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金色の花を探して  作者: 秀月
聖ネルベンレート王国

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25/93

1-25:尋問

 すっかり、子守り担当ですね。


 エルネスは静かに息を吐き出した。待機を命じられた時点で、薄々感じてはいたのだ。多分ダヴィドの中で、幼いフェルナンを抱いていた姿が印象深いせいだろう。子どもの相手なんて、彼以外まったく経験がない。


 私にとってセーナは、とエルネスは自問する。


 あらがい難い水の血筋。そして愚かさを併せ持つ。きっとそれが程良くて、甘やかして懐かせたくも、触れて壊してみたくもなるのだろう。


 テーブルに簡易コンロを組み立てて、固形燃料に火を点ける。増えた灯りが、硬い表情の少女を照らし出した。明るい灰色の瞳に、炎の赤が映り込む。そっぽを向いて拗ねているところが、如何にも子どもらしかった。


「――――先ほどの話ですが」


 相変わらず耳に優しい声で、彼は話し出した。何も知らなければ騙される微笑みを、気安く向けないで欲しい。見た目詐欺だ。中身は危険な人なのに!天が二物を与えないと、こうなってしまうのだろう。ここの神様は空気だし。きっと、手を抜いたに違いない。


 微妙な気持ちになって、星南は眉を寄せた。


 エルネスは穏やかに微笑んだまま、ポットをコンロに乗せて、椅子を引く。そこに腰かけながら、色使いはそれなりに希少でしてね、とジリジリ燃える燃料の火に視線を止めた。


「風の系譜にしか表れないんですよ。第一種族の神人はさておき、第二種族の魔人、第三種族の準魔人、天人。この辺りまでが一般的な範囲です」

「…………」


 無反応な星南に一抹の不安を覚えて、エルネスは問いかける。


「創造神話は知っていますか?」

「はい」

神代かみよの下りはどうです?」


 問われて、うーんと唸る。ウスタージュが話してくれているが、長くて全部は朧気だ。水の女神が十人の人になったという、眉唾的な話だった筈。一人の神様が五人に分かれて、二人と半分になったんだっけ。指折り思い出していると、彼は状況を察してくれた。


「水の女神が先陣を切る前に、風の神は自身を分化して夫婦神となりました」


 そうだった、何故か風の神様は分裂したのだ。だから、一度六人になって、結局二人と半分。


「風の神はね、水の女神を愛していたんですよ。けれど女神の心は、彼に向く事が無かった」


 理想の人に振り向いて貰えなかったからって、自分で妻を創っちゃったの?だから夫婦神?ちょっと引くな、その夫婦…………そんなんだから、水の女神様が十の人になってしまったのではないか。何とも後味の悪い話である。


「水の女神は、火の神からも求愛されていました」


 どうやら、昼ドラ的な話だったらしい。火の神様は確か、もう居ない筈だ。まさか、無理心中とか後追い自殺、というヤツだろうか?結局、後味は悪いままである。


 星南が微妙な表情を浮かべていると、それを横目に見たエルネスが小さく笑う。


「不思議な事ではありませんよ?彼女はもともと、二人の夫を持つ定め。創造の大神に、そう創られた女神だったんです」


 なんてこった。死んだパパの遺言が二人と結婚してね、だったらしい。後味どころか、出だしから悪かったようだ。


「水の女神はそれでも、父神だけを愛していました」


 女神様もレベル高かいな!


 流石に神話だけあって、マトモに聞いていると非常に馬鹿馬鹿しい。面倒になってきた星南が顔を向けると、コンロに向いたまま頬杖をつくエルネスが見える。こんなどろどろの話をしていても、彼は絵になる麗しさだった。勿体ないと、他人事ながら思ってしまう。気を抜くと見入りそうになる為、直視しないように明後日を見た。


「その女神の答えは、大神を真似、大気に還る事でした」


 こぽこぽとポットが音をたて始めた。白い湯気が上がり、エルネスは再び席を立つ。彼は出してあった茶葉の缶を二つ手に、星南に振り向いた。


「ハーブを入れても?」

「は、はい」


 良く分からないなりに、つい肯定を返す。白湯ってあまり好きじゃない。そもそも水も、あまり好きでは無く、ペットボトルの天然水にハマる同僚の気持ちは、理解できなかった。更に遡れば自分はカナヅチで、水の中で目が開けられないタイプだ。塩素が痛すぎる。


 ふぁっと欠伸あくびが零れて、星南は目を擦った。エルネスは、の長いスプーンで茶葉をポットに入れている。その後つまみを持つと、静かに蓋を閉めた。


「風の神は大神に緑色を授かり、風を司る植物と土の神として、この世界の安寧に努めていました。ただ一人を妻に持つ事。その定めに、自ら終止符を打ったんです。自身で妻を創る事によってね。替えの利かない身だと、よく理解していたのでしょう」


 確かに、この話は眠くなるかもしれない。もう一度欠伸をした星南は、ぐりぐり眉間を揉んだ。お湯の沸く音と穏やかな彼の声。子守歌効果が抜群だ。机に頬杖をつくと、エルネスが優しげに微笑んでいる。


「貴女に色術式は効き難いようですからね」


 ポットに入れられた茶葉が、甘い香りを漂わす。机を回った彼に近寄られても、そのまま頭を撫でられても、恐怖心は何処にも湧いて来なかった。


 ねむい――――


「ここで寝ても構いませんよ?もうすぐ、ダヴィドが戻るでしょう」

「…………大丈夫、です」


 そうは言ったが、思考が霞む。頭を撫でるものだから、眠気は一気に加速した。エルネスは色の違う蝋燭を吹き消して、トドメとばかりに柔らかな毛布を星南に掛ける。


 ふかふかのお布団だ。


 それに頬をくっつけると、柔軟剤の良い香りがした。そんな筈はないのに、思い至る事が出来ない。誰の前で寝ようとしているのか、考える力は星南に残っていなかった。


「約十分ですか…………」


 彼女に眠り香が効く迄の時間だ。常人で三分、訓練をして八分。中和剤を服用した自分でさえ、若干の眠気を感じている。このまま効かないのでは、と危惧したくらいだ。すぐに威力を落とした古き緑(エルブ)で換気をすると、コンロ以外の火は全て吹き消されて、暗闇が訪れる。


 ふわぁっと欠伸が出て、エルネスは続けざまに溜息をついた。


 自分には効かない自信があったのに、ウスタージュの特別製は一味違ったらしい。星南を毛布ごと抱き上げて、奥の部屋へと運んでいく。弱いガス灯の火が灯ったままの部屋は、居間よりもずっと明るい。


 彼女をベッドに降ろし、少し迷ったが靴と上着は脱がせる事にする。起きてすぐに出て来られると、色々と困るからだ。けれど、靴紐を緩めて石皮靴(ロシェボット)を足から引き抜いたとたん、大量のガーゼが散らばった。


「…………」


 サイズを合わせようと、努力したらしい。その場で彼女の足のサイズを確認し、靴擦れの有無も調べておく。


 何故、文句の一つも言わないのだろう。


 ずっとそれが不思議だった。育ちが良ければ、それなりに我儘でもおかしくない。労働を知らない綺麗な指や、手入れのされた髪。最初から平民には見えなかった。けれど彼女は、それらしい振る舞いを一度もしない。まるで、あべこべだ。迷子なのだから、好かれようとする、あざとさはあるだろう。


「でもセーナは、あまり利口には見えませんね」


 一応誉め言葉だ。裏表のない素直な性格で、伸び伸び育つ環境に居た事が窺える。しかも警戒心をすぐに忘れるから、こうして眠らされてしまうのだ。変に抵抗されるのも困るが、こうも抜けているのも複雑な気分にさせる。


 手早く上着を脱がせ、頭の下に枕を入れる。ふわりとした髪が頬を滑って、細い首があらわになった。華奢な身体は、色気よりも儚さの方が際立っている。


 薬が効き過ぎたでしょうか?


 身動みじろぎすらしないので、若干不安になりつつ、毛布を顎まで引き上げる。規則正しい寝息を聞いていると、不意に欠伸がこみ上げて、眠気が増した。そういう事に馴染みのないエルネスは、溜息をつく。ウスタージュは馬車で寝入っているので、起こしたくない。中和剤の効き目が甘かったと、明日伝えなければ…………


「エル」


 開いたままの扉から、ダヴィドが顔を出した。彼は一瞬きょとんとした後、ニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべる。


「中和剤を飲み忘れたか?」

「違いますよ…………」


 部屋に入って来ようとするダヴィドを押し出して、エルネスは扉を閉めた。暗闇でも光を湛える琥珀色の瞳が、笑みに細くなる。


「添い寝してやれば良いだろう?」

「起きた瞬間泣かれます」


 出来ない事はないだろうが、腕立て百回はいただけない。


「お前が手を付けるとは、思ってないぞ?」

「…………そういう信頼はいりません」

「なら、寝たらどうだ?」


 珍しく眠そうにしているから、そう提案した。けれどエルネスにペチッと額を叩かれる。


「そういう趣味はありません」

「…………そういう意味じゃないんだが」

「寝不番は代わって下さい。私は仮眠します」


 ダヴィドが道を開けると、エルネスはふらふらと居間の方に歩いて行った。そこで、やっと片手の手袋を付け忘れている事に気付いたらしく、いそいそと身支度をして、椅子に座るやパタンと机に突っ伏した。


「…………珍しいな」


 ダヴィドは、ぽかんとしてしまった。眠そうなのも珍しいが、あんなに気の抜けた様子を見せる事は更に稀だ。しかも、仮眠と言いつつ毛布を掛けても目を覚まさない。熟睡だった。


 ウスタージュの眠り香は、エルネスの改良型だ。


 元々毒物耐性の高い奴に、これ程効くのだろうか。不安になったダヴィドは、フェルナンの気配が()()にある事を確認すると、星南の眠る部屋の戸を開けた。


「…………起きて、いたのか」


 星南は飛び起きたところだった。凄い悪夢を見た気がする。それなのに、まだ夜だ。


「眠く無いか?」


 即座に首を横に振る。悪夢はセカンド、トリプル、ともかくコンボが定番だ。寝直しても魔の手からは逃れられない。何だか今夜は、ろくな夢を見ていない気がする。


「セナ」

「…………はい?」


 ダヴィドは部屋に入って来ると、ベッドの端に腰掛けた。星南は何となく枕の方に避難して、足を抱える。扉は開いたままだ。けれど距離が近いと、どうにも気不味い。


「正直に答えて欲しいんだが」


 琥珀色の瞳がこちらを向いた。何処か困ったような顔をしているから、これは何かやらかしたのかもしれない、と思う。星南は体育座りを正座に変えた。身にある覚えと言えば、寝こけて運ばれる、というの一晩に二回もやらかしている。


「お前、何処から来たんだ?」

「は?」


 何処から?


 予想とは違う事を聞かれた。異世界、日本、ともかく言葉は通じない。どう説明すれば良いのだろう。ココじゃない場所を示すのに、有効なジェスチャーは何か?


「えーと、私は…………」


 腕を組んで考え出した星南を、ダヴィドは訝しげに見守った。素直に国名を言わない時点で、かなり怪しい。尋問だったら睨むところだが、彼女は仲間であり、泣かせるとペナルティの付く要人だ。


「この辺りの出身じゃなくて」


 指で辺りをぐるっと示し、腕を交差させてバツを作る。


「…………セナ、国名で言ってくれ」

「日本ですって言って、分かるんですか?」

「にゅほーんでぃつ…………何だって?」

「えっと、国名は日本だけなんですけど」


 大きな溜息をついて、ダヴィドは星南の腕を引っ張った。慌てて逆の手を前に突く。四つん這いになったところで、濃紺の袖が目の前をよぎった。


「ダヴィドさんっ!」


 非難を込めて名前を呼ぶ。それはサラッと聞き流されて、ダヴィドの膝に乗せられた。背中を回った彼の腕。体格が違い過ぎる。小柄な星南を囲い込むように、お腹の上に手のひらが置かれた。


「わっ!」


 ともかく驚いて、逃げようとシーツを蹴った。結果、更に深く抱き込まれる。軽いな、とダヴィドが笑い、顔がカッと熱を持つ。


 両手で胸板を押しても、あまりの固さに絶句するばかりだ。ちょっとまって!


「さーて、セナ」


 恐る恐る顔を上げると、ダヴィドはニコニコと効果音の付きそうな笑みを浮かべていた。


 これは、駄目な笑顔じゃなかろうか。目が笑ってない的な。星南は怯んで、抵抗を忘れた。


「夜更かしの悪い子どもは、大人に怒られても文句は言えん」


 明らかに叱られる体勢じゃない。お膝に横座りって、アナタは私のパパですか!?その前に子どもじゃないし、寝るには寝ている。就寝時間が早かったのがいけないのだ。


 あれ?


 星南は目を瞬いた。フェルナンが、早く寝ろと言っていたのは、何故だっけ?そういえば、あの時どうして寝てしまったのだろう。


 ダヴィドが顎に指をかけ、星南の顔を固定した。彼の顔をまじまじと見上げる。寝ないと、ダヴィドさんが帰って来ると言ったのだ。


 私を尋問しに!!

 

 

 



誤字報告ありがとうございました。



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