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金色の花を探して  作者: 秀月
聖ネルベンレート王国

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27/93

1-27:初手

 ガタゴトと馬車が揺れる。


 予定を早く切り上げて、パーティー金糸雀カナリはベルコを発った。この時期は村への出入りが激しく、早朝ともなれば行商人の群れに紛れて都合がいい。一見ギルドの馬車とは分からぬように、ほろの色はくすんだグレー。御者席のエルネスも茶色のローブを着込んでいる。


「えーびーしー?」


 星南が聞き返したのは、同じ馬車に乗っているウスタージュだった。ちなみに荷物の山の後方ので、ダヴィドとフェルナンが仮眠している。


「エービーシーって言ってるだろう?」

「えーびーしー…………」

「ほんっとうに、耳が悪いな」


 彼は文字を教えようとしていたのだが、ついでに発音もと欲を出した。自動翻訳恐るべし。知らない文字を読むウスタージュの発音は、アルファベットのABCそのものだったのだ。しかしココの基本は三十八字。YとZの後はどうなるのだろう。


「ウスタージュ、発音は諦めて下さい」


 エルネスが早々に助け船を出した。彼の耳にも、不毛なやり取りに聞こえたらしい。


「単語と意味を教えて様子を見ましょう。出来たら、薬草辞典を読める程度に仕上がると良いんですが」

「やっ、薬草辞典!?」


 ウスタージュが絶望的な顔をした。そんなにマズイものなのか。木箱の上に置かれたその本を手に取ると、辞典と言うわりには薄く、畳まれた新聞紙ほどの大きさだった。外側の材質は革かもしれない。中の紙はコピー紙よりも薄かった。


 こんなに紙も作れるんだ。


 そこに感心しながらページをめくる。次々と現れる植物の絵は、芸術方面に造詣の深いモノだった。写真は流石に無いらしい。でも多分印刷だ。ある程度ページを進めて、星南はそっと辞典を閉じた。


 全部雑草じゃなかろうか。


 草だから緑なのは仕方ない。でも、明らかに四ページくらいは同じ絵だった気がする。間違い探しか、そんな筈ない。ならば違う植物だろう。


 文字を読む以前の問題が発生した。


 タラリと嫌な汗をかく。薬草師への要求レベルが高過ぎるのだ。


「いーだろう?携帯用の最新版なんだぜ」


 星南が興味を持ったと勘違いしたウスタージュは、辞典の表紙を指でなぞってタイトルを読み上げた。聖都の主要な薬草集――――主要って事は、主要じゃない物もある訳だ。これでも農家出身で、普通の人よりは植物に詳しいと思う。主に育て方と除草について。


「頑張るから、見捨てないでね?」

「だよなぁ、感動するよなぁー」


 言葉が通じない障害を、心底恨んだ瞬間だった。


「じゃ、今日は十種類くらいから進めるか?丁度、この辺にも自生してるって話だし」


 この辞典の持ち主は、ウスタージュだ。もしかすると、このパーティーの本来の薬草師は彼だったのかもしれない。今は鎧も着ていないし、剣も持っていない。きっと、戦闘要員では無いのだ。


「ちゃんと聞いてるか、セーナ」

「…………ハイ」


 写真に慣れた星南の目には、絵の違いを探すだけでも大仕事だった。ウスタージュが許すなら、文字に和訳を書かないと覚えられそうにない。


「ウスタージュ…………」

「ん?」

「何か書く物ある?メモ用紙とか」

「茎と根には薬効があるんだぞ」

「…………この世界の神様なんて、空気清浄機に浄化されちゃえばいいのに」

「なんだよ、もごもご話すなって」


 前途多難である。

 

 

 

 馬車が横道に逸れたのは、日が西に傾く頃だった。長閑な田園風景は鬱蒼うっそうとした森に変わって、道もだんだん悪くなる。ウスタージュが呪文のように植物名や特徴、処理方法に用途などを口にするので、星南は復唱し続けていた。文字を教えるのは諦めたらしい。


 それにしても、また雰囲気のある森である。酸性雨でも降ったのか、枯れて骨化している木や、倒木がちらほら見えた。


「外が気になりますか?」


 エルネスの問いに肯定すると、顔を出しても良いですよ、と思わぬ返事を返された。ウスタージュが御者席側の幌を開いてくれたので、いそいそそちらに移動する。ホラーハウスとかコウモリとか、そういう雰囲気が濃厚になっただけだった。夕方なのが、きっといけない。


「此処は聖都の森と呼ばれる場所です。端的に言うなら、埋葬地ですね」


 なんてこった。


 しかも埋葬地って、含みのある言い方だと思う。墓地とどう違うのか。


「私達は、この森で討伐依頼をこなします。長ければ数週間の滞在になりますよ」

「その間に、薬草の扱いも教えてやるよ」

「埋葬地って一体…………」


 この世界には普通の森って無いのかな。というか、もしかして野宿?


 埋葬地で野宿なの!?


 いやまて、落ち着け。野宿なんて経験済みだ。立地が精神的に宜しくないだけで。けれどエルネスは、四頭の馬を操り前を向いたままだ。ウスタージュは空気を読めずに、薬草の話を続け出している。星南は何も問えず、呆然とホラーな森を眺めるしかなかった。

 

 

 

 程なくして馬車が止まる。


 道から少し外れた更地は、もう一台馬車が止まれそうな広さがあった。空は茜色に染まり、黒々と影を濃くする森が一層不気味さを増している。空にはコウモリが飛んでおり、カラスみたいな鳥が数羽、西へと飛び立った。


「今夜は鳥鍋ですかね」


 それを見上げてエルネスが呟く。ウスタージュはダヴィドと一緒に火をおこしており、フェルナンは見回りに出ていた。


「セーナ、鍵はしっかり身に付けていますね?」

「はい」


 返してもらった家の鍵は、紐を通して首に掛けてある。神への願い(プリエール)と呼ばれる、白い襟の下なので、出して見せるのも容易ではない。


「…………不安そうな顔をしていますよ」


 エルネスと二人揃って馬車での待機を命じられ、何故か隣に座るよう言われた星南に、逃げ場はなかった。


暗緑シアンの森と違って、此処は動物も植物も豊富です。よく雷が落ちる事以外は、気を付ける事はありません」


 よしよしと頭を撫でられ、そのまま星南は俯いた。この森から出る頃、自分には何か憑いているかもしれない。神様にも見放される運の無さだ。肩が重いのは気のせいだろうか。


「セーナ」


 頬を包んだ彼の手が、伏せた顔を上げさせる。無駄にキラキラしい微笑みだった。星南は光の速さで顔を反らす。けれどエルネスはくすくす笑って、自分に向けられた小さな耳に囁きかけた。


「死にたくなければ、一人にならない事ですよ」

「っ!」


 耳を隠そうとした手を捕らえられ、反射的に戻した視線が絡み合う。彼の顔はびっくりする程近くにあって、ぎょっとしたまま言葉に詰まる。にこりと笑顔を浮かべたエルネスは、そのまま凍り付いた星南のこめかみに口付けた。


「ダヴィドには、何処まで許したんです?」


 何の話ですか!?


 全力で仰け反ったせいで、御者席から落ちかけた。その背を支えたのは、やり取りを見ていたダヴィドだ。


「大人しく座っていろ。此処から落ちたら、下手をすると首の骨を折るぞ」

「ダッ、ダヴィドさん!私を一人にしないで下さい!!エルネスさんは危ない人なんです!」

「落ち着け、落ち着け、な?」


 ダヴィドはどうどうと星南を宥めて、片腕に彼女を抱き上げた。エルネスの隣に戻されてはたまらない。太い首にしっかり抱き付くと、背中を軽くたたかれる。まるで子どもだ。急に冷静になった星南は、居たたまれなさに顔を伏せた。


「どうして、ダヴィドの方が好かれているんです?」


 不満げにエルネスが言う。自分以上にマイナス要素を重ねているのに、抱き付かれる程慕われているのは納得できない。この身に流れる血が濃い為に、水の血筋を求めてしまう。彼女みたいに陰りを知らず、あまり賢くない女性はタイプではない。それでも構いたくなるし、好かれたいと思うのは、本能的な何かのせいだ。


「納得できませんね」

「お前が納得している方が珍しいと思うぞ?」

「…………私を何だと思っているんです?」


 ひねくれ者だ。


 ダヴィドは、ニヤリと笑っただけだった。そのまま星南を持って炉へ向かう。


「ウスタージュ、ここはもういい。薪拾いに行ってこい」

「了解です」

「セナ、お前は火の番だ」

「ハイッ!」


 妙なトーンで返事を返されたから、苦手なんだな、とダヴィドはこそり苦笑した。少女は子どもではない。大人でも無いが、大人にするのも一興だ。あの程度で動揺するなら、暫く先には進めそうも無いが。


 セナを通してエルを揶揄からかうのも旅の醍醐味。


 楽しい事は好きである。


「セナ。鶏肉は好きか?」

「えっ?」


 思わず見上げた空は紫がかっていて、薄っすら星が浮かんでいた。


「残念だが、乾燥肉の鳥だ」

「断然そっちでお願いします!」

「…………鳥は嫌いか?」

「いいえ!!」


 ダヴィドはそうかと微笑んだ。炎の色に照らされて、オレンジの髪が燃えているように見える。その髪色が、星南はどうにも好きだった。釣られて笑うと、お前を食事係に任命する、と彼に畏まった口調で言われる。


「お任せ下さい!」


 そのノリで敬礼をしてみせた。失礼な事に爆笑されたが。何故だ。不満げに頬を膨らませる星南を、エルネスは溜息交じりに眺めていた。顔に感情が乗り過ぎる。それが人としてつまらない、最たるものなのだ。


 暴くものがない女など、面白みがない。


 そう思うのに目が離せないのは、血筋のせいなのだろう。もう一度溜息をつくと、ダヴィドに来いと呼びかけられた。


「火を見ていてくれ。俺はセナに料理を仕込む」


 仕込むのは、料理じゃないでしょう。


 エルネスが胡乱な視線向けると、琥珀色の瞳が笑み細くなった。彼女は男を見る目が無いようだ。


「セーナ、ダヴィドは貴女を食べる気ですよ」

「え?」

「エルは腹が減ると、見境が無くなる」

「は?」


 二人を交互に見て、星南は首を傾げた。ともかく、空腹のエルネスさんは危険度が割高らしい。つつつとダヴィドの陰に隠れると、知りませんよセーナ、とエルネスは脅してきた。


「危ないから、エルに近寄るんじゃないぞ。噛まれるかもしれん」

「はい!!」

「良い返事だ」


 どうやら逆手に取られたらしい。


 勝ち目のない会話を続けるのも癪だった。


「ウスタージュの様子を見てきます。美味しいものを作って下さいね」


 火の番を堂々と投げだして背を向けたエルネスの耳に、クッと堪え損ねたダヴィドの笑う気配が届く。忌々しい。彼の機嫌はすこぶる悪かったので、薪拾いをしていたウスタージュはかなりの被害に遭った。


 エルネスは色使いだ。


 薪が無ければりましょう、とその辺の木切り刻み、飛ぶものは落とし、地を逃げるものも吹き飛ばした。


「エルネスさん、もう帰りましょうよ!?地形が変わりますって!!」

「暗くてよく見えませんね」

「嘘だ!魔人族は夜目がくんですよ!?」

「何か言いましたか、ウスタージュ」

「言ってません!!」


 誰か助けて下さいっ!


 彼の願いは届いた。動物のような僅かな気配が、一気に殺気へと変わったのだ。


 エルネスが後方に距離を取る。


「ウスタージュ、人数は!?」

「五っ!!」


 感知に長ける竜人族。ウスタージュは琥珀色の目を見開いた。前には三人しか居ない。パチンとエルネスの指が鳴る。残りの二人は何処だ!?闇の中で刀身が鈍く煌めいた。


 襲撃されたのだ。


古き緑(エルブ)


 黄緑色の光が無数の刃となって、間合いを詰める犬人達に飛んで行く。


「ウスタージュ!!」


 腰には一のつるぎが下がっていた。応戦するしかない。エルネスさんに守られて終わっては、サフィールの名折れだ。力加減が怪しい自分では、殺す事もあるだろう。カキンと硬質な音を立てて抜き放った刀身が、剣を受けた。

 

「蛇人のガキをどうしたっ!?」

「知らねぇよっ!!」


 力任せに振り抜いて、相手を睨む。見事に闇に紛れるローブだ。神人の加護でも掛かっていなければ、説明の出来ない代物である。


 どうしてセーナを狙う?


 捕らえて皮をどうこうよりも、彼らは殺意の方が勝っていた。止めなければ、あの子のもとへコイツらは行く。たった一人を殺す為に、何度も来やがって!


「俺だって、ガキじゃ無いんだ!!」


 人から生まれた竜。


 俺もそうだったと笑ったダヴィドに、何度救われたか分からない。その彼が、死なせるな、と言ったのだ。高潔のサフィールは向かないとも。


 気配だけの存在が、剥き出しの殺意と共に切り掛かってくる。数は二人で計算も合った。目視出来ずとも敵ではない。見知った気配が感知の範囲に入り込み、辺りが一気に明るくなった。


 フェルナンの勿忘草の青(ミヨゾティス)だ。


「ウスタージュ、その二人は殺さないで下さいよ」

「俺は加減が怪しいんです」


 エルネスは思わずウスタージュを見上げた。迷いのない瞳に、水色の火が燃え映る。穏やかで臆病な彼は何処にも存在しなかった。


 おやおや。


 この賭け、二の剣を渡していなかったダヴィドの負けですね。


 場違いに微笑むエルネスに、対峙する犬人達が距離を取る。照らし出された黒い髪。神色の色使いを相手にするなど、聞いてはいなかった。初手で仕留めろと言及された彼等は、雇われ者故に敗走の一途を辿る。

 

 

 

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