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金色の花を探して  作者: 秀月
青石の国

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3-7:海王神

 二人に気付いたシャチが、嬉しそうに口を開いた。彼らはずらりと並ぶ鋭いキバで、サメさえ餌にしてしまう。


「フェ、フェルナンっ!」


 震え上がって青くなる。パンダカラーの見た目に反し、シャチは獰猛な生き物だ。間違いなく魚じゃない。フェルナンを守らなければ。前に出ようとした星南は、すかさず広い背中に庇われた。


「コイツは何だ、食えるのか?」


 下手をしたら私達が餌になる。そもそも野放しになっている時点でヤバさしかない。


「逃げるよフェルナン!食べられちゃうよ!?」

「食用なのか?」

「――――食べるのはよして欲しいな」


 笑いを含む、低い男の声がした。


「それは私の相棒なんだ」


 青い髪を水に遊ばせ、日に焼けた顔は微笑んでいる。白い神装に煌びやかな飾り帯。エキゾチックな男性だった。脇にすり寄るシャチを撫でつけ、腹は膨れたかいと笑みを深める。まさかのペット扱いだ。


「私が来なかったら、食べられていたぞ?」

「ご、ごめんなさい!」


 慌てて星南は謝った。フェルナンを見上げると、頭を垂れて沈黙している。


「異界戻りの神人というのは、君の事?」

「えっ!?」

「祝福の気配が眠っているね」


 何故分かったのだろう。エヴァでさえ蛇人にしか見えない、と言ったのに。もしかして危ない人かもしれない。やっと危機感が芽生える。それなのにフェルナンは、僅かも動こうとしなかった。


「…………じっとしてろ、海王神だ」

「えっ!?」


 神様ってシャチを飼っているの?イルカじゃないの?あんな普通の人が、本当に神様なのだろうか。


「新鮮な反応だ」


 クスクス笑われてハッとする。頭を下げるものの、正しい礼の取り方が分からない。


「今更いいのに、さぁ顔を上げて?」


 優しい呼びかけに視線を上げると、シャチにじゃれつかれている神様が見えた。想像していたのと全然違う。ポセイドンみたいな、マッチョの人魚だと思ってたのに。


「妻は寝起きが悪くて。数日待たせると思うよ」

「…………は、はい?」


 二度寝で数日?その前に神様がパシリになっているけど、良いのだろうか。


「あの、何かお手伝いしましょうか?」


 つい言葉が滑り出た。けれど海王神は手を振って、泳げるようになりなさい、と苦笑をひとつ。シャチと沖へ泳いで行って、ついには見えなくなってしまった。


「あれが神様…………」

「瞳が黒いと神族だ。覚えておけよ、気性の荒い方もいる」


 頭を上げたフェルナンは、沖の海を見つめて、そのまま何も話さない。それがとても気不味く思えた。


「なんか思ってたのと違って、びっくり」


 星南は言葉を探した。少しでも多く話さなければと、焦る自分がいる。


「ほ、ほら神様ってもっと、偉そうなのかと思って。頭の後ろが光ってるとか。すごい物を持っているとか」

「…………なんだよ、それ」

「なんだよって言われても」


 神様に対する認識が違うらしい。先入観さえ共有できないなんて、本当に不便で仕方ない。


「フェルナンは、他の神様を知ってるの?」

「光の女神になら、ガキの頃会った」

「どんな人?」

「綺麗な方だ」

「それだけ!?」

「…………他に何が聞きたいんだ?」


 彼はこちらを向いた。眉間にシワができている。


「神様って、神人と同じような見た目なの?」

「人族の元が神族だぞ?頭が二つあるとか、そんな事はないからな?」


 頭二つって、モンスターだよ。じゃなきゃ悪魔に違いない。けれど星南は、神様を人型だと思っていなかった。水神は龍だし、海王神は半魚のポセイドンだ。


「創造の大神は?全て黒かったって習ったよ?」


 本当に人の姿をしていたのだろうか。かの神は、身体から五柱の神々を作っている。もしも人型だったら、かなりグロテスクな事になっているような…………


「エヴァに聞け、って言いたいとこだけど」


 フェルナンは一瞬視線を逸らして、また星南を見おろした。


「大神は水の女神を創造しては、いけなかったのかもしれない。これは俺の推測だけど、神話には一言も、大神の身体が五柱の神々になったと謳っていないんだ。その身が全て黒かったとも」


 創造神は此の世の元となる色をお創りになられ、大気に還られた。大神に関する神話はこの一文しか残っていない。そのあとの神代かみよの下りは、後々に作り足されたものなのだ。


 一体誰が、何のために作ったのだろう。


 神代の下りの信憑性はあやふやだと、フェルナンは水面を睨んだ。星南の嫌いな明るい光が、波と共に揺れている。


「どうして?神話ってそういうものじゃない?」

「水中には、大神の加護がねぇんだよ…………俺が今話した事は、陸で言うと縄墨じょうぼくに触れかねない」

「えっ!?」

「つまりだ。水中にいる限り、黒点が起こらないって事を証明できた」


 待ってそれじゃあ、フェルナンは今、サラッと命を懸けたわけ?


「なんでそんな事したの!?」

「勝てる自信があったんだ。さっきのシャチを思い出せ、何色だった?」

「白と…………」


 黒だ。黒は特別な色である。大神に繋がる事を示す色。この世界には、限りなく黒に近い色しか存在しない。漆黒を許されるのは大神の末裔、神族と神人に、限られた第二種族のみである。


「縄墨を犯せるって事は、大神の加護もない。それを水の神々と神人達は知っていて、今まで隠してたんだ」

「まって、よく分からない。それって問題だよね?」


 水の中でしか自由がないの?それとも、水の中が不便なのだろうか。女神の創造がいけない、というのも分からない。


 フェルナンは星南を見おろした。眉間にシワができている。それを指先でグリグリ伸ばしてやった。


「なにするの!」

「シワを作るな。俺は星南に分かると思って話していない。だから、一先ず聞いておけ」

「えぇっ!?」


 なんてヤツ。悔し紛れに睨んでいると、彼はまた水面を窺った。何か居るのだろうか?


「俺の考えだと、創造神は何もない状態で世界を作った筈だ。にも関わらず、女神ひとりに自身を材料にしたのか?もしかすると、大神自身も縄墨に触れて、カタチを失ったんじゃ…………」


 初めから縄墨があった?だったら何故、大神は自らそれに触れたのだろう?


「自殺したかった、って言いたいの?きっと違うよ。大神は本当に寂しくて、女神様を作ったのかもしれないよ?」

「だったら何故、大気に還ったと言われる?そもそも大神は、帰る場所があったのか?」

「うーん…………」


 大気って、空気という解釈で良いのかな?それとも飛躍して、宇宙も範囲に含まれるのだろうか。いくらファンタジー世界だからといっても、海が滝みたいに落ちているとは思えない。この世界は丸い筈だ。


「くっそ、分かんねぇ…………!」

「この間の石板は?何か書いてなかったの?」

「――――信憑性が低い」


 水面を見上げるフェルナンを見て、星南は理由に気が付いた。彼が見ているのは縄墨だ。このまま色々話されて、うっかり死なないとも限らない。簡単に命を懸けるなんて!


 胸に怒りが込み上げる。


 縄墨を犯せば、カラダは霧になるという。つまり即死だ。助ける事も出来ない。フェルナンに話をさせるのは危険行為だ。


「ねぇ、他を調査しに行こう?何か見つかるかもしれないよ?」

「…………お前を人目に晒せない。行ける場所には限りがあるぞ」


 エルネスの策が仇になった。人気の無い場所にしか行けない現状では、安全な所もあまりない。


「どこか、ないかな?」


 そう言った星南の前を、黒い小魚が過ぎていく。フェルナンがクワッと目を見開いた。


「どうなってんだ此処は!?」

「追いかけよう!!」


 差し出される手、それを迷わず掴んだ。小魚は猛スピードで逃げていく。


「私が一緒じゃ、追いつけないよ!」

「置いてくって選択肢はないぞ!足動かせ!!」

「でもっ!!」

「岩場に入った!捕獲する!!」

「えっ!どこの!?」


 探してみるものの、ゴツゴツした岩肌に魚はいない。


「そこの奥だ」


 言われた方を見てみると、灰色がかった珊瑚が一面に生えている。小魚一匹を探すには、少々厳しい状況だ。


「ね、ここから探すの?」

「対象が小さすぎて、感知じゃ…………いた!」

「えっ!?」


 フェルナンの執念が怖い。腰の辺りから長い針のような物を取り出し、彼はニヤリと口角に笑みを浮かべた。


「動くなよ星南」

「ハイッ!!」


 それで何をするかなんて、聞かなくても分かる。串刺しだ。ガツッと音を立てて、僅かな土煙が上がる。一緒に近寄ると、哀れな小魚は体を貫かれても逃げようと暴れていた。


まことなる色よ、魂に安らぎを与えたまえ』


 小さく唱えて、フェルナンは針を引き抜いた。そして、貫かれた小魚ごと水面に投げ飛ばす。祝福加工品のようで、途中から一気に加速していく。銀の軌跡は僅かな波紋を残し、眩しい水の境界を越えた。不鮮明な向こう側が一瞬、黒く陰ったように見える。


「…………黒点こくてんに変わったか」


 目を凝らしても何も見えない。血の黒くなる黒色こくしき病。それが発病すると黒点という状態になる。黒い霧になる事だ。


「さっきの魚は…………」

「おそらく死んだ」


 お互い言葉が出なくなる。水の中なら黒色病は発病しない。それを今、証明できたのだ。


「…………くっそ!!」


 けれど青石の国(アジュール)は鎖国している。海の水都だって閉ざされたままだ。蛇人さえ締め出す事のある海王神が、獣人族を受け入れるとは思えない。励ましの言葉は浮かばなかった。それでも黙っているのは、違う気がする。


「空気に触れると黒点になる。水の中には加護がない」


 星南は呟いた。言葉にすると、新しい何かに気が付くかもしれない。女神の愛した大神は、自分の創った世界を離れ、違う場所に還ったという。どこからか来たと、エヴァはそう言っていた。


「大神の還る場所は空じゃない?」


 どこからって何だろ?神様はどうして来たのだろう?そんな神様のいない日本――――地球で黒点なんて起こらない。もし似た事が起こるとしたら、それは宇宙かもしれない。


 フェルナンを見上げる。空の上に何があるのか聞いてみた。星々の世界。ファンタジーな回答だった。けれど星南には十分だ。確かにこの世界には、魔法に竜に神様とそんな要素がたくさんある。しかし、誰が日常をファンタジーと言うだろうか。普通に命が脅かされる毎日は、日本よりも余程シビアだ。


「創造の大神は、まだ還ってないのかもしれないよ!」


 確証はもちろんない。けれど辻褄は合う筈だ。大気に還ったと言うのは、それより先が見えないからだ。水の中から、境界の向こうがよく見えないように。


「大神がこの世界から居なくなれば、きっと黒点は起こらない。そう思うんだけど、どうかな!?」

「極論だけど、それは多分間違いじゃない」


 フェルナンの同意に、星南は笑みを浮かべた。


「どうにかして、創造神を追い出そう!!」

「どうにもなんねぇよ!!」


 鋭いツッコミをありがとう!やり方が分からないので、反論は次回だ。


「一歩前進なんだよ?発病が防げるって事は、子どもを殺さなくても済むんだよ?」

「それは分かってる。けどな星南、黒色病になる理由が分からない。水都暮らしは打開策でしかないんだ」


 フェルナンは溜息を吐こうとして噎せた。水都の結界内と言っても、陸よりずっと生きにくい。常に水に触れ続ける事が、体温と体力を奪うのだ。色術色の対価も割高であり、色を提供できる宿はない。


「宇宙に追い出せればいいのに」

「“うちゅー”?何だそれは?」


 翻訳されない事に確信が深まった。創造神は還っていない。何故か分からないけれど、大気に留まっているのだ。


「宇宙はね、空の上の事だよ。大気の外側全部がそうなの」

「…………星々の世界か」


 フェルナンは額を押さえた。彼女は大神を追い出すと言う。この世界を創造し、大気となって守り続けた最高神を。水から出したら、一瞬で黒点になりかねない。


 何故、誰も気付かなかった?


 異界育ちとはいえ、星南の中身は普通の少女。大気に留まるという可能性を、彼女以外の誰かも思い至った筈だ。光を透かして揺れる水面。透明な境界の向こうと此方では、生きるものの全てが違う。


「まさか!」


 星南を胸に抱き寄せる。体温は水のように低かった。


「空気を吸いに行く。何かあったら言え」

「えぇっ!」


 出ちゃダメだって言われてるのに。泳ぎ出したフェルナンに、星南は慌てた。


「フェルナン待って!苦しいの?水の外は危険だよ?ダメだって!ねぇフェルナン!!」


 なしのつぶてだ。それでも何度も呼びかけた。


「フェルナン、聞いてよフェルナン…………!待った、ストップ!結界がある、強い祝福の気配がするよ!!」

「くっそ、そういう事かッ!」


 浮上が止まる。ほっとした身体を、きつく抱きしめられて、星南は小さく呻いた。フェルナンは何かに気付いて、そして静かにキレたのだ。無言で睨む視線の先は、空気の世界、水の外。


「閉じ込められた!外に出さないつもりか!!」

青石の国(アジュール)の結界?」


 気を失いそうだった。それでも片腕を伸ばす。脳裏に見えたのは、青い髪に白い神装の男がひとり。褐色の肌を持つ、海王神だ。

 

 

 

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