1-28:冗談
「それで?」
ダヴィドに視線を向けられたウスタージュは、生きてますよ、と溜息混じりに返した。鳥鍋を囲んで、気分はキャンプかバーベキュー。なのに話題は襲撃者、という殺伐としたものだった。
「面白いローブを着ていましてね」
「その場で処分したけどな」
エルネスの言葉を次いだフェルナンに、ダヴィドが面倒だな、と溢す。みんな食べながらなので、短い会話リレーだ。星南はゆるゆると空を見上げた。嘘みたいに星だらけ。それがどこか懐かしい。きっと田舎の夜空に似てるんだ。
「どうせ、大した事は知らんだろうが」
「今頃、自害しているかもしれませんし」
空から目線を手元に戻し、木椀の中身をぼんやりと見る。鳥鍋だからメインは肉で、根野菜とキノコ入り。パッと見は豚汁か肉じゃがだ。
「どうせ埋葬地なんだ。自主的に肥やしになるんなら、それでいいだろ」
フェルナンがそう言い捨てて、お玉に手を伸ばす。星南はグッとスプーンを持つ手に力を入れた。この会話を聞きながら、どうして食事が進もうか。
現実逃避を諦めて、ぐつぐつ煮える鍋を見詰める。美味しそうだし、実際、美味しかった。拷問の詳細をエルネスが話し出す前までは。
「まぁ、彼等もプロですからね。ちょっと手足が無くっても、早々死にはしませんよ」
「…………俺は死んでて欲しいっス」
「同感だな。口が固くて割りに合わねぇ」
星南はすっかり青ざめていた。また襲撃されたのだ。こうも頻繁だと、私のせいなら土下座しても済まされないレベルである。けれど、非人道的な拷問をしている彼らだって問題だ。それじゃあ余計に恨まれる。
病気の子どもを殺すと言う、討伐ギルド。
その辺りからして、人の道から逸れている。せめて隔離だろう。言葉以外にも、溝の深さを思い知るばかりだ。そんな彼らを頼るしかない私に、口を出す資格なんて無いけれど。手や足が無いって、全然ちょっとじゃありませんから!!
煮える鍋を見ながら、とうとう溜息が零れた。酷く現実味が薄い。この森で、今にも死にそうな誰かが居る事。その加害者が目の前に居る事。
「セナ、冷めるぞ」
「…………はい」
だから止めれば良かったのに、と非難の視線がダヴィドに向いた。エルネスとウスタージュだ。しかし彼は苦笑しただけで、何も答えなかった。星南は保護対象の要人、かつメンバーだ。この状況が進めば、綺麗な面だけを見せる事など不可能になる。
それに。
ダヴィドは横目に星南を見た。首を落として惨殺された蛇人達。心に傷を負うような出来事であったなら、彼女は犯人を見ている可能性が高いのだ。出来るならば襲撃者を見せて、反応が見てみたい。流石に、殺める場面を見せる気は無いが。
「チビ助」
フェルナンに呼ばれて、星南は顔を上げた。彼は芋の塊を乗せたスプーンをこちらに差し出している。
「え?」
それをぽかんと見詰めると、彼は不機嫌顔に僅かな笑みを乗せた。妙な迫力がある。
「自分で食えないなら、お前は俺達からひと匙ずつ芋を食わされる事になる。肉はやらねぇ」
「えぇっ!」
唇にスプーンを押し付けられて、数秒の抵抗の後、しぶしぶ口を開ける。何で彼に、あーん、をさなきゃならないの!しかもみんなにガン見されたし。みるみる赤くなっていく星南を一瞥し、フェルナンは、そのスプーンで食事を再開した。
居たたまれないのは、私だけ!?
「では次は、私でしょうか?」
「俺の芋が食えんとは言わせんぞ?」
エルネスとダヴィドが、すぐに乗り気になって匙を向けてくる。元凶のフェルナンを睨むと、次も俺から欲しいのか、と彼はニヤリと不吉な笑みを浮かべてみせた。
「俺の椀にはな、特大サイズのがゴロゴロ入ってんだよ。お前だろう、この下手くそな切り方は」
「だって!」
ピーラー無かったんだもん。ナイフは両刃だし、まな板無いし!灯りは焚き火だけ。芋の芽を取るのに、どれだけ苦労したと思ってんの!?
「この鍋、何時にも増して美味いっスよ」
「セナの血入りだからな」
「ダヴィドさっんんー!」
開いた星南の口に芋を押し込み、ダヴィドはそっぽを向いて肩を震わせた。背中に非難の視線を感じるが、料理下手を秘密にするとは言っていない。そもそも、彼女がやる気になっていたから、少しは出来るのかと思ったのだ。
きっと育ちが良いのだろう。
とても見られた手付きでは無かった。皮を剥いたという血だらけの芋を差し出された時には、どうしてやろうかと本気で思った程だ。手袋に隠されているが、星南の両手は傷だらけになっている。
「加熱された血では、効果も無さそうですが」
「むしろ、大丈夫っていうか…………食っちまったんですけど俺ら」
「黒点の血が害になるのは、発病後だろ?べつに食っても、どうこうなんねぇよ。美味いんだろう?しっかり食っとけ、ウスタージュ」
「うえぇー…………」
血まみれの芋を、そのまま鍋に入れたのはダヴィドだ。何しろ水は貴重で、野菜はどれも洗っていない。その代わりになるのかは不明だが、よく煮ていた。テキトウ過ぎる男料理だ。
「ふと思ったのですが」
エルネスがそう言って、ウスタージュを指差す。
「セーナは彼の事を、何と呼んでいます?」
「…………ウスタージュ?」
「私は?」
「エルネスさん?」
そう答えると彼はうんうんと頷いて、私のフルネームは教えましたっけ、と聞いてきた。多分聞いていない。というか、どうせダヴィドさんみたいに長いのだろう。覚えられる気がしない。それも含めて首を横に振る。
「私は、イリス・エルネスワール・ラ・ヴェリエという名前です」
そう言ってにこにこしているので、反応に困った星南は自分の名前を復唱した。桂田 星南、断固名前は苗字の後ろにするスタイルだ。
「すっげぇー!反応薄っ!!」
「だろうと思った」
ウスタージュとフェルナンが、呆れた顔を向けてくる。気に入らないので、まとめて睨み返しておいた。
「ウスタージュとフェルナンも教えてやれ」
「俺は、マロン・ウスタージュ・クロケ」
「ヴェール・クレール・フェルナン」
「…………えーと。ど、どうも?」
何で今更、自己紹介?
ダヴィドを見ると、すぐに視線が合わさった。
「セナは可愛いな」
「…………」
何故だ。
ニコニコしているダヴィドが、イケメン故に目に毒だ。スマイルなんて求めてません。仕方が無いのでフェルナンを見る。彼は、今更驚かねぇよ、と見向きもしてくれなかった。一体、何を求められたのだろう。星南は眉間に皺を寄せた。ダヴィドさんは確か、両親の姓を名乗っていた筈だ。あの時の言い方からして、通常は両方名乗るのだろうか。
じゃぁ、エルネスさんとウスタージは片親?
死んだ親の姓は名乗らないとか、ちょっとシビア過ぎない?でも、そうだとすると。フェルナンが姓を名乗らなかったのも説明が付く。
「考えても分からんだろう?」
わしゃっと頭を撫でてきたダヴィドが、首を傾げてそう言った。何時の間にか木椀を片付けていた彼は、組んだ足に片肘をついている。
余裕ですか、そうですか!
悔しくなった星南は、そっぽを向いた。私にだって、彼らの名前に共通点が無い事ぐらい分かる。ダヴィドさん情報では、名前の前に色の意味を持つという色冠を戴くのが常らしい。エルネスさんのイリスや、ウスタージュのマロンがそうだろう。でもそう考えると、フェルナンは二色持ちになってしまう。目の色に由来する?ならば、ダヴィドさんとウスタージュが同じでなければ、おかしい筈だ。
それより、エルネスさんの名前、なんか違くなかった?
結局、星南は頭を抱えた。このポーズは世界共通で、頭に支障が出た事を意味している。つまり、分からないアピール――――敗北であった。ちょっと涙目なのは、気にしないでいただきたい。
「エルの本名は、聞く者が聞けば面白いくらいに効果があってな。基本、俺達も本名では呼ばん」
「セーナも今まで通りに呼んで下さいね。長くて煩わしいですし」
コクコク頷くと、ウスタージュが無知って怖いな、と呟いた。どんな効果があるのだろう。マフィアの何かだろうか。これ以上面倒事には巻き込まれたくない。絶対に気を付けよう。
「ウスタージュの母親には姓が無い。クロケは竜人族の父親姓だ」
ダヴィドが説明を始めると、片手を上げたウスタージュが言葉を引き継ぐ。
「俺の母さんは獣人族なんだ。自由を愛し、しがらみとか、そういうのを嫌う傾向にあるんだとさ。色冠や家名は持たない方が多くって、代わりに、名前を何個か持ってたりする。セーナは母親の姓を名乗ってないって聞いたけど、片親が獣人族なのか?」
そんな筈あるか。
ぶんぶん首を振って否定すると、名乗ってやれよ、と咎めるように言われてしまう。苗字を二つ並べたら、日本人としての何かを失いそうだ。
「本題はそこじゃないだろう」
フェルナンがそう言って、空になった椀を置いた。
「セナは、父親と母親、両方が“ニホンジン”なんだろ?両親は、同じ種族だってコイツは主張した訳だ」
「そんでもって、セーナは黒髪で――――」
「でも神人ではありません」
今度は何が始まるの?星南はお椀を持って身構えた。エルネスが微笑みを浮かべ、襲撃者が、と不穏な単語を口にする。
「言っていたんですよ。天界の庭で、短い黒髪の少年が居たと」
それが私?
一瞬思って否定する。あの時は水色のカッパを着ていた。髪型なんて分からない筈だ。
「その少年が、逃げる蛇人もろとも襲いかかって来たそうで」
つまり、襲撃者は報復目的でこんな森にまで付いて来たのだろうか。でも蛇人族って、保護するような話だった気がする。皮を剥ぐとか怖い話も散々聞いたけれど、襲うって、どの襲うだろう?
「分からんか?」
ダヴィドを見やると、要はこういう事だ、と彼は星南に手の平を向けた。
「水神の結界が晴れて、逃げ出た蛇人族。それは恒例行事だ。それを狙った狩人。それも残念ながら珍しくない。だが、狩人を狙った狩人と、黒髪の少年とお前。更に俺達があの日、天界の庭には居た訳だ」
アングラード分団からの尋問結果で、ギルドで捕らえた不審な男の目的は明るみとなった。聖ネルベンレート王国の議員家系に生まれた、確かな身元の人物だ。身分は見習いだとしても、真面目で評価も良かったと聞く。しかし議員家系は複雑であり、彼も例に洩れず、出世欲に眼が眩んだ。
ギルドに収容された蛇人族の情報を、外部に流していたのだ。幸いこの男は、星南にまでは至って居ない。しかし思わぬ事を吐いた。
狩人を殺せ。
黒い髪を探せと。
聖王命を戴いたんだと、だから自分を罰する事は出来ない。そう主張したらしい。聖王命とは、神殿トップの勅命を指す。ネルベンレートは、王族の上に神殿が君臨する統治体制だ。勅命以上に威力はデカい。
だが、討伐ギルドは独立組織。
アングラード分団長メートル・オブリは、最も重い除名処分を科した。
「セナはあの日、殺された子ども達を見ただろう?」
「はい…………」
ダヴィドは困った様子で微笑んでいる。私だって、多分困った顔をしているだろう。その少年には、殺人容疑と報復者がセット。私は蛇人族の疑いで皮を狙われ、女とバレたら後宮だ。混ぜてはいけない二つを混ぜた上に、押し付けられている。
「黒髪の少年を見たか?」
「いいえ」
「…………だろうな」
見ていたら、こうして生きてはいないだろう。それとも、違った何かが起こっただろうか。ダヴィドは、黒髪の少年がどの種族なのかを絞り込んでいた。蛇人族は第二種族だ。陸での身体能力は高くないものの、第四人種の獣人族に、そう簡単には後れを取ったりしない。
それを、まとめて襲えるたった一人の少年。しかも黒い髪。
――――神色だ。
「セーナ、鍵は身に付けていますね?」
「…………は、はい」
服の上からそれを押して、エルネスを見る。ポンと、ダヴィドが頭を撫でた。
「肌身離さず持っていろ。俺の考えが正しいならば、これで暫く襲撃は止む。もし止まなければ、依頼は切り上げて聖都に逃げ込むしかないだろう」
「私はさっさと、エリオの森に向かうべきだと思いますよ」
エルネスは溜息交じりに言って、ダヴィドに視線を向けた。もしも神人が相手なら、命が幾つあっても足りないだろう。第一種族は人族の頂点であると同時に、神族の末端でもあるのだ。
それに追われるセーナ、ですか。
あまり良い状況ではない。ともかく今は、もう一度あの犬人達に洗いざらい言わせるぐらいしか、出来る事は無いだろう。生きていれば。
エルネスが倒木から立ち上がると、フェルナンとウスタージュも自然と立ち上がって身支度を始めた。その様子に慌てだしたのは星南だ。これは絶対に、置いて行かれる。ダヴィドも立て掛けていた剣に手を伸ばしたから、一人にされるかもしれない。
絶対に嫌だ。
未だに中身の入っている木椀を置いて、ダヴィドのジャケットを引っ張った。
「早く食え。火を落とすぞ?」
「ダヴィドさん!」
「…………一緒に来るか?」
苦笑と共に言ったダヴィドは、ハイ、と元気よく肯定されて固まった。冗談だったのだ。




