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金色の花を探して  作者: 秀月
ルーク=ドラフェルーン帝国

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2-24:鎮火

「僕は構わないよ」


 頷くエヴァを見て、情報の開示についてでしょうか、と聖王黄水仙(ジョンキーユ)の君が首を傾げる。


「残念ながら別件です」


 ダヴィドは諭すように笑いかけた。


「貴方は国を守りたい。だからエヴァの要求に答えたい。違いますか?」


 眉を寄せる聖王サマ。彼は星南の近くに立っているので、表情がよく見えた。どうやら困っているようだ。


「聖国を守る為に必要なのは、蛇人の駆除だけではありますまい?」


 ダヴィドは机から問いかける。笑顔なのに言い返せない迫力が満点だ。思わずエルネスのローブを引くと、サラリと髪を撫でられた。これは、交渉を持ち掛けている場面なのだろうか。既に、ダヴィドさんが面接官にしか見えない。


「ネルベンレートの王家は、守護神人である貴方をないがしろにしている。違いますか?」

「…………そ、それは」

「愚かな事です。国のあるじは王家では無いでしょう」

「――――それはっ」

「最後の一人と、耐える価値などありますか?」


 どういう事だろう。


 聖ネルベンレート王国は、火の神人を神と崇める宗教国家。多くの神人が住んでいると、習ったばかりだ。なのに最後の一人?


 他の神人は、既に居ないという事だ。


「私達は…………青石の国(アジュール)侵略を止められなかったのです」


 聖王は青ざめていた。エリゼ、とたしなめるエヴァに、彼は首を振る。


「ネルベンレートの神人は、私一人しか残っていません。それは、いずれ知られる事です」


 この人はきっと、交渉には向かない人だ。星南は気の毒になってダヴィドを見た。彼は余裕の笑顔である。攻撃の手を緩める気など無いだろう。


「獣人族は短命です。さとしても、分かった頃に死んでしまう。それの繰り返しでは、また同じ愚を犯すでしょう」

「では、貴方はどうしたいのです?ネルベンレートが水底に沈めば、憂いも晴れるのでは?」

「っ違います!」


 くだらない、とダヴィドが笑う。普段の彼は優しくて、面白い話を聞かせてくれる。なのに今はとても冷たい。面接官だった雰囲気は、裁判官に進化を遂げた。不興など買ったら、死刑にされそうだ。


「違うのです、フー・ダヴィド!私は自分の意思で残っています。彼らには、導き手が必要です」

「存じておりますとも。国民は、王家よりも神人を重んじる」


 だから、王家は聖王サマを軽んじる?


 それは国としてどうなのか。


「神人はまつりごとを嫌います。ですが私は、不変であるからこそ、関わるべきと思うのです」


 つまりだ。神人が政治に口を出したから、王家との関係が悪い。国民は神人の味方という、一方通行の構図ができる。


「それで、王家の権威は地に落ちましたか?黄水仙(ジョンキーユ)の君、貴方はやり方を間違えたのです」

「それでもです!聖国の神人は私だけ。大気に還った父に、民を守ると誓いました!」

「貴方が倒れる方が早そうだが」

「それは…………!」

「聖王サマ!」


 もう黙っていられなかった。星南は前に飛び出して、聖王を見上げた。大気に還るとは死ぬ事だ。成りたての聖王サマ。この人は、親を亡くしたばかり。


 とても他人事とは思えなかった。


「大切な人に先立たれるのは、辛いです。その後に一人で頑張らなきゃって、頑張り過ぎるのも分かります!」

「…………セーナ」


 エルネスに呼ばれるものの、引っ込みは付かない。ダヴィドさんなら、もっと上手くやれる筈。意地悪く追い詰めている姿なんて見たくない。


「私、ちょっと前に両親を亡くしまして。凄く辛くて大変だったんです…………」


 聖王の瞳が透ける黄色に変わっていく。彼は呆然とした様子で、此方を見ていた。


「だから、頑張り過ぎって分かります!」


 どうにかして励ましたい。仲間も親も亡くした聖王サマには、きっと手助けが必要だ。


 そう、例えば。


「ダヴィドさんなら心強い仲間になると、思いませんか?目的は同じ、黒色病の阻止なんですよね?素直に手を取り合えないなんて、そんなの変です!」

「…………すまない」


 けれど聞こえたのは、謝罪だ。


「君にそんな事を言って貰える資格は、私には無いんだよ」


 元から顔色の悪かった聖王サマは、ずるずると床に崩れ落ちた。それを横から、エヴァが支える。


「エリゼ、星南は君を許してくれる」

「親子揃って、私は彼女を苦しめました」


 余計な事をしたらしい。ヒヤリと冷たい汗をかく。喋るなと言われていたのに、守れなかった。この状況になってしまった原因が分からない。


「水の君、彼女は確かに時空を超えた神人ですよ」

「うん」


 エヴァがこちらを向いた。青みのある灰色の瞳が、困ったように微笑んでいる。その視線から逃げ、星南はダヴィドの顔色を窺った。


「あの、ダヴィドさん、ごめんなさい」


 恐々謝ると、仕方あるまい、と彼は苦笑で許してくれた。良かった、何時もの雰囲気だ。


「こっちに来てごらん」


 エヴァに呼ばれる。無警戒に近寄ると、突然ぎゅっと抱きしめられた。


「星南はエリゼを許すよね」

「…………う、恨んでません」


 刺客を向けられたのは、きっと仕方のない事だ。それはちゃんと割り切れる。


「なら星南、君はエリゼを夫にするかい?」

「えっ!?」


 ザッと血の気が下がっていった。この話し合いのミソは、許婚いいなずけの解消だ。それを潰してしまったのは、他でもない私。


 やってしまったーっ!!


 頭が白くなっていく。どうしよう、どうしたらいい!?届出とどけでしなければ大丈夫?それとも弁護士!慰謝料とか請求されたりするの?


 焦りと共に耳鳴りがする。キーンと高い音がして、痛みにギュッと目を閉じた。


「星南!」


 エヴァに身体を揺すられる。瞼の裏に光が射して、赤い鳥居と和服の参拝客が見えた。みんな時代劇みたいな髪型だ。それで暗転しかけた意識が戻る。


「星南、駄目だよ。思い詰めてはいけない」

「この子は幾つです?こんなに簡単に、時空を渡るのですか?」


 いつの間にか床に座り込んでいて、覗き込んでくるエヴァと聖王サマが見えた。


 あの耳鳴りの先に日本がある。それには何となく気が付いていて、でも戻れる先は現代じゃない。丁髷ちょんまげの人が居るような昔の日本だ。


「私、ココに居たい。もう違うところになんて、行きたくない。行きたくないよ!」

「星南」


 エヴァが、また抱きしめてくれる。誰かに掴まっていないと、知らない間に違うところに行ってしまいそうだ。自分の意思じゃない。それが一番怖かった。


「エリゼ、この子は…………祝福耐性が無いんだ」

「分かっています。白飾銀はくしょくぎんを身に付けているのは、その為ですね」


 聖王サマがホッとした様子で微笑んだ。


「私は既に妻子を持つ身。清き水の姫君を娶る事など、出来ません」


 これを、と彼が手を差し出した。その手の平に乗っているのは、穴の開いた金色の物。


「五円、玉?」

「ご存知でしたか」


 黄色い瞳が夕日の色になっていく。黄水仙(ジョンキーユ)の君は、お詫びに差し上げましょう、と眩しそうに目を細くした。


「私もあちら育ちです。二百年前の戦争で時空が歪み、多くの神人が流されました。その殆どは大人でしたが、歪みに対応出来た子どもは、異界でも生き延びた」


 五円玉を受け取ると、平成元年の刻印がある。それだけで気持ちが高ぶった。けれど耳鳴りはしない。


「あちらの物を持っていると、渡り難くなるようです。こんな事で、貴女にした事が償える訳ではありませんが」

「あ、ありがとうございます」


 声が震えた。戻りたい過去に戻れる人が、目の前にいる。なんて羨ましいんだろう。


「大切にします」


 それをギュッと握り締め、頭を下げる。楽しい思い出がいっぱいの過去には、未来からの乱入者なんて居ない。私はこの世界で、頑張ろうと決めたばかりだ。涙を堪えて顔を上げる。


「さっきは名乗らず失礼しました。私の名前は、桂田 星南です」

「スーシ・ジョンキーユ・エリゼ・フィルマン・ラ・アルベール・アルタだよ。二歳まであちらに」

「…………じゃあ、あまり覚えてないですね」

「そうだね。随分昔の事だ」


 そう儚く笑って、彼は星南の後ろを指さした。


「あまり心配を、かけない方がいい」

「誰にでも懐くのは感心せんな」


 苦笑を浮かべるダヴィドが、エルネスの横に立っていた。私は確かにココに居て、他の誰かと関わりを持つ。ひとりではない事。それは力だ。


 黄水仙(ジョンキーユ)の君を見上げると、お行き、と微笑み返された。


「ダヴィドさん、聞いてください!」


 押さえきれない程に、嬉しくなった。顛末てんまつを語りに駆け寄ると、そのままふわりと抱き上げられる。


「何を貰った?」

「五円玉です!」


 指で詰まんでダヴィドに見せる。彼は眉間にシワを寄せた。


「金属か?」

「硬貨ですよ、日本の!」

「なに?」


 琥珀色の瞳が僅かに開く。エルネスもじっとそれを見て、素材は何でしょう、と首を傾げた。


「何かの金属です!」

「何かの、ですか…………」

「金だろう、金色だからな」

「金じゃないです!それだけは違います!!」


 あっという間に盛り上がってしまった三人に、二人の神人は苦笑を交わす。


「若い子の相手って、ちょっと難しいよね」

「あんなに喜ぶならば、あれも本望でしょう」

「硬貨なんでしょ?」

「守り袋の中身です」

「…………異世界って不思議だね」


 エヴァは笑う星南を見た。まだまだ幼い彼女は、二十三。それは子どもの年齢で、本来はもっと幼い姿でいる筈だった。


「フェルナン!ほら見て!!」

「どうしてお前は、落ち着きがない!!」

「なんか怒られた!」


 隣でエリゼがクスッと笑う。ダヴィドもエルネスも笑っていて、誰も彼女の失敗を責めてはいない。


 金糸雀(カナリ)は良いパーティーだ。


 エヴァは辺りを見回して、右頬の祝福印(メモワール)に触れた。音楽記号みたいと星南に言われたそれは、国一つを海に出来る祝福だ。他の神人さえも恐れ、妻以外に触れる者は居なかった。


「痛くないの?」


 それに無邪気に触れた星南は、確かに異質で。


「用が済んだんなら、さっさと寝て来い!」

「フェルはセーナの親ですか…………」

「誰のせいだと!」


 悔しそうなフェルナンに、エヴァも思わず苦笑した。だからこそ、彼女は新しい。


金糸雀(カナリ)のママの地位は、永久にくれてやる」

「要らねぇよ!!」

「ウスタージュもママって言ってたよ?」

「お前は、パパでも嬉しいのか!?」

「嬉しいです!」


 即答した星南が、笑いを取った。エリゼが気遣うようにエヴァを見る。


「ついに探し当てたのですか」

「そうだね」


 エヴァはずっと探していた。女神の化身とまで言われた力を解放し、妻クレールは時空を歪めた。そのまま異界に渡り、もう二百年以上が過ぎる。


「伝えていないのですか?」

「取り戻せただけで、十分だよ」


 星南には祝福耐性がない。生まれた赤子に、母親が真っ先にするのは、それの刻印だ。あの時、異界に渡った水の神人は彼女だけ。臨月だった、ルノンキュール・シエル・クレール・エグランティア・ロ・ド・バルト、ただ一人。


「ならば、ママはパパを寝かせて来てくれ」


 ダヴィドが笑いながらフェルナンを呼ぶ。


「エリゼ、君は幾つだっけ?」

「二百十二です」


 エヴァの顔に影が射す。渋々やって来たフェルナンに、星南が抱っこのまま手渡されていた。


「ママがパパを抱っことは。メンツが台無しです」


 くすくす笑いながら、エルネスが衝立を退かして道を作る。


「私って寝ちゃって良いんですか?」


 首を伸ばして問いかけると、エルネスはええと肯定した。ダヴィドが、任せておけと片手を振る。


「おやすみなさい、水の姫君」

「おやすみ星南」


 エヴァ達にもそう言われては、残る事も不可能だ。


「…………おやすみなさい」


 やっぱり、難しい話し合いには混ぜて貰えない。約束を守らず、余計な事を言ったのだから、尚更だ。


 フェルナンにベッドまで運ばれてから、丁寧に降ろされる。


「星南、それは持ってないと困るのか?」


 指差さされたのは、五円玉。


「困るよ。昔の日本に飛ばされちゃうもん」

「帰りたくないのか?」

「帰らないよ」


 星南は精一杯の虚勢で微笑んだ。


「私は帰らない。だって金糸雀(カナリ)唯一の(リュビ)だよ?責任重大だよね?居なくなると、困るよね?」

「困るな」


 フェルナンが何とも言えない顔をする。


「半人前がデカく出たな」

「いざとなったら、舐めるから!」

「ふうん?」


 彼の口角が上がる。良くない事を考えたに違いない。


「どこでもって訳じゃないからね!」

「根性なし」


 鼻で笑うから、余計に悔しい。精一杯睨み付けていると、衝立の向こうでダヴィドの声がする。


「仕方ない。帝国側は貴方の援助を買って出ましょう」


 思わずフェルナンと顔を見合わせた。ダヴィドさんの態度が軟化している。


「俺にとって聖国は、目の上のたんコブだ。しかし潰す訳にもいかない」

「…………それは」

「話してみれば貴方は、中々話の出来るお方のようだ。帝国が後ろ楯となりましょう。如何です?悪い話ではありますまい」

「そうですが…………」


 聖王サマは依然として不安げだ。上手い話には裏がある。それを示すように、一つ条件がありますが、とダヴィドは言った。


「次期国王を、ある男にして欲しい」


 フェルナンの顔色を窺うと、すっかり不機嫌顔になっている。


「何かダメなの?」


 小声で聞くと、眉間の皺が増えた。けれど話はトントン拍子で進む。出しゃばった甲斐があったのだろうか。でもダヴィドさんに、無理を言ってしまったかもしれない。


「調子、悪いの?」


 恐る恐る聞くと、肩を掴まれた。そのままベッドに押し倒される。


「ふぇっ!」


 焦ったのは一瞬で、彼はすぐに身を起こした。その伸ばした片手で乱暴に天蓋を閉じ、指をパチンと鳴らす。


『地底の闇の暗き色 冷えたその身は美しく 内なる熱に 光を探す べる音に燃え上がれ――――無煙の炭色(アントラシット)


 熱風が吹いてぎょっとした。こんな場所でなんて事を。


「騒ぐなよ」


 星南は自分の口を押える。視界の隅に黒いものが揺れていて、それはどう見ても炎だ。


「お前は話すな、いいな?」


 コクコク頷いて身を起こした。ベットの天蓋の内側を、黒い炎が焼いている。でも熱くもないし煙も出ない。ホログラムみたいだ。


「音を焼く色術式だけど、思念語オールは燃えるか分からない」


 フェルナンが溜息を吐く。胡坐あぐらから片膝を立てて肘を突き、彼はジトっとこちらを見た。


「俺は今から仕返しをする」


 私に!?


「何青くなってんだ」


 ハッと軽く笑われた。態度が悪いよフェルナン。目が座っているし、グレた不良みたいだ。残念美形に磨きがかかる。


「いいか星南、よーく覚えておけよ。ダヴィドさんは、ルーク=ドラフェルーン帝国、皇帝の弟だ」

「えっ!?」


 開いた口を自分で塞ぐ。彼は確かに、貴族じゃないと言っていた。


「もしも聖国をぶっ潰したら、統治の責任者はダヴィドさんになる。あの人は、それが嫌なんだ」


 フェルナンはグレ不良から一転、キラキラした笑顔になった。彼のそれは、非常にマズイ。


「おやすみ星南、ぐっすり寝ろよ?」


 無理だって。

 

 せめて鎮火作業はしてくれないと!

 

 

 

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