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金色の花を探して  作者: 秀月
聖ネルベンレート王国
20/93

1-20:もう一度

 高い位置の小窓から、光が足元へと落ちている。それでも薄暗い部屋だ。ウスタージュが奥へ逃げて行くのを見ながら、星南は背後の扉をかえりみた。ドアノブには分かりやすい形の鍵が付いていて、公衆トイレを思い出す。ダヴィドさんが蹴りを入れたら、簡単に吹っ飛ぶだろう。


「ウスタージュ?」

「うわっ!」


 名前を呼んだだけなのに、彼はこちらに背を向けたまま、頭を抱た。


「うあぁぁ…………」


 何がそんなに嫌なのか。不快レベルは私の方が上なのに、そんな態度をされると虐めている気分になる。残りのボタンを外しながら星南は、コクテンって何、カプリスって、と質問を投げかけた。無言脱衣は流石に気不味かったのだ。


「…………“コクテン”は分かんないな」


 ウスタージュは壁を向いたまま答えた。祝福痕(カプリス)はそのまんまの意味で、神人の持つ祝福印(メモワール)の名残だと。星南にはさっぱり意味の分からない、専門用語が並べられた。そもそも彼自身、祝福痕(カプリス)は持っていない。形を知っているのは、フェルナンに見せてもらった事があるからだ。


 ゆえに専門外に変わりなく、この人選はダヴィドが鬼上司である以外に理由など無い。


「頼むから、全部脱ぐなよ?!」

「当たり前でしょ?」


 彼女から、肯定以外の言葉が聞こえた。ウスタージュの顔色は悪くなる。相手は子ども、未成年。女未満だ、女じゃない。自己暗示に勤しむものの、悪夢はすたすた足音を立てて近寄って来た。


「ウスタージュ、ローブの留め金外して?」

「っちょ、ま、待て!もう脱いだのか?!」

「ローブが脱げないの…………」


 一向に振り返ろうとしない青年の背中を、ムッとしながらパシパシ叩く。どうして彼が照れるのか。全然、納得出来ない。


「待てって、まだ心の準備が!」


 脱ぐのは私だ。そんなに恥ずかしがられると、逆に自分の羞恥がしぼんでしまう。それで余計に、気が大きくなった。星南はウスタージュの前に回り込み、制服を掴んでぐらぐら揺さぶる。


「な、なんだよ、まだ脱いでなかったのか」


 やっとこちらを見下ろしてきた青年は、ホッとしながら呟いた。男なら、多少は役得だと思って頂きたい。星南はジトっと彼を見上げた。ともかく、ローブの留め金が取れないままだ。そこを叩いてアピールすると、ウスタージュは更に顔色を悪くした。


「まさか、ローブが一人で脱げないって?」

「はい!」

「マジかぁ…………」


 ぐしゃっともう一度頭を抱えて、ウスタージュはドアの方を見た。頼みの綱のフェルナンは居ない。ここで自分が脱がせたりしたら、余計、変な空気になりそうだ。


「俺がやって見せるから、自分で頑張れよ?」

「うーん。頑張っても、硬くて取れないんだよね」

「何で“はい”って答えてくれないんだ…………」

「握力不足が否めないからね」


 彼女が何を言っているのか、サッパリ分からなかった。ここで自分が泣いたら、誰か助けてくれるだろうか。本気でそんな事を考えながら、ウスタージュは渋々ローブの留め金を外してやった。時間を掛けるのも、マイナスだ。ずっと、扉の近くから三人の気配は動かない。少しでも悲鳴を上げられようものなら、押し入って来るに違いなかった。


 俺が可哀想過ぎる。


 視界が霞んでしまいそうだ。星南はそんな彼の事など気にもせず、ローブをその辺に引っ掛け、上着もあっさり脱いでしまった。次の問題は、このゼッケンだ。


「ウスタージュ!」

「もうやめてくれ、俺に何の恨みがあって!」

「恨みなら、チーズがあるけどね!そうじゃなくって、これ、どうやって脱ぐの?全然、帯がほどけない」

「フェルさんっ!フェルさん助けて下さいっ!!」


 まったく、何なのだろうか彼は。余りの狼狽振りに、呆れて長身を見上げる。頭を抱えた青年は、到頭とうとう床に蹲ってしまった。


「セーナ、俺のトラウマを刺激しないでくれよ…………これでも努力はしてるんだ。頼む」


 そうは言っても、この部屋には彼しかしない。星南は溜息をついて、扉の方を見た。代打を選ぶとしたら、グラマー専門のダヴィドさんしか無いだろう。でも、出来たら人畜無害なウスタージュが良い。


「ウスタージュ、ねぇ、ウスタージュったら!」


 ひとまず、名前を呼んだ。揺さぶってみたけれど、返事が無い。ツンツンした茶色い髪を乱してみても、反応無しだ。トラウマを刺激するなと言われても、一体何がそうなのか。分からなければ、どうにも出来ない。


「もーっ、ウスタージュの意気地なし!」


 星南は遂に匙を投げた。泣いた後の高揚感はもう無く、時間が経つほどに躊躇ためらいが生まれる。深く考えたら、絶対に恥ずかしい。背中とはいえ、この革の下は厚手のシャツとふんどし型の襟なのだ。


 ともかく急がなくては。


 その足でガバッと入口の扉を開くと、すぐ側に立つダヴィドが見えた。迷わず濃紺の袖を掴んで、部屋へと引っ張る。


「どうした?」


 彼は蹲ったままのウスタージュを見て、状況を察したらしい。ああ、と遠い目をした。


「まだトラウマなのか…………」

「何があったんです?」

「色々と…………な」


 そう言うと、彼は片手で額を押さえて溜息をついた。苦労しているんだろうな、と星南はその顔を見上げる。鮮やかなオレンジ色の髪は、見ているだけで前向きになれそうだ。その視線に気付いたのか、ダヴィドはスッと目線を向けてきた。


「代役は俺で良いのか?」


 察しがいい。まぁ…………元々見たがったのは彼である訳で、本来の流れに戻っただけだ。星南が了承と頷けば、すまんな、と小さく謝罪される。それでも止めようと言わないのだから、カプリス探しの重要度は高いのだろう。


「ウスタージュ、退場だ」


 その言葉に茶色の頭が、ガバッと振り向いた。その形相は幽霊みたいに蒼白だ。うわっと星南は硬直し、ダヴィドに腕を引かれて後退る。


「荷解きを優先しろ、見張りは要らん」

「りょ、了解ですっ!」


 立ち上がったウスタージュは、脱兎の如く部屋から逃げ出した。勢いよく開け放たれた扉が、反動で音をたてて閉まる。


「俺達なりの洗礼で、すっかり娼館嫌いになってな」


 ダヴィドは何て事のないように話しながら、扉に鍵を掛けた。


「娼館を知っているか?」


 星南は近づいてくる男に、ぶんぶん首を横に振る。ちょっと待って、なんで鍵?娼館って、あの娼館?というか、ダヴィドさんってそんな所に行っちゃう人?


 先程まであった気軽な気分が、見事に崩壊した。背が高くて、精悍な顔。見た目だけでもコロッと行きそうな男前なのに、娼館遊びをするような…………危ない人だった?!逸らされる事の無い琥珀色の瞳に、星南は分かり易くたじろいだ。顔に熱が集まってくる。この人の前で脱ぐとか、どうして出来ると思ったのだろう。深刻な人選ミスだ。


 彼はそんな星南に、首を傾げた。どうした、ではなく、知らなかったのか、という顔で。


「ダヴィドさん…………!」


 やっぱりやめましょう、とは言えない。ウスタージュを逃がしたのが、マズかった。


「セナ」

「はっ、はいぃっ!!」

祝福痕(カプリス)を知らないか?」

「はい…………」


 数歩前で立ち止まった彼は、長身を屈めて星南を覗き見た。


「神の力とは、対価無くして使う事が出来ん。第二種族は全て、その証を身に宿す。それが祝福痕(カプリス)だ」


 伸ばされた腕を無意識に避け、数歩後ろへ逃げる。どのみち、そんなものは自分に無い。それを確認したら、私はやっと誤解から解放される。


「魔人族の祝福痕(カプリス)、竜人はそれを火鱗と呼ぶ。さて、蛇人族はどうだろうな?」

「ダ、ダヴィドさんっ!」


 開いた距離など無かったように、手首が取られた。そのまま引き寄せられ、濃紺の制服が目前に迫る。目を見開いてる間に、胸に開放感が訪れた。驚いて視線を落とすと、床にあれほどやっても取れなかった帯が落ちている。


 仕事が早い!


 星南は言葉を無くした。成す術もなく、あっという間に首からゼッケン型の革が引き抜かれ、シャツ一枚にされる。


「何で、後ろ前に着てるんだ?」


 その呟きに顔を見上げたとたん、ズボンに入れていたシャツの裾が引き出された。慌ててその手を掴む。既に幾つか、ボタンが外されていた。


「時間を掛けると、風邪を引く」

「ちょっと、まって下さい!」

「…………怖いなら目を閉じておけ」


 気が遠くなりかけた。目なんて閉じたら余計に怖いだろう。片手を阻むのに両手を使う時点で、勝負は見えている。抵抗とも言えない状態で慌てる星南の肩から、容赦なくシャツが引き落とされた。何時の間にやら、手首のボタンまで綺麗に外されている。


「ダヴィドさんっ!」

「まず、左肩だ」


 彼は、全く聞く気が無かった。しかも背中を向けるように身体を反転させられて、悲鳴を上げ損ねる。寒さは感じない。顔が熱くてのぼせそうだ。手首に残る袖を掴んで、星南は自分を抱きしめた。


「やはり無いか」


 声が近い所からする。首を悪寒が駆け抜けた。思わず振り返ろうとした肩に、白手袋に包まれた大きな手が乗る。


「振り向くな。前も見せる気でいるなら、この、願いの白布(プリエール)も脱がせるぞ?」


 面白がるような声と共に、胸を隠す襟が軽く引かれた。鬼だ。私の後ろには鬼がいる。石のように固まった星南の背中を、大きな手がなぞった。


「どうして一枚も鱗が無い?その髪色で、第三種族は有り得んぞ?」

「私に、鱗なんてありません!」


 その指が離れた瞬間に、前へと走る。すぐ壁に行き当たるものの、脱がされかけたシャツを羽織り直す余裕はあった。しっかり前を合わせて、ダヴィドに振り返る。


「私は人間なんです、ここの世界に居ないんですか!?」


 自分で言って、ハッとする。この世界に、人間が居ないという可能性。


「セナ、お前の親は蛇人か?」


 その問いに首で否定する。神人か、とも聞かれたが否定した。この世界に、誰一人として人間が居ない。その予想が濃厚になる。ならば私は、珍獣か突然変異。普通ではない生き物確定だ。


「ダヴィドさんは、私を異端だと言って、殺すんですか」


 無意識に出た言葉。胸につかえていた事は、口に出すと恐怖へ変わる。他と違うから、殺すのか。それは余りに理不尽だ。


「好きで来ちゃった訳じゃ無いんです。帰りたいんです!でも、帰れないんです…………」

「セナ――――」


 ぽろぽろ頬を涙が伝う。ウスタージュみたいに床に座り込んだ星南に、ふわりと濃紺のローブが掛けられた。


「お前が何者でも、意思のある間は人族だ」


 彼はそう言って、近くにひざまずいた。差し出されたのは、薄紅色のハンカチだ。


「セナはよく泣く」


 困ったように笑いながら、ダヴィドはそっと頭を撫でて立ち上がった。


「夜になったら、少し観光させてやろう。部屋から出るな。いいな?」

「…………はい」

「良い子だ」

 

 

 

 部屋から出て来たダヴィドを待っていたのは、壁に背を付いたフェルナンだった。それを少し意外に思う。


「フェル、サボリか?」


 一言目から揶揄ってやると、彼はギロリと二色の瞳で睨み付けてきた。


「泣かせるな。扱いが余計に難しくなるだろうが」

「まてまて、不可抗力だ」


 何かを悟った様子で、セナは唐突に泣きだした。脱がせた時点で泣かれぬよう、事を急いだにも関わらず、である。それを責められているのなら、断固、否定しなければならない。アングラードでハンカチを大量購入したパーティー金糸雀カナリには、新たな決まり事が出来たのだ。


「泣かせたら腕立て百回。エルネスさんを牽制する為だとしても、決まりは決まりだ。ちゃんと二百やってくれ」

「ん?」


 数がおかしい。それでは二度泣かせた事になる。まさか一度目も自分のせいなのだろうか、と首を捻ったが、フェルナンは呆れを隠そうともせず窓の外を顎で示した。上部が弧を描く小窓から、ウスタージュが見える。馬の首に抱き付いた青年の背中には、何とも言い難い哀愁が漂っていた。


「あっちはノーカンだろうが」

「原因の癖して、何言ってんだ」

「それは否定せんが、エルも同罪だぞ?」

「人型にやっとなれて、加減も出来ずに母親殺しかけたボウズを、普通、娼館に連れて行くか?そこで初めてを奪いつくされてみろ。ああなるのは、誰にだって分かる。アンタらは鬼か!」

「…………いや、喜ぶかと思ったんだがな」


 不思議そうに聞き返して来たダヴィドの肩を、フェルナンはガシっと掴んだ。


「性格矯正を失敗したエルネスさんは、とてもじゃないが野放しに出来ねぇ。望みは、ダヴィドさんが常識的配慮を学ぶ事だ」

「お前も、言うようになったな」

「お、か、げ、さ、ま、でなっ!」


 くるりと踵を返した背中に、淡い髪が舞う。あまり見かけない髪型を好むようになったのは、エルネスのせいだ。親友は昔から、顔以外は問題だった。それにすっかり自分も慣れてしまっていたが、かえりみる必要がありそうだと思う。


「大きくなったものだ」


 ダヴィドは肩を回した。二百回の腕立てなど、竜人には時間の無駄程度の罰でしかない。しかしそれで、エルネスを牽制し、ウスタージュの溜飲を下げさせる。


 リーダー向きだ。


 フェルナンが金糸雀カナリの柱になるなら、自分の仕事は大幅に減る。明るい気分になったダヴィドは上機嫌で罰をこなした為、エルネスに嫌味ですかと怪訝な顔をされ、ウスタージュに気味悪がられ、フェルナンにもう一度叱られた。

 

 

 

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