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金色の花を探して  作者: 秀月
聖ネルベンレート王国

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24/93

1-24:小難しい

 あの、トラウマ量産機め!


 駆け付けたフェルナンは、ウスタージュの自己診断を聞くや、盛大に顔をしかめた。


「食中りだって!?」

「すいませんフェルさん…………ツイ」

「どうして、一先ず食ってみようって選択をしたんだ。状況を考えろ!」


 ウスタージュは食中毒らしかった。星南が手持無沙汰に二人を見ていると、二色の瞳にギロリと睨まれる。


「部屋に戻れ」

「でも」

「早く寝ないと、ダヴィドさんが尋問に来るぞ」

「手が要るんじゃないの?」


 ウスタージュは廊下に蹲ったままだ。動かすにしても、寝床の用意や、諸々する事がありそうに思える。


「言っておくが、尋問されるのはお前だからな?」

「えっ!」


 襲撃犯じゃなくて、どうして私!?


 やっと話が通じたらしい星南が、ぎょっとした顔でフェルナンを見た。


「お前に殺人容疑がある」


 そう言うと、灰色の瞳が丸くなる。分かり易い反応だ。誰も彼女に、人が殺められるとは思っていない。しかし、そう仕組まれた原因は何処かにある筈だ。まともに話せないのに、問質といただすなど無駄な事。それを今更しようと言うのは、此方の状況が悪くなったからに他ならない。


「部屋に戻れ、何度も言わせんな」


 呆然とする星南を置いて、フェルナンはウスタージュを家の外へ引きずって行く。寝かせる前に一通り吐かせる為だ。幸いな事に、竜人は見た目よりも軽い。身長さえ無ければ、肩に担げる程だ。どいつもこいつも仕事を増やす。悪態を吐きながらも、近くの下水溝へ急いだ。


「ウスタージュ、どの出店だったんだ?」

「…………先に処理っ!」


 問うと彼は、自主的に胃洗浄を開始した。研究機関(ラボラトワ)候補は伊達ではないらしい。どうせなら、口に入れる前に何とかして欲しいものだ。水をがぶ飲みしている背中を、フェルナンは大きな溜息と共に見守った。


「それで?わざわざ飲んでみたんだ、毒の種類も分かるんだろうな?」

狐人こじんの店で、扱いは蜜果水一つだけ。俺が端から買い集めてるの見て、何か入れたみたいっス」


 ウスタージュは飲んだ水を吐き出して、再び井戸に釣瓶を落とす。


「モノはエグい神経毒…………蛇人の下処理に使う定番で、間違い無いっスよ」

「それだと、セナか、俺達に対する嫌がらせの半々だな」

「多分、前者…………一軒目のをあの子に渡して、二軒目がコレですもん」


 カマを掛けたのは俺達だ。


 交わる視線で共通認識を改める。一つの餌に掛かった魚。それが予想外の数でも、捌くしかない。

 

 

 

 開いたままの玄関扉から、冷たい夜風が吹き込んでくる。それは星南を通り過ぎ、居間の明かりを揺らして、幾つかの蝋燭を吹き消した。


 火が点かない――――


 普通の蝋燭ならば、当然の現象だ。消えたのに勝手に火が付くなんて、変な事。そういう普通じゃない火を、雨の草原で見た。この世界の人との接点は少ない。殺しともなれば、尚更に。


 濡れ衣だ。


 水を被ったように、身体が冷たくなっていく。玄関開けたら異世界で、首狩り族と殺人現場。ダヴィドさん達に出会えなければ、今頃どうしていたかも分からない。


 私が何をしたっていうの?

 私は何を、すればいい?


 すぐに思考を切り替える。考えなきゃ駄目だ。ぎゅっと拳を握ると、爪が手の平に食い込んでいく。それが痛くないのは、柔らかい白手袋に守られているからだ。守る事は、些細な事でも不可能じゃない。言葉での完全潔白は証明できないだろう。だから、行動で気付いて貰うしかない。


 グレーには出来る筈だ。


 彼らに信じて貰う事。それくらいなら、出来る筈。私は一応、パーティーのメンバーなのだから。


 星南はゆっくり立ち上がった。重たいブーツに重いジャケット。女物では無いせいか、生地も厚くて硬かった。良くして貰っている。生まれも育ちも、定かに出来ない私を。


 きっとそれは、凄い事だ。


 ふらふら居間の端に進んで行くと、備品箱の上に無造作に置かれたつるぎが目に入った。黒に近い濃紺の鞘。銀装飾が施され、小さいながらも宝石が填め込まれている。


 私に人は殺せない。


 その剣を両手で持ち上げて、見た目以上の重さに息を飲む。こんな物を、本当に振り回せるの?生まれてはいけない子どもを、彼らは殺すのだと言った。そんな用途に使用するとは思えない綺麗な剣を抱え、つかを引っ張ってみる。けれど、カチンと金属音がして、刀身は僅かも抜けはしなかった。何処かにストッパーがあるらしい。


 私の血は、赤いよね?


 押し寄せる不安にかぶりを振って、手にした剣をジッと見詰める。これが使えない事を証明出来ても、刃物には種類がある。殺し方だって色々あるだろう。食べ物が散乱する机に目線を向けると、無造作に置かれたナイフが見えた。あれなら、確実に私にも持てて…………人を刺せる。


 重い剣を箱の上に戻し、今度はそのナイフに手を伸ばす。


 これも意外と重かった。小ぶりでも刃に厚みがあるせいか、包丁とは勝手が違う。揺らめく光を反射して、刃文が波を打って見える。例え護身用だとしても、人に向けるなんて出来っこない。どうしたら私に、そんな度胸が無いって証明できる?人相は悪くない筈だ。


「何をしてる」


 ドキッとして顔を上げると、フェルナンがひとり、入口に立っていた。


「…………私は」


 言葉は通じない。だから言い訳も出来ない。それでも諦めたら負けなのだ。


「私は人なんか殺せないし、血は多分赤くって、だからっ!」

「騒ぐな」


 短く言われた言葉に、歯を噛み締める。支離滅裂だ。しっかりしないといけないのに、気持ちばかりが先走る。動かないフェルナンを見て、星南は持っていたナイフを机に戻した。彼はしっかり二ふりの剣をいている。それがとても、怖い事に思えてきた。


「部屋に戻れ、セナ」


 首を横に振る。そんな疑いを掛けられたまま、寝ていられない。私のせいで襲撃されたのなら、何も出来なくても、せめて起きているべきだ。しかし聞こえてきたのは、大きな溜息だった。


「まさか、添い寝が必要だなんて言うなよ?」


 一体、幾つに見えるのだろう。そういえば、年齢を聞かれた事が無い。聞くまでもないような事?そもそも、まともに聞かれたのは名前くらいだ。


「俺は今、機嫌が良くない」


 こちらに歩み寄りながら、フェルナンが言った。彼の機嫌が良さそうな時を、あまり知らない。怪訝な表情を浮かべると、美少女とすら言えそうな整った顔に、薄く笑みが広がる。それは、うっとりするような冷笑だった。


「お前、耳、弱いよな」

「えっ!」


 何で今、その話!?


 数歩後退った星南は、帽子で隠れたままの耳を押さえた。この程度で脅される自分が残念だ。そんなに部屋に戻したい?話を聞く気が無いのは明確だった。どうして彼らは、何も聞かないの?


 話せないから?


 子どもに見えるから?


「フェルナン…………」


 近付かれた分後ろに下がり、とうとう壁へと追い詰められる。


「俺達には、お前が水に連なる血筋って事だけで重要なんだ」

「それは女神様のでしょう?そんなの勘違いだよ、蛇人じゃないって、知ってるくせに!」

「何言ってるか、分かんねぇよ」


 パチンと彼の指が鳴った。えっと見上げた星南に、低い声が呪文を紡ぐ。


『神の羽のひと欠けよ 大地に根付きしその息吹 白くにがしめ 眠りを誘え――――艾の緑(アプサント)


 パステルのような淡い緑がキラキラと降る。これは何だろう。彼は光る魔法が得意なのだろうか。呑気にそんな事を考えて、顔を上げる。青白い人魂よりも、こっちの方がずっと綺麗だ。光の降る天井が青空に変わり、光は粉雪に姿を変える。その違和感は何処にも無くて、星南は庭先で空を見上げていた。


 寒い冬の日。


 そこは田舎の家で、枯草を揺らせて風の吹く音が聞こえている。山の雪が飛んで来るから、晴天の粉雪となるのだ。正月頃によくあって、初詣は何時も凍えていたっけ。


 懐かしい。


 そう思って、これが夢だと気が付いた。場面は神社に切り替わり、本来がらんとした参道に日本の風景とミスマッチな異世界の出店が並んでいる。境内の方からは炊き出しの甘酒が香っていて、町内会では、けんちん汁を作っている筈だ。けれど夢と気付いたせいか、回りには誰も居なかった。寝てるよね?そんな事を考えているのに、目が覚めそうにない。悪夢に似ている。夢と分かっていても、どうにもできないところが。


 起きなくちゃ。


 何時から寝てしまったのか、思い出せない。起きろ、起きろと粘っていると、唐突に目が覚めた。着の身着のまま、靴まで履いてベッドの上に寝かされている。弱いガス灯の火が唯一の個室を照らして、星南は目を擦った。窓の外は暗いままだ。


 あれから、余り経っていないのだろう。


 何となくだけれど、寝た気がしない。ベッドから降りて、しっかりした足取りで廊下への扉を押す。そう簡単にめげるなんて、思わないで頂きたい!けれどそこは、先程よりも更に明かりが落とされていて、視界が悪くなっていた。闇の先、居間に小さな光が見える。


「起きていたんですか?」


 一本灯された蝋燭の傍には、エルネスが居た。その暗い中で、読書中だったらしい。目に悪そうだ。


「エルネスさんだって、寝てないです」


 思わず言い返してみたものの、彼には日本語が通じない。ただ口答えした事は分かったらしく、微笑みが少し歪んだ。


「眠れませんか?」


 そう問いかけられて、迷った末に肯定を返す。いよいよ、ストレス不眠まで発病してしまったのだろうか。目覚めた頭は、清々しい程にスッキリだ。


「悪い子ですね。夜更かしをすると、何時までも大人になれませんよ?」


 彼はそう言って、白湯でも飲みますか、と星南を手招いた。首を横に振るものの、席を立って背を向けたエルネスは、備品箱の中から固形燃料や道具類を漁り始めてしまい、顔を向けてくれない。


「あ、あの…………」


 呼び掛けながら、少しずつ居間へ足を踏み入れる。彼の顔に騙されてはいけない。危ない人なのは身に染みている。けれど喉なんて渇いていないのに、お湯を沸かして貰う訳にはいかない。どちらかと言えば、見た夢のせいで甘酒やけんちん汁が恋しいところだ。


「…………エルネスさん?」


 床に片膝を付いた姿勢で、彼はやっと振り向いた。


「貴女はどうして、私の嗜虐心を刺激するんでしょうね?」

「えっ?」

「捕まえようと思えば、何時でも出来るんですよ。そう怯えられると、期待に添わねばなりませんか?」


 何の期待だ!


 優しげに微笑むエルネスは、色使いが手袋をする訳を知っていますか、とひらひら手を振っている。どうして彼は、私の恐怖心を煽るのだろう!


「エルネスさん…………!」


 人選ミスだ。いや、彼しかしなかったという不幸な事故。自分で事故とか思っている時点で、もう詰んでいる気もするけれど。腰の引けた星南に、彼は完璧な微笑みを浮かべたままサッと左の手袋を外し、それを髪に差し入れる。パチンと指が鳴れば、それが魔法の発動条件だ。


 ダヴィドさーんっ!


 心の中で叫んでも、正義の味方は現れない。というか、もしかして家に誰も居ない?居間に彼だけと言う事は、そういう事だ。


 深夜のエルネスさん…………!


 危険度二割増しだ。それでも背中は見せられない。体術を極めていそうな彼から、逃げる手立ては何だろう?ともかく隠れなければ。触れられないように隠れなきゃ駄目だ!


 閃いた事を直ちに実行すべく、手近にあった家具のホコリ避けを引っ張った。その布を頭から被って、人間茶巾寿司よろしく、中で端をしっかりと踏む。


「…………何をしているんです?」


 呆れた声が降ってくる。呪文詠唱は無い。よしっ、と星南は拳を握った。後はこのまま…………部屋へ。


 戻れる筈無いじゃん!前見えないし!!


 自分にツッコミ、ぎゃーと頭を抱える。エルネスの目の前で、ホコリをバラ撒くシーツが歪になった。


「何をしているんですか、貴女は」


 頭も尻も隠れているのに、丸見えって切ない。寝起きのスッキリ頭は、やっぱり少し呆けていたようだ。その状況からどうにも出来なくなった星南は、ともかく声から遠ざかるようにジリジリ後退を開始した。


「逃げるか隠れるか、どちらかにしたらどうです?」


 もぞもぞ動くシーツの小山に、エルネスの軽い溜息が零れる。なんて残念な子なのだろうか。それなりの月日と経験をして来たけれど、目の前で隠れて逃げようとした者は居なかった。かくれんぼをする子どもだって、もう少し頭を使うだろう。


 確かに、パン屑ですね。


 フェルナンの愚痴を思い出し、苦笑する。あの時自分は、子どもはさして賢くなど無いものだ、と答えたけれど…………撤回すべきかもしれない。


 子どもの方が賢いと。


 彼がそのまま様子を観察していると、予想通り星南は壁に行き当たった。そこで一人、ぎゃっと悲鳴を上げる。あまり騒がれたくないエルネスは、やれやれと歩み寄って、そのシーツを取り上げた。


「何もしませんから、大人しくしていてくれませんか?」


 謎の徒労感に襲われて、完全に毒気が抜けてしまった。彼女に付き合っていると、予期せぬ問題が起こるだろう。予測外はもう十分に足りているから、仕事は増やしたくない。それでフェルナンも、有無を言わせずに寝かせたのだ。


「セーナ、こっちにいらっしゃい。私が湯を沸かすのに、付き合うくらいは良いでしょう?」

「…………は、はい」


 再び向けられた背に、星南はホッと息をついた。彼以外なら勝算があるのに、ここには彼しかいない。多分、今は真夜中だ。ウスタージュの様子が悪化して、何処かに運んで行ったりしたのだろうか。


 エルネスさんから、情報収集と自己弁論。ハードルがいささか高過ぎる。


「セーナ」


 逃げられない以上、大人しくしているしかない。蝋燭に火が点け足され、余計に明暗の境が濃くなった。


「セーナ、自分で来ないなら迎えに行きますよ?」

「はぃっ!!」


 情けない声を出して椅子に座った少女に、エルネスは優しい笑みを向ける。


「眠くなるような、小難しい話をしてあげましょう」

 

 

 

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