表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
金色の花を探して  作者: 秀月
聖ネルベンレート王国

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/93

1-29:後味

 青白い炎に足元を照らされながら、夜の森を歩く。先頭はフェルナンで、その後をダヴィドとウスタージュ。星南はエルネスと並んで最後尾だった。


 埋葬地の森。気分はすっかり肝試し。


「セナ」


 エルネスが囁いて、手袋に包まれた長い指を一本、自身の唇に押し当てる。両手で自分の口を押さえたけれど、私は何も喋っていない。


 前を歩くダヴィドが片手を上げて、それで全員が停止した。止まり損ねた星南は、エルネスに首根っこを掴まれる。


「一人多い」


 その呟きを合図に、足元から光が消えた。暗い森。明かりを探して見上げた空には、まだ月が無い。


「セナ」


 エルネスが呼んだ。抱き寄せるように腕が回って、肩が強張る。それでも周りは真っ暗で、腕を回して、と指示されれば迷う余地は無かった。ここに一人で残されても、気付かない自信がある。逃がさないとばかりにしがみ付いた星南を、彼は小さく笑った。


「神人ではないな」


 安堵を含むダヴィドの声に、でも全員殺られました、とウスタージュが補足する。


「その一人、押さえますね?」

「――――当然だ」


 鞘を滑る金属音。震えだす指先を、自分でどうにも出来ない。怖い。馬車に残されるのと、どっちがマシだっただろう。弱音を吐きそうになる唇を噛んで、そっと背後を窺った。真っ暗だ。みんなには見えているのだろうか。


 ザワザワと黒い木々が風に揺れ、ローブの裾が翻る。その音さえも、怖いものに感じた。


「来るぞ――――!」


 ダヴィドの声を合図に、パチンと指の鳴る音が二つする。


勿忘草の青(ミヨゾティス)っ!』

『神の羽のひと欠けよ 大地に根付きしその息吹 白くにがしめ 眠りを誘え その身は痺れ 霧の彼方へ――――艾の緑(アプサント)


 青白く森が照らし出されて、淡い緑の雨が降る。


 その中を、一直線に走って来る人影があった。角のように尖った耳。身体は逆三角形で足は細く、両手に抜身の剣を持つ。顔まで毛だらけだ。人と言うより、二息歩行の獣に見える。


 真っ先に飛び出したダヴィドが男の剣を二本とも受け、駄目だな、と琥珀色の目を細くした。呪いか、とその背後に回ったフェルナンが答え、振り上げた白い光が一直線に男に落ちる。あっと息を止めた星南の視界は、緑色に閉ざされた。エルネスのローブだ。


「見る必要はありません」


 それでも断末魔が聞こえてきて、しがみつく腕に力が入る。


「討伐ギルドに盾突く以上、命は覚悟の上でしょう。それに――――」


 殺して、しまったのだろうか。言葉の続きは頭に入って来なかった。こんなに簡単に。


 ――――人が死ぬ。


 キーン、と高い耳鳴りがする。一瞬身体の感覚が遠のいて、消えかかった意識を、きつく抱き締められる事で取り戻す。


「しっかりして下さい、セナ」


 頭が痛い。気持ちが悪い。どうしてこんな世界なの。空気の癖に神様ルールが厳しくて、何故か来てしまった私は放置。それだけでもやるせないのに、捕まると命が危ない種族疑惑に殺人容疑。何か、含むところでも有るのでしょうか!?


 なんとかなる。


 なんとか出来るのか。自力では最早もはやムリな気がする。それでも、ですよっ!!


 何もしないで悔やむのは、もう止めるんだ。私はまだ、何もしていない。星南はエルネスの身体をそっと押した。背中の腕が緩み、見下ろす彼の顔が見える。困ったような苦い笑顔だ。


 ローブのフードを背に払い落として、隠された現実に目を向ける。


 フェルナンが僅かに表情を固くした。その足元に、焦げ茶色の毛並みが転がっている。剣を鞘に収めたダヴィドが、フードを被れ、と咎めた。


「イヤです」


 この人は、死んでるのだろうか。気を失っているだけじゃない?そう思って近付いて行く。


「っ!」


 開いたまま口。血の飛び散っ服。肩から腰へとバッサリ裂けて、今も染みが広がるばかり。


「生きてねぇよ」


 殺されるかもしれないと、恐怖した相手。名前すら知らない誰か。こんな風に殺された事を、哀れむ資格なんて、私にはないのに。ひどいと、何に対して思ってしまったのか。今や私は、加害者だ。


「それは人形だ。意思を持たない時点で、人族とは認められん」


 そう言ったダヴィドが、うつ伏せの体に足先を入れて、ひっくり返す。


「フェルナン、見せてやれ」


 短い溜息を吐いて、フェルナンの剣が動かぬ犬人の胸に突き刺さった。あまりの行為に口を押さえて、目を見開く。


「第一種族の神人は…………俺達に言わせれば人外だ。人を人だったモノにする事が出来る時点で、対等な相手じゃねぇ」


 ダヴィドがクッと顎を上げる。それを合図に、フェルナンの剣が胸から抜けて、赤い火花が弾けた。血ではない。溢れ出たのは炎だった。あっという間に全身へ燃え広がり、嫌な臭いが立ち上る。距離を取ったダヴィドが星南の腕を引き、更に後方へ下がらせた。


「これが神人の祝福を受けた代償だ。神の力は、人の身には強すぎる。土へ戻れない時点で、冥界には行けん」

「大気に還るんですよ。大神より授かった命を返納する、唯一の方法でもあります」


 エルネスが星南にフードを被らせた。赤いローブ。魔除けの色。その血がまだ赤い事を、意図せず料理で確かめた。怪我の治癒力の高さも同様に。


 そして、神人に目を付けられている少女だ。


「マズイな」


 パシッと額を押さえたダヴィドが呻く。ウスタージュが確認に行っている方の刺客は、冒険者ギルドという何でもやる集団の人間だった。しかも殺し専門の高給取り。竜人の感知を阻害するローブを身に付けていた時点で、背後に権力者、いては神人の存在がちら付いている。


 そしてこの男に至っては、加護を宿していた。


「すぐに聖都へ逃げ込むと、逆に特定されかねん」

「そうでしょうが、ここに留まっても…………」


 無駄に数居る殺し屋が、報酬目当てにやって来る事は確実だ。そして彼らが、神人に所在を伝えてしまう。


「俺達が非感知対策の金属を所持していても、役に立たん」

「他のパーティーを動かせませんか?」

小夜鳴鳥ロシニョルなら呼べるが…………伝達回線を開けば、この位置を神人に特定されるぞ」

「コイツを燃やした時点で、バレてんだろ?」


 嘆息したダヴィドの視線がこちらに向いた。琥珀色の綺麗な瞳。ポカンと見返した星南の頭に手を乗せて、目線を合わせるように片膝をつく。


「非常に良くない状況だ。セナ、お前にも協力してもらわねばならん」

「…………はい」

「まず、腕を出せ」


 彼に近い左手を差し出した。側で燃え続ける火の中は、もう何も残って居ないように見える。大気に還るという事は、骨さえ残らないのだろうか。良くも悪くも、それは現実味の薄い光景だった。整理の付かない頭の中。手首を掴んだダヴィドの手が、ジャケットの袖をめくって、シャツの袖ボタンを外す。


 え?


 思った時には肘まで袖を上げられて、手袋が引き抜かれた後だった。


「エル、やれ」

「…………此処でセーナを使うんですか」

「すぐに出血が止まる。痕も残らん。非戦闘員だ、問題ない」

「えっ!?」


 低い位置のダヴィドを見て、エルネスを見上げる。何かをするのではなく、何かを、されそうな状況なのだ。やっと気付いて、おろおろ二人の顔を見比べる。


「セーナは子どもです。色を提供するには適しません――――フェル」

「何でだよっ!ここはセナだろう!?」


 ぎょっとした顔で、フェルナンが抗議した。


「それくらい役に立ってって!ソイツは荷物じゃなくて、メンバーなんだ」

「出来るな、セナ?」

「え…………」


 子どもだから、色を提供するのに適さない。でも、剥かれているのは腕一本。メンバーだから、役には立ちたい。貞操の危機?でもエルネスさんは、フェルナンでも替わりが利くような言い方だった。


「フェルナン、もうウスタージュを引かせろ。エルは諦めてくれ。セナが頑張る気でいる内に済ませるんだな。泣かれるぞ?」

「もう泣きそうですよ…………フェルを貸して下さい。腕立てなんて御免です」

「フェルナンは駄目だ。サフィールの力を落とす訳にはいかん」

「では、ウスタージュですね」

「分かった、もういい。腕立て無しだ。セナで我慢しろ!」

「そうですか。泣こうが喚こうが、ペナルティーは無しですね?」


 逆の腕が引かれる。目を見開いたダヴィドの顔に、しまった、と書いてあるようだった。


「フェル、明かりを一つ寄越して下さい」

「了解」

「えっエルネスさん!」


 無駄に歩数を増やしただけで、抵抗虚しく、木の根元まで連れていかれる。助けを求めて、ダヴィドの方に手を伸ばした。その素肌を晒したままの腕に、エルネスの指が掛かる。


「むむむ無理ですっ!何をするんですかっ!?」

「安心して下さい。貴女が差し出せるものは、血液だけです。その代わり、量を必要とされるでしょうけれど。致死量という事はありません」


 腕が上へと引き伸ばされる。足がつま先立ちになって、背中を支えられるままに、離れたい相手の服を掴んだ。細くて白い腕。涙を浮かべる灰色の瞳が、縋るように見上げてくる。


 可哀そうに。


 優しくエルネスは顔を綻ばせて、セーナと名を呼んだ。


「そんな顔を見せられて止める男は、少数派です。覚えておきなさい」


 言われた言葉が、逆の耳から抜けていく。直視を避けていた顔。作り物みたいで繊細な、天使のような優しい笑顔。それを見てしまった効果は絶大だった。いっぱいいっぱいの思考が凍り付く。痛いくらいに吊り上げられた腕に、綺麗な顔が頬を寄せた。サラリと動いた髪の向こうで、そこに唇が触れ、薄青い瞳が一瞬こちらを見下ろす。


『沼の底 暗き緑を冠する者よ』


 もう一度、腕に唇が押し当てられた。そのまま手首の方から肘の内側へと、何かを探すように下りてくる。ぞわりと背筋が震えて、爪先立ちの身体が揺らぐ。更にきつく抱きしめられて、息が詰まった。話し掛けられる雰囲気は、もう何処にも無い。


『血脈をつぎし闇の青より 対価を持って音を届ける』

「っ!!」


 彼の口が大きく開いて、白い歯が見えた。それが腕に沈む。


 食い千切られたと、思うような痛さだった。


 声すら出せず、強張る身体は抱きしめられて、何処にも痛みを逃がせない。ぎゅっと目を閉じた時、その場所からカッと熱が広がった。頭を殴られたような衝撃に、身体が痙攣する。生暖かいものが肘の方に流れていく感覚が、怖い程に鮮明だった。やめてと言おうとした口からは、もう空気しか出てこない。


 必死に見上げたエルネスの顔は真剣だ。また腕に寄せられるその顔が、水の幕に歪んで見える。


『熱持ち 色を結べ――――!』


 自分に火が付いたのかと思った。身体がガクンとのたうって、崩れ落ちるままに座り込む。


「セーナ、意識を失わないで下さい」


 抱き込んだ姿勢のまま、膝をつくエルネスを見上げる。唇の端が赤かった。それが自分の血かと思うと、訳の分からない羞恥に襲われる。けれど、彼の瞳は冷静なままだ。抑揚の無い声の出し方は、魔法の呪文を唱える時と同じ。これはきっと医療行為の親戚なのだ。そう言い聞かせて、どうにか呼吸を整える。死なないと言っていたから、大丈夫。私はお荷物なんかになってちゃダメなんだ。合わない歯の根を噛み締めて、しっかりエルネスを見返した。


 せめて、カッコよく役に立ちたい!


 口をへの字に曲げてめそめそ泣いている星南に、そんなカッコ良さは残っていなかったが――――真っ直ぐな視線を向けられた彼を、複雑な気分にさせた。


「私の父は暇人ですから。きっと、直ぐに答えてくれます」


 そうで無ければ、やり直しだ。


 多分彼女は、二回目には耐えられない。掴んでいる手首が、小刻みに震えたままだった。思った以上に血が抜けたのかもしれない。


 他者に対価を求める色術式を、子ども相手に使った事が無い訳ではないが。あの子は泣き叫んで大変だったし、少し大人しくなってちょうど良かった。比べてセーナは、声も出せずに泣いている。


 それは、子どもの反応でも、大人の反応でも無かった。その気のある女性を泣かせる事には、微塵も胸は痛まない。けれど今は、確実に無理を強いた状況だ。泣き喚くと思っていた。


 こんな泣き方をされるとは…………


 どうして自分は、信頼の眼差しを向けられているのだろうか。怯えられても良いと、すっかり諦めていたのに。そういう立場で良いと、諦めていたのだ。困惑の中で思い至ると、とても悪い事をした気分になってくる。


 血の止まらない細い腕を見て、エルネスは頭の中で叫んだ。


 何をしているんです、駄目神人っ!


 しっかり深く噛んだから、傷が残ってしまうかもしれない。浅いと余計に痛い思いをする。魔人族は尖った犬歯を上顎に持つ。それの本来の使い方は、(まが)(かた)なき現状なのだが…………


 なんと後味が悪いのだろう。

 

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ