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金色の花を探して  作者: 秀月
青石の国

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3-9:偽名作戦

 そんなエヴァにも愛称を聞かねばならない。セットでダヴィドさんとか、鬼に金棒すぎる。フェルナンが聞けばいいのに。星南はチラリと視線を向けた。


 彼も笑顔だ。非常に良くないイイ笑顔。四面楚歌である。


「大丈夫かい、星南?」

「…………うん」


 エヴァは優しい。そう思うのは間違いかな。仲間でいて欲しい。でも水から出られないのは現実だ。何も話してくれないのは、何故なんだろう?


 あった事を全部話して、聞けたら良いのに。


 フェルナンはエヴァを疑っている。確かに怪しい。信頼がないのは自業自得というものだ。世の中上手くいかないなぁ。


 星南は少し苦笑して、あのね、と話し出した。


「みんなの愛称を聞いてて。それでエヴァは、どうなんだろうって?」

「僕の愛称?」


 弛く微笑むエヴァの瞳は、青から灰色へと変化する。良くない事を聞いただろうか。


「知らないんだね。愛称は無いんだよ」


 ない?


 変なのが、いっぱいありそうなのに。愛称を聞くのがミッションである。もしかして作戦がバレている?それとも言いたくない?どちらにしても、話しが先に進まない。


 疑いの眼差しを向けると、彼の視線がさ迷った。


 星南の後ろには、肩を竦めるダヴィドと、苦笑するエルネス。そっぽを向いたフェルナンが居る。そうなればエヴァには、大体の状況が分かった。


 彼女に悪気はない。だから誤魔化しても良い事だった。知識の少なさは失敗を呼ぶ。それを教えろと、役を譲られている。


 知識と知識を結び付け、ない情報に至ること。そんな育て方をしているのは、彼女の為を思ってか。右頬の祝福印(メモワール)に触れ、エヴァは明るい笑顔を作った。


「僕()()に愛称は無いんだよ。持つ名の全てが、仲間からの貰いものなんだ。強いて言えば、全部が愛称に近いかな?エヴァっていうのも、愛称と言えばそうだけど。呼びやすくするのに短くしただけ、とも言うね」


 するりと頭を撫でる指先。言い聞かせるような仕草に、星南は瞳を伏せた。聞いてはいけなかったと、気付いたのだ。始まりの十人に親はない。両親からの贈り物である名前自体が、無いのだ。


 それを淋しい事だと思ったら、ひどいだろうか。


 きっと違う。


 身分がありすぎて、呼べなかったに違いない。愛称は理由付きのアダ名。変な意味さえ込めなければ、きっと問題ないハズだ。パッと閃いた笑顔を向けると、彼は嫌な予感に首を傾げた。


「私が愛称つけてあげるよ!」


 なんとしても愛称が欲しい。エヴァだけ普通に呼ぶと、フェルナンとの偽名作戦が浮き彫りだ。だったら、付けてしまえばいい。


「星南が僕に?ふふふ、それはちょっと」

「イヤなの?」


 そんなに愛称はダメだろうか。それとも、実は親しいのすら演技だったり?疑いだすとキリがない。それなら勝手に呼ぶまでだ。


 うーん、と考え出した星南に、エヴァは焦った。愛称は親しさの現れである。けれど短かければ短いほどに、男女間では別の意味合いが強いのだ。


 たとえば大人の恋人。


 清い彼女には、まだまだ先であって欲しい。


「待って星南…………愛称は駄目だよ。嫌かと言われると悩むけど、僕は君にね、そういう感情を持ってないから」

「…………え?」


 可愛いとか小さいとか、そういうやつ?まさかの無感情!?べつに褒めて欲しい訳じゃないけど、すごく微妙だ。やっぱりエヴァは敵かもしれない!


「愛称に興味がでたか?」


 くつくつ笑いながら、ダヴィドが話しかけてきた。


「ハ、ハイ、アド」

「…………ん、エルに聞いたか?」

「アハハ」


 乾いた声が出た。いじられるの込みで、普段通りの会話なんだと。だから甘んじて受け入れ…………たくない!!


 星南は唇を一文字に引き結んだ。


「セナ、ダヴィーでいいぞ?アドはまだ早い」

「そうですかダヴィー…………」


 どんよりした目で見上げると、彼は前髪を掻き上げた。そして溜息。物言いたげな視線がエルネスに向く。


「さては何かの遊びだな?」

「遊びにすらなんねぇよ」


 フェルナンが口を開いた。反応が面白くありませんね、とエルネスは笑う。


「ひとまず場所を動かない?」


 エヴァは作戦通り、雑談だと思ったらしい。緊張感ないなぁ、と肩を竦めていた。


「海王神がオレアを起こしに来い、って言ってたよ。星南とフェルは会ったんだって?」

「あんな気さくな方でいいのか?光の女神と大違いだぞ?」


 普通にフェルナンは話した。少し呆れた仕草まで作為がない。エヴァに色々バレている。それなのに、僅かも焦りがなかった。


「光の女神は格別だからねぇ」

「会ったのか?」

「何度か会ってるよ」


 エヴァの話しが逸れる。さすがだ。味方が頼もしいって素晴らしい!


「お前の勿忘草の青(ミヨゾティス)は腐れ縁か。道理で効果がおかしいと…………」

「ひどいよフェル。ちゃんと、正規に譲り受けたよ?」


 ぽんぽんと、エヴァは左脇腹を叩いてみせた。神人でも色術式が使える。星南は何となく、そう思っていた。けれど確かに効果が違う。勿忘草の青(ミヨゾティス)は光るだけで、他の術式を消し飛ばしたりはしないのだ。


「これは祝福印(メモワール)だよ。水の神人に光の祝福は使えない。だから、色術式みたいにして使うしかなくて」

「本来の効果に近いのか?」

「うーん、まぁ」

「此所で話し込んでも仕方あるまい。そろそろ食事にしないか?」


 ダヴィドの提案に、エヴァは我に返った。こんな話をしている場合ではない。しかし次の一言に優先順位が入れ替わる。


「セナが痩せるぞ」

「それはマズイ」


 時空の歪みが戻っていない彼女は、まだまだ小食。成長を進めようにも元がないのだ。痩せるのは困る。


「近くの宮に移動しよう。世話役に話しが付いてるよ、ちゃんとした食事が出るはず!」


 ふやかし乾燥肉から解放だ。そればかりは素直に嬉しい。おいでと手を差し伸べられ、星南はうっかりその手を取った。


「体温が低いね。フェルと何かあったの?」


 まずい、エヴァは敵だった。話しの誘導なんて出来ないし、詳しく聞かれるのは困る。出来る事は…………


「何があったと思う?」


 秘技、疑問返しだ。


「告白された?」

「えっ!?」


 言葉に詰まる。どうしてそうなった。そんな風に見えたの?


「私とフェルナンは、ただの仲間だよ」


 自分で言って胸に痛みを覚えた。嫌いじゃない。好きでもないって、思ってる。だってぜんぜん相手にしてくれない。


「気付いてないだけ?」

「気付いてないのは私じゃないよ!」


 ついムキになった。愛称をどうにかしなきゃいけないのに、自然に話しを誘導出来ない。フェルナンは後方だ。自力で乗り切る。それくらいは頑張らないと!


「ううん違うの。気付いてないのは私だよ。色々な事にさ。だからいっぱい失敗するし、上手くいかなくなる」


 人生は後悔の連続だ。それでも前を向いて、どうにかって頑張っている。落ち込んでたら、それで一生が終わりかねない。


「だからその…………エヴァ、愛称教えて!なんでもいいから!!」

「…………星南」


 見事な直球になってしまった。背中に刺さる視線が痛い。


「僕が教えるしかないのかな」

「エヴァだけだよ、私が知らないの!」

「…………星南の愛称はなに?」


 交換条件ですか。言ったら呼ぶんだろうな。諦め半分に白状すると、彼は甘く微笑んだ。


「僕の愛称はミキだよ。妻にしか、呼ばせた事はないけれど」


 エヴァずるい。呼ばなせないつもりか!


「エヴァって呼んでよ星南。名前が多いと水都の祝福が不安定になる」


 ゆっくりと泳ぎながら、彼はなんて事のないように話した。フェルナンの予想通りだ。名前が水都の結界と関係している。


「不安定って、どうなるの?」

「神人は息苦しいってくらいかな」

「他の種族は?」

「生きていけないだろうね」


 偽名作戦を進めたら、今度はフェルナンが水の中に居られなくなる。永遠に。


「そこの宮は、海宮フォルジュが宮殿だった名残りなんだ。祝福の原石が設置してあるよ」


 暗くなっていく水底に、明るい建物が見えてきた。白い壁と不思議な形。まるで巨大な珊瑚さんごみたいだ。照明の中には青い炎が燃えている。自由に泳ぐ光海月(ひかりくらげ)と、提灯アンコウみたいな変わった魚。入口らしき大穴から、白い衣装の人々が数人泳いでやって来た。


「星南、ちゃんとご飯を食べるんだよ。僕はやる事があるから、また後でね。時間があれば原石を見せてあげる」


 手が離れる。あっという間に泳いでいくエヴァに、加減されていた事に気が付いた。まだバタ足くらいしか及第点を貰っていない。やる事はいつだって山積みだ。


「いくぞ、セナ」


 今度はダヴィドが手を差し出した。それに掴まる。どうしたら良いんだろう。フェルナンを水から出してあげたい。それと同じくらいに、このままだったらと思った。ズルくて卑怯な自分の気持ちに、星南は頭を振る。


「ダヴィドさん」

「どうした?エヴァに愛称をねだったのか?」

「…………うん、奥さん用を教えてもらいました」

「成程な」


 泳ぎが上手くなったと、彼は明るく笑う。帝国に帰らないと言わせてしまった。それすら少し後悔している。一度言ったからには、くつがえしはしないだろう。そういう人だ。


 恩は重なるばかり。


 色々なものに押しつぶされてるから、沈むのかもしれない。星南はまだ、上手く浮く事が出来なかった。


「エヴァが、後で祝福の原石を見せてくれるって」

「良かったな、此処にあるのは水都の祝福石だろう。神代かみよ以前の年代物だ」

「どんなものか知ってますか?」

「流石に知らん。が、名前がびっしりなんだろうとは思う」


 やっぱり名前だ。記憶と名前とその文字で、出入り制限がかけられている。


「そこから名前を消したら、水都から追い出されると思います?」

「さてはセナ、悪い事を考えているな?」


 穏やかな笑顔と裏腹に、瞳が問うように鋭い。きっと悪い事だと思う。よく知らないのに、結果ばかりを求めてる。口を開こうとしたとき、ダヴィドの視線が流れた。入り口が近いのだ。神装の蛇人達が並んでいる。一斉に礼を取る様は壮観だった。


「おかえりなさいませ、カツラダ・セーナ様。ようこそ海宮へ、フー・ダヴィド様」

「世話になる。最優先で食事にしてくれ」

「かしこまりまして」


 奥でこうべを垂れたままの一人を残し、白い金魚のように蛇人達は泳いでいった。まるでパフォーマンスを見ているようだ。


「おかえりなさいませ、女神の花」


 布を被った頭。ストンとした側頭に蛇人族だとすぐ分かる。静か上げた顔は壮年の男性だ。色素の薄いグレ―の瞳に笑顔を浮かべて、ダヴィド様、と皺を深くした。


「エゾンか」

「覚えておられましたか」

「あの時は世話をかけたな。お前に蛇人族の姿は似合わんぞ?耳は何処に忘れた?」

「今は髪も忘れまして」


 布を掃った頭はツルツルだ。耳もない。やっぱり蛇人は見慣れない。宇宙人みたいだ。


「子どものあしらい方が上手い奴だ、エゾンという」


 再び下げられる頭に、星南はチラリとダヴィドを見た。挨拶の返し方は一通り習っている。帝国式だと、女性は自ら動作をしない。身分があれば特に。ニコニコして黙っていれば合格だ。


 ダヴィドはエルネスとフェルナンを紹介し、エゾンに自身を名乗らせる。海宮の管理責任者という事は、宮で一番身分が高い。気安く話しかけてきた訳だ。


「最後になったが、彼女はセーナだ。エヴァから話は聞いているな?」

「勿論でございます」

「なら任せる」

「どうぞ此方へ」


 案内されて建物の中を進むと、壁面には彫刻や色石の絵画。廊下はイルカが泳いでいたりと、ガラスのない窓はオープンだ。テーブルマナーを思い出しながら、ダヴィドに手を引かれて無言で進む。でも、きっとテーブルは無いだろう。


 陸では有り得ない垂直の廊下を上り、初めて扉らしきものが見えてきた。


「食藻の間にございます。お好きなだけご自由に」

「俺に食い尽くされても泣くなよ?」

「出来るものなら」


 自信ありげに微笑んで、彼は扉を開いた。


「わあぁ~っ!」


 うっかり声が出た口を押える。扉の先はカラフルな海藻の森だった。様々な緑と赤や白。小魚の群れがキラキラ光を反射する。珍しくてきょろきょろしていると、ダヴィドが手近な昆布みたいなものをナイフで切って差し出してきた。


「夕飯だ」

「えっ?」

「好きなだけ食っていいと、言っていだだろう?」


 まともな食事って、海藻の事!?


 しかも生えてるやつそのままって、ワイルドすぎる。星南の頭には料理が思い浮かんでいた。火が使えないのだ。調理済みなんて出てくるハズがない。


 ガジガジ生の昆布を齧る。


 新鮮すぎて塩辛い。うまみはぜんぜん分からなかった。


 早く陸に帰りたい。水中生活は却下だ。ご飯が美味しくないところでなんて、生きていけない気がする。エゾンが閉めた扉を確認すると、星南は覚悟を決めた。


「ダヴィドさん、私とフェルナン、見てはいけないものを見てしまって、水から出られなくなったんです!」

「なに?」

「詳しく話せないんですけど、協力してください」

「星南!」


 フェルナンが慌ててやって来た。


「協力して貰おうよ!偽名作戦だけだと、フェルナンは二度と水都で生活出来ないよ!?」

「色術式で多少は何とかなるんだよ。ダヴィドさんを巻き込むな」

「あれを言わなきゃ良いんでしょ!?」

「落ち着け星南。俺の読みが違って、気付いただけで出られなくなったらどうする!」


 気付いたら出られない?


 ハッと口を押さえる。確かな事なんて、今は一つも無いのだ。


「構わん、洗いざらい話せ」


 ダヴィドは星南を抱き寄せた。困るのはエヴァなのだ。国家間としても、彼女の父としても。二重のマイナスにしかならない。


「では、私も混ざりましょうか」

「エル兄!遊びじゃないんだぞ!?」

「遊びですよ、エヴァに勝ち目はありません。あの問題児に、一泡吹かせてやりましょう」


 エルネスさんはやる気だ。フェルナンも諦め半分に口を閉ざした。


「何があったんだ、セナ?」


 こうして偽名作戦は、水都結界崩壊作戦へと変貌していった。

 

 

 





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