって、笑みを浮かべた。


 生きていたいと強く思う瞬間は、死の近くに潜んでる。黒色病の子ども達は、常にそんな恐怖と隣り合わせなのだ。


「エヴァを問い詰めるのも一興だが」

「この措置は、水の女神の慈悲でしょう」


 うんざりしたエルネスの声に、沈黙が広がった。出られない事が慈悲なんて。困惑してダヴィドを見ると、大神の縄墨じょうぼくを覚えているか、と問いかけられる。空気の神様の置き土産、違反者は命を取られる罰則つきだ。


「知ってるだけで、それに触れるんですか!?」


 水から出たら、全員死ぬかもしれない。やはり話すべきじゃ無かった。後悔しても後の祭りだ。覆水ふくすいは盆に返らない。


「可能性の話だ」


 星南は奥歯を噛み締めた。全部話したら、ヒントが見つかると思った。なのにこのままでは、迷惑の上塗りだ。この世界は地球に似ている。けれど少し違って、そこに答えがあるはず。


「私は、空気って毒だと思うんです!」

「そう思っても仕方ありません」


 諭すようなエルネスに反発を覚えた。創造の大神は大気に還った。けれど海王神のように、見えて話せる状態にないのだ。幽霊状態の神様に、一体何が出来るだろう。


 人を病気にして殺すなんて、一番偉い神様のする事じゃない!


「エルネスさんは以前、大神の加護の中で生きてるって、言いましたよね?でも実際に、どんな良い事があるんです?神様、空気じゃないですか!」


 大神が居るから病気が起こる。何かがきっと問題なのだ。フェルナンには却下されたけど、追い出せるなら追い出したい。それで蛇人族が狩られる事も、彼らが人を殺める事だってなくなる。


「大神の加護とは、生きている事への感謝…………祈りの言葉なんです。確かに、良い事など無いかもしれませんが。良い事があったらそれを、大神の加護と言うんですよ」


 天気が良ければ、花が咲いたら。大神の加護と、感謝を込めてに口にする。星南は今、一般常識を教えられたのだ。


「その辺を教えてないのは、俺らだろう?こいつは、大神が無力だって責めてる訳じゃない。帰るべき場所に還れれば、縄墨がなくなると思ってるんだ」


 取りなすようにフェルナンが補足してくれた。今まで彼と話した考察も、まとめてくれる。知識が足りない。それを痛感させられた。このまま思った事を言っていても、取り上げて貰えなかったら意味がない。だからといって他に出来る事もないのだ。


「大気の上?」


 ダヴィドが不思議そうに呟やく。彼らには宇宙の概念がない。やっぱり変だ。地球の古代人だって星を読んで文化を成した。夜空で済ませている方が、絶対におかしい。


「空の上は宇宙です!!」


 せめて何か。


 何かしなくてはと、星南は焦りを覚えた。ぎゅっと指先を握り込む。出来る事なんてあまりない。けれど、皆無じゃないと希望を探す。


「ちゅう…………?セナの難しい母国語か?」

「う、ちゅ、う、です!」


 そうだった。ダヴィドさんは、日本語が苦手なのだ。他の言い方は英語でスペース。それ以外だと…………


「ええっと、コスモ!」


 車がお世話になる、チェーン店の名前だ。花だと思って調べたら、宇宙という意味だった。もちろんピンクの花だと、幼い頃は勘違いしたけれど。


「コスモ?」


 彼が一発で言えるなら、他の人は大丈夫だろう。星南は大きく頷いた。


「大気の上は宇宙(コスモ)です!空気が無くて暗くて寒くて、しかも人は生きられません!」

「何故そんなところに、大神が還らねばならん」

「そこから来たからだと思います!!」


 真剣に言っているのに、クッとダヴィドは吹き出した。


「面白いが…………突拍子もない話だな。ニホンのおとぎ話か?」

「えっ!?」


 どんな絵本なの、それは。慌てて首を横に振る。


「作り話じゃありません!!」

「セナの話は面白いが、もう食わんのか?ならば、エヴァの所に行ってこい」

「でも!」


 どうにか分かって欲しい。ダヴィドのシャツを引っ張ると、彼はうっすらと悪そうな笑みを浮かべた。


「水都の祝福石は貴重なものだ。セナに甘いエヴァなら、多少のワガママも聞くだろう。根こそぎ情報を掴んでこい」

「えっ!?」

 

 

 

 そんなこんなで、とうとうダヴィドに追い出された。ちょっとは真面目に聞いて欲しい。エゾンという馴染みのない相手に手を引かれ、渋々海藻部屋を後にする。心細いと思う程に、メンバーから離れるのは久しぶりだ。


「エゾンさん」


 呼べば振り向くグレーの瞳。星南よりもなお薄い、朝霧みたいな灰色だ。


「あの、エヴァってどこに居るんですか?」

神祝長しんしゅくちょうは地下においでです」

「…………神祝、長?」


 何度か聞いた言葉である。けれど意味が分からない。小首を傾げてみせると、エゾンは穏やかに笑った。笑いしわが深くなる。


「私どもは、ミシェル神祝長とお呼びしています。神祝とは、神人さま方を統括する役職、とでも申しましょうか」


 エヴァって、そういえば偉いんだっけ。星南はふと思い出した。あの自由人が組織のトップ。ブラックなのは間違いない。


「大変そうですね」

「それは、神祝長ご自身にお聞き下さい」


 逸れていく瞳を追うと、ひらひら手を振るエヴァが見える。白い神装は暗さのある水中で、光るようによく見えた。


「おいで星南」


 何だか闘志が燃えてくる。ちゃんとした食事が海藻で、しかも水から出られない。ともかく、身近な諸悪の根元から片付けよう!


「エヴァ」


 名を呼ぶ声に、少し怒気が滲んだらしい。食事は気に入らなかったみたいだね、と彼にくすくす笑われた。


「生の海藻なんて、初めて食べた」

「ご馳走なんだけどなぁー」


 そう言ってまた笑うから、こちらのやる気まで萎えそうだ。彼のペースに乗せられると、ろくな事にならない。


「私は、ちゃんとした物が食べたいよ。湯気があがるスープとか!」


 味覚はないけれど、喉が渇かないっていうのはそういう事だ。きっと海水を飲んでいる。


「それは暫く無理じゃないかな?」

「え?」


 エヴァは腰に手を当てて、可愛い顔をムスッとしかめた。


「早速やらかしてくれたね?君達の名前、全員黒くなってるよ」


 それはつまり、水から出られない事が筒抜けなのだ。逆の手を引かれて、行くよ、と短く叱られる。怒った声に星南は怯んだ。悪いのは私だろうか。よく考えれば、あながち間違いでもない。


「エヴァあの、私達が出られないって…………知ってるの?」

「勿論だよ」


 だったら、隠していても仕方ない。ついて来ないエゾンを確認して、黒い小魚の話をしてみる。これでエヴァも、水から出れない仲間だ。


「…………どうして、あの状況で墓地に行くかな」


 疲れた声で彼は言う。焦った様子は、始終欠片も無かった。


「下を見てごらん。あれが水都の祝福石、水の女神が創られた物だよ」


 思った反応をしないエヴァ。上手くいかなくて、星南は足下を見た。暗くて大きな穴が開いている。その中心に、ちょこんとカリフラワーみたいなものが見えた。下へ潜っていくと、それはうっすらと緑がかった色になる。


 樹だった。


 大きな木が生えている。白い幹に、淡く光る緑の葉。水の流れにこずえが音なく揺れ動く。


「綺麗」


 他に感想が出なかった。祝福石というから、勝手に石碑だと思っていた。認識の違い。これはきっと私の強みだ。


「綺麗なだけじゃないよ。そこを見て」


 言われた場所は太い木の枝。葉をそっとどかしてみると、黒い文字が見えている。ダヴィド・アロン・アシャール、色冠がない。その下にエルネスと、漢字で桂田星南。セナ・セーナという、もはや訳の分からない偽名まで書かれていた。


「フェルナンは?」


 ヒヤリとしてエヴァを見ると、彼は口元を押さえて目を閉じた。すんなり星南を寄越したと思ったら、そういう事か。


「あの二人、本当に悪さしかしないな」

「どういう事?」

「出たって問題ないんだけれど。こうもあっさりやられると、僕も複雑だよ」


 フェルナンは水の外に出たのだろうか。だから名前がない?出ても良いなら、どうして閉じ込めたりするのだろう。


「彼が馬鹿な筈ない、か」

「フェルナンはどうなったの?分かるの?」

「分かるよ」


 エヴァは青い瞳を開いた。ほらと指さされた枝に、うっすらとフェルナンの名前が浮かび上がる。ヴェール・クレール・フェルナン・ヴィレール・ヴェルデ。それと何処かで見た事のある家名の二つ名だ。


「こうやって色が薄い名前は、仮登録みたいな扱いなんだ」


 なぞるように、名前の上をエヴァの指が滑っていく。たちまちフェルナンの名は青くなり、その名の下に解読出来ない潰れた文字が浮かんで見えた。


「神代古語かな?星南は彼に名前を付けた?」

「えっ」


 失言だ。思わず視線を逸らせて、それも変だと思い直す。


「もしかして日本語?」


 鋭い。きっと隠すべきだ。フェルナンは水の外に出たがっている。


「私は教えられないよ!」

「死なせたいの?」

「えっ!?」

「此処って結構沖なんだ。水都の祝福に弾かれてると、陸の蛇人に攻撃されるかもしれない」

「でも、フェルナンは…………」


 信用していないのだ、エヴァを。それを本人に言うべき?それも多分ダメだろう。じゃあ何か他の事はと考える。


「どうしてフェルナンは、色冠が付いてるの?ダヴィドさんもエルネスさんも、付いて無いのに」


 これでは、フェルナンだけは逃さないって風に見える。なんだか気味が悪い。


「彼は特別だから。上手く出れなくなれば丁度良いかな、なんてね?」


 それって、聞いて良かったのだろうか。それとも隠す気がない?エヴァは曖昧な笑みを浮かべて、星南の頭を撫でた。どこまでも優しい手つきは、彼も味方だと思いたい気持ちに拍車をかける。


「どうしてそんな事言うの?フェルナンは水から出たがってるよ。私だって水都暮らしは向かない。用が済めば水から出てくよ。残って欲しかったら、本人にそう言えばいいじゃん!」

「言って聞く性格じゃないだろう?」

「…………それは」


 もう手詰まりだ。星南が黙ると、エヴァは難しいねと瞳を伏せた。物憂げな表情は、彼の童顔をひどく大人に見せる。全ての人族の中で、最も初めに創られたひと。長く生きるという事がどんな経験なのか、星南には想像もできない。


 それでも今を生きている。


 諦める事なんて何もない。踏み出せないのは、経験があるからだ。後悔をする前から恐れてる。


「私はね、神人だって知らず育って。両親を亡くしたから、本当の親も知らないし。それでも上手いように今に繋がってて。どこかで誰かが得すると、誰かが不幸になる生き方って、卑怯だと思うんだ。分かり合おうとしないのは、有利な方の自分勝手すぎるよ!」

「僕を叱るつもり?」

「そうだよ!!」


 難しい事は苦手だ。誰かの思惑で誰かが不幸になる。そんな片棒は担げない。


「エヴァは仲間じゃないの?私達は金糸雀(カナリ)のメンバーだよね?話し合って分かろうとしなきゃ、仲間の意味ないよ!」

「君の素直さが、僕には少し痛いかな」

「誤魔化さない!」

「…………ふふふ、困ったね」


 そう言うエヴァはニコニコ笑顔だ。暖簾のれんを押したように手ごたえがない。


「もういい!私が相談してくる!!」


 星南は木の枝を蹴った。一瞬浮いた身体は、みるみる根の方へ沈み出す。そうだ浮かないんだった!


「相変わらず浮かないねぇ」


 クスクス笑うエヴァに助けを求めるなんて、情けなさ過ぎる。


「もう!どうして私浮かないの!?」

「それは星南が、少しだけ大人だからだよ」


 ふわりと泳ぎ寄って来た彼は、届きそうで届かない位置で止まった。自力で浮かないと自然の牢獄だ。この穴底からは出られない。


「良い事を教えてあげよう。水の中はね、いとしさで浮くんだよ。大神に焦がれる女神がそうであったように、大気に焦がれる気持ちで浮くんだ」


 一人で浮いていくエヴァに、星南は唇を噛んだ。愛しさってなに。空気は恋しい。とても恋しいハズだ。それなのに身体はちっとも浮かないし、地面を蹴っても数メートルの短すぎる夢。


「浮きたい…………!」


 このままじゃ、みんなに心配される。エヴァが悪さをするかもしれない。


「いとしさ。焦がれる気持ち」


 毒かもしれない空気って、ちょっと思っているからダメなのかな。美味しいご飯で浮くのも複雑だ。


 ――――じゃあ、何なら浮くの?


 それを本当は知っている。だからずっと考えなかった。意識してしまったら、片思いに傷付いて、きっと胸が痛くなる。


 気になっているだけだ。


 銀白色(シルバーホワイト)の透けるような髪だから。緑と黄色の変わった目だから。


 表情とミスマッチで優しかったり、気配り出来るのにそれが細かくて気付かれにくい。お母さんみたいに怒るけど、それだけ心配してくれる。フェルナンはいい奴だ。


「水から出れたの?もう水都には入れない?フェルナンはどうなったの?」


 誰も答えを返さない。無意識に胸を押さえた。苦しい気がする、痛い気がする。理由はたった一つだけ。


「私、あなたがすき、みたい…………」


 また実らない恋をする。

 

 

 

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