表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
金色の花を探して  作者: 秀月
ルーク=ドラフェルーン帝国

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

56/93

2-25:入隊式

 フェルナンは軽く手を振って、そのまま天蓋から出て行った。


 音無く燃える影の炎。そして何も聞こえない。けれど隣では話し合いをしている筈だ。叫ぶと絶対邪魔になる。


 きっと、このまま寝ても問題は無いのだろう。


 諦めて横になると、綺麗なオレンジ色の髪を掻き上げるダヴィドの姿が思い浮かんだ。


 皇帝の弟って一体。


 はっきり言って、どういう風に偉いのかすら分からない。なんでそれが仕返しなのか。


「私に?」


 ごろんと寝返りをうつ。蜃気楼しんきろうみたいに揺らめいて、炎は音なく燃えている。やっぱり嫌がらせなのかな、と星南は目を閉じた。


 どうしたら仲良くなれるんだろう。フェルナンは何が嫌だったのかな…………

 

 

 

 賑やかな声と黄色い悲鳴が頭に響く。あとはラッパのけたたましい音だ。うるさいなと思って、星南は目を開けた。


 部屋はすっかり明るくて、お日様の位置も随分高い。昨夜はあっという間に眠ったようだ。色術式の炎は消えていて、天蓋を開けてみると珍しく誰も居なかった。


 祝福内なのだろう。


 神人の祝福には個人差があり、エヴァの祝福は球体らしい。だからこの部屋は最上階で、下の部屋も貸し切りだ。バリアみたいなものだと思っているけど、目に見えないので分からない。


 依然としてこの世界は、分からないことだらけだ。


 そして細かく気にしていると、埒が明かない。普段お世話になっている空間祝福くらいは、ちゃんと聞いた方が良いのかな。そう思うものの、いずれ出来るようになると言われて、終わる気がする。


 しっかりしないと。


 自分しか自分の事は分からない。パシンと頬を叩いて活をいれ、室内履きに足を入れる。


「はぁ…………」


 朝から幸先さいさきが悪く、溜息が零れた。だからといって、何から学べば良いのやら。既に色々教わっているのに、知らない事が山とある。人間やる事が多いと、意外とやる気が出ないのだ。


 そしてこの、真夏の気温。


 季節はきっと冬なのに、カンカン照りのプール日和だ。ぐったりしている星南の耳に、一際ひときわ大きな歓声がした。窓の外が憂鬱だ。


 お祭りでもしているのだろうか。


 そっと窓辺に近付くと、見えたのはパレードだった。隊列を組んで歩く白いローブの男性達。しかもガタイの良い人ばかり。そこにフラワーシャワーが降り注ぐ。


 よくよく見ると、下の階からエヴァがバンバン花弁を投げていた。髪の色も目の色も、隠す気なんて皆無のようだ。自由でいいなと思うけれど、ああなってはいけない気もする。


 それにしても、何のパレード?


 こっそり観察していると、一人が大きく手を振った。めくれ上がるローブの下は、きらめく銀糸に濃紺の袖。


 どう見ても、討伐ギルドの制服だ。


 球根山ビュルブ地区ゴダンは神聖な土地。火山の女神に愛された、こごえを知らぬ豊かな地域。他に覚えた事はあっただろうか。ひとり唸っていると、部屋の扉がノックに鳴った。食事のトレーを持ったフェルナンだ。


「お、おはようございます!」

「おはよ、ホントよく寝てたな」

「…………誰かのお陰で、ぐっすりと!」


 ムッとして言い返すと、トレーを置いた彼は振り返ってニコリと笑う。


「誰、が、履いたままだった室内履きを脱がせたと?だ、れ、が、お前に毛布を掛けたんだ?そう言えば何か寝言を」

「言わないでーっ!!」


 フンッと鼻で笑われる。


 悔しい。口でも勝てない!


「さっさと食え」

「…………はい」


 くそう金糸雀(カナリ)のママめ。あっさり寝入った自分が恨めしい。確かに靴を脱いだ記憶がないし、何か掛けた覚えもない。


 悶々としながら机に行くと、フェルナンは椅子を引いてくれる。髪くらいとかせと言われて、まだ顔も洗っていないと白状したら、怒られた。申し開きも出来ない。


 彼は面倒見が良いのだ。


 それが余計に悔しくてたまらない。ダメなところを指摘されると、ありがたいのに素直になれない。癇癪かんしゃくはダメだ。私は大人。大人の対応をしなくては。


「あの、ご飯、ありがとう」


 ぎこちなくお礼を言うと、ぐしゃっと髪を混ぜられた。


「何時までも、やってもらおうなんて思うなよ」


 見上げた表情は、やっぱり不機嫌そうだった。

 

 

 

 何とか身支度を終えて扉を開く。廊下に居たのはフェルナンの他にエヴァだった。彼は例によって、怪しげな軟膏で頬の祝福印(メモワール)を隠している。


「おはよう、星南!パレードは見た?」


 肯定すると、八十四人だったね、と楽しそうに言われた。出だしから数えていたらしい。暇人め。


「あれは今年の新人達だ。今日はその入隊式で、朝からこんなに騒がしい」

「ゴダンに分団ってあった?」


 星南が問うとフェルナンは、無いな、と意外そうな顔をした。


「分団の場所を覚えてるのか?」

「大体は」


 あまり自信は無いけれど、帝国内に五ヵ所、聖国内には四ヵ所だ。他に青国配備という分団が帝国内にある。でもローブが真っ白だった。そんな色は知らない。


「白ってなんのランクなの?」


 聞くとフェルナンは腰に下げるつるぎに触れた。濃紺の美しい鞘は、小さいながらも宝石が付いている。それは二の剣という特別なもので、結構重い。


「単純にアイツらは新人で、これからランクの祝福を受けるから白いんだ」


 ギルドのランクは前衛の剣士、後衛の色使い、支援の薬草師に色分けされる。それは事務職でも研究職でも同じだそうだ。


 この世界の事務職は戦わねばならない。


 ダヴィドのせいで、星南の認識はややズレた。


(サフィール)は二の剣、(エメロード)には銀管飾ぎんかんしょく(リュビ)額冠サークレットを守護神人から戴く。その儀式は此処でしか出来ないし、その時、ローブの色もランク別に祝福で染められる。正規の道で入隊した者だけが、この栄誉によくする事が出来るんだ」

「フェルは裏口だったの?でも、見世物にはなりたくないよねぇ」


 エヴァはうんうんと一人納得して、あれっと首を傾げた。


球根山ビュルブに住まう神人って、色なんか扱えたっけ?ねえ星南、帝国の守護神人について、何処まで習ったの?」


 まさかの指名に頬を掻く。守護神人は属する国を決めた神人の事で、国籍を持っている。他に何かあったっけ?


「帝国の神人長は、ローリエさん?」


 思い付いた名前を口にすると、フェルナンに溜息を頂戴した。違ったらしい。


月桂樹(ローリエ)の君は風の神人長で、総代だけど守護神人じゃない」

「そっかぁー。昔と同じなら、帝国の守護神人は全員、火の血筋だね」


 星南よりよほど詳しいエヴァは、守護神人は皇家に従順、と苦笑する。フェルナンがそれに頷いて、なんだ、とエヴァは興味を無くしたようだった。


「これも昔と変わらないんだ。帝国は上手く回していると思うけど、見事に変わらないんだね」

「寿命がありすぎて、変化がねぇんだよ」


 政治の話は、なんとなくスルーしてきた自覚があった。だってつまらなそうだし。星南はフェルナンを見上げる。私には選挙権がない。その前に国籍もないのだけれど。永住予定の国の事くらい、知らないと困る。


「あの、皇帝と仲良しなのが守護神人で、そうじゃない神人がローリエさん?」


 二色の瞳がこちらを向いた。幸い機嫌は悪くない。


「各王家の持つ土地に、守護神人って永住の神人がいる。そいつらは環境が保たれればそれでいいし、空気みたいに存在感もない。言ってみれば人畜無害で、生活を乱す輩には有害だ。逆に。自分の好きなところに住んでいる神人は、選挙権と一緒に課税対象。他の種族と一緒で、優遇措置はない」


 世知辛い世の中だ。神の末裔といえども、働かざるもの食うべからずは同じらしい。けれど、一般人に混じって働く事も可能という事だ。なんだか少し希望が持てた。


「ねぇフェル、僕、入隊式を見てみたい!」


 エヴァがフェルナンを見上げた。きゅっと片袖を掴まれた彼は、俺達は待機だろ、と青筋を浮かべる。エヴァのおもりって大変そうだ。好奇心の塊だし、一度言い始めたら聞かない。


「今日しか見れないんでしょ?じゃあ、此処で待機しなくてもいいよね?」

「どういう理屈だよ!?」

「あの白いローブを、ランク別に祝福で染めるんでしょう?水の神人にはそういう事出来ないから、見てみたい!星南も見たいよね?僕と一緒に見に行こうよ!」


 ぐいぐい星南を引っ張り出したエヴァを放置するわけに行かず、フェルナンは命令違反にげんなりとした。


 誰か、この神人を罰してくれ。


 そして今日も頭が痛い。

 

 

 

 ゴダンの街は浮きたっていた。


 出店も多いし、露店も多い。道端で歌う人や踊る人。溢れる人々の間を縫って、エヴァはどんどん進んで行く。脱げないようにフードを押さえて、星南はエヴァを引っ張った。


「ねぇ、大丈夫なの?」

「目的地にはダヴィドも居るし、大丈夫だよ」

「全然、大丈夫じゃねぇよ!」


 フェルナンにガシッと頭を掴まれる。


「なんで私!?」

「声出すな」


 星南が不満顔で見上げると、ずいっと顔が近くなる。緑と黄色、二色の瞳は安定のお怒りモードだ。


「神人の女だったら、即騎士団に引き渡される。そのまま皇帝の後宮だ。蛇人の女だと丁度、この辺の娼館に高く売れるな」

「ボク男です!」

「喋るなって言ってんだろう!?」

「フェル、そんなに怒らなくても」

「誰のせいだと思ってんだ!」


 エヴァはフードの奥で苦笑した。


「信用ないな。ちゃんと僕が守るから」

「言っておくけどな…………」


 グイっとフェルナンに引き寄せられて、エヴァと一緒にたたらを踏んだ。道端でくっ付く(サフィール)(リュビ)。しかも二人は背が低い。


「後輩かい剣士様?」

「坊やたちは見習いだろう?仲いいねぇ」

(リュビ)ってなるの難しいんだろう?小さいのに偉いな」


 あっという間に輪が出来た。


 この真夏日の下、ローブにフードは目立つのだ。しかも生地の良さでも一線を画す。帝国内でギルドと言えば、良いとこ育ち、という印象だ。勿論星南はそれを知らない。


 だからフェルナンが接客スマイルなのを、不思議な顔で見上げた。彼のそれは、機嫌が悪い時の危ない顔だ。どうして誰も気付かないのだろう。だんだん青くなる星南の肩を抱き寄せて、彼は恐ろしい事を言い出した。


「小さくても優秀です。私も随分、助けられました」


 その話し方に鳥肌が立つ。なんか丁寧語しゃべってる!爪の垢程も優秀なんて思ってないのに。しかも、助けた事だって無い。


「なかなか気も利いて――――」


 ヤメテーッ!


 内心で悲鳴を上げる。これ以上褒め殺しにされたら、本当に死んでしまいそうだ。心が。


「式典、始まっちゃうよ~?」


 そしてエヴァはフリーダム。今は大人しく黙っていて。星南の肩は掴まれたままだ。逃げるに逃げられない。


「急いでおりますので、失礼いたしますね」


 キラキラ微笑むフェルナンに、観衆から溜息が洩れる。それは見惚れるなんてての外の、黒い笑顔だ。もう悪い予感しかしてこない。


「またね、ご婦人方!」


 エヴァの口を塞ぎたい。話してはいけないのって、私じゃなくてエヴァだと思う。これ以上不機嫌にさせたら大変だ。ぎゅっと肩に指が食い込む。


 痛い、痛いよフェルナン!


 私は全然、悪くないのに!!


 数歩先に進んだエヴァに、フェルナンの腕が素早く伸びる。容赦無く頭を掴んだ彼は、地を這うような低音で言う。


「殺しても罪にならないのは、二の剣で切った時だけだ」

「分かった分かったー」


 この三人って組み合わせ悪いんじゃ…………


 今すぐ宿屋に戻りたい。


「入隊式楽しみだね!特等席って無いの?」


 空気を読んでエヴァ!フェルナンが凄く怒ってるから。


「無さそうだね?じゃあ、早く行かないと!」


 エヴァは星南の腕を引いた。悪戯っぽい笑顔で屈んだ姿が一瞬見えて、そのまま肩に担がれる。


「星南は貰った!」

「エヴァおろして!!」

「やめろ馬鹿!目立つだろ!?」

「悔しかったら、捕まえてごらん?」


 追い討ちの如く煽って、エヴァは人混みを走り出す。あはは、と笑う声は楽しそうだけれど、追って来るフェルナンは鬼の形相だ。


「エヴァ急いで!エヴァ急いで!!」

「任せてー!」

「星南!お前どっちの味方だ!?」


 つい本音が洩れてしまった。こうなったら捕まるとマズイ。


「裏道は!?追い付かれるよ!」


 キュッと方向を転換し、細い裏道に滑り込む。エヴァは息切れしながら、まだ笑っていた。


「たっ、楽しっ、過ぎるっ!」

「ヤバイ!フェルナンなんか唱えてる!!」

『この手に寄りて 悪しきを祓え――――木蔦の緑(リエール)!!』


 光の筋が伸びて来て、それは瞬く間につたへと変わる。


「うわっ!フェル、ズルい!!」


 締め上げられたエヴァが叫んだ。星南はサーッと青褪めて、頭を抱える。ママが魔王になってしまった!


「お前ら、覚悟は出来てんだろうな」

「えーっと、確かこの辺に」


 エヴァは自由な片手で脇腹辺りを押さえ、あった、と明るい声を上げた。


「そう簡単には捕まらないよ?勿忘草の青(ミヨゾティス)!」

「なっ!?」


 視界を青白い光が焼き尽くす。あっという間に色術式が分解し、エヴァは自由になった。そのまま重力を無視した跳躍で、軽く二階の屋根に飛び上がる。


「僕を捕まえようなんて、千年早いよ!」

「降りて来いエヴァ!!」

「さーて、入隊式はどっちかな?」


 星南を肩に担ぎ上げ、彼は楽しくて堪らなそうな声音で言った。


 味方に付く方間違えた。


 こんな状態でダヴィドさんに会ったら、流石に怒られる。宿屋に帰りたい。入隊式なんて、もうどうでもいいよ!

 

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ