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金色の花を探して  作者: 秀月
ルーク=ドラフェルーン帝国
43/93

2-12:普通

 森の奥にいたのは、一頭の大きな馬だった。


 灰色の毛並みに青い目。たてがみと尾が白いところまで、ナディーヌ号にそっくりだ。


「おいで、ハーフ水馬のお嬢さん」


 エヴァが呼びかけると、長い顔がこちらを向く。


「ミズノ…………」

「そうだよ。君がアリスだね?」


 ブルルと馬は鼻を鳴らした。アリス姿の私が、アリスという名の馬に会う。ちょっと複雑な気分で笑いかけると、青い瞳が瞬たいた。エヴァが言っていた待ち人とは、馬の事なのだろうか。鞍も荷物も背負ったままで、森をさ迷う筈がない。


「エヴァが呼んだの?馬と話せるの?」


 問いかけると、エセ少年はニコニコと笑顔になった。


「ふふふ、秘密。星南はどうなの?」

「私は…………話せるみたい」


 近くに来たアリスに、手を出してみる。当然とはいえ、ナディーヌ号との見分けは付かない。けれど、この世界の馬はとても人懐っこい生き物だ。大きな顔を寄せてきた。


「こんにちは」

「コンニチハ」

「あなた、迷子なの?」

「マイゴ?」


 どうやら通じなかったらしい。道に迷ったのかと聞くと、違うと答えてくれた。


「アリスは昨夜から、この森で待っててくれたんだよ。さぁ、お腹空いただろう?」


 エヴァはそう言って、馬の荷物を漁り始めた。


「勝手に良いの?」

「ほら、手伝って」


 昨夜から待っていた馬。水の血を解放していたエヴァ。遡って考える。


「逃げたっていう、家畜?」


 閃いた時、ハイと麻袋を渡された。


「正解。家畜の百や千逃げたって、アシャール家の懐は痛まない。補償があれば、裕福な畜産農家は追う事もしないだろう。それが、職や生活に困る平民への施しになる」

「…………そうなの?」

「それに着替えて。自分で出来るね?」


 言われて中身を開けてみる。ギルドの制服だ。星南は満面の笑みで頷いた。

 

 

 

 アリスに乗って森を進むと、行き着いた先は渓谷だった。切り立つ崖下に、深そうな緑の川が見える。今居る場所は台地の上で、崖下からは遠方まで平野が広がっていた。手綱を持つエヴァの背中にくっ付いて、谷の深さに息を飲む。


「怖いの?」

「だって、この高さだよ?」


 エヴァは谷を見たまま、落ちても死なないよ、と首を傾げた。神人には寿命が無い。それは、病や怪我でも死ねないという事らしい。その実感は無くても、痛みや苦痛はちゃんとある。


「怖い思いは、したくない…………」

「まぁ、それもそうだ」


 エヴァは同意して、また谷底を見た。


「ねぇ、怖くないの?」

「何が?」


 あまりにジッと見つめているので、少し不安になる。今はエヴァだけが頼りなのだ。


「下流ってどっちかなって」

「…………うーん?」

「よく見えないね。やっぱり下りてみる?」

「エヴァ!」


 星南が怒ると、彼はクスクス笑った。


「渓谷に沿って進むと、フェル坊が居るって。ダヴィドは南の村で上手くやるだろう。もし一台目の荷馬車に警護が付くと、僕達はどうなると思う?」

「一台目に居ると思われる?」


 箱ばかりの一台目には、人が乗っているようには見えない。なのに警護までして、相手を騙せるのだろうか。それよりも襲われたのは、エルネスを乗せた三台目だ。


「速度が落ちた荷馬車は、追いはぎに狙われる。加速するのは用心のある証拠だよ。でも三台目には彼がいる。神人の愛息子なのは有名だ。すぐに父親が介入して、移転回路を自宅まで開く。そうなると、三台目の人々は丸ごと神人の手の中だ」

「ローリエさんが助けてくれたの?」

「彼は協力してくれたんだ。息子の為なら、基本、何でもやるからね」

「…………私、よく分からない」

「それがダヴィドの作戦なんだ」


 彼は馬首を東に向けて、アリスの好きなように走らせた。日は高く昇り、多分そろそろ昼時だ。馬の揺れは激しく、自分でエヴァにしがみつかねば落馬していまう。話す事も眠る事も出来ない。


 夜間にあったという家畜の脱走。その後、形の違う三台の荷馬車が屋敷を発った。空間祝福というのは目立つらしい。その分強力な守りの壁になるという。それが消えない内に、中から出る必要はあったのだろうか。


「ダヴィドさん、他にも手を打ったの?」


 アリスが歩き始めたところで問うと、エルネスワールを回収する手段が必要だよね、と新たな問題が持ち上がる。


「頭がおかしくなりそう。攪乱かくらんしたいって事は分かったけど!」

「フランソワの空間祝福が消えたタイミングで、貴人を乗せる箱馬車が屋敷から飛び出す。勿論、警護付きだよ。それがローリエのところに逃げ込むと?」

「エルネスさんは、その馬車で抜け出すの?」

「ハズレかな」


 ほら考えて、と彼は楽しげに言う。エヴァとダヴィドの二人が話していたのは、星南が御者の男性に話しかけた時しかない。こんな撹乱作戦の全貌を聞く暇なんて、無かった筈だ。


「エヴァの推測?」

「確証だよ」


 どうやら違う方に気付いたらしい。それで彼は苦笑した。


「僕が聞いたのは、一番それっぽい囮にするって事。逃がした水馬でフェルナンと合流して欲しいって事だけだよ。屋敷で箱馬車の支度をしていたし、警護に人を呼んでいたのは見てたから、後は予想。でも、エルネスワールを自宅からこっそり出すには、人数が必要なんだ。彼は目立つ。木は森に隠すのが一番だよ」


 道は下り坂になり、アリスは走る速度を上げた。森は急に濃くなって、薄暗く変わっていく。アリスは怖がっているようだった。


「減速して」


 エヴァが手綱を引いて、ヤダッ、と子どものような声が悲鳴を上げた。星南がビクッと震える。話せる馬に乗る最大のデメリットは、嫌そうだったり、痛そうな声まで聞こえてしまう事だ。


「ゴメンね…………」


 アリスを宥め、怯える彼女をゆっくりと谷の方へ進ませる。エヴァはやはり、馬と話せるようだった。何故、秘密にしたのだろう。それを聞こうにも、彼はアリスで手一杯だ。邪魔は出来ない。


 私は、何も出来ないままなのだ。


 こんなポンコツを、どうしてダヴィドさんは助けてくれるのだろう。パーティーのメンバーだから?でも彼は、水の血を求めているようには見えない。エルネスさんもフェルナンも、そんな風には見えなかった。


 理由があるのかな。


 星南は表情を曇らせた。利益や報酬。人はタダでは動かない。一体、自分にいくらかかっているのか、既に聞けない額だろう。討伐ギルドの仕事は、病気の子どもを殺す事。私が望んだからと言って、警護をする必要はない。


 暗青(ブルフォンセ)の設立。


 青石の国(アジュール)の開国を望んでいるという、ダヴィドさん。女々しいって何処がだろう。彼とは結び付かない言葉だ。それに、義勇軍ってギルドの事?最後まで聞けなかったから、ちゃんと聞かなくちゃ。自分の所属組織くらい、しっかり知らなくてはいけなかった。


 のんびりしてる。


 エヴァに回す腕が震えた。彼らはきっと、私に知られたくない事を教えていないのだ。子どもを守る組織だったのに、殺す事になってしまった理由。それでも助けた理由。今も手を尽くしてくれる理由…………


 情報が足りない。


 ああ、でも。


 一つだけ思い出した。ダヴィドさん、はお墓参りがしたいと言っていたんだ。なんて人だっけ?つい最近、その名前をどこかで聞いたのに。


「アリス、お疲れさま」


 エヴァの声に意識を戻すと、森の奥から青い光を伴って歩いてくる二人組が見えた。濃紺のローブはサフィールだ。


「エヴァの君、首尾は如何です?」

「呼び捨てで構わないよ、エルネスワール。追手はナシ。下手な芝居が見事に効いた。星南の足は、どうみても男には見えないからね」

「…………そうですか。私の事もエルで構いません。エヴァは愛称なのでしょう?」


 うんうんと、エヴァは頷いた。彼は先制して、隣のフェルナンにも呼び捨てを強要している。二色の瞳の青年は、ただ頷いただけだった。


「自由職の皆さんは、逃げた家畜を追うことで手一杯のようです」

「後は、他の神人に探されなければ良いんだね?」

「それが、ちょっと違うらしい」


 フェルナンが言うと、エヴァは首を傾げた。


「ダヴィドさんは、このふるいを抜ける組織を探してる。だから、その組織に神人がどう絡んでいるか確かめるつもりだ」

「どうやって?」


 エヴァと一緒に、首を傾げる。本当の兄妹みたいですよ、とエルネスに笑われ、星南は気をそらされた。


「馬に酔ってはいませんか?」

「は、はい」

「…………頃合いを見て、移転回路を開く」


 フェルナンの話を、少し聞き逃したようだ。移転回路は目立つのに、どうしてまた開くのだろう。


「まどろっこしい、どうせ聖国の神人だよ。昔から本当にろくなことをしない奴らだ」

「で、セナ。お前はどうする?」

「えっ!」


 聞いていない時に限って、話を振られてしまった。慌てているとエルネスが、一緒で良いですよね、とフォローしてくれる。


「ならいい」


 フェルナンは踵を返して歩き始めた。寄り添うように、青い光が付いて行く。エヴァが馬から降りて手綱を引いた。不満げに鼻を鳴らすアリスが、ハシリタイ、と足踏みをする。


「エヴァ…………」

「大丈夫。星南は乗っていて」


 灰色の瞳が微笑む。それ以上言うなというように、彼はアリスを見なかった。


「大人しくしているんだよ」


 どちらに言ったのだろう。一応頷くと、水馬は大人しいですから、とエルネスが隣にやって来た。歩きだした馬に並ぶ彼は、濃紺のローブに、長い剣を下げている。

 

「エルネスさん、エメロードはしないんですか?」

「暫くはこのままです。セーナにも青を着てもらいますよ。三色揃うと目立ちますから」

「なのに、移転回路を開くんですか?」


 聞きそびれた事を問うと、そこから先は目立ちたいんです、と言われた。


青石の国(アジュール)が結界に閉ざされている事は、知っていますね?だから誰も、そこに逃げ込むとは思っていない」

「…………よく分かりません」


 わざわざ目立つ必要は無いように思える。火の粉を浴びるメリットが、あるのだろうか。


「始まりの十人について、何処まで学びましたか?」

「えっと、ご存命の方が少ないってところです」

「他には?」

「家名のイニシャルが同じという事?」

「では、神人の大三家と言えば?」

「えっ、えっと…………」


 チラリとエヴァを見ると、肩が震えていた。笑うなんてあんまりだ。でも何も頭に浮かんで来ない。イニシャルが同じ十人の神人は、三種族ともなると三十人だ。


「…………分かりません」

「バルテ、バルト、アルエです」


 エルネスは苦笑した。また後で聞きます、としっかり釘も刺される。水の神人に関しては、バルバル言っていれば大体それっぽく聞こえるのだ。自分の親戚がそれだったらどうしよう。そう思った事はよく覚えていたのに、もちろん役に立たない。


「ダヴィドは、貴女に何を教えていたんでしょうね?」

「私の覚えが悪いんです…………」

「セーナは悪くありません。生徒にモノを教えられない、教師の方が問題です」


 エルネスさん、スパルタだったもんなぁ。


 笑顔の、やり直しです、を何度聞いただろうか。ちょっと思い出したくない。星南は代わりに覚えている事を話した。


「大三家は、他の神人よりも強い力を持っているんですよね?」


 神様達は均等に十人となった訳ではない。水の女神は一人に半分以上の力を込めたという。それが畏怖される三色菫パンセの水神様だ。


青石の国(アジュール)には、神々すら避けるという三色菫パンセの水神が居ます。今の時期入国できるという事は、水神の特別扱いに等しい。私達が帝国へ帰っても、もう襲い掛かってくる馬鹿は居なくなるんです」


 帝国へ帰った後。


 自分では思いもしなかった事だ。そんなところまで、考えていてくれた。その事がとても嬉しい。帰る家。なんて良い響きなのだろう。またお屋敷に帰っていい――――


 迷子じゃない。


「その顔は、ダヴィドに見せてあげて下さい」


 エルネスが困ったように笑う。馬から見下ろす彼の表情は、何時もよりもよく見える。間違えて先に答えを教えてしまった、先生の顔だ。彼はよく話す人だけど、時々口を滑らせた。口以外でダヴィドには勝てなかったのだ、とも話くてくれた。


「ありがとうございます。エルネスさんが教えてくれなければ、気が付かなかったかもしれません」

「そういう事に、しておきましょう」


 パサリとフードを被り、彼は歩みを速めた。フェルナンに並ぶと、そこでまた話し始めたようだ。


「星南は、帝国に帰るの?」


 エヴァが見上げてくる。不安そうな顔で聞かれると、はいと直ぐには言えなくなった。


「そのつもりだよ。私は金糸雀(カナリ)のメンバーだしね!」


 えて明るく答える。彼は成程、と微笑んだ。


「僕も金糸雀(カナリ)のメンバーだよ。ちゃんと正規登録したんだし。ダヴィドのところに押しかけようかな」

「ケンカしないでね?あと、添い寝もお断り!」

「星南はさ、そんなにダヴィドに抱かれたいの?」

「…………私達はっ!ちゃんと、別々のベッドで寝てましたからっ!!」


 気を抜くとコレだ。民族衣装のエヴァが、初めて普通の青年に見えた。

 

 

 

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