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金色の花を探して  作者: 秀月
聖ネルベンレート王国

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23/93

1-23:子守

「野苺、林檎りんご、山林檎もあるからな!」


 ドリンクばかり六種類も揃えて来たウスタージュが、笑顔で言った。拠点の家の木製テーブルを囲み、星南は窮地に立たされている。全然、お腹が空いていないのだ。ともかく、ずっと持っていた木苺ジュースで溜息ごと喉に流し込む。


「うっ!」


 ブルーベリーみたいな物を想像していたのに、強烈な酸味に襲われた。異世界ジュースは罰ゲームか。口を押さえて身悶えていると、フェルナンが木皿を目の前に置く。


「野菜のパウンドケーキだ」


 彼はそれを十個も購入しており、一人二竿の計算らしい。どう考えても量がおかしい。ワンカットでもお腹に溜まるのに、丸ごととか冗談じゃない。野菜のケーキは別腹にはなりそうも無いし、オレンジと緑のマーブルだ。気分まで混沌としてくる。それでもフォークで一口だけ頑張って、名前を呼ぶエルネスを見た。


「よく噛んで下さいね」


 問答無用で口に押し込まれたのは、クッキーだった。貴方も粉物ですか!眉間に皺を寄せて咀嚼していると、ダヴィドが遂に堪え損ねたように笑い出す。


「くっ、何だその顔は。もっと美味そうに食え」


 もっともだが、元から空いていないお腹だ。どんなに美味しくても、その幸せは目減りする。


「お菓子なら、いけると思ったんですけどね」


 焼き菓子を大量に買い込んだエルネスが、クッキーを齧りながら言った。ダヴィドはサンドイッチやチーズ、ハムを買い足していて、拠点の家は宴会場と化している。誰がこんなに食べるのだろう。添加物なんて無さそうだから、日持ちもしない筈だ。その頭数に、私を入れないで欲しい。


 星南は早々と机に突っ伏して、断固食べないという構えを取った。


「これで酒が飲めれば、満点だったな」

「任務中ですからね」

「食い過ぎると眠くなるかな…………」


 ウスタージュは大きな欠伸をしながら、ピクリとも動かない横の星南を見た。全然減っていない皿の真ん中に、少し欠けたパウンドケーキが居座っている。


 まるで、ネズミに食われたみたいだ。


 けれどセナは人間で、余りに食が細い。クッキーと、その一欠片。僅かに減った木苺ジュースのビンを見て、何だか溜息が出てしまう。


「セナ、もう少し食べても良いんじゃないか?」

「…………無理」


 星南の言い分としては、こちらの食品は腹持ちが良過ぎる、の一言に尽きた。別に少食と言う訳じゃない。それなりに動いているのに、空腹を感じない事に始まり、色々なストレス障害に見舞われている。現代人だ。ストレスに弱い事は、もはや宿命だろう。


「セーナ、無理に食べろとは言いませんが、本当に要らないんですか?」

「はい…………」


 申し訳ないとは思うんですけどね、と心の内で付け足す。無理に食べても気持ちが悪くなるだけだ。


「よし、二人は先に休んでいろ。後で交代だ」


 ダヴィドが言うと、エルネスが過保護ですねぇ、と呆れた声を出した。


「何とでも言え。ウスタージュは本来、リュビだったんだ。サフィールには向かん」


 断言された青年は、肩を落としながらも苦笑した。自分でも薄々分かっていたのだ。剣の腕は上がらないどころか、エメロードのエルネスにすら勝てない。見習いだってもう少し上手い筈だ。それでも剣士は花方で、やるならと憧れた。理想と現実の差は、想像以上にデカかったのだ。


「セナもだぞ?」

「は、はい!」


 過食の刑が軽く終わった!星南はそそくさ席を立つ。このチャンスに部屋へ逃げ込む算段だ。しかし、横のウスタージュとフェルナンも席を立ったので、あれっと思って目線を向けた。彼等は揃って玄関から出て行ってしまう。


「水を使いたかったら、行っていらっしゃい」


 エルネスに言われて、あっと思いながら後を追った。ガス灯なんて近代的な物があるのに、水はローカル全開の井戸頼り。初心者は上手く水が汲めないと聞いた事がある。


「ウスタージュ!」


 大きな背中に呼び掛けると、声を出すな、とフェルナンに叱られた。


「部屋で待ってろ。ノコノコ付いて来んな」

「で…………っ!」


 言いかけた言葉が詰まる。フェルナンに突然抱き寄せられて、視界が上下逆さに反転した。


「ウスタージュ!引けっ!!」

「うわっ!」


 地面に刺さった五本の短剣。右肩に星南を担ぎ上げたフェルナンは、素早く左の手袋を引き抜いた。そのまま耳に触れた指を鳴らす。


『女神の慈悲を受けし月 またたく星は意味を持ち 忘れえぬ日に 焦がれるだろう 青き忘却の火を灯せ――――勿忘草の青(ミヨゾティス)!』


 視界を照らす水色の光が、町外れに逃げて行く犬人の影を捉えた。それに、家から飛び出したエルネスの古き緑(エルブ)が直撃し、バランスを崩した所にダヴィドの一閃が襲う。


「狙われたのは?」


 エルネスの問いに沈黙が答えた。


「フェん…………っ」

「声を出すな」


 肩から乱暴に星南を降ろして、フェルナンがぴしゃりと叱る。突然の事に付いて行けない。夜闇に浮かぶ青白い鬼火。狙われたって、何?辺りを見回そうとした頭を、エルネスがそっと押さえた。


()()は、フェルナンと一緒に奥の部屋に戻って下さい。ウスタージュ、貴方はこっちです」

「りょっ、了解!」

「おい、良いのか?」


 上擦った声のウスタージュに、フェルナンが思わず聞いた。


「俺はこれでもサフィールです。出来る事はやります」

「そうか」


 少し根性が芽生えたらしい。良いことだ。フェルナンが片腕を上げて労ってやると、エルネスも腕を上げる。


「新人には負けて居られませんよね?さぁ、まずは尋問からです」

「うっ!」


 彼は戦闘には不向きだ。再び指を鳴らして加護の光を消すと、フェルナンは星南の腕を掴んで、踵を返した。人間、何があるか分からない。尋問程度なら、出来て損はしないだろう。


「フェル、頼みます」


 念を押すエルネスに、頷きを返す。もう一度振り返ろうとする星南の腕を強めに引いて、家の扉を閉ざした。


「襲撃された。奥の部屋から出るな」

「えっ!?」


 告げられた状況に、他の言葉が出なかった。此処は村の中だ。しかもお祭りの前夜祭で、人の目だってある筈なのに。腕を引くフェルナンの表情は厳しい。襲撃って、何をされたんだろう。エルネスが隠した現実を、星南は知らない。大半の明かりが落とされた居間を過ぎて廊下を進み、唯一の個室に連れて行かれる。


「あ、あの…………」


 もしかしなくとも、私のせい?


 部屋の扉を閉めようとするフェルナンの腕を掴んで、その名を呼んだ。彼は二色の瞳で一瞬こちらを見た後、面倒くさそうな顔をする。


「此所に居れば、手出しはさせねぇよ…………」


 そう苦々しく言われたが、自分のせいであれば、ただ隠れているなど許されない。星南は、うーん、と眉間に皺を寄せた。


「…………お前に出来る事なんて、無いんだ。大人しくしていろ」


 嫌な予感に襲われたフェルナンは、即座に釘を刺す。掴んだままの彼の腕から顔を見上げて、星南はパッと閃いた。


「私が囮になればいい!?」

「大人しくしてろって、言っただろう…………あっちはお前を殺す気なんだ、うっかり死んでみろ。皮を剥いで、それを売りさばいてやる」

「えっ!」


 死んでも皮を剥ぐの!?


 死者への冒涜だ。いや、死ぬ気は無いけれど!しかも売るって…………まさか迷惑料!?


「酷いよフェルナンっ!まだ、私の皮を狙ってたの!?蛇革と違うんだからね!価値は無いから!!私に取っては、絶大な価値が有るけれどっ!」

「煩い、騒ぐな!」


 星南が手を放した隙に、部屋の扉を素早く閉める。なんて世話かかる小娘なんだ。つつくと騒ぎ出すなんて、お前は蜂の巣か!


 あぁ、頭が痛い。


 しかし、いっそのこと死ねば良いのに、とはもう思えなかった。僅か数日、情が湧くには早過ぎる。扉に背を預けると、星南は外へ出られない。すぐに抵抗してくるかと思っていたのだが、彼女はドアを押さなかった。動かない気配に、フェルナンは静かに息を吐く。


 水に連なる血筋。


 神話には表と裏がある。子どもには聞かせない、裏側が。水の女神は火と風の神に求められて尚、その手を取りはしなかった。大神がそう定めたにも拘わらず、一途に父神だけを愛したのだ。だから火と風の神人は、水の神人に眼が無い。人として愛し、物のように仕舞い込み、結果、嫌われた。


 来るべくして起こった青石の国(アジュール)の鎖国。


 神話の世代から求められる水に、自分も抗う事が出来ないのだろうか。馬鹿馬鹿しい。俺にだって、年端も行かない子どもが死んだら、痛む心くらいある。


 そんなに水の血筋が欲しいのだろうか。セナは蛇人ではなく、青石の国(アジュール)にも疎い。


 なのに、此所まで追って来るものか?


 現状、彼女は何時発病するかも分からない黒なのだ。祭りに乗じて容姿を晒したのは、相手の様子を探る為。ウスタージュ以外は全員、どこかで怨みを買っていてもおかしくない。


 討伐ギルドは、人を殺める。


 それが仕方の無い事だと、全ての人に理解されている筈も無い。だからこそ、特別な権限を持っていた。


 何人殺しても、罪には問われないのだ。


 復讐への抑止力として始まったものの、それのせいで、入団試験は難関となった。つまり、ギルドに怪しい身元の者は居ない。だから堂々と連れ戻ったというのに、それが仇となったのだ。アングラード分団の長は、女傑ジスレーヌ・オブリ。清く正しい人として知られている。


「ふぇ、ふぇるさん…………」

「何だウスタージュ。もう降参か」


 薄暗い廊下をトボトボやって来る青年は、尋問のさわりでリタイアしたらしい。


「俺と交代か?」


 フェルナンが聞くと、すっかり顔色を無くした彼はコクコクと頷いてみせた。容赦を知らないダヴィドと、感覚のズレているエルネスが相手だ。普通の事をするとは限らない。


「セナを部屋から出すな。良いな?」

「りょうかいです…………」


 早く仲裁に行かないと、尋問ではなく拷問になっているかもしれない。フェルナンはウスタージュの肩を軽く叩いて、足早に居間を抜け、外へ出た。村外れの家は、有事を想定して借りたもの。裏手に納屋が三つあり、その一つから人の気配を感じた。


「フェル、良い所に。明かりをお願いします」


 すぐに気付いたエルネスが、手前の納屋から顔を出す。勿忘草の青(ミヨゾティス)の光を三つ差し向ければ、泡を吹いて気絶している犬人二人が照らし出された。


「すまんな、ウスタージュには早かった」


 彼らを縄で縛りあげているダヴィドが、苦笑を浮かべてフェルナンを見る。意外と簡単に口を割りましたよ、とエルネスもご満悦だが…………キリっと頭痛が、こめかみを走り抜けていった。


 耳が血だらけだ。


 昔、犬人奴隷がされていたという断耳を再現したらしい。何でいきなり、切り落とすところから始めたんだ!


「尋問じゃなかったのかよっ!!」

「あまりに面白い事を言ったので、手が滑りました」

「ウスタージュが再起不能になったらどうすんだ」


 仕上げに縄を引き締めたダヴィドが、パンパンと手をはたいて立ち上がる。


「出だしは尋問だったんだがな、コイツら…………セナにかしらられたと抜かした」

「は?」


 ポカンとしたフェルナンに、寝言でも言われたのかと思いましたよ、とエルネスが苦笑する。


 セナに頭が殺された?


 セナって、あの?


 危機感ゼロ。気配も読めない、話せない。頭の中はパン屑だ。あの残念なセナが、殺人?


「しっかりしろ、フェルナン」


 肩を揺すってきたダヴィドに、疑いの目を向ける。その気持ちは分かる、と言うように頷かれ、尋問からランクアップした事に納得してしまった。耳が欠ければ、目も覚めただろう。その結果の答えなのだ。


「蛇人狩りを依頼された冒険者ギルドの、グループ頭が殺されたそうですよ。短い黒髪の少年に、スパッと一撃で」

「メートル・オブリからの尋問報告は明日届く――――が」

「あの子には、もう少し――――話を聞かねばなりませんね」

「泣かせたら、腕立てだからな」


 思わず言ったフェルナンに、エルネスがニッコリ微笑んだ。


「誰が泣かせたか分かれば、の話ですよね?」

「大丈夫だ。まともに話せんヤツに、手荒な事はしない」

「ちょっと待て!」


 家に戻ろうとする二人の肩を掴んで、フェルナンは頬を引き攣らせた。


「二人揃って行くんじゃねぇよ…………!」

「フェルも来ればいいでしょう?」

「明日にしろ。今夜は駄目だ!」


 ウスタージュも使えないのに、一晩セナに泣かれたら一睡も出来ないに違いない。


「夜這いに行くんじゃないぞ?何を心配しているんだ?」

「仕事が増える事に、決まってんだろう!?」

「とか言って、本当は心配しているんでしょう?セーナは可愛い女の子ですもんね?」

「胸は見事に無いが、あの肌は一級品だぞ?」

「そんな事は、聞いてねぇよ!」

「私は初耳ですね。やっぱり、一度全裸にして祝福痕(カプリス)を探しませんか?」

「それは駄目だ」

「ダメに決まってんだろ!」


 声を揃えて反論してくる二人に、エルネスは肩をすくめた。


「大人しく寝ていたら、今夜は見逃してあげますよ」

「寝ていればな」


 その悪いタイミングで、家から高い声がした。何とも言えない空気が三人に漂う。


「ウスタージュ!ウスタージュ!!」


 呼ばれている青年の声は聞こえて来ない。


「ウスタージュっ!吐いちゃダメーっ!!」

「なに!?」

「軟弱ですねぇ」

「先に戻る!二人は暫く帰って来んな!!」


 家に駆けて行くフェルナンの背を、水色の光がふわふわ追って行く。暗くなったその場所で、ダヴィドが溜息をついた。ウスタージュにもまだまだ手が掛かる。エルネスは、ポンっと彼の肩を叩いた。


「祭りに戻りましょうか?暫く戻れない用事でも作りに」

「そうだな。子守はフェルに任せるか」

 

 

 

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