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金色の花を探して  作者: 秀月
ルーク=ドラフェルーン帝国

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44/93

2-13:帰ってきたら

 道なき道を進み夕方になる頃、帝都南方の町に辿り着いた。


 レンガ敷きの大通りの横でガス灯が燃え、豪華な外見の店先には色ガラスのランプが並ぶ。エヴァとフェルナンは別行動をしていて、星南はアリスに乗ったままエルネスと一緒だ。通りには獣人族がちらほら。多くは竜人族か魔人族で、何故か着飾っている人が多い。


 穀物地帯の町オジェ。


 確かにそう習った筈なのに、町という長閑のどかな感じが何処にもない。華やかで賑やか。おまけに、ちょっと派手だ。


 手綱を引くエルネスのローブを引っ張ると、彼はフードを僅かに揺らせた。(サフィール)を示す色。何時もと違う濃紺というだけで、別人のように見える。白い手袋に包まれた指が、大人しくと言うように、アリスの首を撫でた。星南に出された指示は、決して話さず前を向き、馬に跨っている事だけ。


 しくもそれは、拾われた時に求められたものに似ている。


 進歩が無いと嘆くべきか。星南はフードの奥で目を閉じた。


 ショックは受けたくない。落ち込んだ自分をどうにかするのは、とても大変だ。甘いものに包まれていたい。甘やかされたい。そういう望みを持ってしまうのは、それを知っているからだ。


 子どもの頃は、薬をオブラートに包んで飲んでいた。予防と言って飲む物は、甘い甘いオブラート。その事をダヴィドに言うと、それが毒でも気付かんな、と笑われた。


 世の中、食べなければならない毒もある。


 帰れる可能性が溶けて、中から故郷と言う名の毒が出た。


 ――――蓄積した毒は消えません。


 エルネスの言葉が頭で響く。薬草師の勉強は難しく、あまり進まなかった。この世界で一般的な医療系の職というと、医術師と医薬師で、薬草師は分野が違う。いかに早く動けるようにするかを最優先とする為、必要ならば毒すら使うのだ。誰がどれだけ、どの毒を摂取してきたのか。金糸雀(カナリ)のリストを見せられた時、ゾッとしたのを覚えている。


「セーナも分かる範囲で教えて下さい」


 平然と言われて言葉も出なかった。ここはそういう世界だと知っても、ふとした時に忘れてる。故郷はあまりに平和だった。馬が止まった振動で、慌てて前を向く。優しい毒は何時までも消えなくて、辛いけれど、それで良いのかもしれないと思った。毒は悪いだけじゃない。


「お待ちしておりました」


 一段と立派な建物の入口で、ドアボーイと思われる男が頭を下げている。焦げ茶色の髪に尖った耳、目の色からして多分魔人族だ。白いシャツに丈長のベスト。それには花が刺繍がされていた。エルネスは彼と短く会話をし、星南に両手を差し出す。


「此方に」

「…………あの、お連れになるので?」


 ドアを開けようとした男が、戸惑った様子で振り返る。エルネスは星南を引き降ろして言った。


「勿論です。彼が主役ですから」


 え?


 嫌な予感がした。エルネスに身を預けたものの、彼は地面に降ろしてくれない。厩番に引かれていくアリスが閉まる扉に見えなくなると、とたんに甘い香りに包まれる。お菓子じゃない。けぶるような香水だ。


「ようこそ若様。どうぞ、ごゆるりとお過ごし下さいませ」


 揃いの服装をした男達に頭を下げられながら、エルネスは勝手知ったるという歩みで奥へと進む。ここはどういう場所なのだろう。私が主役って何。しかも彼って、いつの間に男の子にされたんだ。肝心なところを聞き逃している?


 この町でダヴィドさんと合流する事。新入りを、ささやかながら歓迎すると言っていた。


 新入りって、私も含まれるの?


 フードに狭められた視界を窺う。綺麗な場所だ。調度類にも品がある。廊下は色ガラスのランプに照らされて、薄暗くても不気味には見えなかった。ロマンチックで甘い、そんな色合いだ。さわさわと聞こえる話し声。歌声。宿泊施設なのだろうか。居るのは男ばかりなのに、聞こえる声は何故か女性が多い。


「五番部屋を」


 後ろに付いてきた男が言う。開く扉の音に前を窺うと、一段と暗い廊下が見えた。エルネスは無言で歩みを進める。その扉が閉まると、靴音すら聞こえなくなった。絨毯が厚いのか、扉が厚いのか。


 とても歓迎会をするような場所には思えない。


「ダヴィド、上手くいきましたか?」

「ああ、実に良い!」


 聞こえた声に、星南はパッと振り向いた。けれどダヴィドの後ろに見えた女性達に、みるみる顔色を悪くする。


 ――――俺達なりの洗礼で。


 何故忘れていたのだろう。討伐ギルドの新入り歓迎といえば、娼館での一夜。逃れられないパワハラに、女性不信になるようなセクハラのセットだ。あの、たわわな胸を隠す気もない女性たちは、そういうご職業なのだろうか。既に半分、女性不信。悪化は困る。


「セナ、大人しくしていて下さいね」


 強張ったのが分かったのだろう。エルネスが囁いた。抱き上げられたままなのは、逃げないようにする為か。怖過ぎる。


 男性の経験なんてない。もちろん、女性との経験もない。未遂はあるけれど、思い出してはいけない記憶だ。


「一応、十人用意したんだが、足りそうか?」

「エヴァはどうか分かりませんけれど、あと五人は来ると思います」

「セナ、お前はどうする?」


 どうって、どうしろって言うの!?


 絶対に話すなと言われている。その言い付けは、何時まで守れば良いのだろう。涙目をダヴィドに向けて、フードの奥で首を振る。女に興味はありません!胸部の差に心が死んでしまいます!!


 星南の必死な顔振りに、彼は一瞬ポカンとした。その後ニタリと笑う。


「セナは俺と一緒だな」


 何故に!?


「いい反応だ。半分見えんのが惜しい」


 くつくつ笑うダヴィドの後ろで、女性達も笑っている。笑う余裕のない星南は、エルネスを揺さぶった。


「私と一緒はダメですよ?」


 誰かと一緒なのは確定だ。今更一人寝を許されるとは思えない。なんだかんだ言って、本当に一人だったのは神人と分かる前だけ。


 知りたくない。パーティーメンバーの夜の事情など、絶対に!


 折角ブラックな会社から強制退社になるのに、更にブラックなギルドに入ってしまった。責任者は誰だ!ダヴィドさんだ!!


 はたと気付いて振り向くと、彼は女性達に囲まれて背中を向けていた。女誑しだなんて思った事は無いけれど、もしそうだった今夜は覚悟が必要だ。耳を塞いで部屋の隅でちりになりきるしかない。


「意外と堂々と来たな」


 ダヴィドの声に視線を上げると、閉まった扉が開くところだった。


 五人の美女に囲まれた(サフィール)が二人。辺りを見回していた背の低い方が、此処って、と戸惑った声を出す。エヴァは知らずに来てしまったのだ。もっと早くに思い出せば、彼だけは逃げられたかもしれないのに!


「なんだ、この人数は」


 フェルナンが呆れた顔をした。


「エヴァの好みが分からなかった。好きに選んでいいぞ」

「は?」


 フードで半分見えない顔がる。当然の反応に涙が出そうだ。


暗青(ブルフォンセ)には、職業としての色使いが在籍する。当然、両管りょうかんだ。色不足は大問題に繋がるから、こういう場所に来ざるを得ない」


 ダヴィドの声が近付いてくる。忌諱感きいかんを無くす為、と尤もらしい事を言っているけれど、要は誰か抱けと言っているようにしか聞こえない。色の提供には、血以外の方法がある。それを誰も教えてくれなかった。


「僕はこれでも寡夫かふですよ。喪が明けるまで、誰の相手もする気はない」

青石の国(アジュール)の男は、求められれば断る権利が無いんじゃなかったか?」

「その法は撤廃させた」


 エヴァの唇が弧を描く。


「さて、改革に犠牲は付き物だよね?その子を連れ込んだだけでも、僕は怒って良いと思うんだ。そうだろう、フー・ダヴィド?」

「いやまて、この程度で怒るのか?」

「…………怒るだろう」


 フェルナンがツッコんだ。もういい加減にしてくれよ、と彼はこめかみを揉む。


「本気にすんな。この人は加減がおかしい」

「どう見ても本気だろう?大体この人数を、四人でどうするつもりなの?」

「あっちの十人は、ただの踊り子。本職はこっちの五人」

「ふうん?」


 興が醒めたという様子で、エヴァはフードを脱いでしまった。黒い髪に祝福印(メモワール)の浮かぶ顔が露になる。ギルドの制服姿は、彼の可愛い印象をぐっと大人びたものに引き締めていた。


「星南おいで。怖かっただろう?」

「エヴァ…………」


 近寄ってきた彼に、エルネスがやっと床に降ろしてくれる。しかし、すっかり腰が抜けていた。ぺたんと座り込んだ勢いで頭を下げる。


「エヴァごめん!こういう事になるの、すっかり忘れてたの!!」

「…………え?」

「討伐ギルドの新人は、娼館に連れ込まれるって、教えるの忘れてました」


 両肩を掴まれて、身体を起こされる。まじかにいるエヴァは笑顔だった。


「つまり星南は、共犯なの?」

「えっ!?」


 彼は笑顔だ。すごく良くない、イイ笑顔。


「こんなに楽しい事は、久しぶりだよ」

「だろう?やった甲斐がある」


 全然楽しくなさそうなエヴァに、ダヴィドが答える。星南はそこで気が付いた。この二人は旧知の仲。


「相変わらず君は、悪さばかりしいるんだね?」

「勝てる時に、勝とうと思っているだけだ」


 エヴァは頷かなかったのだ。ケンカしないでと言った時に。元から、そういう仲なのかもしれない。


「ダヴィドもう良いでしょう?これ以上、エヴァを揶揄からかうのは止めて下さい」

「勝てないものに噛み付こうとすんな!知識者フィロゾフの威厳を持ってくれ!」

「…………どうしてか、止められんな」


 ダヴィドは額を押さえた。でも口が笑っている。反省などしていないだろう。


「僕が気を付ければ良かったね」


 エヴァは励ますように星南の肩を叩いて、フードを背に落とす。二人の黒髪を見ても、女性達は和やかに微笑んでいるだけだ。


「色を提供する宿は、口も守りも堅いと聞くよ。何かあったら、僕がこの辺一帯を水底に沈めてあげる」

「脅すのはやめてくれ」


 フェルナンがすぐに仲裁へやって来た。エヴァが肩を竦めて見せると、彼は安堵の息をつく。


「勘付かれる祝福は、まだ困る」

「分かっているよ。色を足さなきゃならないのは、君達?」

「…………新人を娼館に連れて行くのは本当だ。色が足りなければ、パーティー内で提供を受ける事になる」

「免疫無いと困る…………って、星南は?」

「もう二回も噛まれてます!」


 張り切って答えると、エヴァは説明を求めてフェルナンを見上げた。


「一回目は神人の子どもだって気付かなかった。二回目は紫菫(ヴィオレット)のせいだ」

「ああ、君が完全負担やったっていう」


 エヴァが嫌そうに身を引く。フランソワと似たような反応に、フェルナンも眉を寄せた。色が抜けると、それを補おうと身体が作用を起こすらしい。慣れなければ吐き気を伴う事もある。そうした症状を肩代わりするのが、完全負担という方法だ。


「エルネスさんに噛まれて死にかけたヤツに、同じ事が出来るかよ」 

「…………でも、もしもの時は噛むんだろ?」

「素人から提供なんざ受けたかねぇよ。このメンツでもしも、があってたまるか!」

「まぁ、それもそうだね」


 やっと納得したようで、エヴァはうんうんと頷いた。そこにダヴィドがやって来て、座り込んだままの星南を片腕に抱き上げる。それはマナー違反だというのに、彼は一向に止める気がない。複雑な気分で顔色を窺うと、まだ女が怖いのか、と困った顔で聞かれた。


「…………そう、みたいです」

「何があったの?」

「問題しかない月桂樹(ローリエ)の君の奥方に」

「い、言わないで!」


 琥珀色の瞳が細くなる。仕方ない、という表情だった。彼は乗り越えて当然だと思っている。同性、未遂、確かにぬるい。それより悲惨はもっとある。だから気を付けろと、何度も言われてきた。でも怖い事は悪いだけじゃない。まるで毒のように心に溜まっていて、常に警鐘を鳴らしてくれる。


「私にはそれで、きっと丁度良いんです」


 星南が苦笑すると、彼はいよいよ困ったようだ。


「俺は全く良くないんだが」

「どうしてです?」

「…………この十五人から、好きなのを選べ」

「えっ!?」


 辺りを見回して、引き攣った笑顔をダヴィドに向ける。新人歓迎、娼館でのダークな一夜は続行中らしい。


「あ、あの、私…………」


 諦めろと言うようにダヴィドが首を振った。


「お前を甘やかし過ぎた。コリンヌ以外の女にも慣れてくれ」

「それは、努力しますけど」

「その努力を今して欲しいんだが」

「でも、だからって」


 話の進まない二人に、エルネスがニコニコしながら話しかけた。フェルナンは何故か、エヴァに向かって首を横に振っている。


「セーナ、これから旅をするにあたって、貴女には問題があります」


 それは沢山あるだろう。まず、一人で馬に乗り降り出来ないとか。しっかり頷くと、彼の笑顔が少し不機嫌に傾いた。


「親しき中にも礼儀あり、とは貴女が教えてくれた言葉ですが」

「…………はい」


 何がエルネスの機嫌を損ねたのだろう。内心首を傾げて、星南は真面目な顔をした。


「無防備なのは、礼儀に反すると思いませんか?それを誘っていると捉えられても、文句は言えません」


 なんだか言いがかりを付けられている。無防備とは、何時の事を言っているのだろう。そこで星南は閃いた。


「分かっています、エルネスさん!」


 深くは考えたくないけれど、男性にとって娼館での一夜は素敵なもの。邪魔されたくはない筈だ。


「大人しくしています。どうぞお気になさらず!」

「…………ダヴィド、責任取って面倒見て下さい」

「セナ、最終確認だ。世話役を誰か選んでくれ」

「私は一応、女です…………その、夜のお相手は」


 ダヴィドが溜息をついた。


「仕方ない」

「僕も行くよ」


 エヴァが走り寄って来る。歩き出したダヴィドの背後で、残されたエルネスとフェルナンが、女性達に囲まれたのが見えた。数名がひらひらと手を振っている。


「サッパリしていらして」

「羨ましくってよ、お姫様」


 優雅に笑う彼女達に、星南は首を傾げた。女性に慣れろと言われ、旅で問題があるという話をしてたのだ。今夜の事を言っていたのではない。


「あ、あの、ダヴィドさん?」

「安心しろ。ちゃんと綺麗に洗ってやる」

「ど、どこ行く気ですか!?」


 ダヴィドは不思議そうな顔をした。


「外から帰ってきたら、まずは風呂だろう?」

 

 

 

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