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金色の花を探して  作者: 秀月
ルーク=ドラフェルーン帝国

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2-26:本能

 エヴァは屋根から屋根へと飛んで行く。


「戻ろうよ!」


 星南は涙目で叫んだ。しかし彼は明るく笑うだけ。カサリと音を立てて着地した草葺くさぶき屋根から、軽く二軒は飛び越えていく。とても人の足とは思えない。


「フェルナンが怒ってるって!」


 担がれたままの星南は、叫んだ。


「エヴァったら!!」


 ぺしぺし背中を叩く。けれど返事は、危ないよ、と呑気なものだ。風に煽られ、赤いフードが視界を隠す。いった何処まで行くのだろう。


「エヴァっ!」

「聞こえてる」

「聞いてないでしょう!?」

「んー?」


 空中で半身を捻り、彼は後ろを振り返る。フェルナンはとっくの昔に見えない距離だ。賑わいからも随分離れ、建物だって少なくなった。


「残念、聞いてないかもね~?」

「やっぱり聞こえてないじゃん!!」


 聞いてないのは、聞こえていないのと変わらない。星南はじたばた暴れた。けれど動かせるのは腕だけだ。両足はガッチリ抱えられている。着地の度に息が詰まって、痛いし吐きそう。それでもめげずに抗議した。


「話を聞いて!!」

「聞いてもいいよ?」

「ちょっと、止まって!」

「はい、ちょっと!」


 着地の瞬間、確かに止まる。ちょっと過ぎてどうにも出来ない。


「意地悪!エヴァの意地悪!!」


 あははと、楽し気に笑う声。全然笑い事じゃない。それにちっとも楽しくもない。


「入隊式って何処!?道が絶対違ってるって!」

「そうかなあ?」


 ぽすんと屋根に降り立って、やっとエヴァの足が止まった。三階建ての並ぶ中心街を離れ、今は平屋の家がちらほら見える。明らかに郊外だ。それでも球根山ビュルブまでは遠く、陽光を遮るものはない。


うるさいダヴィドとエルが不在なのって、チャンスなんだよ。入隊式に行ったら会っちゃうし。もしかして、見たかったの?」

「…………どうでもいいです」


 星南は呆れた。きっと何時もの悪ふざけだ。それと気付かず、乗ってしまった。フェルナンの大目玉は確定だ。


 ある意味帰りたくない。


 肩から降ろされると、その現実にげんなりとする。しかも自業自得だ。言い訳も浮かばない。


「ねえ早く帰ろう?後が怖いよ…………」

「心配?」


 当たり前だ。星南は元凶をめ付けた。


「…………私はエヴァが心配だよ!フェルナンに凄く怒られるから!見つかったら、ダヴィドさんとエルネスさんにも、怒られるから!!」

「じゃあ、かばってくれる?」

「えっ!?」


 彼はニコニコ笑うばかりだ。からかってる?それとも試してる?一瞬迷って、口を開いた。


「庇ってあげる!だから今すぐ帰りましょう!!」


 真剣に言ったのに、また笑われる。面白い事は言ってない。ムスッと拗ねるとフードの頭を撫でられた。生地が下がって前が見えない。


「星南は良い子だね」

「…………それはどうも」


 うつむくと足元が見える。踏みしめる干し草の屋根。茅葺かやぶきみたいだ。それがどこか懐かしい。


「本当に僕を、庇ってくれる?」


 エヴァは信じていないらしい。仲間を売る奴だなんて、思われてたら心外だ。


「庇わないと思うの?」

「庇う要素が無いでしょう?」


 星南は屋根をじっと見た。つまりだ。彼は出来ないと分かって、言っている。


「あのね!要素がどうとか、関係無いよ?私が庇うって言うのは、そういうのとは、全然関係無いからね!!」


 グイっと顔を振り上げた。エヴァの手は頭を押さえたままである。やっぱり前が見えない。ローブの赤だ。


「エヴァ!」

「聞こえているよ」

「前が見えない!」

「見なくていいよ」

「え?」


 どういう事だろう。そう思った時、一瞬、意識が遠のいた。ふらつく身体を抱きしめられて、もう一度意識が曖昧になる。


 祝福だ。


 祝福の力を使っているんだ。グッと奥歯を噛み締める。負けるもんか。白飾銀はくしょくぎんの首飾りには、その影響から守る力が…………ある筈だった。けれどエヴァの祝福には、効き目がイマイチの欠陥品だ。


「僕はね。君が思うよりも、ずっと悪い奴なんだ。だから、庇うのは難しいかもしれないよ」


 声が遠くに聞こえる。


 ――――エヴァ。


 星南は手を伸ばした。けれどそこには誰も居なくて、薄っすら開いた瞳に青空が見える。


 彼は帰る気など無かったのだ。足元に小さく見える黒い髪。ひらひら手を振るエヴァが居た。昇っていく移転回路に、抵抗のすべはない。


 何時もこうだ。


 肝心な事を教えて貰えない。せっかく仲良くなれたのに、そう思っているのは自分だけ。そんなの嫌だ。ちゃんと庇ってあげる。どんなに微力でも、出まかせなんかじゃないのに。


 どうして一人で、やろうとするの?


 だったらどうして連れて来たの。中途半端に追い返されたら余計に辛い。なんで分からないの!


 悔しい、と思った。


 されるだけ。与えられるだけなんて、子どもじゃないか。そんなの悔しい!今は、何も出来ない訳じゃない。小さな事でも、少しは誰かの役に立つ。


 一方的に子ども扱いするなんて、酷いよ!!


 その声は届かなかった。

 

 

 

 移転回路を閉じると、エヴァから表情が消えた。釣れた刺客に興味はないが…………何人居ても、生きて帰す気なんて始めからない。


 背中でローブがはためいている。サフィールの青。高潔の色は皮肉な事に、人を殺める事が許された証だ。


「蛇人じゃなくて、悪かったね」


 エヴァは薄く微笑んだ。フェルナンは恐らく気付いていたのだろう。剣で殺せと釘を刺したくらいだ。それで必死に追って来た。星南は確かにおとりになった。お陰で一網打尽だ。早く手を打てば良いのに、金糸雀(カナリ)のメンバーは彼女に甘い。


 所詮は事務方、太刀筋だって綺麗なものだ。進んで荒事を始めたくも無いだろう。


「かかっておいでよ。早くしないと、凍死しちゃうよ?」


 いちいち剣なんて面倒だ。だから気温を下げている。雪が氷る程度までだが、それが星南の負担になった。だから早く戻りたい。


 あの子は、庇うと言っていた。


 思い出して面白くなる。どうすると言うのだろうね。討伐ギルドの規則は厳しく、命令違反は重罰だ。自分には課されないと、知っているから好きに過ごして居るけれど。それはそれで、ダヴィドの思うつぼだった。


 現に、刺客の整理中。


 やっぱり多少は抜けていて、手の上で転がる方が扱いやすい。そう思い耽っていると、保護の祝福が何かを弾く。毒の塗られた短剣だった。


「神人に飛び道具?ちょっとは頭を使おうよ」


 あっという間に老いて死ぬ、第四種族の獣人族。その集団の(かしら)を殺されたくらいで、何時までも付きまとうから寿命を減らす。短命ならば短命らしく、目立たず静かにすればいいものを。


「出来ないなら、仕方ないよね?」


 濃紺の鞘から、スラリと白銀の刀身を引き抜いた。空間祝福は閉じている。誰も何処にも逃げられない。


「凍死がお望み?それとも僕に切られたい?選ばせてあげるよ。君たちのかたきはココだよ!」


 青い瞳に酷薄な影が射した。

 

 

 

 フェルナンが追うのを止めたのは、エヴァが郊外に向かったからだ。人気の無い場所として、昨夜教えた方角。もちろん入隊式などしていない。


「ふざけるなよ、あの化石!」


 悪態が零れた。神人は集団行動に不向きだ。自分のやりたい事が優先で、周りの都合を気にしない。こうなったら拠点に戻るしかないだろう。二人が帰るとしたら、そこだからだ。


 仕事を増やすなって、もっと言い聞かせるべきだった。二人一組の言い訳に、星南を拐ったに違いない。黒髪を晒せば囮なんて不要の筈だ。つい舌打ちが出る。それに溜息を交じらせて、裏道を引き返した。


「…………くっそ」


 イライラする。言う事を聞かないエヴァと、楽しそうに逃げて行く星南。


 なんで信用するんだ。


 その要素が何処にある。眉間にシワをよせていると、ピリッと右手の甲まで痛んだ。力任せに手袋を引き抜けば、そこには青い模様がひとつ。


 君にあげると軽い調子で言ったエヴァに、昨夜付けられた祝福痕(カプリス)だ。


 用途は不明。色術式にするには、見合った創造の言葉と、神代古語による色名がいる。つまり現状、痛む上に使い物にもならない。


「勝手に付けやがって」


 それをしかめっ面で見ていると、人の気配が頭上に増えた。見上げたフェルナンに影が射し、赤いローブがふわりと広がる。


 ――――星南!?


 流石にぎょっとした。慌てて両手で抱き止める。身体がくたりと弛緩した。フードのズレた顔を覗き込むと、青褪めてぐったりしている。


 エヴァの祝福にてられたのだ。


 アイツはそれを知っているのに。


 平気で何度もその仕打ち。信用してんじゃねぇよ。そう思って、更にイライラが募った。


「頭使えよ、チビ助――――!」


 どうして危機感が無いんだ。見ている方の胆が冷えるとか、嫌がらせか。ともかく目が覚めたら説教だ。一度くらいは、泣くまで叱った方がいい。


「…………って、誰がやるんだ!?」


 フェルナンは、はたと気が付いた。エルネスは絶対にしない。だからといってダヴィドにさせたら、最悪、変な性癖に目覚めかねない。エヴァは勿論、論外だ。自分が叱り飛ばしても、九割方、怖さの方で泣かれて終わる。


「…………」


 どうしたらいい。一体、何時まで心配しなきゃならないんだ。


「早く起きろよ…………」


 意識のない星南には、生気が感じられない。死んだように大人しい。神人は神族の末端故に、思念体の性質を持つ。身体は思念の投影なのだ。それでも確かに重みがあって、呼吸に胸は上下する。


 どうしてこれが、神人なんだ。


 そう思ってハッとした。子どもは親を選べない。それを言ったのは自分自身だ。


 親なんて、生まれた後は他人と同じ。誰が育てるかの違いくらいだ。けれどその違いで、星南は神人らしくない危うい存在になっていた。


 右手の甲がピリッと痛む。


 嫌な予感に顔を上げると、頭上にエヴァが現れる。血の香りを纏いながら、ただいま、と彼は微笑んだ。


 やっぱり止めだ。星南は今のままでいい。


「変な場所にいるね?宿だと思ったのに」

「宿じゃなくて良かっただろう!?なんだその血まみれは!」

「あはは、返り血浴びる失敗を、ちょっとね」


 ちょっと。


 フェルナンは静かにキレた。したたる量がちょっとのものか。エヴァを睨むと、目線が怖いと茶化される。そんな姿で戻るくらいだ。


 星南は早々目覚めない。


 細い身体を抱きしめるよう片腕を上げ、顔を近くに素早く寄せる。白くて血の気のない肌は、死人のようだ。顔を背けると自身の指に耳飾りが触れた。そのままパチンと音を鳴らす。


『地底の闇の暗き色 冷えたその身は美しく 内なる熱に 光を探す べる音に燃え上がれ――――無煙の炭色(アントラシット)


 色術式はすぐさま発動し、狭い裏道に影の炎が燃え上がる。エヴァが珍しそうに眺めた。


すみの色術式?」

思念語オールは燃えが悪いんだ。ちょっと黙ってろ」

「はいはい」


 彼は肩を竦めた。大人しくて何よりだ。


『闇の青 花の色を冠する者よ 血脈をつぎし春の緑が 対価を持って音を届ける』


 そこまで言って、吐き気にうめく。この術式は対価が多い。それでも、個人で出来ない訳じゃない。


『――――熱持ち 色を結べ!』


 吐き捨てるように言いきった。自分を対価にしたのは初めてだ。暑いのか寒いのかも分からない。そんなレベルの貧血だった。立ち眩みに膝をつく。腕の星南は眠ったままだ。これ以上負担は掛けられない。


「無茶するなあ。通信回路くらい、僕が開くのに」

「祝福を使うな」

「…………分かっているよ」


 エヴァが道に座り込む。ピシャリと濡れた音がした。どうやったら、あんな状態になるんだろうか。視線で訴えると、彼は困った顔をした。


「反省はしてるんだよ、これでも」

『どうしたんです、フェル』


 その場にエルネスの声が響いた。エヴァが、僕が血まみれで星南が意識不明、と大惨事のような報告をする。


『やったんですか貴方…………』

「綺麗さっぱりね。首を取れたヤツが、次の頭なんだって。迷惑な連中だよ」

『なるほど。すぐに馬車で向かいます』


 プツンと術式が切れた。フェルナンが疲労の深い溜息を吐く。自分から色が抜け過ぎていて、欲求不満にすらならない。それはそれで幸いなのだが、エヴァからする血臭にも酔いそうだった。


「嫌な顔色だよ、フェル。色が無さすぎる」

「うるさい」

「死にたいの?星南が泣くよ?」

「…………黙ってろ」


 そう言って下げた視線の先は、腕の中。無意識にゴクリと喉が鳴る。


 まずい。


 彼女がとても、美味そうなものに思えた。水の神人。清き水。それは飢えを満たせる何かで、腹を満たせる何かだ。愕然とする。これは人に向ける感情じゃない。


 本能なんて生易しい言葉で表すものじゃない。

 

 

 

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