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金色の花を探して  作者: 秀月
青石の国

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3-4:人魚

 共通語じゃない。


 これは神代古語だ。思念語オールを基にしたせいか難解で、今は色使いしか使わない文字。ダヴィドが石板を覗き込んで、眉をひそめた。


「…………何だこれは」

「面白いでしょう?」


 エルネスは、どうだと言わんばかりの笑顔だ。何が書いてあるのだろう。創造の大神に関する記録は少ない。時代が古いという以外に、姿を知る神も少ないからだ。大神は最期の五神に分かれて大気に帰っている。その五神は今や、二人と半分しか居ないのだ。


「私達は、光の女神がそうだと思っていましたが」

「この記録が事実なら、初めの神は水の女神か!」


 歴史的瞬間なのかもしれない。それを共有出来るほど、星南は神話に明るく無かった。


「あの…………大神は元々地上にいて、五人の神様になったんですよね?」

「ええ、そうですよ」


 エルネスが即座に答えてくれた。


「大神は広い世界を創造した為、地上で休まれる事になさったそうです。その時、水面に映る姿を見て神をひとり創られた」

「この石板にある文章だな」

「…………淋しくなったんですかね?」


 全世界貸し切りとか絶対にイヤだ。その気持ちなら分かる。


「寂しいかは分からんが、初めの神が水の女神の場合。その後に創られた神々よりも、強い力を有していた事は確かだ」

「これでまたひとつ、水の血筋が特別視される理由に繋がりましたね」

「そうなんですか?」

「神々すら避けて通る国は、青石の国(アジュール)ひとつです」

「エヴァの力は下手な神より上、という裏付けだ」

「全くもって嬉しくありませんが」


 ダヴィドは額を押さえた。頭痛いよね。エヴァのチートは今に始まった事じゃない。それが最上級と分かっただけだ。


「なんか神人って、不思議ですね」

「どうして?」


 噂をすれば、エヴァの声がした。部屋の中に光の輪が現れて、ドボンと飛び込んだみたいに泡が視界を白くする。水固有の移転回路は、水深が揃えば何処へでも行ける曖昧なもの。うわの空で聞いた事を思い出す。これからは、いきなり現れる現象に注意しなければならない。自由奔放に神出鬼没。エヴァってホントに厄介だ。


「どうしてって、神人はすごい力があるのに、歴史を習った限りだと…………」

「表舞台に出てこない事?」


 可愛い少年みたいな見た目でも、彼は生き字引のような年長者。聞ける事は聞いた方が為になる。


「だってねエヴァ。もし神人が世界征服とかしていたら、この世界は平和だったかもしれないよ?」

「そうだね。昔は神人も多かったし、第三種族までしか居なかったんだ」


 エヴァは苦笑して、どこか懐かしそうな表情をした。


「まるで神人を頂点とした大きな家だった。僕らには死が訪れない。だから植物みたいに同じ毎日を繰り返しても、その事に疑問すら感じなかった」


 日々は淡々と過ぎて、一日も千日も変わらぬ日常が巡る。時々火の神人や風の神人がちょっかいをかけに来たり、誰が誰を好きだとか、何処の山が豊作だとか。神人は基本的に病気も怪我もない身体。死ぬ事が無いのと同時に、生きる事も曖昧だったのだ。


 ――――第四種族が生まれて、まだ五百年も経っていない。


 それでも止まった日々に比べれば、目まぐるしい動きに感じたという。新たな種族は短命だった。


「僕らにとって、それは凄まじい衝撃だよ」


 獣人は、八十年生きればご長寿になる。多産で短命とあれば、残される悲しみばかりが増えるだけ。


「私の故郷では、みんなそれくらいの寿命だけれど…………」

「皆が皆、同じ寿命を持てば、誰も自分たちが短命だなんて思わない…………僕らは神の末裔で、獣人族は人族の先端に立つ。両極端の生は深い溝になったんだ。第四種族は神人を畏れ、同じ人とは認めない。数千年と続いた不変の日々は終わりに向かい、勝手に悟った神人達は大気に還る事を選んだ」


 それで神人は全体的に隠居になって、今から三百年前、第二種族を柱とする三つの国が出来たのだ。帝国と聖国、そしてこの青石の国。


「神人は、それで幸せなのかな。本当は獣人族とも、仲良くしたかったんだよね?」

「どうかな、忘れてしまったよ」

「どうして争うの?エヴァ達だって、もとの生活に帰りたいよね?」


 薬だなんて殺されたり、鎖国するのも良い事には思えない。開国は国の為になる。けれど病を広めるだけかもしれない。どうしたら良いのだろう。


「自分と違うものは怖いんだ。居るだけで、命が脅かされるのではと錯覚をする」

「そんなの、話せば分かり合えないの?」

「分かった頃に奴らは死ぬよ」

「…………そんな」


 彼には、変わる気が無いのだ。どちらかが歩み寄らねば、何時までも平行線になる。


「じゃあ神人はどうなるの?凄い事が出来るのに、その力を使わないで、見てるだけ?」

「そうだよ。干渉しない事が共存の道。僕らは人族ではなく、短命種族の心の支えとして存在する…………さて、この話は終わりにしようか。美味しい物を持って来たんだよ?」


 エヴァに石板を取り上げられる。それを流し読みして、彼は溜息をついた。


「君達はじっとしていられないの?こんなに散らかして」

「貴方にだけは、言われたくありませんね」


 憤然としたエルネスの様子に、ダヴィドが吹き出した。オレンジ色の髪みたいに明るい人だ。暗い水中に居ても、そこだけ昼間みたいに思える。


 …………大切な人を亡くしたって。


 人はまた、笑えるようになる。悲しさを忘れたからじゃない。日常に戻るのだ。嘆いても時間は止まらなくて、涙の数だけ自分が惨めになっていく。


「ねぇエヴァ?」


 隠す気も無くなったのか、真っ青な瞳がこちらを向いた。時間の止まったままの人。


「ご飯食べよう!」


 励まして帰りたい。鎖国の国の壁であるなら、この旅が終わった時に別れる事になる。何時までも悲しむのは、供養になんてならない。それくらいは恩を返そう。

 

 

 

 しかし困った。


 奥さんを亡くした悲しみとは、どれ程なのか。もちろん家族以上の筈だ。けれど正直、よく分からない。


 星南は誰かの真似をして、うーんと唸った。奥さんの専門家といえば、あの人だけど。ココには居ないし会いたくもない。だったらその息子はどうだろう?食後はいよいよやる事もなく、エヴァとダヴィドは部屋の隅でお話し中。フェルナンは石板を片付けに行っている。きっと一番暇人だ。


「エルネスさん、ちょっといいですか?」


 声をかけると、彼は石板片手にこちらを向いた。


「セザールさんの事なんですけど」


 名前だけで嫌そうだ。けれど近くに泳いで来てくれた。


「あの変態がどうしましたか?」

「…………うっ、あっ、愛妻家ですよね?」

「まぁ、そうですね」


 だったらやっぱり、エルネスさんが適任だ。星南は声をひそめた。


「好きな人に先立たれるって、どんな気持ちか分かります?」


 一瞬だけ怪訝な顔になる。その視線がエヴァを捉えて、どこか疲れた半眼になった。話しが早くて助かります。


「困りましたね」


 頼みの綱は彼だけだ。瞳で訴えていると、恋とか愛とか得意じゃないんです、と小さな弱音が聞こえる。


「おや、意外ですか?」

「だってエルネスさん優しいし、絶対モテますよね?」

「そうでしょうか…………優しいから好き、なんて言われた事はありませんが」


 この美貌だ。目が合うだけで恋に落ちてもおかしくない。深く関わらなければ、外面も上品で穏やかだし、声が何とも優しく聞こえる。


「エルネスさんは、そういうのエキスパートそうなのに」

「誤解ですよ、セーナ。私は愛とも恋とも無縁です。あの父を見て育ちましたからね」


 奥さん取っ替え引っ替えか。セザールさん、やっぱり役に立たないな!


「じゃあ、エルネスさんの回りはどうです?女の修羅場じゃないですか!?」

「…………私を、そんな目で見ていたんですね?」

「自信持って下さいよ!エルネスさん、イケメンの最上位なんですから!!」


 何故に励まさねばならないの!?


 理不尽だ。飛ぶ鳥だって見惚れて落ちそうな顔なのに、自信ないとかどんだけなの。


「…………そう言うセーナは、私の顔をあまり見てくれませんね?」

「だっ、だって!」

「だって、なんです?」


 あらぬ方向に飛び火した。直視はハイリスクとハイリターンのいずれかだ。気不味く視線を逸らすと、頬を包まれる。


「――――ほら、ちゃんと目を見て。私に理由を教えて下さい?」

「エ、エルネスさんは、綺麗すぎて困ります」


 白状したのに、彼は穏やかに微笑むだけだ。喉の奥がむずむずする。なんだか、とても恥ずかしい。


「エルネスさん見てると、凄く恥ずかしくなるんです!理由は分かりません!!」

「確かに真っ赤ですね」


 ニコニコ微笑んでから、スッと顔の距離が近くなる。黒い髪が動きに合わせて広がって、そんなところまで美しい。自覚なしとか、絶対嘘だ。


「何に興奮するんでしょうか?」


 言いがかりだ。こんな風に迫っておいて、普通で居られる筈がない。こっちはイケメンに免疫なんてありません!


「困ったものです」

「私も困ってます!手、放して下さい!!」

「何が良いのでしょうか?」


 更に顔が近くなる。吐息の掛かりそうな距離に、ひぃぃぃ、と情けない声が出た。エルネスはくすくす笑って、笑みを深めるばかりだ。顔が熱い。わざとだって分かってるのに、茶化す余裕が無くなってくる。


 まるで、心のどこかを崩されているようだ。その崩れ目から、彼は見えている距離以上に近く、中に入って来る。その感覚が恥ずかしい。


「エルネスさん、放して!」


 星南は目を閉じた。それでどうにか逃げようとした。心を奪われるかもしれない。それが何より怖くなる。


「私はあまり、この顔が好きではありませんが」


 苦笑混じりの声がした。頬を包んだ手が離れ、頭をふわりと撫でられる。エルネスさんはやっぱり、優しい。この手つきとか、性懲りもなくそう思う。顔色を窺うと、瞳が逸らされたところだった。


 傷付けた、かもしれない。


 …………それでもだ。


「贅沢です。生まれもった容姿は変えられません」

「その通りです、セーナ。変わらないから、好きになる機会もありませんね」

「またそんな、ヘリクツを…………」


 聞こうとした話は、すっかり別物になっていた。経験豊富そうなのにケチっ!逃がした魚はデカい上に猛毒だ。上手く調理出来ないと、恐ろしい返り討ちに遭う。


 あの人に迫られて落ちないなんて、他に好きな人が居なければ無理な相談だ。それこそ正に、妻への愛!?


「チビ助、暇ならこっちを手伝え」

「セーナは犬より泳ぎが下手ですよ、じっとしていた方が助かります」


 代打はもはやフェルナンだけだ。


 あの怒りん坊に夫婦愛が分かるのかは怪しいけれど、一応歳上。星南が手足をばたつかせて泳ごうとすると、起き上がれない甲虫か、と難癖を付けられた。


「こうやって泳ぐって、知ってるんですからね!」

「膝伸ばせ、爪先立てるな、姿勢も悪い!」

「フェル、そのまま泳ぎを教えて下さい」


 石板を抱えて、エルネスがさっさと部屋を出て行く。肩が震えていたけれど、何か面白い事でもあったのだろうか。


「じゃあ、僕らも邪魔はしないでおこうかな」

「頑張れよフェルナン」

「ちょっ、ちょっと待てって!」


 エヴァとダヴィドも笑いを堪えた表情だ。部屋にフェルナンと残されて、星南は水をかいた。進まない。頭の中で、緑のアマガエルをイメージする。真似しているのに、一向に進まないのは何故なのか。すーいすいって、世の人々は簡単そうにしてたのに!


「その泳ぎ方、マジでやめろ!」


 フェルナンはしかめっ面だ。この世界には平泳ぎが無いのだろうか?


「だってこれしか知らないもん!」

「別のを教えてやる!それはヤメ…………ッ」


 とうとうフェルナンが吹き出した。


「やっ、やめろって!その泳ぎ方っ!!」

「なんで笑うの!?」


 爆笑だった。ちょっと待てと制止されたが、文句を言いに近寄りたい!こっちは真面目なのにあんまりだ。カエルに出来て、私に出来ない筈がない!!


「フェルナンのバカっ!真剣なのに!!」

「悪いと思ってる!」


 手首を掴まれた。そのまま引き寄せられて、抱きしめられる。


「悪いと思ってるから、やめろって言ったんだ。話をき…………クッ!」

「私、もう泳いでないよ!?」


 思い出して笑うなんて、ホントにひどい。


「平泳ぎって言うんです!上手くなったら、もっと優雅に泳げるんだから!!」

「ガニ股で優雅もクソもあるかよ!これ以上笑わせるな、腹()るだろう!?」

「がに股じゃないよ!カエルだよ!!」

「ガニ股だろ!?カエルは内股だ!」


 そうだったの!?黙った星南に、フェルナンは苦虫を嚙み潰したような渋面を向けた。


「高露出の神装で、今の泳ぎをやれるのか?腰から下が全部見えるぞ」

「違う泳ぎを教えてクダサイ」


 いつか人魚になってやる!

 

 

 

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