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金色の花を探して  作者: 秀月
聖ネルベンレート王国

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28/93

1-28:冗談

「それで?」


 ダヴィドに視線を向けられたウスタージュは、生きてますよ、と溜息混じりに返した。鳥鍋を囲んで、気分はキャンプかバーベキュー。なのに話題は襲撃者、という殺伐としたものだった。


「面白いローブを着ていましてね」

「その場で処分したけどな」


 エルネスの言葉を次いだフェルナンに、ダヴィドが面倒だな、と溢す。みんな食べながらなので、短い会話リレーだ。星南はゆるゆると空を見上げた。嘘みたいに星だらけ。それがどこか懐かしい。きっと田舎の夜空に似てるんだ。


「どうせ、大した事は知らんだろうが」

「今頃、自害しているかもしれませんし」


 空から目線を手元に戻し、木椀の中身をぼんやりと見る。鳥鍋だからメインは肉で、根野菜とキノコ入り。パッと見は豚汁か肉じゃがだ。


「どうせ埋葬地なんだ。自主的に肥やしになるんなら、それでいいだろ」


 フェルナンがそう言い捨てて、お玉に手を伸ばす。星南はグッとスプーンを持つ手に力を入れた。この会話を聞きながら、どうして食事が進もうか。


 現実逃避を諦めて、ぐつぐつ煮える鍋を見詰める。美味しそうだし、実際、美味しかった。拷問の詳細をエルネスが話し出す前までは。


「まぁ、彼等もプロですからね。ちょっと手足が無くっても、早々死にはしませんよ」

「…………俺は死んでて欲しいっス」

「同感だな。口が固くて割りに合わねぇ」


 星南はすっかり青ざめていた。また襲撃されたのだ。こうも頻繁だと、私のせいなら土下座しても済まされないレベルである。けれど、非人道的な拷問をしている彼らだって問題だ。それじゃあ余計に恨まれる。


 病気の子どもを殺すと言う、討伐ギルド。


 その辺りからして、人の道から逸れている。せめて隔離だろう。言葉以外にも、溝の深さを思い知るばかりだ。そんな彼らを頼るしかない私に、口を出す資格なんて無いけれど。手や足が無いって、全然ちょっとじゃありませんから!!


 煮える鍋を見ながら、とうとう溜息が零れた。酷く現実味が薄い。この森で、今にも死にそうな誰かが居る事。その加害者が目の前に居る事。


「セナ、冷めるぞ」

「…………はい」


 だから止めれば良かったのに、と非難の視線がダヴィドに向いた。エルネスとウスタージュだ。しかし彼は苦笑しただけで、何も答えなかった。星南は保護対象の要人、かつメンバーだ。この状況が進めば、綺麗な面だけを見せる事など不可能になる。


 それに。


 ダヴィドは横目に星南を見た。首を落として惨殺された蛇人達。心に傷を負うような出来事であったなら、彼女は犯人を見ている可能性が高いのだ。出来るならば襲撃者を見せて、反応が見てみたい。流石に、殺める場面を見せる気は無いが。


「チビ助」


 フェルナンに呼ばれて、星南は顔を上げた。彼は芋の塊を乗せたスプーンをこちらに差し出している。


「え?」


 それをぽかんと見詰めると、彼は不機嫌顔に僅かな笑みを乗せた。妙な迫力がある。


「自分で食えないなら、お前は俺達からひと匙ずつ芋を食わされる事になる。肉はやらねぇ」

「えぇっ!」


 唇にスプーンを押し付けられて、数秒の抵抗の後、しぶしぶ口を開ける。何で彼に、あーん、をさなきゃならないの!しかもみんなにガン見されたし。みるみる赤くなっていく星南を一瞥し、フェルナンは、そのスプーンで食事を再開した。


 居たたまれないのは、私だけ!?


「では次は、私でしょうか?」

「俺の芋が食えんとは言わせんぞ?」


 エルネスとダヴィドが、すぐに乗り気になって匙を向けてくる。元凶のフェルナンを睨むと、次も俺から欲しいのか、と彼はニヤリと不吉な笑みを浮かべてみせた。


「俺の椀にはな、特大サイズのがゴロゴロ入ってんだよ。お前だろう、この下手くそな切り方は」

「だって!」


 ピーラー無かったんだもん。ナイフは両刃だし、まな板無いし!灯りは焚き火だけ。芋の芽を取るのに、どれだけ苦労したと思ってんの!?


「この鍋、何時にも増して美味いっスよ」

「セナの血入りだからな」

「ダヴィドさっんんー!」


 開いた星南の口に芋を押し込み、ダヴィドはそっぽを向いて肩を震わせた。背中に非難の視線を感じるが、料理下手を秘密にするとは言っていない。そもそも、彼女がやる気になっていたから、少しは出来るのかと思ったのだ。


 きっと育ちが良いのだろう。


 とても見られた手付きでは無かった。皮を剥いたという血だらけの芋を差し出された時には、どうしてやろうかと本気で思った程だ。手袋に隠されているが、星南の両手は傷だらけになっている。


「加熱された血では、効果も無さそうですが」

「むしろ、大丈夫っていうか…………食っちまったんですけど俺ら」

「黒点の血が害になるのは、発病後だろ?べつに食っても、どうこうなんねぇよ。美味いんだろう?しっかり食っとけ、ウスタージュ」

「うえぇー…………」


 血まみれの芋を、そのまま鍋に入れたのはダヴィドだ。何しろ水は貴重で、野菜はどれも洗っていない。その代わりになるのかは不明だが、よく煮ていた。テキトウ過ぎる男料理だ。


「ふと思ったのですが」


 エルネスがそう言って、ウスタージュを指差す。


「セーナは彼の事を、何と呼んでいます?」

「…………ウスタージュ?」

「私は?」

「エルネスさん?」


 そう答えると彼はうんうんと頷いて、私のフルネームは教えましたっけ、と聞いてきた。多分聞いていない。というか、どうせダヴィドさんみたいに長いのだろう。覚えられる気がしない。それも含めて首を横に振る。


「私は、イリス・エルネスワール・ラ・ヴェリエという名前です」


 そう言ってにこにこしているので、反応に困った星南は自分の名前を復唱した。桂田 星南、断固名前は苗字の後ろにするスタイルだ。


「すっげぇー!反応薄っ!!」

「だろうと思った」


 ウスタージュとフェルナンが、呆れた顔を向けてくる。気に入らないので、まとめて睨み返しておいた。


「ウスタージュとフェルナンも教えてやれ」

「俺は、マロン・ウスタージュ・クロケ」

「ヴェール・クレール・フェルナン」

「…………えーと。ど、どうも?」


 何で今更、自己紹介?


 ダヴィドを見ると、すぐに視線が合わさった。


「セナは可愛いな」

「…………」


 何故だ。


 ニコニコしているダヴィドが、イケメン故に目に毒だ。スマイルなんて求めてません。仕方が無いのでフェルナンを見る。彼は、今更驚かねぇよ、と見向きもしてくれなかった。一体、何を求められたのだろう。星南は眉間に皺を寄せた。ダヴィドさんは確か、両親の姓を名乗っていた筈だ。あの時の言い方からして、通常は両方名乗るのだろうか。


 じゃぁ、エルネスさんとウスタージは片親?


 死んだ親の姓は名乗らないとか、ちょっとシビア過ぎない?でも、そうだとすると。フェルナンが姓を名乗らなかったのも説明が付く。


「考えても分からんだろう?」


 わしゃっと頭を撫でてきたダヴィドが、首を傾げてそう言った。何時の間にか木椀を片付けていた彼は、組んだ足に片肘をついている。


 余裕ですか、そうですか!


 悔しくなった星南は、そっぽを向いた。私にだって、彼らの名前に共通点が無い事ぐらい分かる。ダヴィドさん情報では、名前の前に色の意味を持つという色冠しきかんを戴くのが常らしい。エルネスさんのイリスや、ウスタージュのマロンがそうだろう。でもそう考えると、フェルナンは二色持ちになってしまう。目の色に由来する?ならば、ダヴィドさんとウスタージュが同じでなければ、おかしい筈だ。


 それより、エルネスさんの名前、なんか違くなかった?


 結局、星南は頭を抱えた。このポーズは世界共通で、頭に支障が出た事を意味している。つまり、分からないアピール――――敗北であった。ちょっと涙目なのは、気にしないでいただきたい。


「エルの本名は、聞く者が聞けば面白いくらいに効果があってな。基本、俺達も本名では呼ばん」

「セーナも今まで通りに呼んで下さいね。長くて煩わしいですし」


 コクコク頷くと、ウスタージュが無知って怖いな、と呟いた。どんな効果があるのだろう。マフィアの何かだろうか。これ以上面倒事には巻き込まれたくない。絶対に気を付けよう。


「ウスタージュの母親には姓が無い。クロケは竜人族の父親姓だ」


 ダヴィドが説明を始めると、片手を上げたウスタージュが言葉を引き継ぐ。


「俺の母さんは獣人族なんだ。自由を愛し、しがらみとか、そういうのを嫌う傾向にあるんだとさ。色冠や家名は持たない方が多くって、代わりに、名前を何個か持ってたりする。セーナは母親の姓を名乗ってないって聞いたけど、片親が獣人族なのか?」


 そんな筈あるか。


 ぶんぶん首を振って否定すると、名乗ってやれよ、と咎めるように言われてしまう。苗字を二つ並べたら、日本人としての何かを失いそうだ。


「本題はそこじゃないだろう」


 フェルナンがそう言って、空になった椀を置いた。


「セナは、父親と母親、両方が“ニホンジン”なんだろ?両親は、同じ種族だってコイツは主張した訳だ」

「そんでもって、セーナは黒髪で――――」

「でも神人ではありません」


 今度は何が始まるの?星南はお椀を持って身構えた。エルネスが微笑みを浮かべ、襲撃者が、と不穏な単語を口にする。


「言っていたんですよ。天界シエルの庭で、短い黒髪の少年が居たと」


 それが私?


 一瞬思って否定する。あの時は水色のカッパを着ていた。髪型なんて分からない筈だ。


「その少年が、逃げる蛇人もろとも襲いかかって来たそうで」


 つまり、襲撃者は報復目的でこんな森にまで付いて来たのだろうか。でも蛇人族って、保護するような話だった気がする。皮を剥ぐとか怖い話も散々聞いたけれど、襲うって、どの襲うだろう?


「分からんか?」


 ダヴィドを見やると、ようはこういう事だ、と彼は星南に手の平を向けた。


「水神の結界が晴れて、逃げ出た蛇人族。それは恒例行事だ。それを狙った狩人。それも残念ながら珍しくない。だが、狩人を狙った狩人と、黒髪の少年とお前。更に俺達があの日、天界シエルの庭には居た訳だ」


 アングラード分団からの尋問結果で、ギルドで捕らえた不審な男の目的は明るみとなった。聖ネルベンレート王国の議員家系に生まれた、確かな身元の人物だ。身分は見習いだとしても、真面目で評価も良かったと聞く。しかし議員家系は複雑であり、彼も例に洩れず、出世欲に眼が眩んだ。


 ギルドに収容された蛇人族の情報を、外部に流していたのだ。幸いこの男は、星南にまでは至って居ない。しかし思わぬ事を吐いた。


 狩人を殺せ。


 黒い髪を探せと。


 聖王命を戴いたんだと、だから自分を罰する事は出来ない。そう主張したらしい。聖王命とは、神殿トップの勅命を指す。ネルベンレートは、王族の上に神殿が君臨する統治体制だ。勅命以上に威力はデカい。


 だが、討伐ギルドは独立組織。


 アングラード分団長メートル・オブリは、最も重い除名処分を科した。


「セナはあの日、殺された子ども達を見ただろう?」

「はい…………」


 ダヴィドは困った様子で微笑んでいる。私だって、多分困った顔をしているだろう。その少年には、殺人容疑と報復者がセット。私は蛇人族の疑いで皮を狙われ、女とバレたら後宮だ。混ぜてはいけない二つを混ぜた上に、押し付けられている。


「黒髪の少年を見たか?」

「いいえ」

「…………だろうな」


 見ていたら、こうして生きてはいないだろう。それとも、違った何かが起こっただろうか。ダヴィドは、黒髪の少年がどの種族なのかを絞り込んでいた。蛇人族は第二種族だ。陸での身体能力は高くないものの、第四人種の獣人族に、そう簡単には後れを取ったりしない。


 それを、まとめて襲えるたった一人の少年。しかも黒い髪。


 ――――神色だ。


「セーナ、鍵は身に付けていますね?」

「…………は、はい」


 服の上からそれを押して、エルネスを見る。ポンと、ダヴィドが頭を撫でた。


「肌身離さず持っていろ。俺の考えが正しいならば、これで暫く襲撃は止む。もし止まなければ、依頼は切り上げて聖都に逃げ込むしかないだろう」

「私はさっさと、エリオの森に向かうべきだと思いますよ」


 エルネスは溜息交じりに言って、ダヴィドに視線を向けた。もしも神人が相手なら、命が幾つあっても足りないだろう。第一種族は人族の頂点であると同時に、神族の末端でもあるのだ。


 それに追われるセーナ、ですか。


 あまり良い状況ではない。ともかく今は、もう一度あの犬人達に洗いざらい言わせるぐらいしか、出来る事は無いだろう。生きていれば。


 エルネスが倒木から立ち上がると、フェルナンとウスタージュも自然と立ち上がって身支度を始めた。その様子に慌てだしたのは星南だ。これは絶対に、置いて行かれる。ダヴィドも立て掛けていた剣に手を伸ばしたから、一人にされるかもしれない。


 絶対に嫌だ。


 未だに中身の入っている木椀を置いて、ダヴィドのジャケットを引っ張った。


「早く食え。火を落とすぞ?」

「ダヴィドさん!」

「…………一緒に来るか?」


 苦笑と共に言ったダヴィドは、ハイ、と元気よく肯定されて固まった。冗談だったのだ。

 

 

 

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