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金色の花を探して  作者: 秀月
聖ネルベンレート王国
3/93

1-3:止まぬ雨

 弱まる事の無い雨の中、青白い光が行く先を照らす。やがて見えたのはオレンジ色の光を灯す街灯と、それに続く高い石組の壁だった。馬車は速度を落とし、壁を右に逸れて行く。


 意外と立派な街がありそうだ。


 星南が壁を見上げていると、フェルナンが腕の力を強めた。お腹が苦しい。


「顔を上げるな。きょろきょろするな」

「すぐに検閲です。セナは笑顔で、堂々としていて下さい」

「は、はい」


 もしかして不法入国?


 それ以前に、戸籍すら無い。笑顔でって、笑って誤魔化せるのは日本人だけかと思っていたよ。


 ならばと、やる気を出して背筋を伸ばしてみる。強制とは言え、乗った舟。失敗はこの身に降り掛かる。ここで見捨てられてしまったら、それこそきっと大変だ。


 並ぶ街灯が増え、どんどん先が明るくなった。やがてアーチを描く堅牢な石門が見えてくる。周りには兵隊のような服装の門番が数名いて、長い棒を持っていた。


「え?」


 思わず声がこぼれ出る。フェルナンに後頭部を小突かれるも、開いた口が塞がらない。


 なんだ、あのモケモケは。


 全員、頭に三角の耳を付けているのだ。まるで猫耳。しかも取り付け位置を失敗したような、側頭の微妙な場所に。唖然と凝視していると、ふさふさの太い尻尾まであった。服装はカッチリしてるのに、なんでそんなコスプレなのか。門番は怖くないですよと、アピール期間?


「止まれッ!」


 厳しい声に、星南は慌てて表情を整えた。


「ご苦労様です。先程出ました金糸雀カナリです。任務終了に伴い、帰還しました」


 エルネスが、相変わらず優しげな声で対応している。ガタガタと足音を立て、数人が馬車を取り囲んだ。そのきびきびした動きに、動物コスの油断はない。


「カナリの方。お一人多いようですが…………」

「あぁ、そうでした」


 エルネスはそう言いながら、星南の肩に手を置いた。少し顔を上げて、と囁かれるままに視線を上げる。たまたま近くに居た門番と、ばっちり視線が合わさった。


「っ!!」


 その人が尻尾の毛を膨らませたので、星南もびっくりして目を見開いた。生えてるの?あの尻尾、リアルに生えてるの!?


「大丈夫ですよ。はぐれとは言え、まだ子ども。私がちゃんと、面倒をみますから」


 一気に空気が張り詰めた。エルネスはそれを気にもせず、通っても、と声を掛けている。


「お、お通ししろッ!!」


 門番の上擦った声に、ちょろいな、とフェルナンが耳元で言い捨てた。思わず振り向くと、乱暴に前を向かされる。


「いいか、じっとしていろ。きょろきょろすんな。何度も言わせると殴るぞ」

「…………ハイ」


 星南は上げた顔を、力無く伏せた。私の顔が何なのか。蛇顔疑惑が深まっていく。あの驚き様は、普通にショックだった。


 馬車はそのまま低速で大通りを奥へと進む。結構な降りなのに、この世界には傘が無いのか、ローブにフードの人ばかりだ。後は、似たような幌馬車と箱馬車。煉瓦と木造の街並みは、横浜のレトロな雰囲気に何処か似ていた。しかし、時折見かける人の頭には大きな耳。尻尾。


 ハロウィンイベントの一環だと、嘘でも良いから言って欲しい。


 フェルナンの耳は横に長く尖っているし、それが少し変わってはいたけれど…………異世界なんだし、という許容範囲だ。蛇人族の耳は丸いのだろうか。そもそも、あのにょろにょろした方の蛇に、耳があるのか。


「さぁセナ、此処からが正念場ですよ」

「え?」


 目を瞬いて前を向くと、丁度大きな鉄柵の門を潜ったところだった。その先は街灯の数が少なく、暗い森が広がっている。


「この国で我々の組織は、討伐ギルドと呼ばれています。此処は、そのアングラード分団の根城です。いいですね。決してフードを脱がず、私の隣に居て下さい」

「はい…………」


 ギルドって、冒険したりする人の集まりだっけ。彼らについて行くという事は、私もギルドの所属になるのだろうか。そう思った星南の前に、重厚な石煉瓦いしれんが造りの建物が見えてくる。まるで砦か城と言った構えだ。


 何か思ってたのと違う?


 そんな疑問も問えないままに、止まった馬車から降ろされる。金糸雀カナリの四人に囲まれて内部に足を踏み入れると、ひんやりした空気に包まれた。壁で揺らめく光は、本物の火だ。それが意外と明るく照らす。


「痛ッ!」

「何度言わせる気だ」


 フェルナンが言うなり、殴ってきた。


「セナ、良い子にしていて下さいね?」

「そうっスよ、せっかく命拾いしたんだし」


 エルネスにも注意され、ウスタージュの命拾いに沈黙する。ダヴィドが、生きたまま皮を剥がされたくは無いだろう、と脅しにしては強烈な一言を言って、星南はしおらしく項垂れた。明るい室内に、気持ちが浮ついたようだ。


 私は現在、種族に性別、恐らく年齢。氏名と国籍に至るまで偽装の身。日本でだって、これだけやれば相当ヤバい人物だ。


 大人しくなった星南の頭を、大きな手がぽん、と撫でていく。多分ダヴィドだろう。落とした視線の先には、田んぼに落ちたように汚れた通勤靴ローファーが見えた。本当に酷い格好をしている、と改めて思う。そして無力だ。


 とぼとぼ廊下を進んで行くと、時折、話し声が聞こえてきた。それはやっぱり、日本語しにか聞こえなかった。




「メートル・オブリ、良い所に」


 ざわめきのする部屋に入ってすぐ、ダヴィドが声を上げる。


 その声に、何だいのそ格好は、と笑いを含んだ年配女性の掠れた声が答え、エルネスが後発隊で出ていまして、と付け足した。その女性は、はぁー、と呆れたような息を洩らした。


「先発はとっくに帰って来ているよ。新顔が道草なんて、イケナイねぇ?」

「この国にとっては、大きな道草でして。セナ、いらっしゃい」


 エルネスに呼ばれ、数歩前に歩み出る。顔は上げない。


「何だい、この小汚い坊やは」

「はぐれ者ですよ」

「はぁ?このアングラード近辺で、はぐれ者なんて話は、聞いた事が無いよ」

「そうでしょうとも。だから、我々も時間が掛かってしまったんです」

「坊や、ちょっと顔をお上げ」


 言われた星南は、僅かに目線を上げた。床まで裾のある濃紺のドレスに、細い腰と豊かな胸が見える。掠れた声からは想像できなかった、グラマラスなお方のようだ。


「へぇ?これは驚いたね」

「髪色が似ているでしょう?もしかすると、ウチの血縁かもしれませんし、帰国まで金糸雀カナリに混ぜようかと思いまして」


 エルネスがすかさず要件を口にすると、成程ね、と彼女も納得を示した。


「とは言ったって、此処は討伐ギルドさ?いくら何でも、小間使いなんかじゃぁ、置いとけないよ?」

「薬草師の才がある。暫くは見習いで育成するつもりだ」


 ダヴィドが、例の職業名を話題に混ぜた。本当に薬草師にされるみたいだ。他人事のように聞くしかない星南の前で、エルネスとダヴィドの巧妙な掛け合いが続いている。その会話に、ある事無い事盛られているから、肩身は狭くなる一方だ。


「ふぅん?ノワールに連なる血は伊達じゃない、と言う訳かい。まぁいいさ好きにおし。くれぐれもその子を、一人で野放しにするんじゃないよ」

「了解だ」


 ダヴィドが締めくくると、目の前の女性は床に屈んで、星南の顔を見上げてきた。豊満な胸が零れ落ちそうだ。それにドキッとして後退る。彼女はふふふと微笑んだ。綺麗な栗色の瞳に三角の耳。化粧が彩る顔は、年齢不詳の妖艶さ。華やかで肉感的。これが女性の基準ならば、自分が女に見えないのも無理はない。


 主に肉付きの面で。悲しい。


「おやまぁ。酷い格好だけど、なかなか綺麗な顔をしているじゃないかい」


 その言葉に目を見開くと、彼女はコロコロ笑い出した。


知識者フィロゾフじゃないんだね。反応が素直で可愛い事」

「立って下さい、メートル・オブリ…………」

「何だいエルネス。ヤキモチかい?優秀な薬草師に育ったら、此処に置いてっても良いんだよ?こんなに小さいなら、他の奴らだって懐くかもしれないし」

「考えておきますが、ウチの庶子かは本国で調べませんと…………ほら、行きましょう」


 背中を押された星南は、軽く会釈して彼女に背を向けた。ダヴィドがまだ話しているのか、ほほほ、と明るい声が聞こえてくる。


「フェルナン、先にセナを連れて行って下さい」

「了解…………ほら、さっさと歩け」


 そう答えたフェルナンは、足早に先導を始めた。石造りの建物に、小走りの靴音が響く。浸水した革靴の中で、足がツルツル滑っているようだ。気を抜くと脱げてフェルナンの後頭部を直撃出来るかもしれない。


 最高の不慮の事故!


 ちっ、と舌打ちの音が聞こえ時には、急に止まった彼の背に激突していた。


「いちいち、どうして落ち着きが無いんだ。鴨の子みたいに盲目に付いて来んじゃねぇよ!」


 そんな事言われても。


「あー、もう、やりにくいな!」


 それは私も同感だ。うっかり溜息をつくと、フェルナンはお前な、と低い声で唸った。


「それだけ…………」


 言い掛けたまま黙ってしまった彼に、怒鳴られるかと身構えていた星南は、首を徐々に伸ばした。どうしたんだろう。そう思って辺りを窺うと、廊下の突き当りに人通りが見える。怪我人なのか、複数の担架が運ばれていた。


「お前…………」

「まだこんなところに居たんですか?」


 言いかけたフェルナンを、エルネスの声が遮った。


「…………の言葉はまさか」


 何を話したのだろう。落とされた声がよく聞こえない。星南が目線を移した時には、メモを手にしたフェルナンが背を向けた所だった。もしかして、知り合いが運ばれていたのだろうか?


「さぁ、セナ。行きますよ」

「…………」


 返事をしそうになった口を寸前で閉じ、首を縦に振り動かす。エルネスはそれを見て穏やかに笑ったが、フードを深く被っている星南には見えなかった。ゆっくり歩き出した彼の後に続く事しばし、等間隔に扉が並ぶ廊下に行き着いた。ホテルと言うには質素だけれど、灰色の壁に時折下がるタペストリー、揺れる明かりが何とも洒落て見える。


「今夜は、この部屋を使って下さい」


 開かれた扉の先は真っ暗だ。エルネスは気にも止めずに中へと入って、振り向いた。


「ガスとうの使い方を知っていますか?」


 ガス?


 プロパンですか、エルピーですか?まさか、都市って事は無いだろう…………首を傾げているとエルネスは、都市管理のガス管が、とまさかの都市ガス説を肯定し始めた。換気が必須で夜間のみ使用出来るそれを、彼はレクチャー付で点けてくれる。


「それから…………」


 差し出されたのは、高級チョコレートでも入っていそうな小箱だ。ピンク色の蓋には、赤い花が描かれている。


「…………?」


 まず、この怒涛の流れからして、プレゼントという事は無いだろう。ぬか喜びはしたくない。星南が慎重にそれを受け取ると、小箱は空のように軽かった。


「念のためにね。使い方は分かりますか?」

「…………使い、方?」


 そう言うからには、食べ物ではなさそうだ。ならば道具のたぐい?裁縫セットという事もあり得るか。ひとまず、中を見ないことには話が見えない。そう思った星南が箱を開けようとすると、顔に影が差した。エルネスが屈んできたのだ。


「生理用品です」


 彼は僅かも変わらぬ微笑みを浮かべたまま、声を落とした。


「一応、使い方をメモして頂きましたが…………読めますか?」

「えっ!」


 読めますか?


 読める訳無いじゃん。じゃあ、その説明書をエルネスさんが読む訳?顔に熱が集まるのが分かった。あり得ない、読めなくても読みますとも。これの使い方を男性に教わるなんて、ムリだ。絶対無理に決まってる!


 エルネスは真っ赤になって焦りだした星南に向けて、何故か笑みを深めてみせた。にこり、とフードから見える口元が弧を描く。


「文字は、読めるんですね?」


 差し出される厚手の紙片には、走り書きのような曲線。おそらく文字だ。男性にこれの使い方を聞かれて、やけくそで書き散らした、という走り書き。分かるよ、その気持ち!私などまさに、使い方をレクチャーされかかっている。セクハラだ、こういうのをセクハラと言うんだ!小箱を持つ手に汗をかく。英語の筆記体すら読めない星南には、この抜き打ちテストはレベルが高過ぎた。頭には、逃げの一手しか浮かばない。紙片をエルネスの手から引き抜くと、背後の部屋へ後退る。


「…………まぁ良いでしょう。朝まで大人しくしていて下さいね。くれぐれも、部屋から出ないように」

「はいっ!!」

「良い返事です。“はい”とは、了解の意味もあるのですね」

「…………多分、そんな感じです?」

「…………はっきりしませんね」


 エルネスのフードが溜息に揺れた。


「後で支給品を持って来ますから、まだ眠らないで下さい」


 そう言い残して、彼はやっと背中を向ける。パタンと閉じられた扉。火が揺らめく室内で、くたりと床に崩れ落ちた。良かった、追及されなくて良かったぁーっ!!


「っていうかコレ…………」


 そっと箱を開くと、案の定タンポンだった。慣れると快適というそれとは、苦いプール授業の思い出と共にタンスの奥に眠ったままだ。出来る事なら使いたくない。


「…………というか私、本当に男の子するのかな」


 握り込んだ厚手の紙片に視線を移す。手透き和紙を思わせる歪な形と、荒い繊維。製紙技術は、あまり高くは無さそうだ。けれど、メモに使うくらいは安価なのだろう。紙片で荒れる文字を見て、ナプキンならまだしも、タンポンの使い方を書かされた女性の心情は推して知るべし、である。しかも聞いてきた男が、エルネスさんだ。イケメンと言うより、美形という言葉が似合う人に、こんな事を…………させたのは、私か。


「…………」


 星南は、重い溜息をついて立ち上がった。衛生管理は自己責任。滅菌処理は大丈夫だろうか。過る不安を押し込めて、ピンクの小箱に蓋をする。それをメモと一緒に窓際のチェストに置いた星南は、未だ降りしきる雨の夜を見詰めた。窓ガラスには、何も見えない暗闇を背景に、水色のカッパを着た自分が映ってる。それが変にリアルで、フードの中に視界を埋めた。


 成せばなる。何もしないで泣くのは、もうしないって決めたんだ。けれど何をして、何をしないのか分からない時は、どうしたら良いのだろう?


 今、どれくらい時間が経ったのかさえ、分からないのに。


 結局ぼんやりとしていた星南は、ノックの音に飛び上がる事となる。鍵を掛けたか思い出している間に、扉が開いた。


 相変わらずフードを被ったままの、エルネスだった。彼は濡れカッパのままの星南に対して、銀の紋様が縁に描かれた深緑のローブに着替えていた。その長身を見上げると、色の薄い瞳が優しく微笑む。


「支給品と軽食です。服のサイズは、これが一番小さい物なので、大きくても我慢して下さいね」

「あ、ありがとうございます」


 エルネスは片手にトランクケースを下げたまま、一歩を踏み出した。反射的に後退すると、そのまま室内に入っていてくる。その後ろに続いたのは、湯気の上がる木桶を持ったフェルナンだ。目さえ合わせない態度が、嫌々来た事を物語っていた。


「さて、セナ」


 パタンと扉が閉まった。エルネスはぞんざいな手つきでフードを背に払い落とし、青とも緑とも言えない、見慣れぬ色の瞳を星南に向けた。サラリとした黒髪に一瞬見とれ、逃げ遅れた肩を掴まれる。


「貴女、何処を怪我しているんです?」

「えっ!?」

「…………それは、どういう意味でしょう?」

「私は、怪我なんて…………」


 ドンと音を立てて、フェルナンが木桶を床に置いた。彼は盛大に眉間にシワを寄せたまま、背負った麻袋をベッドの方へ投げ捨てる。フェル、とエルネスが窘めたが、不機嫌オーラと共に鋭く睨まれた。


「もう、ほっとけよエルネスさん。これだけ揃えてやったんだ、後は自分でするだろう」


 エルネスは無言で星南を見下ろした。正体不明の笑顔は、ガス灯の揺らめく光で一層不気味に見える。美人は怒ると怖いらしい。けれど、それ以外の表情も怖いのかもしれない。そもそも怪我なんてない。一体どこ情報か。


 星南も無言で彼を見上げた。


 艶のある黒い髪。惜し気もなく短く切られたそれが、顎のラインでサラリと揺れる。


「セナ、血の香りに敏感な種族が居ることは、知っていますね?」


 条件反射でコクコク首を縦に振る。勿論知るよしも無いのだが。彼にイエス以外の返事をしてはいけない。そう直感が叫んだ。


「種族がバレたら、命は無いんだ。ソイツだって、ちゃんと気を付ける…………なぁ?」


 フェルナンの視線は刺々しい。彼も綺麗な顔なのだけど、結構睨まれ慣れてきた。ほら、美人も三分・・で飽きると言うし。第一、年下男子の癇癪かんしゃくは妙に可愛く見えるもの。つい口角を上げた星南に、エルネスは怪しいですね、と声を落とした。


「本当に分かっているんでしょうか…………そうですね。ひとまず、服を脱ぎましょう」


 言い切った彼の逆の手が、肩に乗る。両肩を掴まれる事になった星南は、漸く身の危険を覚えた。


「ななな、何をする気です!?」

「貴女から、複数の血臭がしますよ?何時までそれを、着ているつもりです?そんな事をしていても、もう何の意味もありません」

「えっ!?」


 複数?血臭!?


 ――――逃げたガキが一人足りねぇ。


 目の前が暗くなった。ガサついた男の声と、打ち付ける水の幻聴が聞こえるようだ。他にはいない。


 あの子達だ。


「おいチビ、エルネスさんの手を煩わせるなよ」

「…………自分で、出来ます」


 どこかで、血を浴た?しかも、一人じゃないなんて…………それはとてつもなく気持ちの悪い事だった。一瞬でトラウマと化した光景。あの辺りは一面、血の海だったのではないか。


「何時まで着ていたって、彼等は蘇ったりしません。セナ、こうなってしまっては、弔う事も出来ませんからね。貴女の着ている物は全て、証拠隠滅の為に焼却処分です」

「…………はい」


 震える手でフードを脱ぐと、エルネスは肩に置いた手を放して、溜息と共に背を向けた。


「出立は早朝です。鍵を閉め、身支度をして休みなさい」

「はい」


 何事も無かったようにフードを被り、彼はそのまま部屋から出て行った。鼻を鳴らしたフェルナンが後に続き、扉が軋みながら閉じていく。


「早く脱がなきゃ…………」


 星南の頭の中では、止まぬ雨が、赤く赤く降っていた。

 

 

 



誤字報告ありがとうございました。



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