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金色の花を探して  作者: 秀月
ルーク=ドラフェルーン帝国

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32/93

2-1:へなちょこ

 何処からか聞こえてくる水の音。


 甘い匂いがする。


 ぼんやり意識が戻ってきて、星南は目を開けた。白く煙る天井。ほわほわの湯けむりに、暖色の灯りが揺れている。


 また、夢のような現実だろうか。


 水浸しの床から身を起こすと、充満している香りがむわっと濃くなった。ここは何処だろう。誰も居ないし、見回す限り窓もない。不安になって肩を抱くと、そこで違和感を覚えた。嫌な予感がする。恐る恐る目線を下げて、自分の姿に絶句した。


 薄地で無駄に光沢のあるバスローブ一枚。しかも黒いし、濡れて身体に張り付いている。水が垂れる袖を絞って、首を触り胸を確かめ、気が遠くなりながら腰辺りを撫でてみた。下着を着ていない。知らない内に、誰かに裸を見られたのだ…………浮かんだ金糸雀カナリのメンバーを、慌てて頭から追い出す。


 今度こそ、夢で終わって欲しい。


 二の句の告げない唇を噛み、ヒク付く頬に両手を当てる。目線を逸らしたけれど、現実を着ている時点で逃げ場はない。


 脱いだら裸。裸よりはきっとマシだ、多分。


 貧相を自負するこの身体。こんな姿を見たって、誰も嬉しくないだろう。薄地の水着だ、そう思おう。何とか自分に言い聞かせて、星南は水浸しの床に立ち上がった。


 まずは状況把握から。


 記憶はホラーな森で途切れている。今は室内だ。天井は煙って、あの動いている照明の仕組みがよく見えない。ドーム状の屋根から思うに、柱が無いのは頷ける。窓らしきものは何処にも見当たらず、熱のない光が時折頭に降り注ぐ。明るさは十分。モザイクタイルの床が水没していなければ、普通の部屋と割り切ってもいい。


 つまりは、妙な部屋という事だ。仕方なく他の手掛かりを探して、壁伝いに歩いて回る。


「出口ないし…………」


 まさかこのまま、水深が上がってきて水攻めだろうか。カナヅチどころか水嫌い。泳ぐなんて以ての外だ。居ても立っても居られなくなり、星南は水を蹴りながら部屋をもう一周回った。


 やっぱり出口は見付からない。


 どうやってこの場所に入ったのだろう。白く艶やかな壁に両手を付けて、一先ず叩いてみた。ペチペチと予想通りの音がする。何処かに隠し扉がある筈だ。そうして無心で壁を叩いていると、背後でぱしゃんと水音が立つ。


「――――チビ助」


 知っている声だった。嬉しさのあまり小走りになる。湯気に溶けそうな銀白色(シルバーホワイト)の髪と、二色の瞳。見慣れたギルドの制服で立つ、細身の青年。


「フェルナン!」


 涙目で走って来た星南に、彼の頭痛は一瞬で増した。びしょ濡れの湯着に、乱れた襟元。減速無しで飛び付かれて、うっかり抱き止めたが、やっぱり避ければ良かったと後悔する。


「どうして落ち着きが無いんだ!自分の格好を考えろ!!」

「フェルナン、良かった!もう会えなかったらどうしようかと思ったよ!どうやって来たの?天井から?それとも地下?隠し扉は壁だと思ったのに!」

「何言ってるか分かんねぇよ…………」


 疲れた声に反して、しっかり背中に回った腕に力が入る。胸に当たる硬いボタン。彼の指が背筋を這って、それでやっと、自分がキケンな装いだったと思い出した。


「叔父上、何か羽織る物を送ってくれ」


 溜息混じりにフェルナンが言う。すると天井から大判のストールが降ってきた。それを頭から被せられ、あっという間に肩へ担ぎ上げられる。


「ココから出たいか?」

「はい」

「言う事聞けよ?」

「はい!」

言質げんちは取った」

「え?」


 何だって?


 慌ててもがいたけれど、何の言質を取られたのだろう。肩に担がれているので、顔色を窺う事が出来ない。よし、と呟いたフェルナンが、()()()言う事を聞くって言ってんぞ、と誰ともなく口を開いた。


「待って!何でもとは聞いてない!!何でも!?」


 身体がグンと浮かび上がった。どんどん床が遠ざかり、フェルナンの背中にしがみ付く。


「大人しくしていろ。監禁されたいのか」


 囁くような低い声で問われた。軟禁から監禁にグレードアップしてませんか。不満を込めて背中を叩いた。もちろん、グーだ。此処に居るのがバレたら、と難なく横抱きに体勢を変えられ、緑と黄色、二色の瞳と目が合う。


「即、後宮に連れ込まれるぞ」


 私、助けて貰ったんじゃ無かったんだっけ。


 どうしてか、前より状況が悪くなっているようにしか聞こえない。口がへの字に曲がる。フェルナンはそれを鼻で笑って、皮はもう狙われねぇよ、と顔を寄せてきた。


「服はどうなるか、俺に言わせんな?」

「…………ハイッ!」


 もう服も剥された後なんですが、とは流石に言い返せない。でもそう言うのだから、脱がせたのは彼では無いのだろう。


「フェルナン、あの」

「喋るな。もう着く」


 その言葉通り、何時までも続くような白い湯気の世界が、眩しい光に包まれる。目を閉じるまいと細めて、思わずフェルナンのジャケットに縋った。ちゃんと抱き寄せてくれた彼は、分かりにくいけれど優しい。溜息が聞こえたけれど、面倒見はきっといい筈だ。


「おはよう、お姫様」


 晴れた庭園の白亜の離れ(パビリオン)。咲き乱れる花々を背景に、長い黒髪の男性が微笑んでいる。


「気分はどうかな?目が覚めたのなら、時空の歪みは治った筈だけれど」

「…………」


 この人は、あの良く話す人だ。すぐに思い出した。綺麗系の面長で、瞳の色は黄緑。顔を向ける。ちゃんと首が動く。今回は石みたいにはならなかった。だから現実だ。残念ながら、夢オチは無い。


「ごめんね、キミには祝福耐性が無いんだ。私の移転が負担をかけてしまった」

「叔父上、先に状況を」

「あぁ、そうだった」


 フェルナンに言われて、彼は頬を掻いた。苦笑に細めた瞳がみるみる緑に変化して、目が釘付けになる。


「私は風の神人で、えぇと。名前はセザールと呼んでいいよ。みんなは音でローリエ、意味で月桂樹げっけいじゅと呼ぶけれど。正直どうでも良いかな――――あぁ、この目が珍しいかい?」


 コクコク頷くと、セザールさんはクスクス笑った。


「話してごらん。変な癖が付いているよ…………可愛いけれど」

「えっ!?」

「他にどんな癖が付いたかな?話せないのに、頑張ったね」


 くしゃっと前髪を撫でられて、やっと子ども扱いされている事に気が付いた。どうせ身長低いですよ。肉付き悪くてスミマセンね!しかもフェルナンに抱っこでは、説得力も無い。


「私は、これでも成人してるんです!」

「まさか?今幾つ?」

「二十三です」

「子どもじゃないか」

「なんでっ!?」


 ぎょっとした星南を見て、セザールは口元を押さえて肩を震わせた。さらさらした癖のない黒髪が肩を滑って、吹いた風にたなびく。まるで天日干しの素麺そうめんみたいだ。


「神人の成人は五十だよ。だからキミは子どもだね。本来なら今よりもずっと幼い姿でいていいんだよ。成人に近くなろうと、急がねばならない世界に居たんだろう」


 ――――神人の成人は、五十?


 それじゃぁまるで、私が神人だと思われているみたいだ。人を人だったものに変える、人外。フェルナンを見上げると、溜息を返された。


「叔父上、話が逸れてます」

「あぁ、そうだった。話す事が多すぎるよフェル。ちょっと休憩にしよう」


 常に休憩じゃねぇか、という悪態が降ってきた。それを気にも留めない微笑みを返して、セザールは背中を向ける。


「リーズ、どこ?」

「やっと着替えを思い出しましたのね?仕方の無い方」

「あぁ、そうだった!」


 花の咲き競う庭に、ふわりと女性が現れる。広がるスカートはピンク。ふさふさの尻尾に、栗色の髪。狐の獣人だ。


「誰だ?」

「私の新妻だよ」


 微笑むセザールに、フェルナンの顔が険しくなる。


「気になさらないで?」


 彼女はどちらともなく声を掛けて、此方にやって来た。結い上げた髪から、一房の三つ編みが胸元に垂れている。例に洩れず、弾けそうな巨乳だ。ぷるんと揺れたソレを見て、星南は唖然と口を開いた。あの大きさでノーブラなのか。なんて恐ろしい。


「初めましてフェルナン様。水のお姫様。私はリーズ・マリー・アンジュ。月桂樹ローリエの君の十六番目妻ですの」


 十六!?


 どう見ても二十代だ。そしてニコニコしているセザールを見る。三十路くらいだ。奥さん十六人?


 まさか、ここが後宮なんじゃ。


 ガシッとフェルナンのジャケットを掴んだ。彼を逃がしたら、今度こそ身が危ない気がする。あんな巨乳の群れに囲まれて生きる事になったら、コンプレックスで死んでしまいそうだ。カップにはAより下があるなんて、きっと知りもしないだろう。


「ささ、殿方は遠慮して下さいませ。お召替え致しましょう?」


 そう言ってリーズ・マリー・アンジュ…………何処を呼んだら良いか分からない十六夫人が、両手を差し出した。


「放せ、チビ助」

「だだだ、駄目だって!離したら何処行くの!?置いてくつもり?ここ絶対にヤバイ所でしょう!?」

「やめろ、放せ、くっつくな」


 見事な棒読みだった。早くも味方で無くなった彼から、夫人に抱っこの相手が切り替わる。


「ぎゃぁー!待って!待ってフェルナン!!」

「ご指名だよ?」

「アイツは状況を分かっていないだけだ」


 セザールの腕を掴んだフェルナンが、庭へと降りて花の陰へ消えていく。その間も暴れる星南をしっかり抱き上げていたリーズ夫人は、クスクス笑いっぱなしだ。


「フェルナン様がお好きですのね」

「違います」


 急に冷静になった。頼ってどうする。自分で道は切り開くのだ。何もせずに、何とか成るなんて思っちゃだめだ。


「あ、あの、降ろして下さい!」

「ごめんなさいね、私は貴女の言葉が分からないの。ともかく着替えましょう?濡れたままの湯着じゃぁ、何処にも行けないわ」

「…………はい」


 床に降ろされ、フェイスタオル程の布を渡される。星南が首を傾げている間に、ストールをさりげなく奪われた。続いて、何処から持ってきたのか、ピンクと赤の縞模様の大きな箱が右横に置かれ、リーズ夫人は足元に跪いた。


「あの、これは」


 問いかけた時、ガバっと湯着を左右に開かれる。庭園に悲鳴が響いた。


「あら、まだ生えていないのね」


 頭の中は真っ白だ。無い胸よりも、見られたくなかった下半身。踵を返した瞬間に、湯着を後ろに脱がされて、あっという間に素っ裸。もう一度悲鳴を上げたが、細い両手に羽交い絞めにされ、逃げる事も身体を隠す事も出来ない。


「凄く中性的で素敵よ。怖くないわ。大丈夫、毛はいずれ生えるし、胸は揉めば良いの。フェルナン様に頼んであげる」


 誰に何を頼むって!?


「や、やめて下さい!絶対に!!」

「貴女、お肌すべすべね!」

「きゃぁぁぁぁっ!!」


 恐ろしい女性だった。幾度と無く聞こえてくる星南の悲鳴に、セザールがとうとう足を止める。フェルナンも止まって振り返ったが、とうに見えない距離だ。女同士でこの悲鳴。絶対にあの夫人は、普通の女性では無い。


「叔父上」

「やっぱり、若い子同士で良かったみたいだね」

「良かったって声じゃ…………」

「リーズは元遊女だからね。ちょっと悪戯心でも出たんだろう。それより、フェルは着替えないのかい?」


 言われて、すっかり濡れた制服を見下ろす。正直さして気にならない。任務でずぶ濡れなんて、よくある事だ。この空間祝福を施した場所に居れば、すぐに乾くだろう。


「そういう趣味だった?」

「は?」

「それ。水じゃないからね?神人の回復を促す為の、花の蜜」


 道理で匂いが甘ったるい。やっぱり着替えた方がいいか。それとも、それが狙いか。そう思って叔父を見る。彼は風の神人だ。水の神人だというセナの近くに放置して、大丈夫には思えない。なにしろ、躊躇いも無く彼女の肌を暴いたのは彼なのだ。


「エルネスさんは?」

「ダヴィド君と、この先のパビリオンに。だってさ、団には行けないだろう?戻ったのがバレたら、彼女の事も嗅ぎ付かれるかもしれないし…………ほら着替えておいで。彼女に襲い掛かったりしないから」


 信用できるかと言われれば、全く出来ない。


 フェルナンはこめかみを揉んだ。頭痛の無くなる目途が立たない。


「エルだって、傍に置いて安全じゃぁ無いだろう?あの子は正統な第二種族だよ?」

「…………」


 これはマズイな。


 フェルナンは、纏う気配を僅かに変えた。異常ありのサイン。この庭が神人の手の中だとしても、竜人族の感知能力は健在だ。


 エルネスは無理やりとは言え、差し出された星南に血の色しか求めなかった。フェルナンが叔父に同意しなかった理由だ。異性間であれば、もっと効率的で濃厚な色がある。彼はどさくさに紛れても、無下に花を散らすような真似はしない。それだけ理性的なのだ。この叔父よりも、遥かに信頼できる。


「内面の強靭さが違うんだな」


 フェルナンの呟きに、ローリエが首を傾げた。


「叔父上は中身が駄目だ」

「ひどいよ、フェル。すっかり可愛げが無くなったね。ちょと前までは『おじうえー』って舌っ足らずに呼んでくれたのに。光と風の祝福で、昔の姿を投影してあげようか?」

「やめろ!さっさと歩け!!」


 クスクスとローリエが笑う。セザールなんて名前で呼べるのは、妻でさえ公の場では難しい。彼がそれを許したのだから、どんなにへなちょこでもセナは神人なのだ。

 

 

 

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