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金色の花を探して  作者: 秀月
ルーク=ドラフェルーン帝国

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35/93

2-4:一難

 参ったな、とフランソワは黙り込んだ。


 迷子だと思っていたのに、孤児となると話は別だ。確かに拾ったとは聞いていた…………けれど、時空の向こう側は未知の領域。片道切符とも聞いている。そんな場所で、同じ種族の神人同士が出会う確率は低いし、ましてや子どもだけを送るなど犯罪と言っていい。


 事件か事故か。


「何か問題でも?」


 ダヴィドに問われて大問題と即答した。取り繕う余裕もない。


「星南は時空の向こう側で育ったらしい。此方の常識は?」

「まるでなかった」


 フェルナンが答える。コイツは服も一人で着れないし、勿忘草の青(ミヨゾティス)を怖がるし、なんたらかんたら、言いたい放題だ。しかも弁明の余地がない。


「苦労をかけたね。よく見捨てないでくれたと、水の神人を代表して感謝を捧げます」

「水の血筋だとは分かっていたからな…………放置は出来んだろう」


 眉尻を下げるダヴィドに、フランソワが苦笑する。水の血筋は火と風に望まれる。保護で済んだのは、子どもだからに違いない。だから他の種族は嫌なのだ。その嫌悪を僅かも見せない笑顔で、フェルナンの方を向く。


「風のセザールは、何か言っていた?」

「祝福耐性が無いらしい」

「な、何だって!?」


 ガバっとフランソワが振り向いた。


「そんな筈は…………ごめん驚かせた。あのね星南、ココに丸い模様みたな痣は無い?」


 彼は自分の左胸を指差す。


「ありません」

「…………おかしい」

「あの私、本当に神人なんですか?ただの人間じゃないんですか?」

「貴女は間違いなく水の神人だよ。ちゃんと成人すれば、目の色が僕みたいになる」


 不思議な瞳だ。さっきまで灰色だったのに、今は薄っすらと青みがかっている。この世界に来て、ろくに鏡を見なかったから気付かなかった。私の目も、そんな風になっているのだろうか。


「今は灰色だよ。成人の儀式をしない限り、神人は無力な存在だ」


 だから、と言いかけて彼は言葉を切った。


「この話はまた後にしよう。先に思念語オールの解放をする――――悪いけれど、人払いをしても?」


 ダヴィドとフェルナンが顔を見合わせた。それは気のせいと思えるような一瞬で、星南には無言で部屋から出て行ったように見える。


「あ、あの…………」


 怒らせたのだろうか。不安になって閉まった扉とフランソワを見比べていると、ふうん、と彼は面白そうに唇を吊り上げた。


「貴女じゃないよ、僕が釘を刺されただけ」

「そうなんですか?」

「神人と二人きりにしたくないんだろう。堂々と殺気を飛ばしてくるなんて、中々に見込みがあるよ。星南は大切にされているんだね」


 そう言われると、むず痒い、気がする。否定は出来ないけれど、大切って言われるのは、何だか違うし恥ずかしい。


「あの、ダヴィドさん達には、本当にお世話になりっぱなしで…………私は助けて貰えなかったら、死んでいたかもしれませんし」


 久しぶりのまともな会話だ。気恥ずかしさを紛らわせる、程よい言葉が出てこない。


「死んでいた?それは、どういう事?」


 聞いていないのだろうか。そう思って、聞ける筈がない事を思い出す。


「雨の降る、青い草原で助けてもらったんです。私の居た世界でも雨が降っていて、家の玄関を開けたら…………もう、こっちの世界でした」

「――――天界シエルの庭で助けた、と聞いたよ?」

「そんな名前の場所だったかもしれません」


 掛け布団の向こうに見えるフランソワが、泣きそうな顔をしているように見えた。大丈夫ですか、と声を掛けようとして、見ないフリをした方が良いかもと思いなおす。可哀想にって思われたら、やっぱり嫌だ。同情まではいい。でも他人の幸福と比べて憐れまれるのは、嫌いだ。私よりも幸せな人は沢山いる――――


「フランソワさん、あの。私はこれでも、結構大丈夫なんです。結果的には、あんまり酷い目にも会っていませんし」

「星南は何時もそうやって、背伸びして生きてきた?」

「え?」

「ごめん、気にしないで」


 くしゃりと笑って、フランソワが身を乗り出した。寝ている所を覗き込まれる形になり、首を竦める。


思念語オールの解放には、耳と額、三箇所に祝福を吹き込む必要がある。でも、貴女には祝福耐性が無い。暫く眠りから覚めないかもしれないよ」

「はい…………」

「僕は此処に留まる事にするから、安心して眠るといい」


 布団の上から肩を押さえられる。近づく顔にぎょっとして、けれど成す術も無く額に口付けが落ちた。


「おかえり、女神の花――――」

 

 

 

「大根さんを大きくて、美味しくするには、間引いてやらなきゃ駄目なんだ」


 あぁ、またお父さんの夢だ。星南は何処から寝ていたのかも思い出せず、最近こんなのばかりだな、と思った。


「芽が出たのに、抜いちゃうの?」

「そうだよ」


 しかも何故か大根栽培だ。黒いビニールシートには丸い穴が等間隔に開いていて、そこから細い芽が覗いている。仕事とは別の家庭用の畑には、食べたい作物を植えていた。大根は意外と簡単で、その穴から生えた複数の芽を間引き、最終的に一本にする。それが生き残った芽というプレッシャーを背負ってか、立派な大根となるのだ。


「…………大根さん、さみしがる?」

「そんな事ないよ。元気に頑張るぞーって言ってくれる。星南も何処か抜いたら、ぐーんと頑張るようになるかな?」

「なんないー!!」


 子どもの自分が高い声で否定した。それを見てクスッと笑ってしまう。昔はあんなに小さかったのだ。今の姿も子どもだと思われているけれど、あのサイズを知っていたら、少しは大人に見えたかもしれない。


「お父さん。お母さん」


 呟いても夢は覚めない。けれど今は、少しでも早く起きたいと思った。青い空を見上げる。本当に彼らが居るのは高い天空の何処かで、夢の中じゃない。声を聴けるのは嬉しい。でも報告する先は、過去じゃ駄目だ。


 白く霞んでいく夢に、ありがとう、と呟いた。私は大丈夫、心配しないで。一人生き残ったから、立派に育つよ。身長は駄目そうだけどね。


 立っていた身体に横たわる感覚が戻り、瞼が開く。凄い彫刻の天井だ。横を見ると、たくさんのクッション。身体を起こしてみて、部屋に誰も居ない事を知った。


 同じ部屋だ。


 思わず触れたおでこには、何もない。本当に言葉は話せるのか。それが一番の問題だ。


 もぞもぞとベッドから抜け出して、窓の方に歩み寄る。


 時刻は昼間。あまり時間は立っていないようだ。チクチクと足裏に絨毯が刺さり、くすぐったいような痛いような感じがする。土足文化だ。裸足向きに出来ていないのかもしれない。


 人が居なければ、探すまで。


 当然のように彫刻のされた扉に指を掛け、そっと内側へ引いた。すんなり開く。顔を出した廊下には真紅の絨毯が敷かれ、それが右にも左にも長く伸びていた。


「何ココ…………」


 本当に個人の家なのだろうか。ダヴィドさんって、何なのだろう。そして見事に人が居ない。


「えーと」


 右を確認。左を確認。そっと足を踏み出して、絨毯の質の違いに気が付いた。毛足が短い、歩き易そうだ。サッと後ろ手に扉を閉めて、前の窓に走り寄る。


「…………」


 庭が見えた。学校の校庭サイズを、中庭と呼んで良いのかは知らないけれど。建物が四辺を囲んでいるのだから、中庭だろう。もうこうなってくると、ギルドの稼ぎどころではない。


「凄いお金持ち?こんな家を建てるのって、年単位でかかるよね」


 うろうろしたら迷子になるかもしれない。でも、好奇心が勝った。柔らかなクリーム色の夜着のまま、廊下を左に進んで行く。彫刻のされた扉。扉。扉。部屋が多過ぎる。既に自分が居た部屋も分からなくなり、引き返す理由が無くなった。


「ともかく、端まで行ってみよう」


 自分を励ます憂いの事態だ。なんで扉を閉めてしまったのか。同じ扉がこんなに並んでいるなんて、ホテルじゃあるまいし。住人は不便だろう。部屋には番号を付けておくべきだ。自分の失敗を扉のせいにして、進める足は思いの外軽い。楽しい。久しぶりに羽を伸ばしたような気分になった。ここは、ヨーロッパのお城みたいだ。


「うわぁ~」


 左の廊下端は、足元から天井まである大窓だった。外には噴水がある。振り返った背後には、うんざりするような長い廊下が伸び、掃除が大変そう、と所帯染みた事を思う。しかし、逆側にも噴水があるかは、確かめねばなるまい。謎の使命感を胸にスカートの裾を摘む。


 安定の下着レスだ。


 パンチラの、パンが無い。歩くべきなのだろうが、何と言っても端まで遠すぎた。無人だ。走るしか無いだろう!


「第一レーン、桂田 星南、いっきまーす!!」


 人気が無さ過ぎて、多分寂しかったのだ。どうでもいい煽りを上げて走り出す。中庭が校庭サイズだから、廊下の長さはトラック半周では利かない。けれど、半分くらいでクラっと貧血を起こして座り込んだ。


「うぅ、目がまわるぅ…………」

「まったく、エルに色を提供したばかりだろうが。お前は寝起きが激しすぎる」

「えっ?」


 いつの間にか、目の前にダヴィドが居た。すっかり見慣れたギルドの制服姿。その長身を首が痛くなる角度で見上げていると、彼は額を押さえて片膝を突いた。


「頼むからその格好で暴れるな。見ているこっちの身にもなれ」

「え?」

「俺の言葉は分かるか?」


 それは勿論分かる。コクコク頷くと、何故か溜息。そして両手が伸びて来て、頬を挟まれた。


「さてはセナ、自分の部屋が分からなくなったんだろう?」

「うっ!」

「屋敷の部屋には、全て名前が付いている。見分けもつくんだぞ?」

「えっ!?」

「…………紫菫(ヴィオレット)の君、話せても話せなくても、会話の短さが変わらないんだが」

「それは…………そういう会話の仕方に、お互い慣れてしまったからじゃないかな」


 すぐ側の柱の陰から、チリンと装身具の音を立ててフランソワが現れた。口元を押さえていて、笑いを堪えている。


「五日寝ていたけれど、気分はどう?」

「…………いつか、五日っ!?」

「その様子だと、問題無いようだね」


 大有りだ。


「五日って、どういう…………」

「祝福耐性が無いとね、他の神人に力を使われた時、貴女は自分でも同じ力を使ってしまうんだ。それが精神に負担を掛ける。単純に考えて、効果は二倍。下手をしたら死んでしまうよ」

「それは、どうにかならんのか?」

「星南の親を調べて、少しでも血の近い神人を探さないと。でも…………知ってるだろうけれど、水の女性は数が少ない。身内探しを公にする事は危険だ」


 二人の会話は、段々と政治的な難しいものに変わっていった。


 私の両親は日本人だ。目の色だって普通で、色が変化したりもしない。養子という話しも聞いた事がないし、生まれてすぐの写真もある。まさか他人の身体では、と一瞬思ったけれど、それなら初日に気付いている筈だ。


「あ、あの」


 口を挟むと、二人はハッとして口々に謝ってきた。


「すまんな、まずは今を何とかしよう」

「すみませんでした。お腹空いたかな?それとも寝足りない?」

「い、いえ、あの…………」


 お腹空いたってなんだ。そんなに子どもに見えるのか。少し恨みがましい視線を彼に向け、本当に成人が五十だとヤバイな、と思う。多分それは、フレッシュではない。雇用はどうなっているのだろう。


「まずは風呂か?身体が冷えている」


 思い耽っていたところ、いきなり抱き上げられた。


「ダヴィドさんっ!」


 叫んだが、その先は続かない。両足を抱える腕を揺すられ、肩にしがみつくという何時ものパターンだ。歩き出す彼の後ろに、フランソワが慌てて付いて来た。


「使用人の種族は?」

「竜人だ」


 ダヴィドが立ち止まって振り返る。それで、誰も居ない廊下しか見えなくなった。


「…………理性が焼き切れない保証はあるの?」

「七百越えの老人でも駄目か?」

「僕が付き添うしかないのか…………」


 何の話だろう。首を後ろに向けると、他の神人を呼ぼうか、と頭を抱えるフランソワが見えた。


「なら、フェルナンを付ける。着替えを任せても、全然大丈夫だったらしいぞ」

「はっ!?」

「えっ!?」


 フランソワと星南が揃ってぎょっとした。


「彼は男じゃないか!着替えを手伝わせたの!?」

「大丈夫じゃありません!着付けて貰っただけです!!」


 更にフランソワが目を剥いた。


「せ、星南、彼は綺麗だけれど男だよ?それも知識者フィロゾフだ。成人している。貴女は女の子なんだし水の生まれだ。肌を易々と許すような事はしてはいけない」

「でも、一人で着れない服とか、ローブがあって」


 着付けも駄目なのだろうか。困った顔で彼を見ていると、目を瞬いた後にこめかみを押さえて、あー、と苦い溜息をつかれた。


()()()じゃないんだ…………」

「どういう事だ?」

「星南、クレール・フェルナンは、貴女に服をどうしてくれた?」

「え…………()()()()

「フー・ダヴィド、どう聞こえた?」

「着せて、だが」

「え?」

「ねぇ星南、貴女は何処の言葉を話している?共通語じゃないし、特異言語セリュレオムでも無いね?」

「日本語です。私の、生まれた国の言葉」

「…………神人の基礎言語は共通語なんだ。けれど貴女の話す言葉の方が、語数が多いらしい」


 つまり、とフランソワは言った。


思念語オールは完全じゃない。共通語に含まれない言葉は、似た意味の違う言葉に置き換えられてしまう」


 一難(いちなん)去ってまた、厄介な一難がやって来た。

 

 

 

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